- 『赤灯る街の笛吹き』 作者:不翔鳥 / ショート*2 ファンタジー
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原稿用紙約2.25枚
「ハーメルンの笛吹きをご存じですか?」
赤黒い照明の中で、スポットライトを浴びたピエロは言った。
「彼は自慢の笛を吹き、ねずみや子供たちを自在に操ったと言われています。彼は今も謎という名の霧の中で、その音色を響かせているのかもしれませんね……。
さあ! 続いてご覧頂きますのは、我らが誇る天才笛吹きの動物ショーです!」
子供たちから歓声があがった。舞台の照明は怪しげな紫へと変わり、霧が出始めた。その霧の中から、世にも不思議な旋律が流れた。そして、細長い人影が一つ、ゆっくりと前へ出た。その人影が笛を下ろすと、スポットライトが一斉に当たった。その瞬間、霧は一気に晴れ、舞台にはいつの間にかたくさんの動物たちがいた。像、ライオン、トラ、猿……。子供たちは怖がることなく、黄色い声をあげるばかりだ。
黒いコートに黒いズボン、そして黒い山高帽。身に着けた黒のせいで、真っ白な顔と手が不気味なほど目立った。しかし、子供たちは怯えもしなければ気にも留めない。ただ動物たちを見て喜ぶだけだった。
笛吹きは優雅に礼をすると、薄い紫色の唇に笛の口を当てた。テントの中は、再び不思議な旋律で満たされた。その旋律にあわせるように、動物たちは大きなボールの上に乗った。互いに取っ組みあった。天井高くつるされたえエサを、見事なジャンプで捕らえた。
テントの中は拍手喝采。子供たちは動物たちを笑った。笛吹きは優雅に礼をし、すっと消えていった。
テントの外はもう夜で、街の明かりは消えていた。ときどき赤い光がドーンと灯ったけれども、またすぐに消えていった。不思議なことに、その明かりが消えた後は、そこには何も残っていない。ねずみの一匹すらいない。
テントの周りは明るくて、いつまでも夕日に染まっていた。拍手の嵐に黄色い声。
テントの外にはもう何も無かった。ただ暗い空に、朧に輝く月がひとつだけ。
ピエロは小さく笑った。
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2008/08/18(Mon)18:40:51 公開 / 不翔鳥
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■作者からのメッセージ
ファンタジーと分類しつつも、ノスタルジア漂う現代なんだけどな……、と思う今日この頃。
ふと思いついたハーメルンの笛吹きを改めて調べていた時に、ふと思いついたものです。
とても短いのですが、不思議で切ない何かを受取って頂ければ幸いです。