- 『或る自殺志願者の話』 作者:カオス / ショート*2 SF
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原稿用紙約6.5枚
或る自殺志願者の死場所探し。
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私は何時も、沈み行くように、落ち行くように、目覚める。
そうして、今日も私は目覚めた。
『或る自殺志願者の話』
ジー。
ジージー。
ジージージー。
ジージージージー。
ジージージージージー。
蝉が鳴いている。
只でさえ少ない命をすり減らしながら、蝉が鳴いている。
私は、湿った土の上をゆっくりと歩き出した。
思うにこれから、私が行う行為は最低な行為だ。もし、蝉たちが私と何らかのコミニュケーションが取れれば、私は蝉に抹殺されるか手酷いめに遭うことだろう。
バッグの中には太く長いロープ__私の一人の体重を支えられる程の__と簡素な手紙が入っている。
夏休みを利用して、私はこの自殺の名所まで遥々やってきた。もちろん、理由は簡単だ。
自殺するためだ。
特にそれに、これといった理由はない。
芥川龍之介の自殺理由が、将来に対するただぼんやりとした不安だったのと同じく、私はただぼんやりとしたモノのためにここまでやって来た。
そして、ここで首を括ることにした。
蝉時雨の中、私はまるで夢遊病患者のように進む。
頭の中が、ふわふわとして、現実なのか夢なのか判断が出来なくなる。
私は、特に裕福でもなく、貧しくもない家庭に育った。
両親と姉と私の四人で、狭くもなく広くもない、マンションの一室で私は育った。
工場のベルトコンベアのように、小学校に入学し、中学、高校、大学と進んだ。
特に楽しくも、辛くもなかった。
私は只、与えられた仕事をこなして行った。
毎日は淡々と過ぎ去り、小学校を卒業し、中学、高校、大学を卒業した。そして、今は社会人として生活している。
両親は定年後、ボランティアに励んでおり、まだまだ元気そうだ。
姉は、官僚として頑張っている。
幼い頃から、私の周りはキラキラと光っていた。今鳴いている蝉のように、命を削ってまで、自ら光ろうとしていた。
私の頭上に輝いている太陽でさえ、何時かは燃焼することが出来なくなる。
恒星は、自らを燃やしてまで光ろうとしている。私の周りには、そのような人物が多かった。
その、反動なのか、それとも本来の気質なのか、私は物事を淡々と見ていた。
もしかすると、それが理由なのかもしれない。
だが、もうどうでも良いことだ。
暫く鬱蒼とした、緑の中を進むと、開けた場所に出る。
青い空に入道雲がモクモクと、居座っている。
日差しが眩しい。
一気に夢から、現実へと戻された気分だ。
そこは、生々しい緑の__生命の園だ。
嗚呼。
無意識に言葉が、溢れ出る。
此処こそが、私が求めている死場所なのかもしれない。
一本の逞しい樹が視界に入る。
この開けた場所の長老のように、堂々としかし、粛々とそこに存在している。
私は踊るように、その樹に近づく。
木陰が、私を受け入れる。ひんやりとしたそこは、心地が良い。
間近で見るその樹は、どっしりとしている。幹はごつごつとしていて、生きて来た年月の長さを物語っている。枝も、私の太腿ぐらいの太さがある。
その形も素晴しいが、私の心を魅了して止まないのは、その香りだ。
咽せる程の生の香り。
それが、私の心を魅了して止まない。
花のように芳しい訳でもなく、若葉のように青臭い訳でもない。
私の貧しい語彙では、表現できない程の香りが、私の心を魅了して止まないのだ。
ごつごつした幹に背を預け、私はその木の根元にしゃがみ込む。そうして、ゆっくりと瞼を閉じる。
さわさわと、葉の擦れ合う音。
蝉の声。
鳥のさえずり。
そして、生の香り。
ここまで、死場所に相応しい場所が他に存在するだろうか?
私はゆっくりと、瞼を開く。
葉の緑と空の青が網膜に突き刺さる。それですら、今の私には心地よい。
バッグから取り出した、ロープを一番太い枝に掛け、硬く結ぶ。
近くに落ちていた石を踏み台にし、首にロープを掛ける。
ゆっくりと瞼を閉じる。視界が真っ黒に染まる。
私は、肺一杯に生の香りを吸い込む。次の瞬間、それは私の血肉に変わる。
嗚呼。
生きている。
そう感じた瞬間、私は重力から解放される。
ジー。
ジージー。
ジージージー。
ジージージージー。
ジージージージージー。
蝉が鳴いている。
そうやって、沈み行くように、落ち行くように。
私は今日、自宅のベッドの上で目覚めたのだ。
生きたいと、何故か私は、痛烈に思う。
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2008/08/02(Sat)22:29:07 公開 / カオス
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