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『スウェットを着た座敷童』 作者:カオス / ファンタジー ショート*2
全角6906.5文字
容量13813 bytes
原稿用紙約23.15枚
座敷童と私の奇妙な共存2(?)。
 スウェットを着た座敷童

2 帰省

それは、三毛猫だった。白い手ぬぐいを被った、三毛猫だった。
その三毛猫は、器用に後ろ足で立ち、それはそれは楽しそうに踊っている。
前足と同じように、動く尻尾は途中で二つに分かれている。
まぁ、俗に言う『猫又』だ。
だがしかし、今問題にすべきことはそこではない。
その猫又の踊りを見ているヤツにそこ、問題がある。

ぼさぼさのいい加減にしか手入れされていない髪。
牛乳瓶の底のように厚い黒縁眼鏡。
その奥には眠そうに垂れた眼。
不健康な青白い肌の色。
貧乏学生らしいひょろりとした体型。
色の褪せた水色のジーンズに黒い無地のTシャツ。

比較的、こういうタイプの人物は探せば見つかる。勿論そのような場合は、人の出入りが激しいところが良い。
私はこういうタイプの人物をよく駅で見かける。
だが、悲しいかな。
ここは地方の片田舎だ。
しかも、私の実家の数十メートル程前だ。
その猫又踊りを見ているヤツは、私の古い友人の一人で中田という。
私は、少しばかりバットでその後頭部を殴りたいと思う。ホームランを打つ勢いで。
「鈴木さん?」
座敷童が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「ああ、すいません。道間違えたみたいで………」
嘘だ。
勿論道なんか間違っていない。こんな片田舎で道に迷うことなんて、まずあり得ない。
私は、ははははっ、と笑って誤摩化す。一刻も早く、この場から立ち去らねば。
今座敷童と一緒に居る所を、中田に見られたらマズい。
「久しぶりに帰ったからですかねぇ。道間違えちゃいましたよ」
そのまま私は、回れ右をする。
「一旦、さっき降りたバス停まで戻ってみましょう」
「? えぇ、そうですね?」
戸惑いながら、座敷童は私の後を付いて来る。



始まりは何時も些細なものと決まっているらしい。
この場合も、その法則が適用されるらしく、私は夏休みを利用して帰省することにした。
まぁ、ここまでは良い。多くの人が良くやる話だ。長期休暇を利用して、何処かに出かけるというのは当たり前のことなのだ。
しかし、この場合は少し違った。
座敷童のことについて、両親と決着をつけることを目的として、私は帰省したのだ。
幾ら下っ端に文句を言っても、上が動かなければ問題は解決しない。
だから、今回の帰省は親を___上を動かすために私は自分の部屋を出たのだ。
そうして、部屋を出てからかれこれ三時間あまり。
私は慣れ親しんだ、故郷に戻って来たのだ。



だが、故郷は私の帰省を喜んではいないらしい。
何故なら、中田が居たからだ。
この座敷童と一緒に居るのを、中田に目撃されるのは非常にマズい。
夏休みということもあって、ここにはそれなりに私の同級生が帰省していることだろう。中田に知られるということは、その戻って来ている同級生全てに知られるということだ。
マズい。
本当に、マズい。
なので私は、そこから逃げ出した。
「鈴木さんの実家って、緑が多くていいですね」
スウェットではなく、スーツ姿の座敷童がニコニコと話しかけて来る。
誰のお陰でこんなことをしていると思っているのだ。私は、心の中で密やかに思う。
「田舎ですからね」
「空気も美味しいし、緑も多くて良い所なのに、どうしてどんなに文句を言うんですか?」
田舎ではなかったら、そんなに噂にならないからです。噂になってもどうにか誤摩化せるからです。
そう、思って口に出さないのが社会のルールだ。
「やっぱり、不便ですからね」
「そうなんですか………」
「というか、座敷童さん。一つ聞いてもよろしいですか?」
先程降りたバス停が見えて来る。
直接家に戻らず、まずは神社の方に行こう。今の時間なら、もう開いているはずだ。
「どうぞ」
「如何して、スーツなんですか?」
私は、今朝からの疑問を口に出す。
そう、今朝から謎だったのだ。
何時も買い物に行くのも、散歩をするのも、寝るもの、全てスウェットの座敷童がいきなりスーツを着ていたのだ。
物凄くその理由が気になるのは、人として当然のことなのだ。
「あぁ、それですか」
座敷童は、黒いバッグを持ち私の後を素直に付いて来る。
「一応、雇い主__鈴木さんのご両親です__に会うのですから、やっぱりキチンとした格好で行かないと」
「ああ、そうなんですか」
「あんな格好なんかで行ったら、即クビですよ」
座敷童は、楽しそうに笑う。
私は罪悪感に押しつぶされそうだ。
貴方をクビにして貰うために、実家に行くのだなんて、口が裂けても言えない。
だらだらと、背中を汗が流れて行く。
「でも、スーツって暑いですね………。毎日着て、満員電車乗ったり、仕事したり、残業したりしている人は偉いですね」
「そ、そうですね。座敷童さん、まずは神社の方に行きます」
「あ、分かりました。でも、考えてみれば初めて鈴木さんのご両親とお会いします」
「え?」
ぴたりと、足が動かなくなる。
「え、でも面接とか…………」
ギクシャクと首を動かし私は、後ろを振り向く。
座敷童の黒いバッグが見える。
「それが無かったんですよ。あったのが、書類審査と試験と鈴木さんとの面接だけなんです」
「………………」
開いた口が塞がらない。
まさに、このことを言うのだろう。
「…………帰りましょう」
それは、静かな宣言だ。
「え。でも、今着たばっかり……」
「帰りましょう」
私は、頭の中でバスの時刻表を思い出す。
確かあと30分後に、バスが来るはずだ。それに乗って帰ろう。
くるりと、踵を返す。
次の瞬間、私の計画は音を立てて崩れる。
バス停には、中田が先程の猫又を抱いて立っている。
「お・か・え・り」
中田の口がそう動いた、気がする。


世の中に不思議は多い。
医者が使っている麻酔も、何故効果があるのか分かっていない。
宇宙人は本当にいるかも、分かっていない。
人が死んだらどうなるかも、分かっていない。

なのに、人は不思議なんてないという澄ました顔で毎日を生きている。

そう、だから私もそれに倣って澄まし顔で生きればいいのだ。
それが最も、この世で生きやすい生き方だと言うことは、私自身もよく分かっている。
だが、頭で分かっているからといって、実際に行動に出来るとは限らない。
私は自分の情けなさと、おせっかいに深いため息を付いた。
目の前は、アニメ雑誌を手にスウェットを着た座敷童が寝転がっている。



「ですからね。妖怪の世界もそんなに甘くないんですよ」
そう言って、缶ビール片手に座敷童は捲し立てる。
「はぁ。大変ですね……」
「そうですよ。そうなんですよ。良く分かっているじゃありませんか」
座敷童はビールを煽りながら、器用にも泣いている。
泣き上戸なのかもしれない。私は、そう思った。
「今時ね、お化けだって学校も試験も勉強もするんですよ。墓場で運動会なんて、ニンゲンが五月蝿くて出来ませんよ! 昼まで寝床で寝ている? 何言っているんですか、そんなことしたら即クビですよ! クビ」
ぐにゃりと、座敷童の缶ビールが潰れる。
「まぁ、どうぞ」
冷蔵庫で、キンキンに冷やしたビールを手渡す。
「はぁ、どうもありがとうございます。 で、聞いて下さいよ! 内の上司の話。これが、本当ウザイんですよ! 昨日なんて、退社しようとしたら『一杯どうだね?』って誘われて一晩まるまる付き合わされたんですよ! それも、ずぅーっと自分の歴史について語るんでよ! 何回も同じこと繰り返すし!」
気が付いてくれ。
自分もその『ウザイ』上司と似たようなことを行っていることに。
「で、家まで送るハメになったんですよ! 自分、その日はさっさと帰宅してこの前録画したドラマを見ようとしたのに! これイジメですか、それとも陰謀ですか。お陰で、週末までお預けですよ。折角早めに仕事を終らせたのに!」
ぷはぁーっと、座敷童がビールを煽る。
「自分だってねぇ、あんな………。あんな…………。」
声がどんどん小さくなって行く。
「えっと、大丈夫ですか…………?」
「鈴木さぁーん!!」
ぐわっと、座敷童が泣きついて来る。
「あんな会社もう、嫌ですよ! このままじゃ、病気になりそうですよ!」
いや、その前に私が死にそうだ。
首に巻き付いた座敷童の腕が、容赦なく私の首を締め上げる。
「でも、止めても良い転職先なんて、今更見つからないし! どうすればいいんですか!」
とりあえず、私を解放してくれ。
座敷童の肩を叩いてみるが、興奮しているのかまったく気が付かない。
「このままじゃ、病気になるまで使われて、使えなくなったらポイですよ、ポイ!」
だから、私を解放してくれ。
そんなささやかな願いも叶えられずに、ますます首にかかる力は強くなって行く。
ヤバい。
確実に、ヤバい。
「もう、こんな社会そのうち壊れますよ! だいたい、政治が!」
いや、社会が壊れる前に私が壊れそうだ。
その間にも意識が、霞んで来る。
「って聞いてます、鈴木さん?」
やっと、首が腕から解放される。
新鮮な空気が、肺に脳に行き渡る。
「き、聞いてます………」
息も絶え絶えに言う。
それでも、座敷童はそんなことにも気付かずに早口で再び喋り出す。
「もう、あんな会社辞めてやる! もっと良いとこ行って、ギャフンと言わせてやる!」
「そ、そうですね…………」
そう、いい加減に相づちを打ったのが私の運の尽きだった。
「ですよね! よぅし! 今から電話して、辞めてやる!」
こうして、私は座敷童と同居することになった。



座敷童___正式にはもっと立派な名前があるらしいが、本人が言うにはそれは人に教えてはいけないものらしい___が私の家に住み着いてから早くも、2週間が経とうとしている。酒のノリと一時のテンションにより、会社を辞めた座敷童はそれを気にするでも悲嘆するでもなく、寧ろ楽しんで生活している。
私の家には、歯ブラシが二本に増え、洗濯の量が二倍増え、エンゲル係数が三倍になり、生活スペースが半分以上減った。
「鈴木さーん。今日の夕飯何が良いですか? 焼き魚かバンバンジーにしようと思うんですけど………」
玄関から、そう言って来たのは紛れもなく座敷童だ。
「あ、バンバンジーでお願いします」
「分かりました。じゃ、行って来ますね」
バタンとドアが閉まる音がした。
私は部屋の中で、頭を抱える。もう、始めから不思議なことばかりだ。
というか、ルームメイト(?)が座敷童の時点で間違っている。座敷童は、人間でなくて妖怪で、本当は東北地方にいるのが物語のセオリーのハズなのに………。何故、東北でもましてや東京でもない、こんな地方都市に居るのかが謎だ。
まぁ、同じ日本だからそこはあまり問題ないのかもしれない。
というか、座敷童って住み着いた家に富をもたらんじゃ…………。といっても、まだ二週間だ。これから、富が手を振ってやって来るかもしれない。そこらへんは、もうちょっと待ってみよう。
他にも不思議は一杯だ。
座敷童に、実家はあるのか?
退職金は貰ったのか?
就職先のアテはあるのか?
何時までここに同居(本人はそう言う)するのか?
だが、今論ずべき問題はそこではない。
そんなことは後から座敷童に聞けば良いのだ。今問題なのは、座敷童の服装だ!
誰も見ていないことを良いことに、あの座敷童は四六時中スウェットだ。
高校(妖怪に高校があるかは知らない)のジャージならまだしも、スウェットだ。しかも、ネズミ色のだ。
私は、ジャージまでは許せるが、スウェットは許せない。というか、嫌だ。
それを知っているのか、知らないのか、座敷童はそのスウェット姿で買い物にまで行く。
近所の方に色々誤解されるのは、本当にごめんだ。只でさえ、あの座敷童は目立つというのに。でも、これで座敷童らしい着物を切られても困る。では、スウェットの方が良いかと聞かれても、困る。
要するに私は、部屋の中でならスウェットでも良いが外出するときは、せめて着替えて欲しいだけなのだ。
私は、部屋ーー大学生が住むには丁度いい広さーーの隅っこに高く積み上げられた、座敷童の服を見る。
どれも同じサイズ、同じ形のスウェットだった。
ただし、それは全て色が違った。
遠くから見れば、それはカラフルな服のタワーに見えただろう。
私には、今にも倒れそうなバベルの塔に見えた。



「ただいまー」
座敷童は自分の家のように言い放つ。
「今から、夕飯の用意をするんで、鈴木さんはゆっくりしていてください」
「はぁ」
そう言われても困る。
私は自分の家なのに、まるで他人の家に居るような居心地の悪さを感じる。
仕様がないので、借りて来た本でも読むことにする。ごろりと横になり、活字を追う。
今話題のミステリーだから読んどけと、強引に押し付けられたは良いが座敷童のお陰で読めなくなった本だ。
偶然だがこの本にも座敷童が登場する。勿論スウェットなどは着ていない。
ほぉーと思う。
別に話の内容が面白かった訳ではない。単に眠くなって来たのだ。
いつの間にか活字を追うのを放棄した目は、ゆっくりと閉じて行った。



「…………ん」
誰かが何か言っている。
「………さん。………きさん」
五月蝿い。
もう少し、静かにしてくれ。
声に背を向ける。
「鈴木さん!」
私は、夢の中から無理矢理現実に引き戻される。
「…………おはようございます」
「おはようではなくて、もうこんばんわの時間ですよ。夕飯が出来ましたから、一緒に食べましょう」
身体を起こすと、テーブルの上には湯気の出ているご飯とみそ汁が行儀良く並んでいる。
「冷めない内に食べましょう」
そう言うと、座敷童が向いに座る。一応記しておくが、ここは私の家である。
「いただきます」
そう言って、座敷童が箸を動かす。私もそれに、遅れるようにして食べ始める。
座敷童の作るものは、大半が和食か中華だ、洋食は全く作らない。というか、作れないのかもしれない。
それでも、私は困ることなど無い。
何故ならば、私はあまり洋食が好きではないからだ。別にアレルギーや信仰の関係があって、食べない訳でなく、あまり馴染みがないので食べないのだ。私の実家では、殆どが和食と中華だった。それが、大きなウエイトを占めているのかもしれない。
「美味しいですか?」
座敷童は、何時もそうやって聞いて来る。
「ええ。とても、美味しいです」
「そうですか。良かった」
ニコニコと座敷童が微笑む姿は、見ていてとても和む。だが、私は今日決断した。
「ところで、座敷童さん。此処には何時まで居るつもりなんですか?」
「え? ああ、勿論鈴木さんが居るまでですよ」
「ああ、なんだそうですか………」
ちょっと、オカシな気がする。
「というのもですね。自分の新しい職場が決まりまして」
「そうなんですか?! 何時決まったんですか?」
「えぇっと、実は前々から受けていた試験の結果が今日発表されましてね。それで、合格して」
「本当ですか! おめでとうございます!」
「いやぁ。ありがとうございます」
いゃったぁー!
私は心の中で、狂喜乱舞した。
これで、これで、毎日スウェットを見ないですむ!
だが、富はやって来なかったがこれは仕様がないだろう。うん。
潔く諦めよう。
「なので、これからもよろしくお願いしますね、鈴木さん」
私は一瞬何を言われたのか分からなくなった。
「はぁ、よろしくお願いしました」
口から意味の判らない日本語が勝手に出た。
「いや、これからもお願いするんですけどね」
「あの座敷童さん。先程から何を言っているのか良く変わらないのですが…………」
「実はですね」
座敷童は、職場が決まったための安堵感からなのか、それとも真面目に仕事に取り組んでいるのか、詳しく話をしてくれた。
要約すると、座敷童は私の護衛兼家政婦になったらしい。
『らしい』というのは、本格的な仕事の内容は明日、書類が送られてくるのでそれまでは、はっきりしたことは判らない。
「ところで、それ誰が………」
「ああ、鈴木さんのお母様とお父様からですよ。良いご両親をお持ちですね」
と、ニコニコと微笑んだ。
私は、吠えた。
何に? 勿論私の両親にだ。
私の実家は、地方の小さな神社をやっている。こじんまりとして、如何にもくたびれた感じの神社だった。
だが、その割にはザワザワとした人の出入りが激しかった。ただ、幼かった私はそれがまさか、家計を支えているとは知らなかった。
私が家の不思議なことに気が付いたのは、小学校に入学して初めて友達の家へ行った時だった。
話すと長くなるので、割愛させていただく。
平べったく言うと、私の家は代々そういうモノに関わって生きて来たらしい。
そして、私はその家の次期当主らしい。
謎は解けた。
「ああ、ちなみに言いますと鈴木さんと最初に出会ったのも、試験でしたよ」
「じゃ、会社を辞めたのも………」
「ええ。試験の一つですよ」
私は心の中で、猛烈に後悔した。
「なので、これからよろしくお願いします」
そう言って、座敷童はぺこりと頭を下げた。
私は、後ろに倒れた。

こうして、私と座敷童の不思議な共存(?)が始まった。
2008/08/01(Fri)23:16:30 公開 / カオス
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