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『墓標プラトニック』 作者:柳川都紀子 / 恋愛小説 ショート*2
全角3323.5文字
容量6647 bytes
原稿用紙約10.95枚
この作品は近親相姦の話です。そのような倫理に反する行為が苦手な方はスクロールをお止めください。また作品の構成上、一部に性的な表現もしています。直接の描写はありませんが、苦手な方は同じく、スクロールをお止めください。
「何でお兄ちゃんは、何時まで経っても結婚しないの?」
 十歳差。身長は二十センチ差。
 物心ついた時、一番傍に居た男の人が血の繋がった兄弟だった。ただ、それだけ。
 顔がすごく格好いいわけじゃない、でも。あたしが小さいときからずっと其の人はあたしを見てくれていて、あたしも其の人をずっと見てきた。ただその視線は、其の人のものとは少しだけ違う。
 恋心という感情があるなら、あたしは其れにずっと支配されてきた。彼に、対して。好きで好きで、他の男なんて眼中にない。他の誰かと付き合っても、誰も貴方を超えられなかった。どこかでずっと、貴方のことを想っていた。
「ねぇ、どうして?」
「さぁな。相手が居ないからかな」
 はぐらかさないで、嫌だよ。
 それが本心なら、相手が見つかったら結婚してしまう? 誰かのものになってしまう? あたし以外の人を見て、微笑うの?
 あたしに笑いかけるみたいに。
「お兄ちゃん」
「ん?」
 あたしが今ここで、好きだって言ったら、どうするだろう。
 何時もみたいに微笑ってはぐらかして、終わっちゃいそうだなぁ。でも、もうどうにも出来ない。こんなに傍に居るのに、遠すぎて。もし兄妹じゃなく別の、関係だったら――この想いを告げても何も変わらず、何も残らないのに。
 どうしてあたしは貴方の妹で、貴方はあたしの兄なんだろう。
 昔々の遠い過去に、あたしは何かしてしまったのかな。だから神様に意地悪されてこんな、想いも成就できないような関係にされちゃったのかな。まだそれなら、理由があるからいいけど。もし本当に何もなくて、単純にお兄ちゃんの妹にあたしが生まれてきただけなら。
 そんなのって、ないよ。
「あたしね、明日家を出るんだ」
「――え?」
 だから逃げる。
 この想いが爆発する前に。兄を縛り付ける前に、あたしがこの気持ちを殺さなきゃ。
 好き、なのかな。本当はよくわからないよ。違う環境に行って、そこで貴方じゃない別の人に、恋心を抱いたら、あたし、許されるかな。貴方以外の人を好きになれば、この気持ちも昇華されていくかな。
 大好きだよ。
 兄妹なら、家族なら、簡単に言えるはずの其の言葉も、もうきっと言えないや。この先ずっと。
 貴方がもし結婚することになってもあたしきっと祝えない。泣いて泣いて、結婚式にも出ないと思う。もう、そんな冷たい関係になってもいい。いっそのこと。貴方の妹だって言われるくらいなら、この関係が無くなったっていいのに。縁を切って、他人だって胸張って言えたならいいのに。
「何だ、寂しくなるじゃん。何かずっとお前が傍に居たから、変な感じ」
「ちゃんと、妹離れしてよね」
「お前こそちゃんと兄離れしてくれよ?」
 精一杯の強がりは、泣きそうな笑顔で何とか隠した。
 貴方が言うように、兄離れ、出来るといいな。
 これから生きてゆく中で貴方以外の人を好きになれたらいいな。そうしたらもう一度、ちゃんと話してくれる? また他愛ない話して、笑ってくれる? 小さい頃のように、純粋な気持ちで。
「由里」
「何?」
「ちょっと、こっち来い」
 何だろう。何か、話でもあるんだろうか。
 兄に近づいて、気付く。この人は、こんなに男の人になっていたんだろうか。あたしが子供から女になっていくみたいに、この人も男になって、いってたんだろうか。何だか別の人みたいで、少し怖い。いつも見ていた筈なのにどうしてだろう、兄はこんな人だった?
 伸ばされた手に抵抗はしなかった。出来なかった。
 あっさり、あたしの体は兄の腕の中に収まって。触れ合う体温が、酷く熱い。兄ではない他の人にも、こうして抱きしめられたことはあるけれど、ここまで胸が高鳴ることはなかった。
 でもどうして。
「昔はよくこうやって、お前抱っこしてたよなぁ」
「もう高校生三年生なんですけど」
「知ってる。いつの間にか、ちゃんと女になってた」
 目が、合う。
 どうしよう、どうしたらいい? お願いだから、何時もみたいにはぐらかして、笑ってよ。
 卑怯だ。こんな時だけ男の人の振りをして。
「俺が何で結婚しないかって? ――お前が居るからだ」
「え……」
「あーくそ。言うつもりなかったのに。でもお前が悪い……けしかけたんだから」
 そう言って笑った。違う。
 微笑ってない。どうしよう、この人は誰? あたしが好きな、兄、じゃない?
 どうしてこんなことするの。そりゃ、昔みたいにして遊んでるだけかもしれないけど。人が折角、貴方のことを断ち切ろうとしているのに!
「行くなよ」
「お兄ちゃ……」
「行くな」
 近付く唇にあたしは抵抗しない。触れた瞬間、自然に瞳を閉じた。此処は彼の部屋。鍵は、此処へ入る時あたしが自分で閉めた。誰も、入っては――来ない。この部屋に居るのは、あたしと其の人だけ。
 唇が離れて、目を開けた。目の前のこの人は誰なんだろう。あたしを見て微笑うこの人は。あぁ違う、わかってる。あたしが、ずっとずっと大好きだった人。血の繋がった、あたしの、兄だ。
 キスをして、また抱きしめられて、そしてまた、キス。
 繰り返して息が荒くなって、首筋をきつく、吸われた。
「駄目、だよ」
「どうして」
「だって。兄妹、だから」
「俺のことが嫌いなら、止める――でも」
 本当はあたし、あたし。
「そうじゃないなら止めない。兄妹とか、関係ない」
 嫌じゃない。
 違う。嫌なわけない。
 貴方が、あたしを見て、触って、いるってことが。どうしても信じられなくて、ああこれは夢なんだって思って目を閉じた。けれど目を開けて、そこに大好きな貴方の顔があるから、これは夢じゃないって信じられた。
「由里を、妹として見た事は一度もないよ」
 あぁ。
 嬉しい、嬉しいよ。
 ねぇどうしよう。どんどんあたし、堕ちていく。手を絡めて、またキスをして、体中に。紅い跡をたくさん、幾重に付けていくその人をガラス越しに見た。其処に映っているのはただの男で。そしてその男を受け入れているのもただの女、だった。
 誰も、兄妹だなんて思わない。
「行くな」
 誰も。
「行くなよ」
 思わない。
 ここに居るのが、血の繋がった兄妹だって。誰にも、言わせるものか。
「駄目だよ」
 本当はわかっているくせに。ここで終わりにしないと、お互いが駄目になるってこと。わかってるくせに。それでも求めるのは、どうして? 
 あたしは離れる。貴方も、それを拒まない。口では引き止めても、貴方はちゃんと理解しているから。結果はわかってる。お互いの我侭を、通すだけ……誰も傷つかない、二人だけが傷を負えばいい。
 ごめんなさい。
 あたし、貴方のことが好きです。
 だから貴方の傍から離れます。貴方と、あたしのために、此処から去ります。一緒に居るなんてもう、出来ない。一緒に純粋に笑い合ってたあの頃にはもう、戻れないから。
「愛してる」
「あたし、も」
 恋人にはなれない。ただの兄妹にも、もう戻れない。プラトニックな関係は超えてしまった。だから後には引けない。
 さよなら。さよならをしなきゃ。
 だからあと十分だけ。其れだけでいいから、このままでいさせて下さい。
 貴方の腕枕に飽きたら、そっと部屋を出よう。ちゃんと服を着て、伸ばしてた髪も切って、貴方の傍から離れよう。前に進まなきゃ、駄目だ。此処にいても何も解決できないから。
 明日、あたしは家を出る。
 此処ではない遠くの町で、一人で生きてゆく。貴方のことを、忘れるために。あたしのために、貴方のために、生きてゆく。
 さようなら。
 さようなら。
 次に会うときは、どちらかのお葬式の時にしませんか。結婚式なんて、悲しすぎるでしょう?
 貴方が死んだとわかったら、飛んで会いに行くから。本当に最後の、キスを、あたしからするから。出来れば貴方が先に死んで欲しい。そうしたら追いかける。追いかけて、会いに行く。そしていつかまた、そうやって会えるときが来たら。
 今度こそちゃんと、好きだと、伝えます。大好きだと、伝えます。それで、許してくれますか。
 それで、許されますか?


 さようなら。
 大好きな、人。大好きな、たった一人、の。
2008/07/19(Sat)03:08:50 公開 / 柳川都紀子
■この作品の著作権は柳川都紀子さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
出来るだけ改行をつめました。本来ならこの描き方の方が正統ですね。普段の書き方とは違っていたので少々違和感がありますが、目を通してくださったこと感謝します。
ありがとうございました。
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