- 『許婚は戦いの女神様!』 作者:奥田活字 / 未分類 未分類
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全角4611.5文字
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原稿用紙約13.8枚
プロローグ
「いぎゃあああっ!」
「あべしっ!」
「ふぎゅうぇっ!」
昼下がりの公園。その上空に広がるどこまでも青い空に、不良が十人ほど飛んでいた。これは比喩で言っている訳ではない。本当に、不良が空を飛んでいるのだ。
俺は口をあんぐりと開けながら、不良をお空へホームランするという人間離れした事をしでかした少女に視線を向けた。真っ直ぐに腰まで伸びた艶やかな赤髪を風に靡かせながら、その少女は腕を組んで一人尻餅をついて震えているリーゼントを見下ろしている。身長はあまり高くはない。整った顔立ちは十人すれ違えば十人とも振り向くだろう。
そんな美少女と言っても差し支えない少女を見上げるリーゼントの顔は、恐怖で引きつっていた。そりゃそうだ。少女は人間の動きとは思えないほどの高速回し蹴りで、十人の人間を吹き飛ばしたのだ。そんな人間凶器に見下ろされたら誰だってビビる。少し離れたところから見ている俺でさえ膝が震えている。
「どうした。これで終わりか?」
少女は腹を空かせた虎でも尻尾を巻いて逃げ出すような迫力をかもし出している。
「す、すみませんでした。いや、ほんと勘弁して下さい」
リーゼントは体を奮わせながら謝った。敵が戦意を失ったと判断したのか、少女から放たれていた圧倒的な威圧感が消えた。
「もう二度と女性を襲おうなどという下劣な事をするんじゃないぞ。もし同じ過ちを犯したならば、今度は容赦しない。五臓六腑を潰して満足に息も出来ないような体にしてやる」
「は、はい! もう二度とこんな事はしません!」
「わかったならいい。さっさと失せろ」
少女はじろり、と睨みつける。
「ひいっ! 助けて母ちゃあああん!」
リーゼントは震える足で立ち上がり、何とも情けない台詞を残して逃げていった。
少女はやれやれと肩を回しながら、呆然と突っ立っている俺の方へ顔を向けた。
「それで、お前。赤蓮華恭介と言ったな。私に何か用か?」
衝撃的な光景を目の当たりにしたせいか、脳がとろけていた俺ははっと我に返る。
「あ、ええと……岩倉さん、だよね?」
岩倉さんは無表情のまま、小さく頷く。
「その、午後三時にここで岩倉さんに会えって親父に言われたんだけど、もしかして何も聞かされてない?」
岩倉さんは眉をひそめ、訝しげな表情を浮かべた。どうも状況がしっくりこない。もしかして、あのアホ親父何にも伝えてないんじゃないだろうな。
気まずい沈黙が流れる。あまりの居心地の悪さに冷や汗まで出てきた。親父の奴、この分じゃ本当に連絡してないな。ちくしょう、適当な事しやがって。
俺は頭の中で親父に恨み言を呟きながら、事の発端を思いだす。無事に進学する高校もきまり、春休みを謳歌していた俺であったのだが、突然黒スーツに身を纏った怖いお兄さん達が土足で家に入り込んできて
「返却期限は過ぎた。約束どおり、この家を差し押さえる」
とか言って、あれよあれよという内に外につまみ出されてしまった。全く持って訳が分からず、携帯電話で親父に連絡してみると
「悪い。父さん、今ベーリング海でカニ漁してるんだ。うん、父さん借金してたんだ。すまない。でも安心してくれ。三年くらいしたら父さん大金持って帰ってくるから。それまで、たくましく生きろよ!」
との事だった。さすがに温厚な俺も切れたね。親父の都合で家を失って、十五歳の俺は働く事も出来ないしこれからどうしろと言うのだろう。なんて途方に暮れていたらメールが一通届いた。
『恭介へ。いい忘れていた事があった。三時に日比谷公園の噴水前に行ってみてくれ。父さんの古い友人の岩倉って人に恭介の面倒を頼んでおいたから。いい人だから、きっと恭介を助けてくれるよ。じゃあな、青春を謳歌しろよ! 父より』
呆れるほど無責任である。そもそも、借金の担保に家をかける時点で親父は人間としてどうよって話だけど。
ぶつぶつ文句を言いながら約束の時間に日比谷公園に行くと、不良に絡まれてると思わしき女の子がとてつもない蹴りで不良どもをばっかんばっかん人間ホームランをかましていた。そして今に至る。
「ごめん、やっぱり人違いみたいだね」
なんて過去を振り返り終わっても、岩倉さんは訝しげな表情を浮かべたままだったので、俺はどうやら人違いをしてしまったのだと判断した。
冷静に考えてみれば、親父の古い友達がこんな若い女の子な訳が無い。もしこの子が親父の友達だと言うのなら、本気で絶縁を考えなくてはなるまい。ロリコンは犯罪である。
「ん、待て。思い出したぞ」
「え?」
「阿呆どもと戦うのに夢中ですっかり当初の目的を忘れていた。や、いかんいかん。父から赤蓮華という名の男を連れて来い、と言われたのだが、お前がそうか。ふむ」
岩倉さんは俺に顔を近づけながら言った。それから、視線を上から下に移動させ、俺の全身を値踏みするように見る。
そんなあからさまに値踏みされても困る。自慢じゃないが、俺は二枚目でもないしスタイルがいい訳でもない。勉強もどちらかと言うと苦手で、運動も出来なくは無いが凄く出きるという訳でもない。健康だけが取り得の十五歳だ。唯一、超能力だけは強力なものを持っているが、俺の体が能力に耐え切れないので実質価値はゼロ。宝の持ち腐れだと心底思う。
岩倉さんの視線が下から上に戻ってきて、俺と目をバッチリ合わせる。
「あまり強そうには見えないが、見かけで判断するのは愚か者のする事だな」
「え? あの、どういう」
事、という言葉は口から出る前にどこかへ吹っ飛んでいってしまった。轟、という音を立てて岩倉さんは宙を舞い、俺から三メートルほど離れたところに着地した。間髪居れずファイティングポーズをとり、小刻みなステップを踏み始めた。
何を始めようとしているんだ? 状況がさっぱり理解できず、頭の中にクエスチョンマークが群れを成して現れた。
「お前が私の許婚だということは父から聞いている。だが、私自身はまだ納得していない。私はまだお前を夫としては認める事は出来ない。だから拳を交えて、お前の力を見極める」
「許婚? 何のことだよ、それ」
訳が分からない。頭の中のクエスチョンマークが容量オーバーで、今にも頭から飛び出してきそうだ。しかし岩倉さんは説明する気など全くないようで、殺気を全身から放ち始めた。
「問答無用だ。ルールはレベル一。流血、か降参、気絶が敗北条件としよう。さあ、男なら拳で語ってみせろ! 赤蓮華恭介!」
「えええ!? ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺には一体何が何だかわからないんだけど!」
瞬間、俺の制止も聞かず岩倉さんは地面を蹴り跳躍した。慌てて上を見上げた時には既に岩倉さんは飛び蹴りのモーション中で、俺に標準を定め彗星の如く落下してくる。
スカートの中が丸見えだ。
「ぴ、ピンク色」
「え?」
無意識のうちに、見えたパンツの色が口から出てしまっていた。空中から落下してくる岩倉さんが、一瞬はっとしたような表情を浮かべ、次の瞬間には俺の言葉の意味を理解したのか目を見開き頬を赤らめる。
「いやっ!」
岩倉さんは空中で咄嗟にスカートを押さえる。それが仇となった。バランスを崩し、岩倉さんは奇妙なポーズで地面に落下する。
「うきゃあああ!」
「って、危ない!」
あのままじゃ顔から地面に叩きつけられてしまう。くそ、受け止められるか!?
俺は即座に落下地点を見極め、両手を広げて彼女を受け止め――きれるほどの腕力も無く、どしん、という音と共に潰された。背中を強く打ち付け、息が数秒止まった。
「だ、大丈夫……?」
「うぐ……私とした事が……とんだ失態だ」
俺は痛む背中に泣きそうになりながらも、目をしばしばさせながら上半身を起こす。が、顔に何やら柔らかい物が当たった。何だこれは。
「きゃあっ! な、ななな何をしているんだ! やめろ、そこは弱――ひゃうっ!」
これは、まさか。恐る恐る、顔を柔らかなものから遠ざける。そこには、二つの小ぶりな山があった。
「む、胸?」
「馬鹿者っ!」
ばしーん、と乾いた音が公園に鳴り響いた。頬が痛い。平手で殴られたようだった。
もしかして、俺は相当悪質なセクハラをしてしまったのか? 胸に顔を埋める。うん、変態だね。
「ご、ごごごめん! 俺はただ、君を助けようと思って、だからその、決してわざとじゃないというかごめんなさい!」
手をぶんぶんと振って、俺は胸を押さえたまま俯いている岩倉さんに謝った。岩倉さんは、肩をわなわなと震わせている。怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる。このままでは、さっきの不良みたいに俺も空の彼方へ蹴り飛ばされてしまう。それだけは勘弁願いたい。
「わ、わわ私にこんな事をしたのは、お前が初めてだ。信じられん。い、いい今までこんな事、された事など一度も……」
岩倉さんの声は震えていた。目尻には涙を浮かべている。さ、最悪だ俺。女の子を泣かせてしまった。罪悪感で心が潰れそうだ。
土下座するしかないと思い、地面に手をついた。と、その手に岩倉さんの手が重なる。
柔らかい女の子独特の手の感触が、俺の心臓をどくんと揺らした。
「岩倉さん?」
顔をあげると、岩倉さんは顔を耳まで真っ赤にして、潤んだ瞳をおれに向けた。
「まいった。降参だ。私は、あんな事をされてはもう戦う事は出来ない。戦わずして戦意を失わせるとは、まるで宮本武蔵だ。恐れ入った。赤蓮華、いや恭介。君は私の許婚に相応しい男だ」
「はい?」
岩倉さんは俺の顔を両手で掴み、首が動かないようがっちり固定する。
「胸の鼓動がおさまらん。恭介が、あ、あんな事をしたせいだぞ。せ、責任はとってもらうからな」
「え? え?」
岩倉さんは目を瞑って、顔を寄せてくる。おいおい、これってまさか。ちょっと待て。どうしてこんな事に……。
「んっ」
唇に柔らかい感触を覚えた。数秒の間、俺は時間を止められてしまったかのように固まる。やがて唇が離され、岩倉さんの甘い吐息が俺の唇を撫でる。
「な、なななな何すんだよ!」
ようやく我に返り、俺はずざざざっ、と尻餅をついたまま後ずさる。
「口付けだ。愛する者同士というのは、まず口付けをするのだろう?」
「そうじゃなくて! その、俺が岩倉さんの夫とか許婚とか、全然理解出来ないんだけど!」
キスをされたせいで一気にオーバーヒートした頭を何とか働かせ、疑問を口にする。岩倉さんは恥ずかしそうに目を逸らし、もじもじとしながら答えた。
「岩倉さん、じゃなくて、飛鳥って呼んでくれ。許婚同士なんだから名前で呼び合わないとおかしいだろう?」
「話を聞けいっ!」
「そうだ。父に無事合流できた事を報告せねば。さあ、行こうか恭介。私の家に案内する」
「だから話を――っどわ!」
岩倉さんはおもむろに立ち上がると、俺の腕を掴んで有無を言わさず歩き始めた。体が密着し、女の子特有の柔らかい感触が俺から思考を奪っていく。
「これから末永くよろしくな、恭介」
ぎゅ、と袖を掴まれる。
何だこれは。一体何がどうなってるんだ。
俺は自分の置かれている状況を理解出来ぬまま、岩倉飛鳥に引っ張られるようにお天道様の下を歩き始めた。
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2008/07/15(Tue)12:21:11 公開 / 奥田活字
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■作者からのメッセージ
初めまして。久々に長編連載にチャレンジです。
強い女の子大好きです。よろしくお願いします。