- 『瑞穂と。』 作者:山鼠 / ファンタジー 未分類
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全角5040文字
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原稿用紙約14.65枚
桜の花びらで道路が染まり、俺はその絨毯の上をゆっくりと歩く。時々吹く強い風が俺の髪や頬を撫でて心地よい。ふわりと花びらが舞い上がり空を飾った。それを追っかけるように青空を見上げる俺。
先に言っておくが、ここは人間界なんていうショボイ世界ではない。人間界の隣にある世界、魔法界だ。この二つの世界の分かれ目は人間には見えない壁になっている。その為技術が遅れている人間ども達は、こっちの世界に入ることが不可能。まぁ俺達は技術が進んでいるから人間界に行くなんてちょろいもんだけどな。ざまぁ見ろ、人間どもめ。あっはっは。
魔法界の学校は人間界の学校と大きく違うところがある。もちろん魔法を習うところが人間界と大きな違いだけどな。魔法界の義務教育は小学校から高校まで。そこで人生で初めて魔法を習うのが高校生だというわけだ。そうでもしないと魔法の力が強すぎて体がもたなくなってしまうのだろう。
俺はこの春S高校に入学し、今日は始業式だ。憧れていた高校に無事に入れた俺の心はお祭り騒ぎ。後ろを振り返る。俺と同じ学生服を着た高校生がぎこちなく歩いている。そのまた後ろには、セーラー服をきた女子が三人仲良く並んでいる。コイツらも今日からS高の生徒になるのだろう。
ビュン! いきなり俺の横を何かが通過した。前を見る。そこにはホウキで空を飛ぶ魔法使いの男性の姿が。この人はどこかの学校の先生だろう。
そんなことを考えていると、いつの間にか校門の前に立っていた。そこに足をゆっくり運ぶ。腕時計を見てみる。――まだ時間がある。少し早く来過ぎたか。暇つぶしでもと、俺は校庭の奥の大きな光を放つ桜の木へと向かった。
……人影が見える。先客がいたのか。俺はそれに気づかれないようにそっと近づいた。
そこには、同学年と思われる茶色の髪をした女子が、光る桜の木を見上げていた。どことなく寂しそうな表情を顔に浮かべて。そして右手を桜の木に差し出した。花びらを手に乗せているらしい。
「……あの。隣いい?」
一応許可を得る。
「……へっ?! あ、はい」
俺の存在に気づいていなかったらしく、一瞬体をビクリとさせた。目と目が合う。真っ黒で大きな瞳。栗色の髪。――何故だろう。どこかで見覚えがあるような無いような……。
「あ、あの。あなたも一年生ですか?」
「ん? そーだけど……」
少女は胸を撫で下ろすと同時に溜息をついた。
「よかった。あの、少しだけお話していただけませんか? 正直……落ちつかないんです。魔法使いさんとかが沢山いらっしゃって……不安で……」
と、微笑んだ。てか、俺も今日から魔法使いになるのだが……。しかし何故不安になるのだろうか。魔法界には腐るほどの魔法使いがいるのにな。
そんな風に思ったのが俺の顔に出たのか、少女は慌てて
「あ、えっと……。私小さい頃からずっと親の事情で人間界に住んでいて……。それで魔法界に来るのは初めてというか……。そのぉ……」
なるほど。こんな魔女、魔法使いも少なくはない。よく不安げな表情でおろおろと道を歩いている奴を見かける。そういう人は大抵人間界に住んでいた魔法使いたちだ。ホウキで空を飛んでいる魔女とかを見て凄くびっくりしている顔はもう最高に面白い。
…………。しばらくの沈黙が続く。やはり少女は寂しそうな表情で光る桜の木を見つめている。俺は少女がやっていた様にそっと自分の手のひらを前に出した。はらはらと舞い降りてきた光が俺の手に乗っかり、音もたてないで消える。
「……人間か」
俺はポツリと独り言を言った。それが耳に届いたのか、少女は俺の顔を見て
「……貴方は人間は嫌いですか?」
遠慮しがちな小さな声で俺に問う。
「嫌いだ。人間なんて。あいつらのせいで俺の親友が……」
言いかけて口を結んだ。今はこの子に喋る必要は無いだろう。そんなに(というか全く)親しくないしな。
「……すみません。不快な思いをさせてしまって」
と、体を少し小さくした。まさか俺の気持ちを読んでいるのだろうか。いや違うだろう。きっと俺は気持ちが顔に出やすいんだな。
また沈黙が続いた。俺はなんとなく自分の腕時計を見る。少女もそれにつられたのか鞄についている可愛らしいストラップの時計を見る。――ヤバ。あと二十分で始業式じゃねーか。少しこの光る桜の木とお喋りに夢中になりすぎていた。
「あ、あの。ありがとうございました」
少女は俺にむかい、ペコリとお辞儀をした。急に感謝されると少し戸惑う。
「貴方のおかげで少しだけ元気になりました。先に行っててください。本当に、ありがとう」
と、もう一度深々とお辞儀をする少女。そしてゆっくりと顔をあげ、微笑んだ。えーっと、もう時間がないのだがまだここにいるつもりなのか?
「はい。五分もあれば十分です」
そういってクルリと俺に背を向けた。なんとなく邪魔をしてはいけなさそうだったので、俺はそっとその場を離れた。
昇降口で受付を済ませた俺は、指定されたクラスに行く。そこは沢山の生徒で埋め尽くされていた。緊張で固まっている。こいつらが今日から俺のクラスの一員か。先日行われた入学式は、入試試験の成績順で並ばされた。その時のメンバーと一緒だ。つまり理解能力の高い奴と低い奴で教える魔法が違うんだな。多分。
教室の隅には一つだけ空いている席があった。そこに座る俺。あたりを見渡したが、今朝の少女はいなかった。――違うクラスか。ん? それにしてもあんな女子入学式にいたか? 茶色い髪なら目立つはずなのだが……。
そんなことを考えていると、美しい音色のチャイムが校内中に鳴り響いた。なり終わると同時に、担任と思われる女性の先生が教室に入ってきた。全員がそちらの方を見る。
「えー皆さん。おはようございます」
全員軽くお辞儀。
「それでは今から魔法のテストを行います」
全員固まる。……は? 今なんと??
「聞こえなかった? 今から魔法のテストを行います」
全員『意味不明』という顔。
「だーかーら。今から魔・法・テ・ス・ト! やるのよ」
えーっと。先生。俺たちが魔法のテストをやるのは分かりました。かなり理解できました。しかしなぜ魔法のテストを? てかそもそも俺たち魔法なんて使ったことが無いのですが。
「はい。皆に渡すものがあるから、前から回していってね」
聞いちゃいない。聞いてくださいよ。
前から回ってきたのは、なにやら小さな石らしきものが一つついたブレスレット。試しに見る角度をかえてみると、石の色が変わっていった。なんなんだ。これは。
「これは貴方たちのなかの魔法の力を引き出してくれるものです。これを使いテストを行います。さあ手首にはめて」
言われるがまま手首にはめる。
「皆。このクラスにいる子は大体頭のよさが同じの子です。まあここのクラスの子は学年で一番賢いクラスといってもいいわ。でもこのクラスのメンバーは確定していません。高校は頭の良さでクラス分けが決まりません。魔法を使うのが初めてでもある程度使いこなせればここのクラスに残れます。ただし」
先生は自分の右人差し指を俺たちに向け、
「魔法が使えなかった人は一クラス下がります。ここはAクラスだからBクラスになっちゃうってこと。全くと言って魔法が使えなくても貴方たちは賢いからギリギリBクラスね。成績ダメダメ、魔法ダメダメな人ほど最低クラスのDクラスに近づきます。あ。ちなみにあたしはここのAクラス担当だから。なるべく全員残ってね。頭が悪い子が入ってきたら教えるの面倒くさいんだもーん!!」
両足をダンダンと鳴らしている。――なんだ。この教師は。こんな奴がきちんと教えられるのか……。それにしてもなんとなく説明を理解できたが……。
「そんじゃ。詳しくは校長先生が校庭で説明してくれるので。みんな校庭にゴー!!!」
……自分が説明するのは面倒くさいのではないのか? まぁそんな疑問は置いておくことにする。こんなことで考えるなんて時間の無駄だ。先生の話が終了すると皆ガタンガタンと音を鳴らしながら席を立った。そしていつの間にか教室のドアには人が沢山集まっていく。やっとのことでそこを抜け廊下にたどり着くと、もっと多くの魔法使いがワイワイとお喋りをしながら校庭へと歩いていく姿が。
一クラスが五十人だから二百人もの一年生がいるのか。その中でAクラスに入るのは結構難しいのかもしれない。俺は右手にはめたブレスレットを見た。光の反射で赤色に輝いている。俺は校庭を目指し、歩き出した。
「それでは十五分後にはこのような隊形に並んでおくこと」
一人の教師がそういうと、皆足を崩し溜息を漏らした。俺はゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡した。校庭の隅では数十人の教師たちが歪んだ空間の周りに集まっている。テストの準備の最終確認をしているのだろう。……あの空間でテストを行うのか?
そんなことを考えていると後ろからザワザワ声が聞こえる。俺は無意識に振り返る。そこには今朝の少女が生徒たちに囲まれていた。そいつのブレスレットは青色に輝いている。――あいつはBクラスなのか。
言い忘れていたが、ブレスレットはクラスによって色が変わるらしい。あの変な女の教師が言っていた。ちなみにAクラスは赤、Cクラスは黄、Dクラスは黄緑色になるとのこと。これもあの変な女教師がヘラヘラ喋っていたんだけどな。
「ねえ進条さん、先生が言ってたのって本当なの?」
ある女子が目を輝かせながら言った。先生というのはBクラス担任の教師だろう。
「はへ?! ええっと……」
進条と呼ばれた今朝の女子はそう問いかけられ、吃驚したのか声が裏返っている。今朝会った時と同じように体を小さくして、いかにもか弱そうなオーラを漂わせて小さな声で
「……本当です……」
と言った。何が本当なのだろうか。Aクラスにいた俺にはさっぱり分からん。進条のこの言葉に周りの奴らはますます目を輝かせた。
やっぱり! 本当だったんだ! 絶対そうだと思ったよ。だって目の形とか似てるもん。うん。似てる似てる。声とかもちょっと似てるぜ。
口々に皆言った。
「それじゃあ進条さんはこの魔法テストも楽勝だね。いいなあ!」
「え……。楽勝じゃない……ですよ……」
とても小さな声を発し、進条はうつむいた。言葉が詰まっている。なんでと皆が言う前に進条は口を開いた。
「わ、私は全然魔法なんて……使えないんです。……凄いのは、その、母だけで……」
それっきり進条は黙りこくってしまった。やれやれ。なんの話をしてるんだか。俺はズボンのポケットに手を突っ込み、空を見上げた。そこには時計が空中に浮いており、時々強い風が吹くとふわりふわりと上下に揺らいでいた。
その時、俺の腹部にトスッと何かがぶつかり、
「どわっ!」
思わず変な声をあげてしまった。下を見ると、そこには二人のちっこい女の子が手をつないで俺を見上げていた。そいつらはどう見ても小学生にしか見えないくらい幼く、どっちがどっちか判からなくなるくらい顔が似ていた。きっと双子なのだろう。いや。そうに違いない。
「す、すみませんです!」
「何このオッサン」
ほぼ同時に二人が口を開いた。一人の子がペコリと丁寧なお辞儀をしているのに対し、片方は不機嫌な顔で俺を睨んでいた。
……おい。今なんて言った?
「はぁ? あんた聞こえなかったの? 耳鼻科か脳外科行ったほうがいいんじゃないの? オッサン」
「ちょっと真実ちゃん!」
憎たらしい方の女は下を思いっきり出してあっかんベーを、おとなしい方は憎たらしい方に何やら小声でそいつを怒っている様だった。
「……ふんっ」
憎たらしい方がそっぽを向く。おいおいおい。誤れよ。憎たらしいちびっ子女子。
「……ごめんなさいです」
口を開いたのは礼儀正しい方の少女だった。それと同時に憎たらしい奴の頭をぐいっと押して、無理やり頭を下げさせた。そして自分も深く頭を下げた。
「んあああああ! ちょっ……由美?!」
憎たらしい方は手足をバタバタさせている。動かないように必死にもっと押さえつける大人しい方。……自業自得だな。その数秒後。何を思ったのか『由美』と呼ばれた礼儀正しい少女は、憎たらしい少女『真美』を押さえつけていた手をそっと離した。――もっとこらしめてやってもいいんだぞ。
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2008/08/04(Mon)11:14:21 公開 / 山鼠
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