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『逆説の境界』 作者:渡瀬カイリ / ファンタジー 未分類
全角36508.5文字
容量73017 bytes
原稿用紙約109.2枚
人型機械が流行する世界で、機械はどこまで人に近づくことを許されるのか。どこまで感情を交わすことができるのか。そんな、人と機械の境界の話。
■逆説の境界
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 悲しみは、時に人の原動力になる。
 絶望の中で潰れてしまう人間は多い。だが、そこから這い上がる者は、以前の彼からは想像もつかないような力で戻ってくる。例えるなら、高温で焼かれるほど鉄が強くなるように。
 しかし、悲しみに支配された者に、冷静な判断力は残されていない。
 どんな手を使ってでも、必ず這い上がる。ただそれだけ。
 理性。常識。世間の目。そんなリミッターを外されるからこそ、彼らは強くなるともいえる。
 たとえそれが、正義でなくとも。
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▼ 第一章
 カラン、と鳴った鈴の音で、佐藤幸多は読んでいた漫画から顔を上げた。正面にある厚い鉄製のドアに光の亀裂が入り、ゆっくりと開く。建てつけの悪くなっているその扉を必死に押し開けて顔を出したのは、二十代半ばくらいの男。重すぎて完全に開けられないのだろう。ぎりぎり自分の体が入る分だけ開け、体を滑り込ませるように入ってくる。ぎぎぃと盛大な音を立てて閉じたドアに、まるで閉じ込められたかのような怯えた表情をする青年。警戒するようにきょろきょろと周りに視線を走らせた彼に、幸多はこんにちは、と声をかけた。
「あ、こ、こんにちは」
 青年はびくりと痙攣してから彼の方を向き、挨拶を返す。平日の昼間、その筋では有名な店のカウンターで、幸多のような少年と出会うことは青年にとっては予想外だったのだろう。ただでさえ緊張気味に入ってきた彼の声は、パニックのあまり不自然に裏返っていたけれど、幸多は不審に思うこともせず、立ち上がった。
「あ、あの……」
 青年が、用件を告げようと口を開いたけれど、幸多は構わず後ろにかけてある暖簾に頭をつっこんで、廊下に向かって叫ぶ。
「政兄、お客さんだよ」
 そういってから幸多は、だったらさっきの挨拶はこんにちはよりもいらっしゃいませの方が良かったかな、などとどうでもいいことを思った。
「あー、分かった。今行く」
 廊下に面した部屋の、開けっ放しになっているドアから、返事と部屋を動き回る足音が聞こえる。彼は振り返り、青年に今来るって、と告げた。
 
「お待たせいたしました。沢村様ですね。ご利用ありがとうございます」
 今行く、の言葉通り、政兄と呼ばれた彼――神谷政輝はすぐに現れた。短く刈った髪に西洋彫刻のような彫りの深い顔。沢村と呼ばれたその客と、歳はほとんど変わらないくらいだが、病的なまでに痩せている沢村とは違い、何かで鍛えたように無駄のない体つきをしている。色白で、もやしっ子といつも兄にからかわれている幸多は、毎度のことながらそれを羨ましいと思っているけれど、人間は完璧ではない。その人並み以上の容姿を人並みに下げている服装を見て、幸多はまたかよ、と心の中でため息をついた。
 くたびれた作業着に、とりあえず半分外して耳にかけた防塵マスク。手には白の綿手袋という、奇妙な格好。たいして汚れる仕事ではないのに、楽だから、の一言で政輝は作業服を好んで着る。そして、更にそれを引き立てているのが、彼の後ろについてきた美少女だった。
「お預かりしていました、ゆかり嬢でございます」
 政輝とは正反対の、流行の最先端の服を着た美少女。ぱっちりとした目が印象的で、とても可愛らしい。そして、青年――沢村を見た瞬間、彼女のその可愛らしい顔がぱっと明るくなった。
「康介! 会いたかったよ。一人で、寂しかったんだから……」
 ぱたぱたと沢村に駆け寄った彼女は、甘えたような仕草で彼に抱きつく。そのちょっと拗ねるような声に、沢村は驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべた。
「……ゆかり? あ……すげぇ……こんなに……。あの、ありがとうございますっ」
 嬉しそうだが、まだ、ちょっと信じられないという表情のまま、沢村は政輝に頭を下げる。
「いえ。何か不都合や困ったことがあったら何でもご相談下さい。できる限りのことは致します」
 政輝は、沢村の反応に満足したのか、にこやかにそう告げた。
 
「可愛がって下さいね」
 店を出て行く二人に、政輝はいつもの言葉を告げる。はいっ! とやけに気合の入った返事をして、沢村とゆかりは帰っていった。入って来た時は重たそうにしていた扉も、今の沢村には何の障害でもないのだろう。
 腕を組んで、店を出て行く二人は、幸せそうで、どこからどう見ても普通の若い恋人同士だった。

     ◆     ◆     ◆

「ねぇ、政兄? 今の沢村さんって、どんな注文してきたの?」
 沢村を見送り、領収書の控えを片付けている政輝に、幸多は興味津々といった声で話しかける。さっきの『彼女』ゆかりは人ではなく、アンドロイドだった。もちろん、見た目は人となんら変わりないし、会話もできるので、人と見分けるのは難しい。だが、この店に預けられて三週間。後頭部の、髪に隠れてしまう部分にある端子に、コードが繋がれているのを幸多は何度も見かけた。人間には、そんな端子はついていない。
 とはいえ、別に幸多はアンドロイドが珍しかったわけではない。人型ロボットが発展したこの時代、個人がアンドロイドを持つのは特に珍しいことでもない。けれど――
「あのな、この仕事には守秘義務ってものがあるんだ。個人の……」
「根源的なところに迫る問題だから、簡単に首をつっこむな。でしょ?」
 政輝の言葉を先取りして、幸多は得意そうに笑う。政輝は、人工知能の、特に人格に関連するプログラムを組むことが得意で、市販のアンドロイドの人格プログラムを、持ち主の好みに合わせて改造することを副業にしていた。しかし、人格プログラムは、依頼主の性格――と言うより性癖に深く係わるため、法で規制されてはいなかったが、政輝は自分で自分に守秘義務を課し、幸多に依頼内容を教えてくれることは滅多にない。
「いいじゃん。僕、誰にも言わないし。僕も将来は政兄みたいなプログラマーになるんだもん」
 将来のための勉強だ、といいかけ、それが失言だということに気付いた幸多は慌てて口を閉ざした。しかし、それを政輝が聞き逃すわけがない。
「だったらまずは学校の勉強をしっかりすることだな。漫画ばっかり読んでないで、問題集の一冊や二冊、やってみたらどうだ?」
 その父親のような言い方に、幸多は多少の反抗心を持つけれど、口でも力でも政輝には敵わないのはもう充分すぎるくらい理解している。はぁいと大人しく頷きながら、幸多は政輝の横顔をぼんやりと窺った。
 
 遺伝子編成百年構想。そう名付けられたその計画は、少子高齢化や生活習慣病患者の増加による医療費の圧迫に追い詰められた政府が最後に打ち出した、病気になりやすい遺伝子を排除する、というそれはもう単純明快な計画だった。
 全ての国民に遺伝子解析を義務付け、いくつかの疾病の罹患確率で四段階に区別し、出来るだけ『上位』の遺伝子が残るように、法や医療の整備を行う。上位階級の男性には、年二回、国営の精子バンクへの精子提出義務が。女性には上位階級の男性との子供、又はその遺伝子を基にしたデザイナーベイビー(遺伝子操作をした受精卵による子供)の出産などが推進され、虐殺などという原始的な方法をとらずとも、確実に遺伝子の『編成』が進み、罹患率は飛躍的に減少した。
 しかし、出産に制限をかけたことで、必然的に人口は減る。そのために、発展したのが人型ロボット産業だった。元々は労働力不足を補うためのアンドロイド開発が主流だったのだが、人工知能の高度化、人工粘膜などの発明により、より人に近い姿をしたバイオロイドが開発され、今では人間のパートナーにもなりうる存在にのし上がった。家事手伝いには、安くて壊れにくいアンドロイド。愛玩用には、柔らかな皮膚と涙をもつバイオロイド。それぞれの特徴や価格、用途により、どちらか一方に人気が偏ることもなく、二大市場は続いていた。
 政輝が主に扱うのは愛玩用、特に、陰ではセクサロイドと呼ばれる類のロボットである。元々は『下位』に属する人間、特に男性に使用されていたものだったが、容姿の美麗化、人格プログラムの精密化が進み、今や階級や性別の区別なく人気を集めている。自分好みの容姿、性格にカスタマイズし、ちょっとした理想の恋人を作り上げる。かつて流行した恋愛シミュレーションゲームをリアルで体験できるといえば、分かりやすいだろうか。例にも漏れず、沢村は、『彼女』を『年下のちょっと甘えん坊な女の子』にして欲しいと、依頼してきた。
 アンドロイドたちの人格プログラムは、ロボット三原則に基づいて組まれている。人を傷つけることがないように、人に逆らわないように。それは、全てのロボットにおいて共通の大原則であり、それを侵すことは許されない。そのため、ある意味では当然なのだが、そのプログラムはそれらの原則を守ることにのみ重点をおいて開発されている。ただ、その結果できあがった、市販の人格プログラムが、どれも似通っていて、少々面白みに欠けるのは否めない。主の命には絶対服従。何を言っても、答えはイエス。当然というよりも、仕方のないことだが、それでは人間味に欠けるというのも事実である。愛玩用にバイオロイドやアンドロイドを購入する人間の中には、機械たちにより人間らしい反応を求める者がいる。彼らにとって少々の反抗は、我侭や生意気さとして可愛さの範疇に入るらしい。大原則に違反するような改造はもちろんできない。けれど、違反しない程度の反抗心を求め、自分好みにカスタマイズする。政輝の作り出す人格は、よりリアルな関係を求める男たちを魅了してやまず、特に宣伝もしていないのに、その筋では有名なプログラマーとして名前が知られていた。
 
「さて、仕事も終わったし、飯にしようか」
 書類を全て片付けた政輝が、振り返る。その表情は、たいして怒っているようには見えなくて、幸多は少し安心して頷いた。
「今日は……味噌ラーメンだなっ!」
 そういって、幸多の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、政輝は歩き出す。わぁい、と無邪気な歓声を上げながら、幸多はふと、何故政輝が昼のメニューを知っているのかを疑問に思った。政輝がリビングに入る前にメニューを言い当てることは珍しくない。今日はカレーだな、と言ってみたり、トマトスープだと言い当てたりする。それは幸多にとってひどく不思議なことだったけれど、本人に聞くのも何か癪な気がして、ずっと黙っていた。

     ◆     ◆     ◆

「いただきますっ!」
 そういって、やはり政輝の予言どおりに出てきた味噌ラーメンに、幸多は箸をつけた。
 
「敏博は?」
 まだ自分の分が出来ていない政輝は、カウンター越しのキッチンに向かって話しかける。
「敏君は学会で京都。桜は終わっちゃったけど、いい季節ね」
 菜箸で鍋を混ぜながら、返ってくる答え。優しいその声に、幸多はひどく幸せな気分になる反面、その声の主の愛情を独占する目の前の男に、ひどい嫉妬を覚える。動物の絵柄がプリントされた、可愛いエプロンをつけた彼女は、政輝の恋人だった。
 
 政兄、と幸多は呼ぶが、政輝と幸多の間に血の繋がりはない。父親に勘当された兄、敏博が、幸多を連れて政輝と彼女――悠季の家に転がり込んだのが四年前。最初は政輝さん、悠季さんと呼んでいたのだが、いつの間にか政兄、悠季姉と、呼ぶようになった。
 
「秋にも行くみたいだから、その時は幸ちゃんも連れて行ってもらえば? 一泊くらいなら、大丈夫でしょ?」
 生まれつき心臓に持病があり、体が弱い幸多は、滅多に遠出をすることはない。学校もオンラインシステムを使っているので通学する必要がなく、修学旅行だとか、林間学校などというイベントも経験したことがなかった。それでも最近はずいぶん丈夫になってきて、日常生活は問題なく送れるようになったから、一日くらい遠出しても大丈夫だと悠季は判断したのだろう。初めての旅行。その魅惑的な言葉に、行きたい、と即答してから、幸多ははたとして、でも……と口ごもる。
「行くなら……政兄や、お姉ちゃんも、みんなで行きたい……」
 呟くようなその声に、そうね、と悠季は答えた。けれど、彼女に行く気がないことは、この四年間で幸多は嫌というほど学んでいる。何せ、一度だって、彼女が外出するところを、幸多は見たことがないのだから。
 
 インターネットが発達したこの時代、食材や日用品はほとんど宅配で手に入るから、店舗を持つ店は少ない。飾るだけで見栄えのする服などは、今も確かに店舗販売をしているけれど、それだってずいぶん減った。外出したくないと思えば、しなくてすむのがこの時代だけれど、悠季のそれは度が過ぎている。彼女の世界は、この家の中だけ。幸多と違って、体が弱いとか、思い当たることは何もないのに、彼女は外に出たがらない。
 更に幸多が不思議なのは、政輝がそれを咎めないことだ。たまには二人でどこかへ行きたいだろうに、彼は決して外出しようとは言わない。それどころか、幸多が彼女を外出させようとするのをひどく嫌がっているようにさえ見受けられる。それでも、その理由を聞くことは、なぜか憚られて、幸多はいつも聞けずにいた。
 
「そうだ。大塚さんから電話あったよ。今度会いたいって」
 二人分のどんぶりを盆に載せて、悠季がリビングに入ってくる。彼女からどんぶりを受け取りながら、政輝は何の用だって、と聞いた。
「特に言ってなかったけど……多分、いつもの……」
 そこまで言えば、充分通じる。あぁ、と苦い顔をして、黙り込んだ彼に、彼女は箸を渡した。
「何度言ったら分かるんだろうなぁ、あの人も。……いただきます」
 苦い顔のまま、政輝はラーメンをすする。幸多はまだ会ったことがないけれど、自分の会社でプログラムを組んでほしい、と大学院の先輩でもある大塚は、そういって何度もスカウトに来ているらしい。機械工学からプログラミングへ転向した政輝は、ハードもソフトも扱えるから、欲しがる会社は多い。それでも政輝は、定時に出社して決まった仕事をするのが嫌だ、などというふざけた理由で仕事を断り続け、自宅を兼ねた工場……というよりは作業場といった方が正しいくらい小さいその場所で、細々と機械をいじったりプログラムをいじったりしていた。


     x     x     x
 僕は機械になりたい。少年はそういった。唐突に何を言い出すんだと笑う兄に、少年は本気だよ、と怒る。
 少年は、生まれてから一度も、その部屋を出た事がなかった。
 検査のために少し部屋を出ることはあっても、そんなのは外出のうちにも入らない。真っ白な病室と、白い窓枠に切り取られた空。それだけが、彼の世界。テレビに映される外の世界は、彼にとって、ただの異世界でしかない。
 自らの体重すら支えきれないひ弱な足。歩けば、一分もしないうちに酸素不足を起こす肺。何もかもが自分の思い通りにならないこの体を、何度窓の外から捨ててしまおうと思っただろう。
 生まれ変わるなら、あの機械たちのように頑丈で、屈強な体になりたい。少年は、もう一度繰返した。
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▼ 第二章
 食事が終わった後、幸多は政輝に連れられて久しぶりに外出した。とはいえ、政輝が使う、仕事用の基板を買いに行くだけの話だけれど。
 
 その街に、幸多が行くのは初めてだった。電車を乗り継いで三十分。綺麗に整備されてはいるけれど、どこか不健全な匂いのする街。ここ数十年で、国内有数の風俗街にのし上がったそこには、百年の歴史を誇る電気街としての姿はほとんど残っていない。それでも、最深部に残る僅かな電気店には、今日も密やかな光を求めて、客が集まっていた。
 伝統の店には、その歴史の分だけの時間をかけて作られた人脈と、情報網がある。品を買うというよりも、その情報と人脈が目当てのように、政輝は足繁くそこへ通っていたけれど、如何せん、表の姿は風俗街だ。幸多のような子供を連れて歩けば、嫌でも目を引く。
 ホテルや、如何わしい店の前を歩けば、ひそひそと囁くような声が聞こえる。
 ――可愛い男の子。
 ――いくらで買ったんだろう。
 
 奇異の目にさらされ、怖くなった幸多は政輝の腕にしがみ付いたが、それすら、周りの人間には違う意味を持つのだろう。嘲笑と、羨望が入り混じったざわめきが広がる。しかし、彼らのことなど、まるで目に入っていないかのように、政輝は歩いた。駅の前の綺麗な町並みを素通りし、ホテル街を抜けて、更に深いところへ。散々歩いたその先に、やっと目的の店はあった。
 
 今にも倒れそうな雑居ビルの地下一階。ダンボールやら、ごみだか何だか分からないようなものやらで、足の踏み場もないような階段を下り、上の蝶番が外れかかったドアを開ければ、ドアベルなどいらないくらいの大きな音がする。レジのところでモニターを見つめていた、初老の男が顔を上げた。
「いらっしゃい。って、なんだ。政輝じゃねぇか。そっちの坊主は? お前の息子か?」
 そういって笑う男に、政輝は苦笑する。
「勘弁してくださいよ。俺まだそんな歳じゃないし」
 子供自体はいてもおかしくない歳だが、さすがに幸多の歳の子供はない。まだ二十五っすよ。遊びたい盛りです。と、続ける政輝の言葉を、男は軽く受け流す。
「幸多。九重さんにご挨拶。ここの店長さんだ」
 九重というのが、苗字なのか名前なのか分からず、一瞬戸惑ってから、幸多は頭を下げた。
「こんにちは。佐藤幸多です。政兄のうちに、兄と二人でお世話になっています」
 丁寧に頭を下げた幸多を見て、九重は、可愛い孫を見るような笑顔を浮かべる。
「はい。こんにちは。俺はここの店主の九重だ。こんな店だが、何か気に入ったものがあれば持って行っていいぞ。サービスしとくからな」
 その笑顔は、どこか懐かしさを含み、幸多は初対面のその男にひどく親しみを感じた。そしてその声も、聞いていると何だか安心する。後ろで、だったら俺にサービスしてくださいよとぼやく政輝を無視して、幸多は礼をいった。そのあと、商談に入ってしまった二人を置いて、幸多は物珍しげに店の中を見回し、商品を見て回る。
 古めかしい店のイメージに違わず、電気屋というよりは骨董屋のような品揃えのその店は、幸多の好奇心を刺激するには充分で、いつもなら待たされている間中退屈な時間を過ごしていたのに、今日はいつまでも二人の商談が終わらないようにと願いながら、古い道具たちを眺めた。
 今はもう変換機無しでは使えない、たった五十テラバイトのハードディスクドライブ。USBなんて、もう骨董品の域ではないだろうか。そこら辺に転がっているCPUだって、今では全く互換性がないのに、一体誰が使うのだろうと不思議になる。更に奥へ行けば、骨董品どころか文化財ともいえる、古ぼけたアナログの時計や謎の機械が陳列されていた。
 
「おう。何か気に入ったものはあるか?」
 商談が一段落したのか、九重が幸多に声をかける。幸多は、これ、と腕時計を差し出した。長針と短針、秒針のついているシンプルなアナログ時計。辛うじてソーラー電池が使われているらしく、今もまだ動いている。ただ、的外れな時間をさしているところを見ると、電波時計ではないらしいが。
「あぁ、それか。……いい目してるな、坊主。それはそこのメーカーの創立二百周年記念モデルだ。もう、百年くらい前になるんじゃねぇか」
 ……百年。やはり、骨董品の域だ。
「そろそろ化ける頃かもな」
 楽しそうに笑った九重に、幸多は化けるって? と聞いた。
「この国の古い言い伝えでな、九十九神って言うのがいるんだ。物は、百年経つと魂が宿って神になる。だけど、あと一年ってところで、神になれなかった道具は、中途半端に魂が宿って化けるって言われてるんだ。だから、大事にしてくれな?」
 後ろで政輝が、そんな非科学的なことを、と苦笑したけれど、幸多はなぜか笑う気になれなかった。それどころか、今、自分の手にあるその時計が、何か不思議な力を持った、神秘的な存在にすら思えてくる。
「持ってっていいぞ。あ、時間、合してやる」
 あっさりと言われて、幸多は本当、と問い返す。どうせ誰も買わないのだからただでいい、と笑顔でいわれて、幸多は嬉しさのあまり声をあげた。
「ここの螺旋、竜頭って言うんだが、ここで時間を合わすんだ。滅多に狂わねぇけど、電波じゃねぇからな。時々は合わしてやってくれ」
 そういって、九重は丁寧に竜頭を回す。よし、という声と共に、短針と長針が、あるべきところにおさまって動き出した。
「ありがとう。僕、大事にするね。宝物にするから」
 大事そうに両の掌で受け取り、幸多はもう一度、ありがとうと繰返した。

     ◆     ◆     ◆

 飽きることなく時計を見つめている幸多に、埃だらけのこの店の、一体どこにしまってあったのか、新しいダンボール一つ抱えた政輝が、それじゃあ、帰ろうか、と声をかけた時だった。
 あの古い扉が、盛大な音を立てて、新たな来客を告げる。
 
「何だ、今日は忙しいな」
 そういって、九重が扉の方を振り返ると、この古い店にはそぐわない、綺麗なスーツで身を固めた男が入ってきた。
「こんにちは。……何だ、神谷も来てたのか」
 スーツの男は、こんなところで会えるなんて嬉しいよ、とにっこりと笑う。それを見た幸多が、友達? と政輝を振り返れば、当の本人はひどく苦い顔をしてスーツの男を睨んでいた。
「大塚先輩……」
 苦い声に、幸多はこの人だったのか、と少し驚く。政輝の話を聞く限りでは、もっと体育会系の、言ってみれば九重をもう少し若くしたようなイメージを抱いていたのだけど、実際の大塚は、細身で神経質そうで、がさつな政輝とはあまり仲良くできそうにない顔をしていた。
 
「そっちの子は、コウタ君?」
 突然名前を呼ばれて、幸多はあぁっ、はい、と慌てて頭を下げる。政輝は大塚に、自分の話をしていたのか、と少し不思議に思いながら、幸多はこんにちは、といった。
「……へぇ、ちゃんと挨拶ができるんだ。すごいね、この子」
 そういって、心底驚いた顔で、大塚は幸多を見る。
「この子ってあれだろ、八州会病院の……」
「俺の家族です」
 大塚の言葉を、政輝はそう遮った。それ以上は、何も口にするな、と言外の圧力つきで。
「……まぁ、いいや。それで、電話の話、考えてくれたか?」
 政輝の圧力を意に介することもせず、大塚はさらりと話題を変える。
「……何度いったら分かるんですか。俺はあの家を継ぐんです。先輩の会社には行きません」
 政輝の家は、小さな自動車修理工場から始まった機械工場だった。とはいっても、今は本職の機械修理業よりも、副業でやっている人格プログラム改造の方が、収入源としては圧倒的だったけれど。
「お前ほどのプログラマーがあんな小さな工場で終わるなんて、もったいないだろう。だから……」
「あんな小さな工場でも、俺の大事な家なんです」
 その言葉通り、もうほとんど使われない道具たちは、今でも一つ一つ綺麗に磨かれて、あるべき場所でその出番を待っている。けれど、そんな事情は、大塚には関係がない。
「お前はもっと、広い世界でその力を使うべきだろ?」
 自分が決して手にすることのできない才能を、趣味と副業のためにしか使わないのが、大塚にはもどかしいのだろう。理解ができない、というような顔で、大塚は詰め寄った。
「俺のこと評価してくれるのは嬉しいです。機械工学だけだった俺に、先輩はプログラムっていう新しい世界を教えてくれた。それはすごく感謝しています。でも、工場を継ぐって言うのが、俺の小さい頃からの夢なんです。だから、申し訳ありませんけど……」
 あまりにも必死な大塚に、普段の『仕事行くのが嫌だから』というふざけた理由は口にせず、政輝は丁寧に断った。両者の意見は交わることもなく、時間だけが過ぎる。
 
「大塚よぉ、うちの店でスカウトすんのは程ほどにしてくれよ。だいたい、一緒にいる坊主が腹減らして帰りたいって顔してんぞ。頼まれてたものは奥の倉庫にあるから……」
 そう九重がにらみ合ったままの二人に、言葉をかけ、大塚はやっと退く。
「……俺は絶対諦めないからな」
 そういい残して、倉庫、といわれた奥の部屋へ向かった。
 
 倉庫の扉が完全に閉まったのを見て、九重は政輝にもてる男はつらいねぇと苦笑する。
「男にもてても嬉しくないですよ」
「そりゃそうだ」
 頷きながらも九重は、政輝のその不機嫌そうな顔を見て、楽しそうに笑っている。笑いすぎっすよ、と政輝は言うけれど、相変わらずお前は男にばっかり人気があるんだから、と最後には声をあげて笑い出した。
「あぁ、もう。……じゃ、失礼します。ありがとうございました」
 今度こそ、別れを告げた政輝に倣って、幸多もさよなら、とお辞儀をする。
「おう。また来いよ」
 今度はもっとゆっくりして行け、と頭を撫でられて、幸多ははい、と答えた。
「それから、政輝」
「はい?」
 聞き返した政輝に、九重はふと、笑みを消す。
「……無理、すんなよ。困ったときは、周りに頼れ。いいな」
 その言葉に、政輝は特に反応することもなく、ただはいと答えて、そのまま店を後にした。
 
 帰る道すがら、普段よりも更に口数が少なくなった政輝を心配した幸多が、
「政兄。困ってるの?」
 と問うたけれど、政輝はそんなことはない、と笑うだけで、何も言わなかった。


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 彼のような半人前に任されるのは『失敗しても問題ないもの』だけで、最悪の結果も当然のように許されていた。……いや、許す許されるどころか、問題視すらされない。
 そんな『もの』で訓練を重ね、やがて『命』を扱うようになる。それが、この国の決まりだった。
 
 それでも、その日運ばれてきた『もの』に、『もの』以上の感情を抱いてしまった理由は、彼がまだ半人前だったからだろうか。
 肩よりも少し伸ばした髪。ふっくらとして荒れ一つない唇。眠るようにして閉じているその目。それを開いて微笑んだら、どれだけ可愛いだろう。特別な思い入れなど抱いてはいけないのに、彼はそんなことを思いながら、救急隊員から渡された遺伝子カードをリーダーに通した。
 国民全員が持つことを義務付けられている小さなカード。そこには、遺伝子解析の結果や遺伝子ランク、血液型などが記載されている。
 名前、性別の次に表示された生年月日。それは、十八年前の今日だった。些細なことといってしまえばそこまでだったが、彼はどこか運命めいたものを感じ、思考を一瞬停止させる。
 ――遺伝子ランクD。生活習慣、優良。喫煙経験なし。飲酒経験なし。臓器移植への同意、あり。
 最後の一項目を取り上げ、明らかに手の施しようのない『もの』に、延命措置を命じた彼に、周りの人間は信じられないという顔をした。そして同時に、哀れみにも似た視線を彼に向ける。
 ――何を同情しているのかしらね。
 口には出さずとも、その目が、雄弁に語っている。
 ――ほら、弟さんがあれだから。
 部屋の隅でこっそりと囁かれた言葉に、吐き気に似た感情を覚えるが、彼はそれを必死に取り繕う。移植臓器の確保のためだと強引に言い張って、彼は人工延命装置を取り付けた。
 遺伝子ランクは低くても、生活習慣が良ければ、臓器移植に使えないことはない。機械でいえばスペックは低くともメンテナンスは完璧ということだからだ。ただ、わざわざ延命措置までして臓器を確保する必要があるかと問われれば、十中八九、別にそこまでして確保しなくてもいいのではないか、という答えが返ってくるだろう。それでも、どこか言い訳めいた言葉を並べ、彼は延命措置を講じた。
 人工呼吸器で無理矢理肺に空気を送り込み、心臓を動かす。こうしておけば、血液が全身に酸素を届け、臓器の鮮度を保ってくれる。但し、強打した脳だけは、もう使い物にならない。どんなことがあっても、『それ』が目覚めることはないのだ。今の『それ』は、移植臓器の固まりに過ぎない。
 だけどせめて、最期の時間くらい作ってやりたい。始まりの日が、終わりの日になってしまったとしても。たとえ意識がなくとも、見ず知らずの人間達に囲まれて最後の瞬間を迎えるより、家族に見守られてゆく方が、きっと幸せだろう。柄にもなくそんなことを思い、彼は装置を動かし続けた。それが、彼の自己満足以外の何物でもないことは、嫌というほど分かっていたけれど。
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▼ 第三章
「おい、幸多。その八橋はお前のじゃなくて、悠季ちゃんのだろ。お前はこっち」
 生八橋を手に持って、ぷにぷにしてるぅと騒ぐ幸多に、敏博は地域限定のスナック菓子を手渡した。外科医らしいすらりとした指。体育会系の政輝とは対照的に、敏博は色白で線も細いが、決してひ弱というわけではなく、鋭利な刃物のような雰囲気を纏っている。
「味噌味ってうまいのか、これ」
 幸多の手からスナック菓子を奪い、政輝が怪訝そうに眉を顰める。神谷家リビングは現在、京都の学会から帰還した敏博のお土産披露会場と化している。
 
「なぁ、敏博。俺には? 何かないのか」
 そういって、右手を差し出した政輝に、敏博はにやり、と笑ってビニール袋を手渡す。
「お前には、これしかないと思って買ってきた」
「ほう」
 がさがさと袋を漁って出てきたのは、浅葱色の羽織。
「……お前は、修学旅行の高校生か? それとも、日本マニアの外国人か?」
 怒るというよりはすでに呆れて、政輝が呟く。けれど敏博はめげもせず、にこやかに言い放った。
「これ買うのが一番恥ずかしかったんだぞ」
 だったら買うなよ、というツッコミは、禁止なのだろう。それ以上はあえて文句もいわず、政輝はそれを肩にかける。その姿を満足そうに見た敏博は――
「それから、俺、来月から外科部長だから」
 と、唐突にいった。
 
「へぇ……って、外科部長? ずいぶんな出世じゃないか。よく上が決断したな」
 信じられない、という顔で、政輝が聞き返す。敏博たちの父親は、八州会というそれなりに大きな病院グループの頂点に立つ男で、業界ではそれなりに力を持っている。その彼が勘当した息子を、外科部長などにすれば、どんなことになるのか、経営者は理解しているのだろうか。
「敏兄、もしかして、今度の学会でお父さんと仲直りしたの? 帰ってきていいよって言われたの?」
 幸多が嬉しそうに目を輝かせてそう問えば、敏博は一瞬だけ幸多と目を合わせ、すぐに視線を政輝に向ける。
「この時代、リスクの高い移植だの輸血だのをやる医者少ねぇんだよ。俺、業績も技術も一流だし? 狭い業界だけど、職場も違うし。別に、あの男の顔色窺う必要もないんじゃね?」
 口元だけを笑みの形に歪めて、敏博は笑う。
「まぁ、今のとこで出世したって、勘当は解かれないから。もうしばらく、ここにいさしてな」
 そういって、ほとんど一方的に敏博が話を打ち切り、政輝は何もいわず黙って頷いた。

     ◆     ◆     ◆

「悠季ちゃん、体の調子はどう?」
 政輝と幸多が風呂へ行き、二人きりになったリビングで、敏博はいつもの言葉を悠季にかけた。それを聞いた悠季は、心配性なんだから、と苦笑する。
「二、三日の間に激変するわけないでしょ? いつもと一緒。大丈夫よ」
 笑い飛ばす彼女に、敏博はでも、と食い下がる。
「俺は、悠季ちゃんの、主治医だから」
 数年前、悠季は交通事故で死にかけた。奇跡的に五体は無事だったが、頭を強く打ったせいで記憶障害が残ってしまった。事故以前の記憶が曖昧なのだ。全く思い出せないというわけではないのだけれど、どこか非現実的な感覚。自分が経験したという実感が伴わない記憶。時間が経てば思い出すかもしれないから、焦らないで、と敏博はいう。それでも、絶対思い出せるという保障はないようだった。ただ、事故以降の記憶はしっかりしているから、日常生活には支障はない。彼女ももう慣れたのか、事故直後ほど過去のことを気にすることはなくなった。記憶以外の生活は、もう何ら問題はないのだ。それでも、敏博は彼女の体調を過保護なまでに心配する。
「分かってるよ。でも、敏君は、もう一人前のお医者さんだよ。心配しなくて大丈夫だよ」
 不安げな顔をする敏博に彼女は、姉のように笑って答えた。いつも不敵な笑みを浮かべ、自信家で優秀な敏博が、こんなに頼りない表情を浮かべることを、ほとんどの人間は知らないだろう。幼い頃から、大病院の頂点に立つことを期待されてきた重圧が、どんなものだったのか、一般家庭に育った悠季には想像もつかない。
 出来て当たり前、といわれるのは苦にならない。失敗した時に、跡取りだからフォローしてもらえると思われるのが嫌だ、と敏博はいった。金の力で揉み消してもらうんだろうと、思われるのが嫌だと。そのために、敏博がどれだけ努力をしているか、世間の人間は知ることはない。
「私はちゃんと、生きてるよ。ここにいるよ。ね?」
 敏博の手をとって、悠季は自分の手に重ねた。彼女は、自分が敏博にとって特別な患者であることを知っている。平等を謳う医学において、特別というのはいけないのだが、それでも特別なのだ。意識不明の重体から復帰した初めての患者。
 ――悠季ちゃんが目を覚ましてくれた時、俺、すっげぇ嬉しかったんだ。
 自分が生きていることが、敏博にとって、彼の医療行為の肯定であることを、彼女は理解していた。だから、敏博が問えば、彼女は自分が生きていると答える。敏博の処置は間違っていなかったと、心配ないくらい元気になったと、彼女は答える。もう、何度も繰返されたやり取りだった。
 
「そんなことより、今度の秋の学会、幸ちゃんも連れて行ってあげたら? あの子、旅行したことないでしょ。きっと喜ぶよ」
 先日のやり取りを思い出し、敏博に伝える。あの時の幸多の嬉しそうな表情を思い出し、是が非にも連れて行け、と彼女は言った。
「あー、そだな。その時は、悠季ちゃんも行く? 秋の京都は、いいよ? 紅葉は綺麗だし、料理はうまいし、それに……」
 敏博の言葉を遮って、悠季は首を振る。
「私はいいよ。……まだ、外には行きたくない」
 記憶の他にもう一つ。事故以来、彼女は外出するのを嫌がるようになった。理由は彼女の中でもはっきりしていないらしいのだが、とにかく外に出ることを嫌がる。記憶と共に、時間が解決するだろうと、敏博は思っていた。無理に連れ出して、外の世界を見れば、何かを思い出すかもしれないとも考えたが、それは政輝が反対する。だから敏博は、彼女が自分から外に出たいという日をじっと待ち続けた。
「まぁ、気が変わったら言いなよ。いつでも手配するから」
 そういうと、悠季はありがとう、と笑った。

     ◆     ◆     ◆

 その夜、久しぶりに帰ってきた兄に構ってほしくて、幸多は敏博の部屋へ向かった。
「ねぇ、これ見て。この前政兄と出かけて、おじさんにもらったんだ」
 持っているのは先日の時計。得意げに見せれば、敏博も興味を持ったのかほう、と声をあげて手に取る。
「おじさんって、九重先生のことか? すごい人に会ってきたんだな。あの人は、機械工学の権威なんだぞ」
 頭を撫でる兄に、幸多は九十九神の話をした。
 
「……だからね、もう少ししたら、この時計にも魂が宿るかもしれないんだって。すごいよね」
「あぁ、それは、すげぇな」
 その声が、少し、戸惑っているような気がして、幸多は兄を呼んだ。
「……敏兄? 僕、何か悪いこといった?」
 生命科学を日々追及する兄に、無機物である時計に魂が宿るというのは、言ってはいけないことだったのだろうか。けれど、幸多の心配を、敏博はあっさりと否定した。
「悪いことなんて、何にも言ってないぞ。あんまり懐かしい言葉だったから、ちょっとびっくりしただけだ。九十九神なんて、子供の頃読んだきりだからな……」
 幸多は、兄が九十九神を知っていたという事実に驚き、声をあげる。
「そりゃ、今は、医学っつー科学やってるけど、俺だって昔はいろいろ読んだりしたんだからな。親父はそういうの馬鹿にしたけど、妖怪とか、結構詳しかったんだぞ」
 視線で示された本棚の隅には、百鬼夜行とか妖怪図鑑とか、確かに普段の敏博のイメージにはそぐわない本が数冊並んでいる。今度見せてもらってもいい、と問いながら、幸多はふと、さっきから気になっていた疑問を口にした。
「ねぇ、敏兄? どうして、僕はお父さんに嫌われちゃったのかな」
 てっきり妖怪の話をするのだと思っていたのだろう、敏博は切れ長の目を見開いて絶句する。
「ど、どしたんだ、急に」
 必死に笑って受け流そうとしているけれど、動揺は大きかったのだろう。ひどくぎこちない笑みを浮かべた敏博に、幸多はもう一度、ねぇどうして、と問うた。
 医者としての敏博は、それなりに有能だ。さっきはふざけながら一流といっていたけれど、それも間違いではない。時々軽い言動もあるけれど、根は真面目だし、努力家だ。それなのに、何故敏博は勘当されたのか。思い当たることといえば、二人の喧嘩の原因が何であったか、くらいだ。父親が、敏博を勘当するに当たり、何といっていたか。二人の喧嘩の原因は何であったか。普段は極力思い出さないように、考えないようにしていることが、今日はなぜか心に浮かんで消えなかった。
 
 『下らない感情にほだされて、自分が何をしたか分かっているのか?』
 あの日、最初に怒鳴ったのは父親の方だった。
 『……下らないって、あんたは自分の息子が可愛くないのかよ』
 そう敏博は絶叫した。
 『あいつはもう、私の息子ではない。私とは何の関係もない』
 確か、父親はそういった。
 『敏博。お前もそうだ。私は、そんな下らないことのためにお前に医学を学ばせたのではない』
 『何が下らねぇんだよっ』
 そういった敏博の目は、涙で真っ赤に染まっていたのではなかっただろうか。
 『黙れ。出て行け。二度とこの家に戻ってくるな』
 最後は、敏博に背を向け、顔を見ることもなく別れを告げた父親に、お前なんか父親でも医者でもない、という捨て台詞を残して、敏博は家を飛び出した。政輝の家に着くまで、ずっと掴まれていた腕が、ひどく痛んだのを今でも幸多は鮮明に覚えている。けれど――いや、だから――
 
「本当は、お父さんは僕が嫌いなんでしょ?」
 この四年間、ずっと心の中で浮かんでは消えていた……いや、見ないふりをしていた疑問。理由は分からないけれど、あの時の二人の喧嘩は、幸多が原因だった。
「違う。嫌われたのはお前じゃない。お前はただ俺が連れてきただけだ」
 そういって否定する敏博は、ひどく弱かった。研ぎ澄まされた刃物のような、という表現がぴったり当てはまる、あの強い眼の光も、今はない。
「お前が親父に嫌われる理由なんて、一個もないだろ?」
 苦し紛れの言葉だとしても、それも、ある意味正しかった。
 嫌われた、とは言ったものの、幸多には父親との記憶があまりない。物心ついたときから病院のベッドで過ごしていた彼が覚えているのは、白い部屋と、そこから見える空の青。訪れる者といえば、白衣とマスクの人間ばかりで、嫌われるほどのことをした覚えもない。それでも、だからこそ、疎まれたのだろうか。上級遺伝子を持つ両親から、たまたま病弱な遺伝子ばかりを受け継いだ子供。そんな出来損ないは、いらないと思われたのだろうか。けれど、それを口にして問うことは、幸多にはできなかった。それをいえば、兄はひどく哀しい顔をするだろう。代わってやりたい、と敏博は幸多に言ったことがある。管に繋がれて、薬の副作用で苦しむ日々を、自分にはどうすることもできないのが悔しいと、敏博はいった。元々、誰かにどうこう出来る問題でもないのに。
 
「きっと、親父も分かってくれるから。いつか、きっと分かってくれるから……」
 掠れた声で呟かれた言葉が、自分に向けたものなのか、それとも、敏博自身に言い聞かせたものなのか、幸多には分からなかった。


     x     x     x
 きっかけは何だったのか。始めに言葉をかけたのは、どちらだったか。今ではもう定かではない。それでも、その後のことは、今でも夢に見る。悪夢のような幸せの始まり。
 
「主治医さん、ですか?」
 部屋から出てきた男は、よく通るテノールで、彼をそう呼んだ。静かな声。ここへ着いた時の、最悪の結果を告げた時の、混乱と困惑は大分落ち着いている。
「あ、おれ……いや、僕は……」
 まだ医師ではない、と告げるのはあまりに酷い。まともな処置すら受けられなかったと思われることも、それを平気で伝えることも、彼には耐えられそうになかった。言いよどんだ彼に、男は視線を走らせて、あぁ、と納得したような声をあげる。
「xxx大学の、学生さんか。実習生?」
 少しだけ笑うように細められた目。どうして、と声を上げた彼に、男は校章、と答えた。
「名札のところに、校章が印刷されてるから。俺も、同じ大学なんだ。今は、院だけど」
 少し親近感でも抱いたのか、男は今度こそ微笑む。
「大学の付属病院じゃないところでも実習するんだ……」
「ここ、俺の実家なんで……」
「あぁ。そうなんだ。……それは、いいな。知ってる人ばっかりで、心強いだろう。それとも、逆にやり辛いのか」
 悲しみを紛らすためなのか、男は話し続けた。言葉数自体はそれほど多くないが、不思議と会話は続いていく。その空気が心地好くて、普段はあまり話さない彼も、ずいぶんと言葉を交わしていた。
 
「そういえば、どこの院なんですか?」
 専攻を聞いた彼に、男はシステム工学と答える。
「学部は、機械工だったんだけど、プログラムの授業が面白くて……」
 そういえば、そんな学生がいるというのを噂で聞いた気がする。確か、自分と同じように、何学年か飛び級しているはずだ。そう思いながら、事務処理のために借りた身分証明書を見れば、男は彼より一つ年上だった。
 事務の書類を渡し、必要事項を記入してもらう。空欄が、男のかっちりとした少し右上がりの文字で埋まっていく間も、学生同士の世間話は続いた。
 
 出会った場所と、状況さえ違えば、もっとこの会話を楽しめただろう。それほどに、男は魅力的だった。
 研究者は、その専門に深く関わるほど、他の分野に興味を持たない人間が多くなる。自分のフィールドしか見えなくなるという方が正しいかもしれない。けれど、男は違った。ハードからソフトへ転向したのも、楽しそうだったからだという言葉通り、男は何にでも興味を示す。子供のような好奇心と、それを補佐する理解力。脳死状態だと説明した彼の言葉を、男は冷静かつ的確に理解した。しかし……
「これ……」
 臓器提供の承諾書を前に、男はペンを止めた。何かを考えるようにして、書名欄を見つめる。彼が、どうかしたのか、と聞こうとした瞬間、男がふいに顔を上げた。目が合った瞬間、そこにあったのは、さっきまでの穏やかさからは想像もつかないような強い意思。
「頼みが、あるんだ」
 静かだが、逆らえない強さを秘めた声。底知れない、恐怖のような感情が自分を支配するのを、彼は感じた。
 男はまだ『頼み』を口にしていないけれど、その内容は、口にせずとも分かる。
 頷いてはいけない。引き込まれてはいけない。心のどこかで、何かがそう警鐘を鳴らす。
「半年、いや、もっと短くてもいい。できるだけ――」
 囁かれた望み。行為自体の難易度はたいして高くない。
 ――こんなことになるなら、最初から延命処置なんてしなかったのに。
 本当に、そうだっただろうか。
 ――何で、こんなことになったんだろう。
 それは、彼自身が選んだ結果。逆らえるわけがない。
 頼む、ともう一度いわれ、彼は黙って頷く。頷いた後、体が急に寒くなって震えが来た。
 ――この取引は、合法だ。
 合法ではあるかもしれない。けれど、不安は消えない。越えてはいけない何かを、越えてしまった。ただそれだけが、怖かった。

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「あたしはみずいろがすきなの」
 小さな唇を尖らせて抗議した少女に、少年は困惑の笑みを浮かべる。
「水色のは、すーってするし、ピンクの方がいいと思うんだけど……」
 それでも、少女は頑として聞かなかった。みずいろのがいい、ともう一度繰返した彼女に、少年は諦めたようにそのカップを渡す。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます!」
 大好きな水色が手に入って嬉しいのか、彼女はいそいそとその容器の蓋を開けた。小さな手でスプーンを握り、水色を掬い取って口に運ぶ。瞬間、嬉しそうな表情が、一気に翳った。
「…………」
 期待に反する味。甘さの中に漂う清涼感。それは、甘さだけを期待していた少女にとって、不必要なものだった。
「やっぱり、おいしくないんじゃない? こっちの、あげようか?」
 そう問うた少年に、彼女は首を横に振る。
「あ、あたしは、みずいろがすきなんだもん。ぜんぶたべるもん」
 自らが望み、選んだものを、期待外れだからといって諦めることは、少女のプライドが許さなかった。それでも、気に入らない味の食べ物を、作り笑いと共に食べ切れるほど彼女は大人ではなく、ほとんど意地になって、彼女はそれを食べ終えた。
「ごちそうさま……」
 最後のほうは涙目になって、食べ終えた彼女に、少年は微笑む。
「よく頑張ったね。最後に、甘いのはどう?」
 差し出された紅色のそれを、彼女は嬉しそうに食べた。
「あまい!」
「そっか。それは良かった」
 そういって、二人で笑い合う。そして、少女はこっそりと囁いた。
「やっぱり、つぎはあまいのにするね。みずいろはすきだけど、あいすだけはべつ」
 それは、二人だけの約束だった。
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▼ 第四章
 その日、仕事帰りの敏博と合流して、幸多と政輝は三人で夕飯を食べに行った。男三人で夜景のきれいなレストランもないだろうと、駅の近くの店を選ぶ。蕎麦が食べたいと騒ぐ兄貴分二人を無視して、幸多は洋食レストランに向かう。どうしても、オムライスが食べたかったのだ。とろとろの卵に真っ赤なケチャップがたくさんかかったオムライス。それなりに大手のチェーン店に入った三人を迎えたのは、笑顔が可愛いアンドロイドだった。
 厨房で料理をするのは人間だが、ホールには人間はひとりしかいない。夕食時の忙しい時間帯、ホールを目まぐるしく行き来しているのは、接客用アンドロイドだった。
 
「あれってさ、政輝が作ったやつ?」
 席に通され、注文の品を待つ間に、敏博が問う。頷いた政輝に、やっぱり、と敏博は笑った。
「前にな、店のイメージに合わせた従業員アンドロイドの性格を組んでくれって頼まれたんだ。基本の雰囲気はそのままにして、性格は四タイプ。学習能力にも差をつけて、個性が出るようにしたんだけど……どこで分かった」
 何店舗も展開するチェーン店のアンドロイドに個性をつけるのは難しい。ばらばらに個性をつけるのは簡単だが、それでは店のカラーがなくなってしまう。だからといって、どの店でも全く同じでは、客も飽きる。そこの兼ね合いをうまくやって欲しいと、担当者は言ってきた。それなりにうまく依頼はこなしたつもりだったし、相手も喜んでくれたのだが、どこかに政輝独自の何かが残っているのだろうか。不安げな顔をした政輝に、敏博は違う違う、と首を振った。
「なんかさ、お前のいじったアンドロイドって笑顔のタイミングが違うんだ。本物の、人間みてぇなの」
 人間を感知した瞬間ではなく、目が合った瞬間に、微笑まれる。そして、いらっしゃいませ、の第一声は少し高めにして、注文をとる時の声とは区別する。その辺の感情の込め方、表情の作り方が、人間くさい、と敏博は分析してみせた。
「プログラミングって言うより、プロデュースしてるみてぇだよな」
 何気ない一言だったが、プロデュース、という言葉は気に入らなかったのか、政輝はやんわりとそんなことはない、と否定する。
「別に、アイドルみたいな虚像を作ってるわけじゃないよ。俺は……」
「お待たせいたしました。オムライスです」
 政輝の言葉を遮り、幸多が待っていたオムライスが現れた。あっという間にオムライスに目を奪われ、わぁ、と歓声を上げる幸多に、政輝も敏博も表情を和らげる。
「熱いから、気をつけて食べるんだぞ」
「うん。いただきます!」
 目をきらきらと輝かせてオムライスに挑む幸多を前に、二人の会話は終わりを告げ、後はそっちの肉を寄越せだの、チーズ一口食わせろだの、他愛もない言葉が飛び交った。

     ◆     ◆     ◆

「ただいま。アイス買ってきたから一緒に食べよう」
 帰宅した三人を迎えた悠季に、政輝は笑顔でコンビニの袋を差し出した。
「お帰りなさい。って、政輝、お酒飲んだでしょ……」
 ふにゃあ、と笑う政輝に、仕方ないというような顔で彼女が問う。
「えー、ちょっとだけだって。そんなことよりアイス食べよう」
 ちょっとだけというのは間違いではない。政輝が飲んだのはグラス半分にも満たないワインだったのだ。ただ、遺伝子の階級分けの要件にアルコールへの強弱は入っておらず、最上級とランク付けされている彼も、それほど酒に強くない。
「悠季ちゃんごめんな。こいつがどうしても飲みたいって言うから、ちょっとだけ飲ませたんだけど、まさかここまで悪酔いするとは思わなくて……」
 彼女に抱きついて、アイスアイスと子供のように騒ぐ政輝をみて、敏博は彼女に謝る。慣れてるから大丈夫、と彼女は苦笑した。
 
「政兄って、お酒弱いけどあそこまでだっけ?」
 呆れるというより驚く幸多に、敏博が体調もあるんじゃないかと答える。
「最近、ずいぶん疲れてたみたいだから、仕方ねぇんじゃねぇの?」
 口に出していうことはしないけれど、大塚の引き抜きがエスカレートしているというのは、直接その場を見なくても、本人が何も言わなくても、分かった。そして、政輝が何かに追い詰められていることも。
 
「なぁ、悠季。いちごのアイス買ってきたから。一緒に食べよう?」
 散々無視されたのが悲しかったのか、ぎゅぅ、と縋りつくようにして政輝が繰返す。
「そうだね、じゃあ、みんなで食べようか」
 そしてテーブルに並べられたアイスが四つ。バニラ、チョコレート、チョコミント、ストロベリー。幸多と敏博は、それぞれ買うときに選んだチョコレートとバニラを手に取る。彼女が、残り二つを手にとって、政輝はどっちがいい、と聞いた。
「……やっぱりいらない」
「え?」
 何が気に食わなかったのか、突然興味を殺がれた顔をして、政輝は言い放つ。何が起きたのか分からないという顔をする彼女に、もう一度、いらない、と繰返して彼は立ち上がった。
「疲れたから寝る。おやすみ」
 さっきまで騒いでいたのが嘘のように、あっさりと自室に戻ってしまった彼を、呆然と見送る彼女。
「悠季ちゃん、好きな方食べていいと思うよ。明日になればあいつも多分忘れてるだろうし、気にしなくていいって」
 これだから酔っ払いは困る、といわんばかりに敏博がそう声をかけ、彼女はやっと我に返り席に着いた。
 
「じゃあ、いただきます。って、悠季姉? どうしたの?」
 いそいそと蓋を開けた幸多が、ぎょっとしたような声をあげる。二つのカップを前に、彼女は大粒の涙を零して泣いていた。
「ご、ごめんね。大丈夫だから。……おかしいよね、こんなことで泣きたくなるの……」
 必死に笑おうとするけれど、彼女の意に反して涙は止まらない。泣いていることに対してなのか、政輝の不可解な行動に対してなのか、彼女は軽くパニック状態に陥っている。
「悠季姉、泣かないで? 政兄だって、本気じゃないって。酔っ払っててわけ分かんなくなってただけだって。ね? 泣かないで?」
 自分を宥める幸多を見て、少し落ち着きを取り戻したのか、彼女の涙はやっと止まった。それでも、冷え切ってしまったその場の空気を温めることは、誰にもできず、ただ三人でアイスを食べ、それぞれの部屋へ戻った。

     ◆     ◆     ◆

 ふと、話し声が聞こえた気がして、幸多は夢から現実へと引き戻された。隣を見れば、寝ているはずの兄がいない。時計を見れば、午前二時。こんな夜中にどこへ行ったのかと思い、幸多は起き上がる。周りを見渡しても、兄の姿はなく、部屋のドアが少し開いていた。
 廊下が少し明るい。隣の政輝の部屋のドアから光が漏れているのだろうか。
 二人で、何の話をしているんだろう。
 何かに引き寄せられるようにして、幸多は部屋を出た。聞いてはいけない、と心のどこかで声がするけれど、好奇心には勝てない。二人に気付かれないように、音を立てないように、ドアを開け、政輝の部屋に近づいた。
 
「……が高すぎるんだよ」
 兄の、少し怒ったような声。
「お前の気持ちも分かるけど、信じたい気持ちも分かるけどな……」
 政輝の声が聞こえないということは、一方的に兄が話しているらしい。もう少しゆっくり、とか時間をかけてとか、そんな内容だった。
 
「なぁ、敏博。それでも、可能性はあるのか? 医者として、人を扱う科学者として、可能性はあるのか?」
 初めて返される政輝の言葉。酔いはすっかり醒めているのだろう。さっきまでの締まらない語尾ではなく、問い詰めるような口調が聞こえる。
「わかんねぇよ。ゼロだなんて、言い切れねぇ」
 苦い兄の声。
「どんなに科学が発達したって、人には限界がある。それをいとも簡単に超えるのが、奇跡なんだよ。それが起こるかどうかなんて、俺たちには分かんねぇ。人が予測できること、人の手で計画して起こせることは、奇跡とは言わねぇんだ」
 その言葉に、政輝が何と答えたのか、幸多には聞こえなかった。ただ、敏博のその言葉が、政輝にとって喜ばしい言葉でなかったことしか、分からなかった。

     ◆     ◆     ◆

 翌日、昼近くまで眠っていた政輝がリビングに下りてくると、テーブルのところには悠季一人が座っていた。この時間なら、敏博はとっくに出勤しているし、幸多は自室で学校の授業を受けている。
 寝癖で右側だけ立った髪。あまり機嫌も気分も良さそうではない彼に気付いた悠季は、おはようと声をかけ、水を差し出す。
「あー、ありがとう」
 コップの中身を一気に流し込み、深く息をついた彼は、彼女に昨日はごめんな、と謝る。
「大丈夫。きっと疲れてたんだよ」
 笑った彼女に、政輝はそうだな、と答えて頷いた。
 
「あ、そうだ。さっきまた大塚さんから電話あってね、まだ寝てるっていったら、来週一度あって話がしたいって伝えて欲しいって。政輝の予定分からないからって言っておいたから、嫌だったら忙しいって一言伝えてあげて」
 彼女のその言葉に、政輝はまたか、と心の中で呟く。九重の店で会って以来、大塚は執拗に政輝に声をかけるようになっていた。断る理由をいくつ並べても、大塚は気にも留めず話を持ちかけてくる。そろそろ、限界が近かった。
「来週会って、断ってくる。聞いてもらえるか分かんないけど、出来るだけ……」
 絶対、と言い切れるくらいなら、今こんなに困ってはいない。珍しく語尾が弱気な政輝に、彼女は優しい笑顔を向けた。
 
 ――正午のニュースの時間をお伝えします。今日未明、東京都XX区XXXの路上でトラックが乗用車に衝突し……
 
 つけっぱなしのテレビから、昼のニュースが流れ始める。爽やかなイメージをまとう、青年を模したアンドロイドが完璧なイントネーションでニュースを読み上げる。しかし、爽やかとはいい難い内容のニュースに、悠季は形のいい眉を顰めた。
「どれだけ車会社が改良しても、どれだけ防犯システムが改良されても、交通事故も、殺人事件も、なくならないね」
 事故も殺人も、どれほど科学が進歩しても、決して絶えることなく続いている。それは、人が人である限りなくならないのかもしれない。
「でも、少し減ってきたかな。あんまりニュースでやらないでしょ」
 統計を取ったわけじゃないけど、と付け足したものの、彼女は少し嬉しそうだ。
「ニュースでやらないだけだ。本当は、もっとたくさんいる」
 苦い顔で政輝は否定した。マスコミも医療も、上級遺伝子の持ち主には優しいが、それ以外の人間には冷たい。ニュースで扱われるのはBランク以上の人間の事故、事件だけ。それより下の分類の人間が事件に巻き込まれたとて、まともな捜査は為されないし、救急で運ばれても後回しにされる。それでも、国がそれを容認しているのだから、誰も逆らうことはできない。
「遺伝子だって、確率の一種なのにね……」
 どれほど優秀な遺伝子を持っていても、それが発現するかどうかなんて誰にも分からない。どんなに運動向きの体を持っていたとしても、使わなければ意味がない。逆を返せば、運動が苦手だとしても、ある程度の訓練をすれば、一定のレベルまでは達することができる。要は、使いようなのだ。それなのに――。弱者はただ、死ぬのを待つだけ。生に縋り、あがくことも許されない制度が今日も整備され続けていた。
 
「そうだ。昨日のアイス、とってあるよ?」
 ふいに話題を変え、悠季がキッチンへと向かう。戻ってきた彼女の手には、チョコミントのアイスがあった。
「朝から、アイスかよ。飯は?」
 ぼやいた政輝に笑顔を向けて、彼女は蓋を開ける。丁寧にアイスをスプーンで掬い取り、政輝の口元に持っていった。
「ご飯は、お昼と一緒にしよ? はい、政輝。あーん」
「はぁっ!? 誰がそんな恥ずか……んっ……んんっ」
 驚いて声をあげた政輝を無視して、悠季はその口にアイスをつっこんだ。
「ふふっ。おいしい?」
 笑顔で問う彼女に、政輝はお前っとか何でとか意味をなさない言葉を並べる。その顔が、アルコールで染まるよりも赤いのは、気のせいではないだろう。
「ね、政輝。おいしい?」
 もう一度繰返した悠季に、政輝は諦めたようにおいしいと答えた。どうせ、誰に見られることもない。恥ずかしいと思っているのは自分だけなのだろうから。
「けど、お前は、苺でよかったのか?」
 今ここにチョコミントが残っているということは、悠季は昨日ストロベリーを選んだのだろう。政輝の問いに、悠季は笑って頷いた。
「うん。チョコミントもいいけど、私、アイスは甘い方が好き」
 それを聞いた政輝は、一瞬目を見開き、そうか、と返した。


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 彼は、死が理解できなかった。……というのは、正しい表現ではない。
 二十年も生きていれば、一度くらい近しい者の死に遭遇することはある。実際、彼は五歳の時に母親を亡くしている。まだよく死が理解できなかったその時は、動かなくなった母親の手を引っ張り、お母さん起きてよ、と泣き喚き、周りの大人たちを困らせた。それでも、その後も何度か遭遇した『死』によって、彼は死を学び、理解した。動かなくなった彼らの姿を見て、死んだ者は二度と時を刻むことがないのだと、理解した。
 しかし、今の彼は、自らの経験で学び取ったそれらを否定しようとしている。母親を助けられなかったのは、あの頃の自分が幼かったからではなかろうか。今の自分には、まだできることがあるのではなかろうか。……いや、そんな疑問系ではだめだ。今の自分には、できることがある。
 
 俯いたままだった彼は、顔を上げた。目の前に横たわる彼女に向かって囁く。
 お前の時間は、俺が取り返してやる。お前の魂は、天国なんて場所には行かせない。だって、ずっと一緒にいるって約束しただろう?
 まだ、彼女の体はここにある。愛おしそうに彼の名前を呼ぶ唇も、彼に触れる指も、ここにある。
 足りないのは、魂だけ。
 待っていろ、と彼女の髪を一撫でして、立ち上がる。
 お前の魂が遠くへ行く前に。お前の記憶が消える前に。俺はお前の時間を取り戻してやる。
 部屋を出て行った彼に、『彼女』は何も言うことができなかった。

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 後輩が、とんでもないプログラムを組んでいる。昼休み、同期の男はそういって、訊いてもいないのに詳細を話し始めた。
「感情のレンジなんて、せいぜい十段階でいいってのに、千まで設定してるんだぜ、ありえないだろ?」
 千、という数字に、彼も驚いて頷く。あまり細かく設定しても、表面上には大きな違いが現れないし、その計算のために無駄なメモリを喰うだけだ。だが、どこかで、あの後輩ならやりかねないという気もした。
「スパコンでも持って来ねぇと、完成しねぇっつったんだけど、使ってるメモリ見たらインテルの最新版使ってんの。もうすぐ完成みたいだけど、確かにあれならぎりぎり大丈夫ってとこだよな。っつか、いくらしたんだろな」
 男の興味は、プログラムよりもメモリの方だったようだ。後輩が目指す、より人に近い感情表現をするプログラム、などというものは興味の範疇ではないらしい。ひとしきり値踏みをしてから、ふと男は呟いた。
「けど、あれかな。あいつ、この前彼女があれだっただろ。あんまり表には出さないけど、ショックだったんかなぁ。何か、すげぇ、鬼気迫るって感じでプログラム組んでんだよな……」
 その言葉に、何か引っかかるものを覚えて、彼は声をあげる。
「彼女があれって?」
 そう訊いた彼に、男は知らないのか、と目を見開いた。
「あいつの彼女、トラックにつっこまれたって。一応生きてるらしいんだけど、植物状態っての? 目ぇ覚まさないっつか……って、聞いてんのかよ、おい!」
 抗議の声をあげた男を無視して、彼は食事をかきこんだ。
 
 研究室に戻ると、当の後輩がテスト機をいじっていた。あまり寝ていないのか、目の下にはひどい隈が出来ている。
「あ、先輩たち。今、完成したんです。テスト機、お借りします」
 疲労のせいか、幾分ふらつきながらテスト用のアンドロイドを接続する。テスト機は共有だし、特に危険もないから、彼らが見ている必要はない。ただ、通常の百倍の感情表現をするプログラム、というのを一目見たいがために、彼らはそこで待ち続けた。
 結果は、一勝一敗だった。プログラム自体に問題はなく、正常に動いたのだが、それを生かしきれる躯体がなかったのだ。百段階もの感情表現を出来る機械などない。各段階の差が微小すぎて、差になっていないのだ。一と十の差は分かるけれど、一と二の差は分からない。結果的に十段階の表現となってしまい、それ以外の数値は無意味になっていた。
「これで分かっただろ? 段階を増やせばいいってもんじゃないんだ。アイディアは面白いけど、実現性に欠けるんだよ」
 同期の男は、そう声をかけたが、後輩は黙ったままだった。
「……ほら、気が済んだら、飯食って来い。お前、ここんところまともなもん食ってないだろ。つらいのは分かるけど、何か食わなきゃ、お前がもたねぇぞ? 食券やるから、な?」
 同期の男が差し出した食券を、後輩は礼と共に受け取る。その動きが、あまりにも覚束なくて、同期の男はもういい、といった。
「今日はもういいから、飯食って帰れ。急ぎの実験もねぇから、ゆっくり休んで、落ち着いたら来い」
 確かに、学会が近いわけでもないし、すぐにしなければならない作業は今のところない。そう思って、彼も一緒に頷くと、律儀なその後輩はひどく申し訳なさそうな顔をして謝った。気にするな、と二人で宥め、帰り支度をさせる。テスト機から抜き取ったメモリを大事そうに鞄にしまって、後輩は立ち上がった。
 廊下まで送りに出た際、あんまり気を落とすなと声をかけた彼に、振り返った後輩は――笑った。
「プログラムは、完成しましたから」
 負惜しみとも取れる言葉だが、なぜかその言葉が、彼の頭の中から消えることはなかった。
     x     x     x
▼ 第五章
 テーブルの上のコーヒーを挟んで、男が二人対峙していた。空間を満たす心地好い音楽や、周りの人間の楽しそうなざわめきなど聞こえないように、二人はにらみ合っている。先に口を開いたのは、政輝の方だった。
「何度言われても、俺は、先輩の会社に入るつもりはありません。機械工学も、プログラミングも、俺にとってはただの趣味なんです。確かに、それで食ってるけど、俺は生活に困らない金さえあればそれでよくて……それ以上のことなんて望んでないんです」
 それは、政輝の本心に限りなく近い言葉だった。
「お前の、力が必要なんだよ。ユーザーは愛情の対象が欲しいんだ。お前みたいに、上級遺伝子の持ち主には分からないだろうけどな、下級の遺伝子の持ち主は、子供を持つことだけじゃない、誰かを好きになることだって、制限されるんだ。それでも人は誰かを好きになる。だから、その愛情の矛先が欲しいと望むんだ。お前は、それを……作ることができるだろ?」
 大塚は必死に食い下がる。彼のプログラミング技術があれば、業界一にのし上がることだって不可能ではない。それどころか、アンドロイドの人格プログラムは、また新たな一歩を踏み出すだろう。アンドロイドやバイオロイドは、人間の精神的にも理想のパートナーになれる。限りなく生命に近い機械が完成する。それは、科学者にとって夢であり、理想だ。それが、叶えられる力を持っているのに、それを望まない政輝が、大塚には理解できなかった。
「お前ばっかり、ずるいんだよ。全部持ってて……ちょっとくらい、分けてくれたっていいじゃないか……」
 最後は、子供の喧嘩みたいな言葉しか出てこなかった。
「全部、持ってるわけじゃないですよ。失くしたものとか、できないこととか、いっぱいあります。だから……」
「もういい」
 政輝の言葉を遮り、大塚がそう呟く。
「そこまでいうなら、もういい。今まで、悪かったな」
 ずいぶんとあっさり退いた大塚に、少し不信感を抱いたが、それを上回る安堵に、政輝は軽く笑みを浮かべた。
「まぁ、これからも、お互い頑張ろうな」
 そういって、大塚も笑い、冷めたコーヒーを口にする。
 
 帰り際、車で送ろうかと問うた大塚に政輝は首を振った。
「九重先生のところ寄ってから帰るんで大丈夫です。先輩も、行きますか?」
 少し考えるそぶりを見せて、大塚も首を振る。
「俺はいいや。今日は帰る。じゃ、気をつけてな」
「はい、それでは、失礼します」
 喫茶店を出ながら、夕飯までには帰らないとな、と呟き、政輝は九重の店へと急いだ。

     ◆     ◆     ◆

 悲鳴を上げるドアを押し開け、店に入ると、店主はこの前と同じようにモニターを見つめていた。
「こんにちは」
 声をかければ、おう、といつもの返事。
「頼まれてたケーブルはそこにある。一緒に入ってんのはサービスだ。もってけ」
 示されたダンボールを見れば、ケーブルの他に、基板の類がいくつか入っていた。礼を言い、ポケットの財布を探ると、こっちを睨むように見つめる九重と目が合った。
「なんて顔してやがる」
 呆れるようなその声に、そうですか、と聞き返す。
「あぁ。いい男が台無しだ」
 そういって笑う九重に、政輝は適当に笑みを返し、料金を渡した。
 
「で? 何しに来た」
 つり銭を受け取った後も、その場に佇んでいる政輝に九重は問う。何か言いたいことがある時、話を聞いて欲しい時は、政輝は必ずこうして店に来る。そして、九重が問わなければ、政輝は口を開かない。数年前も、同じだった。
 
「……宿命って、あるんですかね」
 唐突な言葉にも、九重は大して驚かず、さぁ、と答える。
「さぁな。ただ、ある程度の縛りはあるだろうな。遺伝子然り、環境然り。全てが思い通りにいきはしないだろ」
 答えた九重に、政輝は、でしょうね、と頷いた。
「っつーより、全部思い通りになっちゃつまんねぇだろうが」
 未来は分からないから面白い。全て見えてしまったら、努力する意味はなくなる。
「はぁ……。じゃあ、使命って何でしょう」
「あぁん?」
 あまりにも掴めない言葉に、九重が声をあげると、政輝は少し考える仕草をして、言葉を変えた。
「生きて、やるべきことって何でしょう」
 その言葉に、そういうことか、と九重はひとり納得する。ただ、質問の意図が分かったところで、どうしてやることもできない。非力な自分に腹が立ち、九重は舌打ちをした。それでも、何か答えてやらなければならない。この若者が頼れる年長者は自分だけなのだ。けれど――
「それは、お前自身にしか分からねぇ。俺が見えてるお前のやるべきことは、お前の望むこととは違うかもしれねぇし、所詮は他人の意見だ」
 気のきいた言葉一ついえない、自分の口下手を、九重は呪った。しかし政輝は黙ったままだ。質問の意図を間違えたのだろうか。望む答えを、与えてやれなかったのだろうか。もう一度考え直して、九重は言葉を選ぶ。
「……今更、後悔してんのか。だから言っただろう。人間に、自分以上のものは作れねぇって。人生にやり直しなんてきかねぇって」
 ひく、と政輝の唇が動いた。どうやら、かすったらしい。叱られるのを怯える子供のように、政輝は視線を揺らした。
「怖いんです。自分が」
 きつく結ばれていた唇が、やっと言葉を紡ぐ。あぁん? と問い質す九重に、政輝はもう一度怖い、という。
「自分の心が変わってくのが怖いんです」
 その言葉を聞いた瞬間、九重はすこし安堵した。ここ数年の政輝は、プログラムに固執するあまり、周りが見えなくなっていた。自らの心が変わるということは、周りを見る余裕が出来たということだろう。
「政輝……」
 それでもかけるべき言葉が見つからず、九重はただ政輝を呼んだ。
 
「彼女が好きです」
 小さな声で、政輝はいう。
「でも、彼女は、違うんです」
 寂しそうな声。今にも泣き出すのではないかと錯覚するほどに、その声は頼りない。
「そりゃ、お前……彼女は……」
 言いかけた言葉を、政輝はそうじゃないんです、と遮った。
「そうじゃなくて。俺が好きなのは悠季なんです……」
「お前……」
 ついに九重は絶句した。具体的なことを何も言わないから、何があったのか想像するのは難しい。ただ、せっかく安定していた政輝の感情が、快方へと向かっていったと思えた心の変化が、想像とは逆の方向へ向かっていることだけは理解できた。
「悠季が好きなんですよ。あいつが、何も覚えてなくても、何にも知らなくても、俺は今の彼女が好きなんです」
 愛おしそうに彼女のことを話す政輝に、九重は言葉を失う。
「俺はただ、彼女に会いたかっただけなのに。あいつと一緒にいたかっただけなのに。あいつは、帰ってこなくて、でも、悠季は俺のこと、俺は、悠季が今は……」
 まともな文を成さない言葉を、九重は必死に推測した。いや、するまでもなく、政輝が今の彼女を好きだということは分かった。彼女の肯定。それは、ある意味では政輝が今までやってきたことの否定にもなる。
 ――だから、怯えてるのか。
 進化を望むものもいれば、その場所にとどまることを望むものもいる。政輝は、間違いなく後者だった。だが、今は――。
「いんじゃねぇの?」
 九重は、やっとその一言を口にした。え? と、不安そうに顔を上げた政輝に、もう一度いいんじゃねぇの、と声をかける。
「浮気じゃねぇだろ、お前のは。裏切りでもねぇ。ある意味、必然だ」
「ひつぜん、ですか?」
 繰返した政輝に、九重は頷いた。
「それに、お前は区別してるけどよ、逆に考えれば昔の嬢ちゃんも含めて、今の嬢ちゃんがいるんじゃねぇの?」
 事故前の彼女も、今の彼女も、同じ彼女だということ。誰よりも望んだ政輝自身が否定してしまってはどうにもならない。
「好きなら、いいじゃねぇかよ。まだ、五年だ。これから先、消えちまった記憶なんていらなくなるくれぇいろんな思い出作れば、いいじゃねえかよ」
 そんな風にいえば、政輝はこれから先の思い出、と繰返す。
「じゃあ、俺は、悠季が好きで、いいんですか?」
「……お前以外に、誰がいるんだよ」
 そう問えば、政輝は今度こそはっきりと首を振った。
 
「……落ち着いたか?」
 来た時よりも大分、明るくなった政輝の表情に、安堵しながら九重は問う。どうやら、それほど心配は必要ないらしい。政輝は、はい、と答えて笑った。
「もう、大丈夫です。すいません。何か、考えてたらわけ分かんなくなって……」
 そういって、苦笑した政輝に、九重は、また何かあったら来いよ、といった。
「はい。ありがとうございます。……じゃあ、俺、帰りますね。悠季に、飯前には帰るって言ったんで」
「おうおう。のろけはその辺にしてさっさと帰れ。浮かれてこけるんじゃねえぞ。基板はデリケートなんだからよ」
 しっしっ、と片手で追い払うような仕草をすると、笑いながらひどいっすよ、と抗議の声が返ってくる。
「それじゃ、失礼します」
 ダンボールを抱えて出て行った政輝の後姿を、九重は黙って見送った。

     ◆     ◆     ◆

 予想以上に九重の店に長居してしまった、と政輝は帰路を急ぐ。それでも、一人で悩み、泥沼の回路にはまっていた思考は、九重の言葉でずいぶんと晴れた。もう大丈夫だ、と一人呟いて、政輝は電車に乗った。
 静かな車内。ここしばらくの大塚とのやり取りで、気疲れを起こしていたのか、座席に座った瞬間に睡魔に襲われ、政輝はあっという間に夢の世界へと旅立った。
 ……ヴヴヴヴ
 小刻みの振動が伝わって、政輝は目を覚ます。全身で感じる電車の振動とは違う、局所的なもの。
 ――あ、携帯。
 右尻のポケットをあさって、薄いその機械を取り出す。液晶には、幸多、と表示されていた。
「おう、どうした?」
「政兄、今どこ!」
 帰ってくるのが遅いとか、ついでに何かを買ってきて欲しいとかいうような雰囲気ではない。悲鳴のような幸多の声。
「今……電車だけど、次で着くから。それより、何かあったのか?」
 そう答えている間も、幸多は早く帰ってきてと、電話口で叫び、後ろではサイレンの音が聞こえる。
「火が。うち、燃えて……火事……お姉ちゃんが……ねぇ、政兄、早く帰ってきて」
 火災が起きた、というよりも、お姉ちゃん、すなわち悠季の身に何かが起きている。それを聞いた政輝は、全身から、血の気が引き、一瞬で体温が下がったような感覚に襲われた。
 いつもは気にも留めない電車の速さが、今は運転席に殴り込みをかけたくなるくらいもどかしかった。

     ◆     ◆     ◆

「政兄! お姉ちゃんが……お姉ちゃんがぁっ」
 全速力で家に着くと、家の前にいた幸多が走り寄って泣き出した。
「悠季がどうした。あいつはどこにいるっ」
「作業場……僕、お姉ちゃん、守れなかった……」
 震える声で、幸多は必死に答える。家は、完全に火が回り、消防の水などものともせず、それぞれの窓から恐ろしい量の黒煙と炎が立ち昇っていた。
「悠季は、まだ中にいるんだな」
 静かに問うた政輝に、幸多は震えながら頷く。住民票に登録してある記録から、消防は悠季の救助より消火活動を優先させたのだろう。悠季の遺伝子ランクでは、積極的救助の対象にはならない。火が消えたとき、生きていれば幸運だった、位の扱いしか受けられないのだ。政輝は、幸多の頭を撫でた。
「敏博が、もうすぐ帰ってくるだろ? あとは、あいつのいうこと聞くんだぞ」
 その言葉に、動揺しつつも違和感を覚えた幸多が不安げに問う。
「ちょっ……政兄? どうするつもり。まさか……」
「ごめんな」
 そういって政輝は、一瞬のうちに警察や消防の規制をくぐり抜け、燃え盛る家へと走っていった。

     ◆     ◆     ◆

 家の中は、真っ赤だった。高温で、空気が陽炎のようになり、周りの景色が歪んで見える。カウンターを抜けて、暖簾がかけてあったところを過ぎれば、燃えてところどころ床が抜けた廊下が現れる。目的の作業場は、それほど遠くはないのに、炎に包まれた床のせいで、なかなか近づけなかった。
「ゆうきっ! ゆうき!」
 彼女の名前を叫び、炎を踏みつけて彼は進む。作業場の一番奥に、彼女はいた。
 
「……政輝?」
 近づいた彼の名を、彼女は静かに呼んだ。
「あぁ」
「熱いよ、政輝」
 静かな声。そこには、怯えも、恐怖もない。熱いよ、と彼女はもう一度繰返した。
「悠季、こっち来い。ここに入って」
 近くにあったロッカーの扉を開けて、政輝は彼女を呼び寄せる。
「ここなら、あんまり火が来ない。うまくいったら、助かるからな」
 そして、一応防火仕様なんだぞ、と冗談めかして笑う。けれど、それはどう見ても人が一人入れる程度の大きさしかなかった。
「でも、それじゃ政輝が」
「俺は大丈夫。だからここにいろ」
 彼女の言葉を遮り、ロッカーに彼女を入れる。窒息を防止するためなのか、扉は閉めず、その代わりに彼が、炎から彼女を守るように立った。
「そんなことして、大丈夫なわけないでしょ? ねぇ……」
 少し、感情が戻ってきたのか、泣きそうな彼女の声。今にも涙が零れそうになっている彼女に、政輝はいいから、と笑った。
「俺は、大丈夫だから。……そんなことより、なぁ、悠季」
 できるだけ、彼女に炎を当てないように、政輝は悠季を抱きしめる。
「何?」
「好きだよ」
 身長が足りなくて、政輝の胸に顔を埋めるしかできない悠季に、政輝の表情は見えなかった。
「何で、そんなこと、今頃」
 何を答えればいいのか、彼女には分からない。ただ、涙が出た。
「ずっと、好きだ」
「うん」
「好きだ」
 何度も、何度も、政輝は好きだと繰返す。
「ん。私も、好きだよ」
「そか」
「うん。大好き」
 返す言葉は、それしか思いつかなかった。返せる言葉は、それしかなかった。
「そっか。嬉しいな。でも、やっぱ、駄目だ」
 体に直に伝わる呼吸が震えて、政輝が泣いているのを彼女は悟った。
「人生、何度やり直しても、俺はお前のこと守れないみたいだ」
 自嘲気味なその言葉に、彼女は政輝? と名前を呼ぶ。
「なぁ、悠季。覚えてるか? 五年前の誕生日、お前は交通事故で死んだんだ」
「何、それ……」
 だったらここにいる自分は何なのか、何故そんなことを彼が言うのか、彼女には分からなかった。
「悲しくてさぁ……守るどころか、自分はその場にいなかったのが悔しくてさぁ……」
「ま……さき?」
 彼女の声が聞こえないのか、政輝はただ、独り言のように話し続ける。
「でっかいトラックにつっこまれたっていうのに、お前ほとんど無傷で、なのにもう目覚まさなくて……」
「ねぇ、何を言ってるの?」
 炎とは違う、自分の存在を否定された恐怖に、彼女は声を上げた。
「けど、今度はそばにいられたから。……あと一回。あと一回あったら、今度こそ、ちゃんと守れるかな」
 熱風でやられたのか、彼の声が掠れた。
「ごめんな……。悠季。お前のこと、守れなくて……。けど、お前のこと好きだ。天国なんかに行かせたくなかったんだ。ずっと一緒にいたかったんだ……」
 ひゅう、と喉が奇妙な音を立てる。声にならない声で、彼は最後にもう一度だけ好きだよ、といった。


▼ 終章
 その火事で、家は全焼、焼け跡からはこの家の主神谷政輝(25歳A級)とその同居人鈴代優希(23歳D級)の遺体が見つかった。火元は店舗部分で、おいてあった工具が漏電し、発火したものと推測される。

     ◆     ◆     ◆

「幸多君?」
 通夜の席を抜け出し、式場の外でぼんやりと空を見上げていた幸多は、自分を呼ぶ声に振り向く。黒のスーツを纏って立っているのは、以前、政輝に仕事を依頼してきた沢村だった。
「あ、沢村のお兄ちゃん」
 座っていた花壇から降り、沢村に向き合う。彼の後ろには、沢村と同じように喪服を着たゆかりも立っていた。
「お兄さんが、佐藤さんが探していたよ。……今度のこと、本当に、なんていったらいいか……」
 そういって、頭を下げた沢村に、幸多はあまり表情を変えずに礼を言った。
「いえ、来てくれて、ありがとうございます。ゆかりさんも。政兄、すごい喜ぶと思います」
 政輝が組んだプログラムを、沢村はひどく気に入り、喜んでいた。それが今も変わっていないことは、綺麗に手入れをされたゆかりの姿を見れば分かる。自分が作ったものを、大事にしてくれる客を、喜ばない職人はいない。もう一度ありがとうといって、幸多は敏博の元へと向かった。
 
 式場に戻るまでに、幸多は何体ものアンドロイドを見た。それらは皆、ゆかりと同じように主に愛され、主と共に悲しみの表情を浮かべている。もちろん『彼女』たちに、プログラムを組んだ政輝を認識する能力はない。それでも悲しむのは、主の感情を汲み取り、同調しているからに他ならない。けれど、それはどこまでプログラムなのだろうか、と幸多は思った。人間の体も、感覚は電気信号で伝わる。ならば、機械との違いはどこにあるのだろうか。魂のあるなしだろうか。ふいに、幸多は左腕の時計に意識をとられた。――百年たてば魂が宿る。九重の言葉が、本当だとしたら、機械と人間の境界はますます曖昧になる。悲しみを紛らすために、そんなことを考えながら、幸多はその場を後にした。

     ◆     ◆     ◆

 通夜が終り、幸多や敏博が会場の片づけをしていると、大塚が現れて敏博を呼び止めた。参列者は皆帰り、残っていたのはどうしても手伝わせてくれと頼んできた沢村とゆかりだけだったので、敏博は一瞬驚いたような顔をして返事をする。
「こんな時になんだが、君に、頼みたいことがあってね」
 どこか落ち着かない様子で、大塚は敏博に近づく。その顔にはなぜか、薄っすらと笑みが浮かんでいた。
「医者の君にしか、できないことなんだ」
 その異様な表情に、さすがの敏博も何かを感じたのか、警戒心を剥き出しにして、何でしょう、と問う。
「彼女の、核が欲しい」
 その言葉を聞いた瞬間、敏博の手から、持っていた雑巾が床に落ちた。
「あんた、何言って……」
 信じられない、というように敏博が目を見開く。その唇が、怒りのせいなのか、恐怖のせいなのか、震えていた。
「神谷の形見に欲しいんだ。せっかく燃えずに済んだんだ。焼いてしまうには惜しいだろう? あいつが命をかけて守った物な……」
「ふざけてんじゃねぇぞ、てめぇっ!」
 大塚が全てをいう前に、敏博は大塚に飛び掛り、殴りつけた。
「ちょっ! 敏兄! やめなよ、落ち着いて!」
「佐藤さん、落ち着いてください!」
 幸多と、沢村は慌てて止めに入ったけれど、敏博は納まらない。猛獣のように暴れる敏博に、大塚は呆れたような顔で言い放った。
「お前まで、人間と機械の区別がつかないのか? 医者の癖に、致命的だな」
「政兄と悠季姉の霊前なんだっ。ねぇ、やめてよっ!」
 内容は分からないまでも、大塚が敏博の逆鱗に触れ、怒りを煽っていることだけは分かり、幸多は叫んだ。
「も……静かに、してあげてよ。政兄、寝、れないじゃないかぁ……」
 焼け跡から見つかった政輝を、幸多は目にしていない。敏博が遺体を確認してすぐ、棺に入れられてしまったのだ。確認を終えた敏博が、幸多を抱きしめた腕は、震えていた。救急救命や、外科治療で、たくさんの人体を見てきた敏博ですら、平常心を失うような姿だったのだ。逆に、悠季の顔はほとんど火傷もせず綺麗なままだった。最後まで、政輝は彼女を抱いていたらしい。彼女を守って炎に焼かれて、どれだけ熱かっただろう。崩れた家の下敷きになって、どれだけ重たかっただろう。そんなことを考えたら、涙が溢れてきて、幸多は立ったまま泣き始めた。
 
「そこまでにしておけ。坊主の言う通りじゃねぇか」
 ふらり、と入ってきたのは外の片づけをしていた九重だった。
「そこにいるのは神谷政輝と鈴代優希の二人だ。お前の欲しい物はない。そうだろ、敏博」
 こくり、と敏博は静かに頷く。けれど、大塚は恨めしげに九重を睨んだ。
「九重先生。あなたまで……。あれがどれほどの価値を持つか、あなたなら分かりますよね? それをどうして止めるんですか? あれは……」
「だから、ねえっつってんだよ。あれは、人だ。少なくとも、神谷にとっては」
 それでも、大塚は退かなかった。
「違います! あれは、機械だ。五年という期間、神谷が毎日念入りにメンテナンスした、彼の最高傑作だ」
「じゃあ、それ欲しさにお前は何をした? あいつに新しいプログラムを組ませるためにお前は何をした?」
 苦々しい顔で、九重は大塚に問う。その瞬間、今まで一度も怯むことのなかった大塚が、恐怖にも似た表情を浮かべた。何を、と返す言葉はひどく弱い。
「あいつはな、作業場以外で工具を使うことはなかったんだ。これがどういう意味か、お前なら分かるだろうが」
 大塚だけではない。その場にいた全員が理解できる。まさか神谷が、飛び込むとは思わなかったんだ、と大塚は呟いた。

     ◆     ◆     ◆

「結局、どういうことだったんですか?」
 大塚が去ったあと、沢村がぽつりと誰に問うでもなく呟いた。
「優希さんは、人間だったんでしょう?」
 その言葉に、理由を知っているであろう敏博と九重は頷かなかった。
 
「彼女は一度死んだんだ。交通事故で」
 俯いたまま、敏博は話し続けた。
「外傷はほとんどなかったんだけど、頭を強く打って、亡くなった。でも、脳以外の臓器は、ほとんどが無事だった」
「それって……」
 大筋を悟った沢村が言葉を詰らせると、敏博は頷く。
「彼女の人格を、プログラム化して入れたんだ。バイオロイドにするみたいに」
 絶句した沢村を横目に、だからやめとけっていったんだ、と九重が苦々しげに呟いた。限りなく人に近い体を持つバイオロイドにも、人格プログラムはある。だから、人の体にそのプログラムを入れることも可能ではないだろうかと、政輝は考えたらしい。ペースメーカーや人工呼吸器を埋め込めば、彼女の体は生き続ける。足りないのは、壊れてしまった脳だけ――。病院で出会った敏博に、政輝は協力を持ちかけ、二人は取引をした。
「彼女の人格の完璧な再現。あいつは、持ちうる全ての知識と技術を注ぎ込んで、彼女の人格を作り上げた。
 ただ、それには相当な倫理的な問題もあって……だからあいつは大学院やめて、公式の場でプログラムを組むことはしなくなったんだ」
 ある個人の人格の再現。それは人間の存在に関わるリスクを抱えている。人格をプログラムで代用することが許されるなら、積極的に代用しようとする人間も出てくる。そして、プログラムには改変、改造が付き物だ。代用する人格プログラムを改造すれば、意思や行動まで支配できることになる。それは、なかなかに大きなリスクを伴う。
「大塚さんにあんまり協力的じゃなかったのは、俺への配慮もあったんだろうけど、一番はそこらへんの事情だろうな。やっちゃいけねぇ事だって、政輝は知ってた。でも、あいつはそれをやらずにはいられなかった」
 敏博に無理矢理延命措置を取らせ、更に禁忌を犯してまで、彼女を死から取り戻したかったのだろうか。
「彼女の本当の名前は優希。優しい希って書くんだ。でも、プログラムの名前は悠久の季節。ずっと二人でいられるようにって意味なんだってさ。妙なところロマンチストだよな、お前」
 そういって、敏博は政輝の棺を軽く叩いた。
 
「でも、そしたら、神谷さんはどっちが好きだったんでしょう」
 沢村の疑問に、敏博はさぁ、と答える。
「目指してたのは生身の方だけどな、やっぱ、完全な再現は出来なかった」
 敏博に代わって九重が答えた。
「けど、そうやって自分で作り上げたものを、嫌う職人はいねえだろ。恋人であり……子供みてぇなもんだ。手塩にかけた可愛い可愛い存在だよ。生身とかプログラムとか、そういうの抜きにして、一緒にいたかったんだろうよ。まだ人生の楽しみの半分も知らないのによぉ。何勝手に死んでんだよ……」
 馬鹿野郎、と呟いて、九重は鼻を啜った。
「プログラムと本当の彼女。いつか二つの人格が、混ざり合えばいいなんて、夢みてぇなこと言ってた。体の記憶は、体で覚えた癖とかは、脳以外に残ってないのかって、ずいぶん聞いてたから」
 脳が記憶の重要な臓器であることは否めない。けれど、脊髄反射のようにして起こる無意識の癖は、脳が変わっても起きるのではないか。そんな体の記憶が、脳に伝わることはないのだろうか。そんな奇跡を、彼は待ち続けた。
「哀しいですねぇ……」
 ため息と共に沢村はそう呟き、ずっと黙ったままの幸多に話しかけた。
「……僕はねぇ、幸多君。ゆかりには、本当に、魂が宿ってるんじゃないかって、思うんだ」
「魂?」
 突拍子もない話に、幸多は沢村を見返して繰返す。
「そう。確かに、ゆかりは機械だけどね。全てが数値化されていてもだよ。人の神経伝達だって電気信号なんだ。機械に魂が宿ったっておかしくないと思いたいんだ」
 それを、政輝も望んだのだろう。だからその奇跡を、待ち続けた。
「知ってる? この国にはねぇ、九十九神って言うのがいたんだ。百年の時を過ごした『物』には魂が宿る。だから……」
 沢村の言葉を最後まで聞くこともなく、幸多は泣いた。
 
 ――アンドロイドは、百年経ったら人間になれますか?
2008/07/27(Sun)01:56:32 公開 / 渡瀬カイリ
■この作品の著作権は渡瀬カイリさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは。ここまで読んで下さりありがとうございました。
アドバイスを元に加筆修正。分かりやすくはなったと思いますが、逆に説明臭くなってしまっているかもしれません。「ここは蛇足」と思われるところがあれば、ご指摘頂けると幸いです。
作中「×」で括ったところは閑話的なものです。本だったら、ページを変えたり、一行に入れる文字数を少なくしたりして他のところとは区別したいところなのですが、いい考えが思いつかなくて、こんな括りになってしまいました。混乱を招いたり、読みにくかったらごめんなさい。
誤字脱字や表現の誤用のご指摘から、ご感想まで、どんな些細なことでも書いていただければ嬉しいです。
厳しいのも優しいのも、両方歓迎です。どうぞ、よろしくお願いいたします。

履歴
2008/06/09(Mon):公開
2008/06/11(Wed):誤字修正、微修正
2008/07/27(Sun):誤字修正、加筆
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