- 『彼岸花』 作者:神風 / 未分類 未分類
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原稿用紙約9.25枚
静けさと、雨の匂いを残して、彼女は消えた。
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【彼岸花】
彼女と私は一般的に親友と呼ばれる関係を築いてきた。
しかし、お互い「親友」とは思っていない。「親友」という言葉に変換できないからこそ、私は彼女を大事に思っていたし、また彼女も私を尊敬してくれている。それは言葉にしなくたって、とうの昔から当たり前みたいに私達の間に存在しているものなので、今更友情の確認なんてものは馬鹿々々しくてするはずもない。そんな彼女と一年ぶりに会うことになって、私は久々にあの場所を訪れることになった。
群青色の空が見下ろす大都会の真中で私は彼女を待つ。
彼女はいつも必ず時間通りに来る人だけれど、私はいつも必ず五分前行動をする人なので、結局私が先にこの場所で彼女を待つことになる。あっという間に流れてゆく時の流れに心が追いつかなくてバタバタしようとも、この場所で彼女を待つ時間だけはとてもゆっくり流れてゆくのだ。
先程まで透き通っていたはずの空に、幾重にもなった雲の塊が物凄いスピードで左へ左へと流れていく。それを目で追いかけているうちに、彼女がひょっこり現れた。お互い右手を軽く挙げて挨拶を交わし、そしてもう二人同時に並んで歩き出す。何年経っても、「久しぶり」なんて言葉さえ私達の間では交わされることがない。それが、私と彼女が築いてきた絆の証明なのだ。
他愛もない会話を繰り返しているうちに、雨がポツリと頬に当たった。
急激に変化していく空模様に予想はしていたものの、私は傘を持ってきていなかったので、自然と彼女の傘に入れてもらう。カツン、カツンという二人の足音と小雨が傘を弾く音だけが妙に辺りに響き渡って、私達の会話も気付けば止まっていた。ひたすら歩いて、歩いて、沈黙が続いていく。その長く続いたかのように思われた沈黙を彼女の方が破った。雨音を遮って、彼女の綺麗な声が私の鼓膜に響いた。
「やっぱり私には の世界は理解できない」
寂しく響いた言葉に、私は同意する。
「私にも の世界は理解できないよ」
「お互い様、か」
「それは仕方ないよ、他人なんだから誰も理解できないに決まってる」
私の言葉は彼女に向けたものではなかった。自身に向けてしまったその言葉は思っていたよりもずっと冷たく響いて、はっとなって顔を上げると、彼女は寂しそうに微笑んでいた。ズキリと胸が痛んだ。
それからはずっとお互い沈黙を守ったまま時が過ぎて、気付けば大都会のエアーポケットの出口まで来ていた。私達はもうエアーポケット内でしか同じ時を過ごすことができないのだな、と感じて無性にやるせなくなった。気付けば雨が傘を弾く音も消えていて、また先程と同じ群青色が雲の狭間から見え隠れしていた。それでも私達は傘を差したまま、出口にしばらく突っ立って空を見上げていた。雨が降った後の異様な静けさと、独特の匂いが、私達二人を遠く遮断していく。隣にいるはずなのに、果てしなく遠い彼女は私を余計に寂しくさせる。言葉なんて私達の間にはいらない、いらないけれど、それでも言わなければならないことがきっとあったのだろう。その言葉をもう見つけ出すことはできない。あの日に全て置いてきてしまった。
「じゃあ、またね」
彼女が傘を閉じて、そう言った。
「またって、いつ?」
私は彼女を引き止めるように、声を振り絞った。
彼女が優しく、そして私が大好きだったあの笑顔で振り返った。
私がその表情にどれほど傷つけられるかも知らないで。
「来年の、今頃に。またこの場所へ帰ってくるよ」
【夏の光】
ふわふわと目の前で彼女の髪の毛が揺れる。
とても好きな彼女の香り。それが鼻先を掠めるたびに、触れたくて。
だけど、その想いは爪を食い込ませた手のひらにただただ紅い跡を残していくだけで、結局彼女に触れることはできない。触れたくて、仕方がないのに。触れたくて、触れたくて、でも触れられなくて。
目の前にある彼女の姿をただ見ているしかできなかった。
三年経った今も、あの日の残像は消えてはくれない。
◇
「あー! やっぱりまーたサボってた」
頭上からぬっと黒い影が現れて、深雪が俺を見下ろしていた。
「あんた本当にこのままじゃダブるよ」
ケラケラ笑って隣に腰掛ける深雪に「人のこと言えんのか」と文句のひとつも言ってやりたかったが、口には出さない。こいつはいくらサボろうと欠席しようと関係ないんだ。深雪の将来はもう決定している。その事実に胸がチクリと痛んだ。
「彼岸にさー夏葉に会ったよ」
深雪が唐突に言った。その声は心なしか普段の深雪のそれよりも低く聞こえる。
前方にキラキラと輝く水面を見つめながら俺は笑った。
「俺のとこにも来たよ」
「そっか」
「相変わらず変わらないな、あいつは」
「そうそう。理解できないような難しいことばっか言ってさ」
「楽しそうに笑ってんだよな」
「そしてまた、いなくなる」
きらきら
キラキラ
水面が光る。
あの日もそうだった。彼女に触れたくて、触れられなかった、あの日。
そして俺の知らない場所で、彼女が消えてなくなった、あの日。
深雪と二人で此処に来て、輝く水面を何時間も見つめた。
日もトロンと暮れて、水面の輝きも闇に消えて、ずっと見つめていた視点から眼を逸らして深雪と目が合ったとき、ありえないほどの涙が出た。見ると、深雪も泣いていた。
今思えば、そんな残像はいつだって 夏だった。
蒸し返るような暑い暑い夏だった。
「さーて戻りますか」
深雪が立ち上がり、歩き出す。俺もその後をゆっくりと追う。
(ずっと、一緒)
そうやって笑った遠い遠い日のことを、俺はきっといつまでも忘れないのだろう。
一度だけ振り返って、青い空を仰ぎ見た。
嗚呼 また あの季節が やってくる
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2008/04/29(Tue)23:51:40 公開 / 神風
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■作者からのメッセージ
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
未熟者丸出しな文面ですが、いや内容もそうですが・・・・・・お許しください。
バシバシ批評言われること覚悟で、参上しましたので!じゃんじゃん言ったってください!
いや〜・・・・・・夏直前は最も創作意欲が駆り立てられる季節であります個人的に。