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『桜とおじいさん』 作者:露無 / 童話 童話
全角9568文字
容量19136 bytes
原稿用紙約30.9枚
春が来たのに、咲けない桜。その桜を助けるべく、立ち上がるすずめとねこのコンビ。はたして、桜は咲けるのでしょうか?
 チュンチュン、チュンチュン。ガラガラガラ……ドスン。
「ああ、あったかくなって、本当に助かるわあ」
 雨戸が開いて、パジャマのままのおばさんがその姿をのぞかせました。町なみの上を渡った新しい光が、おばさんの顔を照らします。空高くでは、まだ、いくつかの星たちもがんばっています。
「はりきっておせんたくしなくちゃ。それから、ええと、あれとあれとあ」
 ピシャリ。言葉が終わらないうちにガラス戸が閉まって、おばさんは見えなくなりました。

 チュンチュン、チュンチュン……。
「がんばりなよ! おいら知ってるよ、堤防の桜はみんなとっくに咲いたんだ!」
 おばさんの家の庭には、一本の桜があります。その花のない枝を飛びうつりながら、やせっぽちのすずめが言いました。
 すると今度は、ちょこんと止まったままで、太っちょのすずめがはげまします。
「どうかなあ。自分のペースでいいんだよ、桜さん」
 しくしく……。
 耳をとことんまで澄ますと、聞こえます。桜が、すすり泣いています。車のエンジンの音やせんたくきの音、おみそ汁がにえる音や朝のニュース番組の音に囲まれた人間たちは気づきませんが、雪が降り積もる時の音のようにかよわく、かよわくひびきます。
「そんなに大きな体をして、ちっちゃいのに元気なおいらを見なよ!」
 右の羽を我が胸に当てて、やせっぽちが言いました。
「きみは、いも虫を取りに行きなよ」
 太っちょがさえぎります。実際には、自分のおなかを気にしながら。
「さあ桜さん、どうして泣いているのか、教えてくれませんか?」
 しくしく……。
 桜は、ただ泣き続けるだけです。
「元気を出すには飛び回らなくちゃね! 父ちゃんがよく言ってるよ!」
 やせっぽちは、あいかわらずです。
 それを無視して、太っちょがまた言いました。
「桜さん。わけを話してくれれば、何か力になれるかもしれないよ?」
「それは、私のせいですよ」
 ホー、ホケキョ!
 すずめたちが声のほうを向くと、いつの間にやら、同じく枝に、うぐいすが止まっていました。
「私の美しい声に、桜さんは引け目を感じてしまったようですね。キョキョキョキョキョ」
「そんなわけない! そんなわけないよめちゃくちゃだよ!」
 やせっぽちが、ムキになって怒ります。もしかして、ねたむところがあるのかもしれません。
 しくしく……。
 そよ風に揺れる花もなく、桜はますます泣くばかりです。
「おい、小鳥ども! 朝っぱらからうるさいぞ!」
 小鳥たちが下を見ると、ムチのようなしっぽがぴしゃん、ぴしゃんと揺れています。彼はこの家にいそうろうしている白ねこで、その名はニャン太。彼だけのために作られた小さな出入り口をくぐって出てきたらしい彼は、立て続けに叫びました。
「さあ、あっちへ行きやがれ! 食っちまうぞ!」
「おおっと、怖い怖い。ケキョケキョケキョ」
 うぐいすとやせっぽちすずめは、ぱたぱたと逃げていきました。
「おいら知ってるよ! 三角公園の桜も咲いたんだ! 小学校の桜も咲いたんだ!」
 ニャン太は、ため息をつきました。
「ふぅ……やれやれ」
 と、ニャン太は気づきました。
「おや、おまえは行かないのかい」
 太っちょすずめだけは、ぽつねんと残っています。
「ぼくは、桜さんのことが気になるんです」
 枝の上にいて、つかまることはないだろうと思いつつも、太っちょは恐る恐る答えました。
「もしかして、わけをごぞんじでしょうか?」
 と、ニャン太は、さっきよりも深いため息をつきました。
「……おじいさんだよ」
「おじいさん? 去年の終わりごろに亡くなった、この家の?」
 太っちょは、おじいさんの様子――頭がはげた、庭を手入れする姿をよく見かけた――を思い出しながらたずねました。
「そうさ」
 ニャン太もなつかしむようなまなざしで、じょうろ、スコップやくま手を見つめました。
「おじさんもおばさんもユウくんもメイちゃんも、庭に関心がない。桜にも関心がない。それでいて、去年もその前も、みんなお城へお花見に行ったのさ。ひざの悪いおじいさんひとりを除いてね」
 歩いていって、ニャン太はじょうろをぽよんと叩きました。
「おじいさんは、友たちを連れてきて、桜を見ながらいくつも俳句を作ったのに」
「そう、桜さんが言ったのですか?」
「ああ。いや、せめてもう一度だけでもおじいさんにほめてもらいたい、と言ってるんだ。しかし、おれにはどうしたものか……」
 ニャン太に続いて、太っちょも、黙ってしまいました。
 一匹と一羽が黙ると、家の前を車が走っていないかぎりは、桜のすすり泣きがひびきます。
「お宮に、お願いに行きましょう」
 太っちょが切り出しました。
「神さまが、何かしてくれるかもしれません」
 白ねこは太っちょをあおぎ見ると、けげんそうに言いました。
「当てにできるのかい?」
 太っちょは、実は、お参りに行ったことがあります。人間がやっているのを見て、まねをしてみたのです。もっとも、お願いした「食べても食べても減らないお茶わん」はもらうことができませんでしたので、ニャン太の質問にすぐには答えられませんでした。
「まあ、このままじゃいられないしな」
 ニャン太はかけ出して、フェンスに飛び上がって笑いました。
「おまえが食べるべきものかどうかは、その後で決めよう」

       *       *       *

 ニャン太の家――いえ、正しくは、おじさんとおばさんの家ですが――から西へ行って遠からずに、田んぼに囲まれて松林があります。そして、その松林に囲まれて、よくある感じのおやしろがあります。
 言われてニャン太は、家から固形のキャットフードを一つぶくわえて。太っちょは道すがら何かのたねを一つぶ拾って、石の鳥居をくぐりました。
 まだ、朝が早いです。一帯を、すがすがしい空気がおおっています。境内には、そまつなシーソーやすべり台がありますが、使って遊ぶ子どもたちがいる時間ではありません。
 一匹と一羽が、参道を進みます。そして拝殿に着くと、一匹は階段からそのままおさいせん箱の上へ。
「ほほあら?」
 ニャン太は、ここだな、と言いたいようです。しめなわのところにいる太っちょがうなづくと、ニャン太はおそなえ物を落としました。
 コロコロコロ……コロリン。
「さあ、おまえも入れなよ」
 ニャン太が飛び降りてうながします。
 と、太っちょもぱたぱたと降りていって音もなくたねを転がし入れ、またしめなわへと飛び上がりました。
「え〜、そういうわけで神さま」
 ニャン太も、人間がお祈りするのを見たことはあるようです。まねして、後ろ足で立ち上がって、前足を合わせました。
「神さま、桜さんとおじいさんを、もう一度だけ会わせて下さい」
「神さま、桜さんとおじいさんを、もう一度だけ会わせて下さい」
 太っちょも、しめなわの上で祈りました。

「ほっほっほ、これはかわいいお客さんじゃ」
 突然に、拝殿の中の、奥からです。
 ニャン太が不思議そうな顔で太っちょを見上げて、太っちょがうなづき返します。
「わしが神さまです」
 拝殿の奥から、ひなたぼっこでもしているような、陽気な声がします。しかもそれはぼんやりとしていて、ゆめの中で聞いているような思いがするのでした。
 ニャン太が、声を上ずらせながら話しかけます。
「か、神さま? 実は……」
「あいや、事情は聞きとどけたぞ。それより、まあラクになさい」
 ニャン太は、後ろ足で立つのにすっかり疲れていたのですが、ようやく前足をつきました。
「それで、これはどうでしょうか?」
 太っちょが問いかけます。
「え〜、うおっほん」
 えらそうなのが、実際にえらいといいのですが。
「まったくの話、おまえさんたちがわしのところへ来たのはよろしい。人間たちには、『お盆』がある。これは、死んだ人間が家に帰ることができるというしきたりじゃが、天竺(てんじく)や仏さまのものより実はわしら神さまのものじゃからね」
 これは、もしかすると、当てにできそうです。
「つまり、おじいさんを帰して下さるんですね?」
 太っちょがよろこびます、
「まあ待ちなさい。決まりというものがあってな」
「何でしょうか?」
 はやように、白ねこが聞きます。
「たとえば、家の者は、死んだ人間があの世とこの世を行き来する乗り物をじゅんびしなくちゃならん」
 一匹と一羽は、フムとうなづきます。
「野菜を使って、たとえば馬を作るんじゃよ。きゅうりなんかでな」
 と、白ねこに笑みが浮かびました。
「何だあ、ならすぐにできるじゃん! さっそくおじいさんを招待するぞ! 神さま、ありがとうっ」
 白ねこがたたたっとかけ出します。
「あ〜、置いてかないで下さ〜い」
 太っちょもぱたぱたと飛び出します。
 神さまの声が追います。
「これこれ、まだ話が……ああ、行っちゃった」

       *       *       *

 せんたくきの動く音がします。人間たちには、いろいろとあわただしい時間です。
 そしてそれは、今のニャン太と太っちょにもです。
 とててて……。ごろんっ。
「ペッペッ……ふいい、マズい! ペッペッ」
 ニャン太がつばを吐き出して、口をぬぐいます。
「ぼくたち名案ですね、そのまま使えて」
「実際おれのアイデアだけどな。さあみんな、かっさいかっさい」
 ニャン太が、両手を挙げて立ち上がります。
 そしてその前には、たまねぎが一つ。
 取ってきたばかりのたまねぎが一つです。これは、おじさんの弟さんの畑から、ニャン太がええと……借りてきたものです。上に青いくきが伸び、下にもじゃもじゃの根っこが、土を残して伸びています。
 うふふ……。
「桜さん? 桜さんが笑ったっ?」
 いったい、どれぐらいぶりでしょうか。枝に止まっている太っちょも、うれしい気持ちで言いました。
「よかったよかった、桜さん! もうすぐだからね!」
「おうとも!」
 ニャン太も、土を払いながら元気な声です。
「それにしても、楽しみじゃないか! たこの乗りごごちはどうだろうか?」
 太っちょも、おじいさんがたまねぎに乗って帰ってくるのを想像して、笑ってしまいました。たまねぎの根っこが足のように動きます。そしてくきにしがみつきながら、おじいさんがたまねぎの上に座って……。
「さあ、じゃあみんないいか? おじいさんを呼ぼう!」
 ニャン太がまた立ち上がって、前足を合わせます。
「おじいさん、帰ってきて下さい!」
 太っちょも、たまねぎを見つめて念じました。
「おじいさん、帰ってきて下さい。おじいさん、帰ってきて下さい……」
 桜からも、声はしません。きっと、黙って念じているのでしょう。
 ……それから、一〇分はたったでしょうか。
「なかなかですね……」
 太っちょも、少し疲れてきました。
「やっぱり、あの世とこの世は遠いからだろ」
 ニャン太にももどかしいようですが、まさか根負けには早すぎます。
「おじいさん、帰ってきて下さい……」

 おばさんがせんたく物を干しに来て、しばらく中断しなければならなかったのを含めて、かれこれ一時間は流れました。
「やっぱり、馬じゃないから遅いんだろうか。それとも、たまねぎのたこじゃ、おじいさんイヤなのかな」
 そう思っても言いにくかったのをニャン太が自分から言ってくれて、太っちょは助かりました。
「違うことをためしましょうか」
「そうしよう」
 ニャン太もうなづきます。
 さっそく太っちょのアイデアで、たまねぎに、キャベツのつばさをつけました。
「飛べるのはべんりなんです。きっとすぐ来ますよ」
 ……しかし、おじいさんは来てくれません。
「やっぱたまねぎはだめだ、マズいから! 他の野菜にしよう」
 ニャン太がかけ出します。
 それに、太っちょも続くのでした。

 じどう車工場の屋根に、これからお日さまが沈むところです。
 暗くなっていく庭のさざんかの下に、たくさんの野菜が転がっています。たまねぎ、キャベツ、クレソン、ごぼう、さやえんどう、せり、たけのこ、ふき、白ねこ……そう、白ねこ。ニャン太も、疲れ切って伸びています。
 そして枝の上では、太っちょすずめもため息をついていました。
「ああ、おじいさん……」
 桜は、まだ咲きません。
 泣いてはいませんが、やはり、咲けていません。
 太っちょすずめは、気持ちを決めて言いました。
「桜さん、ぼくたちもちろん、あきらめないから」
 向こうから、太っちょを呼ぶ仲間たちの声がします。
「明日こそは、何かいい方法が見つかると思うから。安心して」

       *       *       *

「ほほう、朝から一日中やっておったとは」
 前日と同じく、朝の境内。ただし、太っちょはおさいせん箱の上です。
「はい……ぼくたちが、もっとしっかり話を聞けば」
 聞けば、ニャン太が今も寝転がっていることはなかったでしょう。
 神さまは、昨日の話を続けました。
「じゃな、話はしっかり聞かねばならん。いいかね、死んだ人間は、お盆の時に、野菜の乗り物で家に帰ることができる。年に一度だけ、せみたちがじいじいと鳴きちらかす、八月のあつういさかりにな。それが」
 神さまは、一息置いてから続けました。
「それが決まりじゃ」
 太っちょは、すがるように言いました。
「では、桜さんがおじいさんと会うには、それまで待つしかないのでしょうか」
「それが決まりじゃな」
 神さまが、淡々と答えます。
 しかし、せみたちが鳴いているころだなんて、それではどうしようもありません。
 太っちょは、困ってしまいました。
 と、神さまが唐突に言いました。
「おまえさんも飛べるから、北のほうはるかの高台に、ふたごのマンションがあるのは見てるじゃろ」
「? ……はい」
 太っちょがきょとんとしてうなづきます。今いる位置からは見えませんが、太っちょは、二つの白いマンションを思い出せます。本当に北の北のほう、これまで自分が行ったことのある最も北のはしっこを、はるかに北へ行くはずです。
「実はな、そのすぐ向こうのおやしろに、わしよりずっとえらい神さまがいる」
 自分がすでに十分にえらそうなわりには、意外にひかえめな言葉です。もっとえらそうな神さまが、そこにいるのでしょうか。
「その神さまなら、何かして下さるかもしれん。行くかね?」
 太っちょは、迷いました。それは、本当に遠くにあるようだからです。しかし、それが方法ならば、です。
「今度はしっかり聞いて、行きます」

       *       *       *

 太っちょは、まず、桜とニャン太に報告に。それから、群れのみんなのところに戻って、腹ごしらえをさせてもらいました。
 そしておとうさん、おかあさんに遠出をつげると、おかあさんは心配しましたが、おとうさんからは「かしこく行ってきなさい」との言葉です。うなづいて、いよいよ太っちょが「旅立ち」ます。
 れんげ畑を越え、菜の花畑でひと休み。知っている屋根屋根を越え、高い高い鉄塔の下でひと休み。竹やぶを越え、いいにおいのするお菓子工場の上でふた休み……。
「ふう」
 ここまで来ると、大きな川がすぐそこです。岸辺では、もうしばらくの滞在になるだろうかもたちが、さかんに野草をついばんでいます。太っちょは、まだ、その川を越えたことがありません。川の向こうには、人間たちのたて物ばかりがぎっしりと見えています。
「ぼくたちもかもたちも集まってくらしてるけど、人間たちにはかなわないや」
 そう思いながら、いよいよ川を越えました。
 まったく、その先は、たて物に次ぐたて物です。
 車が六列、それどころか八列で走っている道路すらありました。これは、ニャン太がいくらすばしこくても、きっと越えられないに違いありません。飛べるのがべんりだとは、やはり太っちょの自慢です。
 それから、太っちょは、さらにびっくりするものに出くわしました。高い橋の上を、何かいも虫が一列になったような長い長い車が、びゅうううううんと、それはものすごい勢いで右からやって来ます。
「あんなに急ぐなんて、よっぽどおいしいものがあるんだな」
 と、その時です。自分の後ろから、風を切って何かがせまる気配です!
 クアアッ!
「うああっ」
 太っちょは、すんでのところでそれを、からすの一撃をかわしました! 見れば、悪魔のような顔つきで、ギラギラとこちらをにらみます。そして何も言わずに、ふたたび太っちょを目がけて飛んできます!
 体の大きさでも速さでも、太っちょにはとてもかないません。もう必死で、必死で飛びます!
 すると、です。
 太っちょが気づくと、自分の真下、電線をはさんですぐを、さっきの巨大ないも虫車が今度は左から、またすごい勢いで滑っています。
「うわああっ!」
 太っちょの小さな体は、わらの切れはしみたいに流されそうです! が、負けるわけにはいきません。はばたいてはばたいて、はばたいてはばたくと、いも虫車を渡り切れた上に、同じくいも虫車を恐れて飛びのいたからすとも距離ができました。太っちょは、さらに一気にはばたいて、橋の下へともぐります。
 そして、小鳥しか入れないようなコンクリートのすきまを見つけるや、何とかそこへ逃げ込みました。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
 息が切れます。ふるえが、止まりません。
「街は、怖いところなんだ……」
 これは、しばらく、じっとしているしかなさそうです。
 ゴゴゴゴゴゴゴ……。
「うわっ」
 いや、どうやら、例のいも虫車が、また上を走っているようです。あたりを振動がおそっています。
「おとうさん……」
 と、太っちょは、おとうさんの言葉を思い出しました。
「かしこく行ってきなさい」
 そうだ、そうだった。考えよう。いも虫車は、別に自分をおそうために走ってるんじゃない。からすだって、今みたいに逃げれば大丈夫だ……無事に行ける、無事に行ける……。
 自分にそう言い聞かせ続けると、だんだんとラクになってきます。そうして、徐々に徐々に、外へと向かいました。
 今ここから見るかぎり、からすはいそうにありません。
「よし、この先は、とにかく物かげにそって飛ぼう」
 そう心に決めて、よおくよおくあたりを見回すと、あらためて外へとはばたきました。

 その先は、そういう対策のかいもあったようです。特に危険な目にあうこともなく、いよいよふたごのマンションが間近にせまってきました。遠くではおもちゃのように見えていたマンションは、実際には、その高い高い屋上――数え切れませんでしたが、一〇階以上は絶対にありました――にはとても行けそうにないのでした。
 ともあれ、次は、神社を見つけるのが目標です。
「神さまが言ってたな。くぬぎ林に囲まれてる、たくさんの旗が立ってる。ええとそれと……大きな鳥居があって、水色のはかまの神主さんがいて……」
 ところが、です。
「……おかしいな」
 ふたごのマンションを抜けても、それらしい林はありません。
 いえ、林を見つけるには見つけましたがそれは公園の林で、おやしろでなく噴水やトイレがあるだけでした。
「たくさんの旗が立ってる神社だって? おい、みんな知ってる?」
 太っちょがはとにたずねると、はとたちは「う〜ん?」という身振りをしました。
 太っちょは、大きな鳥居のことも、水色のはかまの神主さんのことも言ってみました。
「ごめんね、力になれなくて」
 はとたちの群れを離れると、太っちょはポールの上の時計に止まりました。
「今度こそは、しっかりと聞いたと思ったけど」
 お日さまは、頂上に来るにはまだあります。
「ふたごのマンションだって、間違ってないはず……」
 あらためて思い返しますが、そう、何かを間違ったとも思えません。
「とにかく探そう、ずっとえらい神さまを。きっと見つかるはずだから」

       *       *       *

 夕やみが、松林に降りてきます。
 ジャングルジムで遊んでいた子どもたちも、おとうさんとおかあさんのもとへと帰ったようです。
 ぱたぱた……。
 しめなわの上に、力なく止まるものがいます。太っちょでした。
「神さま……」
 しばらくして、あいかわらずの声が返ってきます。
「おや、すずめさん」
 太っちょは、ボヤくように言いました。
「ぼくは、何か聞き間違えたのかもしれません……ずっとえらい神さまに、会えませんでした」
 すると神さまは、悪びれもせずに言いました。
「会えないのが分かったということは、行ってきたということじゃな」
 太っちょは、面食らってしまいました。
「いったい、どういうことですか?」
「いや、何。おまえさんはりっぱなすずめだよ。おまえさんのおとうさんも、おまえさんを自慢にしていいじゃろう」
 そうほめられて、太っちょも悪い気はしません。元気がわく思いすらしたのですが、そういうわけでその元気にも助けられ、怒る気持ちもかくせません。
「ためしたんですか? ああ神さま、おためしになったんですね! いったい、ぼくをどうなさりたいんですか?」
 神さまは笑いました。
「はっはっは。まあ実際、おまえさんは大かつやくじゃぞ」
 太っちょには、まだわけが分かりません。
「戻ってみんなで祝いなさい。桜が咲いたぞ。おまえたちのがんばりに、はげまされたということじゃ」
 太っちょは、びっくりです。
「そうなんだ、そうなんだ……よかった、桜さん」
 太っちょも、やっと、自分のしたことの意味を感じられたように思えました。
 大きな、大きなため息がもれます。
 が、しかし。今でも、心残りは一つあります。
「おじいさんのことは……」
 神さまは、きびしい口調で言いました。
「決まりは決まりじゃ」
 じどう車工場の屋根に、お日さまが沈んでいきます。
「そうですか……」
 太っちょが、さみしげに沈黙します。
 風が、境内をなでていきます。
「決まりは決まりじゃ……ただし」
 神さまが、やさしい声で言いました。

       *       *       *

 チュンチュン、チュンチュン。ガラガラガラ……ドスン。
「ああ、今日はあったかいわねえ、本当に助かるわあ」
 雨戸が開いて、パジャマのままのおばさんがその姿をのぞかせました。町なみの上を渡った新しい光が、おばさんの顔を照らします。空高くでは、まだ、いくつかの星たちもがんばっています。
「あらっ? ねえ、桜が咲いてるわよ? おとうさん」
 続いて、おじさんが何か言う声です。
「ああ、もう。こんなこと初めてなのよ。後でゆっくり見てみない?」
 ピシャリ。ガラス戸が閉まって、おばさんは見えなくなりました。

 チュンチュン、チュンチュン……。
 二羽のすずめが、枝の上で、気持ちよく歌っています。
 下では、一匹の白ねこが、気持ちよさそうに横になっています。
「決まりは決まりじゃ……ただし」
 太っちょは、神さまの楽しそうな笑いを思い出します。
「わしたち神さまは、一〇月……神無月(かんなづき)のころに、るすになる。つまりの……るすの間には、気づかないこともあるかもしれん」
 と、ニャン太が何かの気配に気づいて、顔を上げました。
 その向こうには……向こうには、あのなつかしい、頭のまぶしいおじいさんが、やさしくほほえむ姿がありました。

 秋の空が高く晴れる、すてきな一日になりそうです。
 この日のできごとを、彼らは、ずっと、忘れることはないでしょう。

【完】
2008/04/24(Thu)18:31:18 公開 / 露無
■この作品の著作権は露無さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 この春の桜の下を歩きながら、桜をテーマにぜひ何か作りたいと決めたものを、何とか見せられる形にできました。
 童話なので、もちろん、これは子供向けです。が、読んでもらった子供には「ふ〜ん」という感想に終わりそうなこと、感じ入ってくれるとすればそれは読んであげた大人のほうかもしれないことは、ねじれた感が否めません。また、「お盆は神さまのもの」という一文、これは一定の事実なのですが、読み手の皆さんの前で演じ切れたかは分かりません。
 ただ、それでも、それなりの魅力は持たせられているはずです。そう思いたいです(苦笑)。
 皆さまからお褒めにお叱り、よろしくお願いいたします。
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