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『大人の学習。そして、哀愁。』 作者:砂糖水 / 未分類 未分類
全角3191.5文字
容量6383 bytes
原稿用紙約8.8枚
子供はいつだって全力。
大人の学習。そして、哀愁。

 嵐の様に過ぎ去った一日。というか、朝方が静寂に静まり返るころ。
 暗闇にともされる色とりどりの光と、街角のクラクションが鳴り響く。救急車は休まず働き、パトカーも時々見る。夜間だというのにご苦労様。玄関前の路上には他人の話し声が耳に届き、時々ヤキイモ屋さんが通る。近所の家が火事にあった。そのときだけ救急車や消防車が駆けつけてきてうちの前もにぎやかだったけど、最近はやけに物静かだなあ。まあ、そのほうが僕としても幸せで何よりだけどね。
 うちの前だけ時間が止まってるみたいに物静かで布団とか洗濯物とか外に干さなくて、殆ど部屋の中に干してることが多くて、ベランダに置かれた三つの植木鉢があるけれど殆ど枯れているように見える。放置しているような感じもするけど、これでもちゃんとお世話してるつもり。
 どうにも僕は昼間が苦手なようで、お日様が沈んであたりが暗くなる夜間に24時間営業のコンビニと自宅を往復したり、少し冷え切った冷たい風を浴びながら近所の公園を覗いて見たりしてることが多い。だから昼間、うちの前を通学路として通る小学生くらいの子供達の間で「人が居るんだか居ないんだか判らない」と言うことから、いつの日かうちの別名は「3丁目の幽霊屋敷」と呼ばれるようになった。
 ある意味、なじみが出てくれるのなら僕はそれでも構わない。

 ついこの間、姉さんが長期出張で中国の北京に行っている間、姉さんの所の愛子を僕が預かっているという状況だ。従妹の裕子は5歳とはいえ、この子も女の子だ。女性だ。
 いくら僕がこの子の叔父さんだとは言っても打ち解ける様子はなく、お互い少し遠慮気味で一日を過ごしているようなもの。新婚さんとかカップルとかが暮らしているわけでもないが、男と女が一緒に居ることには変わりない。
 裕子は人見知りな性格で、あまり知らない土地の人に懐いたためしがない。彼女が一人で遊びに行くと言い出して一度だけ迷子になった事がある。
 丁度、裕子の前を通りかかった近所の小学生達が幼稚園帰りのままの格好で迷子になっていた裕子をうちまで送り届けてもらったことがきっかけで、近所の小学生達とも仲良くなったらしく最近は一緒に近所の公園で遊びすごしてたりしてることが多くなった。
 小学生のお兄さんやお姉さん達が裕子の相手をしてくれているから、僕としても助かっている。だが、助かっている半面で少し困ったことというより、少し疑問に思う問題が発生した。大した問題ではないのだが、小学生達と遊んで帰ってくるたびに5歳の裕子が「どうして? なんで?」の繰り返しで質問を頻繁にするようになったから少し疲れ気味の僕としても相手が仕切れない。
 いつも一緒に遊んでもらっている小学生達にも何度か同じ質問を繰り返したらしいが、さすがの小学生達もこれには苦笑い。原因は多分、一緒に遊んでいた小学生達にあると僕は思った。なんせ彼女がここに来る前から、うちの別名は「3丁目の幽霊屋敷」と呼ばれていたからだ。

 外に出ずとも、野外の声は騒音の様にはっきりと聞こえる。普段から玄関の扉を開けっ放しにしているからなのか近所の奥様方の口から聞こえる旦那の愚痴や世間話、子供達の話し声等はしっかり聞こえる。
 小学生に限らず、街を歩いていれば何処からともなく似たような話題が流れるもの。最近になって見たテレビ番組に関する話題で盛り上がる中を歩いていると聞きたくなくとも、小耳に挟んでしまうことがある。別に盗み聞きでは無いが、他人の話し声から漏れる情報に耳を傾けるとどうしても気になってしまうものだ。
 そこで幼い子供は、すぐさま身近な大人に問いだす。答えるほうも答えるほうで、それなりの知識を備えなくてはならないと分かっていても、言葉の意味にもよるし、薀蓄ではないが言葉に対してあまり長々語っても、相手に伝わらなければ全て無数の疑問符で掻き消されるだろう。

 ある日、幼稚園から帰ってきた裕子が一枚の紙を僕に見せてきた。
 次に出てきたのは、今となってはお馴染みの「どうして? なんで?」攻撃である。縦続きに疑問符のついた短い文章を僕にぶつけてくるのだ。純粋な従妹の世話をするのも僕の仕事の一環となってしまった今、僕以外誰がこの子の疑問に対応できる? 僕しかいない。僕が教えることを破棄してしまったら、この子の将来がいろんな意味で危ないし、僕も危ない。少しは難しいことでも、出来るだけ簡単に説明して納得してもらおう。この際、何処でそんな言葉覚えてきたの? とかいうのは無しの方向で、僕は立ち向かう。

 差し出された紙には、大きく太い黒い文字で「豆娘」と書かれていた。それ以外は何も書かれていない。
 というか、これを何処で拾ってきたんだ? いやいや、つまりこれは、これの読みを教えてくれということなんだろう。いいだろっ。叔父ちゃんに任せなさい! 僕は張り切って、前に差し出された問題とにらめっこを開始した。……まめむすめ? まめっこ? いや、待てよ。待て。そんな萌え要素みたいな、小さい子供をさすような喩え事があって堪るか。
 でも、無いとは限らないし……。違うとも否定できないし。
 かといって、僕が破棄するわけにはいかないし、僕が硬直している横で「おじちゃんなら絶対、教えてくれる!」という期待充分な眼で見つめてるしっ、すっげー可愛いしっ、出来たら写真に収めたいしっ!! ――僕の中で酷く脳内のモーターが別の意味で活発に激しく回転している。しかも親切にカラー映像つきである。
 これの正しい答えを教えてやれば、「おじちゃん、すごーいっ!」と無邪気な笑顔で抱きついてくれること間違いなし! 脳内で痛々しくも想像の域を超えた妄想をしている僕に対して、「豆娘」の答えを今か今かと待ち望んでいる幼い少女。画的にはかなり宜しいと思われる。

 紙に書かれた文字とにらめっこを始めてから3時間が経過した。だが、いっこうに答えは出ない。
 こうなれば自棄で嘘を教えるという手もあるが、それではこの悩んだ長時間が水の泡になる。純粋な性格を踏みにじるみたいで、僕の心が許さなかった。なんだか、すっきりしない。……こうなりゃ、辞書で調べるしかない! とは思ったが、運悪くというかなんというか、待ちくたびれた裕子が気持ちよさ気に僕の膝元を枕代わりにして、寄りかかっていた。
 これでは僕が自由に動けない。つまり辞書のある本棚まで歩けない。どうして、ここまで来て本棚を近くにセッティングしなかったのか。僕は心の中で後悔していた。
 まあ、そんなすぐには答えは出ないだろうと前向きに立ち直って、手元にあったテレビのリモコンにある電源ボタンを押してテレビ画面をつけた。丁度、時間的にクイズ番組だったらしく僕は息抜きにテレビを眺めていた。すると偶然なのか番組の中でも「漢字の読み」を答える問題だったらしく、しかも偶然が重なったのか「豆娘」が出ていた。……なんだ。たまには役に立つじゃないか。クイズ番組! と、思いつつ僕はクイズの回答を待つ。
 ああ、やっぱり……。世間は広いな。なんて、どうでもいいことを思い浮かべていたら、「豆娘」の読み方が解った。どうやら、あの二文字の読みは「まめっこ」でも「まめむすめ」でもなく、答えは「いととんぼ」だった。
 丁度、裕子は深い眠りの中。僕は幸せとスッキリの開放の中。番組が終わるころに、眠っていた裕子も目を覚まし、丁度よいタイミングで事が進んだ。僕は自信満々に「豆娘」の答えを裕子に教えてあげた。すると、裕子は……。
「‥あ、やっと解ったんだ? 叔父さんって、馬鹿だね〜」
 5歳児とは思えない、今時の糞餓鬼のような言葉を口走った。……僕の、今までの苦労はなんだったんだ。心のそこで、僕は小さく呟いた。哀愁。
2008/04/03(Thu)15:00:54 公開 / 砂糖水
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■作者からのメッセージ
誤字等をちまちま訂正しつつ、今後は少しずつ直していこうと思います。
不都合な点がありましたら、なんなりとお申し付けくださいませ^^
あっ、後……もしよかったら、感想もくださると嬉しいです(^^;
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