- 『夢』 作者:河灯 良平 / ショート*2 未分類
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全角975文字
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原稿用紙約3.1枚
高層ビルの屋上でリクは朝日を昇るのを眺めている。太陽の熱で暖められていく空気を感じながら遠くで鳥が鳴く声を聞く。彼にはその鳥が何であるのかは分からない。
「またここに戻って来たんだ」
少し離れた非常階段に座っているサユリが、風で長い髪をなびかせながら言う。リクはサユリに近寄り、そうなんだ、と答える。
「でも、あなた変ったわ。これはいい意味で言っているのよ。あなたは変わった」
「自分では分からないよ」
「本当に変わったわ。でも、私たちはもっと強くならなくてはいけないの」
サユリは立ち上がり、リクの頭をそっと撫でる。リクはサユリに頭を撫でられるのが恥ずかしかったが、嫌いではなかった。
「僕らはまだ十五歳。強くなる必要なんてあるのかな」
リクのまだあどけなさが残る顔が日に照らされる。
「あなただって分かっているはず、強くならないと生きていけないの」
眩しくないよう、手で光を遮りながら強く言う。
「分かっているさ、ただ、言ってみたかったんだよ。弱音を」
「分かっているわ」
二人の影が巨人の様に、アスファルトの上に投影されている。まるで真っ黒い大人たちだ。
「大人たちは夢を失い、ただ機械の様に働いている。そして彼等自身はその事に気づいていない。仮に気づいていたとしても、気づかないふりをしている。その方が楽だと知っているから」
「彼らにはもうどうしようもないのよ。抜け出す力もない。それに死ぬこともない。統一化された世界に不満はないのよ」
「僕は嫌だ」
リクは叫ぶ。と同時に両親の事が脳裏に過る。両親は夢を捨てなかった。しかし、その行為は社会には受け入れられず苦しんだ。この世界は規格外の物を排除しようとする。リクは同じ形をしたビルの群を見て、足もとがすくむ。
「そろそろ、行くよ」
リクはブーツの紐を結び直し、立ち上がる。サユリがポケットからお守りを出し、リクに手渡す。
「私のお守りよ。リクにあげる。私はいいの気にしないで。この世界で生まれ、育った私たちが失くしてしまっている何かを見つけるのよ。強くなりなさい」
リクはお守りをそっと握りしめ、その手で自分の胸をトントンと二度叩き、身をひるがえし、鳥の様に軽やかと隣のビルへ飛び移っていく。
「いつでも戻ってきて、あなたには戻る場所があるのよ」
サユリの声は風に乗って、去りゆくリクに届いた。
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2008/03/28(Fri)01:06:32 公開 / 河灯 良平
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■作者からのメッセージ
すべてが画一化されて、それが当たり前となったら怖いな、と思って書きました。
その時は僕等は流されるしかないんでしょうか。