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『ぼくきみ。』 作者:砂糖水 / 未分類 未分類
全角2367文字
容量4734 bytes
原稿用紙約6.5枚
ゾンビのゾンビによるゾンビの為のショートコント。
ぼくは、ぼくで。きみは、きみのまま。

 やあ、全国の男子諸君。そして女子の皆さん。とりあえず、おはよう。僕は今日という朝を生まれてから、今日に至るまで15回視てきた。いや、100回近くかな。それにしても、久々のお日様だぜ。まぶしい太陽に照らされて、土の香りが目にしみる。おや? あそこに女子高生が居る。おお〜い。おはよー。……なんだ。朝からシカトか? こりゃ、いかんな。
「駄目じゃないか。朝の挨拶は大切なんだぞ?」
 まるで気持ち悪いものを見るようなおびえた目で、身を震わせながら僕のほうに視線を向けて硬直していた。女子高生の顔は全体的に青ざめていて、目には大量の涙を溜め込んで「こっち来ないで」と目で訴えていた。……なんだ、なんだ。口があるんだから、わざわざ目で訴える必要なんてないじゃないか。ちゃんと口ではっきりと、嫌なら嫌とはっきり言いなさい。
「………ぅ、……うわああああああああッ!!!」
 僕が近づこうと足を一歩前に踏み出しただけで、女子高生は両腕を高く天に突き出し見事な雄叫びと共に猛ダッシュで僕の前から走り去った。……なんだ、なんなんだ。本当に何なんだ。最近の若い者はこれだから……。両腕を胸の前で組んで半ば呆れながら女子高生の後を見送っていた最中に、僕の後ろから他の声がした。
「あーあ。斉藤さーん、貴方また出てきちゃったんですかあー?」
「……あ。伊藤さん」
 振り返ってみると同僚の伊藤さんが苦笑いを浮かべながら、近づいてきた彼は肩を並べて僕の隣で深い溜息をついた。
「何度も言ってるじゃないですか。地上の人間に僕ら地下の人間が近づいちゃいけないって。しかも、こんな真昼間から」
 地上の人間と地下の人間。言い換えれば、生身の人間と死んでる人間。……早い話が、僕らはゾンビなのである。僕らゾンビというのは、何らかの力で死体のまま蘇った人間の総称で、ホラーやファンタジー作品などによく登場し、腐った死体が歩き回るという描写が多い言わずと知れたゾンビ、そのものなのである。これが何十年何百年と薄暗い土の中に埋もれてて、それがある日突然生き返った動く死体。とは違い、僕らはある日突然、ぽっくり逝っちゃった系の死体なのである。まあ、原理的には大差ないのであまり気にしていなかったのだが……。
「いやあ‥つい、いつもの癖で」
「いつものって……貴方は既に死んでいるでしょ?」
「あはは。そうだったねえ〜」
 へらっと笑いかけた僕に伊藤さんは呆れながら溜息をついた。この青年、いや。このオッサン? ……とりあえず美青年の彼は伊藤さんという。たぶん、僕とり年下だったと思われる彼は、何でも数百年前にこの公園で殺されたんだとか。……数百年前って軽く言ってたけど、それって最近なのか凄く前なのか時間の経過がよくわからない表現だよな。
 ただ普通のホラー系ゾンビとは違って僕らの外見は生身の生きた人間と容姿が似ている。一般的にゾンビのイメージは生ごみの塊みたいな、焼け焦げた体に今にも片目がポロリと落ちて目玉親父がこんにちは。という状態だとは思うが、原理的な容姿は遥かに違うので安心していただきたい。とは、いってみても――地上の人間たちから見れば、僕たちは変質者や服から何からボロボロのホームレスに思われているのだろう。まあ、それはそれで良いのだが……伊藤さん。言い過ぎちゃ駄目だよ?
「それはそうと、斉藤さん。……右腕が捥げてます」
「おやまあ。それは困りましたね……」
 不意に捥げた右腕を手持ちの裁縫セットを用いて、伊藤さんが針と糸を巧みに操り右腕を繋げてくれた。僕は少しはにかみながら笑う。いつも僕らはこんな調子で、死人二人は今日の朝を身に受ける。こんな能天気なゾンビですが本場のゾンビとは偉くかけ離れた存在で、僕らは疲れることもあれば空腹を感じることだってある。
 そもそも本場の「ゾンビ」の元は西インド諸島に起源を持つブードゥー教の教義に強い精神力を持つ者が死者を蘇らせ意のままに動かすというものがあり、この蘇った死者をゾンビと呼んだ。死体であるため疲れを知らず、ロボットのように働くため、ハイチやその周辺では貴重な労働力として農園で使われたとされる。
 生きている人間が歩く道路の下、つまり下水道から僕ら地価の人間は照りつける日差しを避けて生活をしている。ホラー映画でもそうだが、ゾンビを含む死者は早々に真昼間から地上に顔を出す命知らずは居ない。最近のアニメや漫画のゾンビは真昼間から顔を出して、生身の人間たちと戦っているではないか。あえて脇役の立場で。同じゾンビとして、僕は君たちゾンビを見ていると悲しく思うぞ。……いや、……あれ? ちょっと待て。同じゾンビ……? うーん……確かに僕も伊藤さんも今はゾンビだし、根本的には一緒だし……。間違っては居ないはず。……あー。でも、同じゾンビで良いのか? ……あれ? ……うーん。まあ、同じということで。とか何とか僕が言い出すと大抵、伊藤さんは怒る。そりゃ、ないよ。だって、君も死んでるんだから。
「ていうか、僕らこんなに直射日光浴びてたら腐りますよ?」
「まあまあ。そんな細かいことは気にしない、気にしない」
 高笑いが耐えない僕。自分のことより他人の世話をしている伊藤さん。彼は優しい性格なんだけど、どこか挑戦的なお人よしで、こんな僕と並ぶ彼は立派な漫才師。起源的に言えば、刑罰という側面から死者というのは生物的なものではなく、共同体の保護と権利を奪われる形の社会的な死者として扱われることの寓意ではないかという説もあるらしい。僕らは昨日まで生きていた。という理由で、いつ自分たちは死んだのか。未だに見当がつかない。というか、伊藤さん。君もこんなところに居たら、共死にしますよ?
2008/03/26(Wed)19:20:29 公開 / 砂糖水
■この作品の著作権は砂糖水さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
密かに第二作目突入。
こんなんですが、よろしくお願いします。
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