- 『シンメトリー』 作者:水葉ルイ / ショート*2 未分類
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原稿用紙約6.2枚
クリスマスが嫌いな天使とクリスマスが好きな悪魔。対称的な二人が過ごすクリスマスとは――。ショートショート。
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一人の女の天使がいた。白く大きな翼を広げ、銀色に輝く月の下を滑空する。真下に広がる街の光は星々に負けないほどキラキラと輝いていて美しい。しかし、天使はそれを見て笑顔になることはなかった。急降下し、ふと目に留まった高層ビルの屋上に降り立つ。強い風が吹き抜け、天使の長い黒髪が無造作に散った。
「おやおや。先客とは珍しいね」
突然の声に天使が振り向くと、そこには笑みを浮かべている悪魔がいた。どうやらこの悪魔は男のようだが、思わず見惚れてしまうほどすらりとした綺麗な体型をしている。天使は顔を顰め、言った。
「何の用です? 天使の私に話し掛けるだなんて。変わった悪魔ですね。早く立ち去りなさい」
「うう、天使だろうが悪魔だろうが、クリスマスくらい楽しんでもいいじゃないか」
悪魔は天使とは対称的な黒い翼を広げ、宙をくるりと舞う。天使は尚悪魔を睨みつけるが、彼はそれに動じることなく、ビルからの景色を見てはしゃいだ。彼の子供のような笑顔には流石の天使も拍子抜けしてしまう。天使は今までいろいろな悪魔を見てきたが、彼のような悪魔は前代未聞だった。人間の不幸を喜ぶはずの存在がクリスマスを楽しんでいる。なんだか奇妙な光景だった。
「綺麗だよなー。俺、クリスマス好きだ。街もオシャレしちゃってさ。みんな楽しそうな顔してる」
「……馬鹿じゃないの」
そう、冷たく言い放つ天使に、今度は悪魔が顔を顰める。
「あんたはクリスマス好きじゃないのか?」
「嫌いよ。大嫌い」
天使は再び翼を広げ、悪魔の隣にやってくると、下に広がる世界を見つめ、鼻で笑った。
「この季節になるとね、彼らはクリスマスやら正月やらで大忙しなの。くだらない。本当にくだらない。普通に生きていればいいものを、どうして人はこんなに騒ぐのが好きなのかしら。冬は一気に騒がしくなるから、嫌いなの」
彼女の言葉に悪魔は何か返そうと思い「それはそうだけど」とまで言ったが、それ以上言葉が続かなかった。その理由は素直に言葉が見つからなかったというのもあるし、彼女の瞳があまりにも冷めていたからでもあった。天使とは思えないその横顔は何処か寂しさに満ちていた。天使は続ける。
「電飾なんてお金の無駄。やらないほうがずっと得だと思わない? それに人工の光なんて普段からそこらにあるんだから、やる必要なんてないのよ」
「どうしてそこまで言うのさ」
耐えかねた悪魔が口を開く。
「俺たちと違って、あいつらの生きる時間はほんの僅か。こうしたイベントもあいつらにとってはかけがえのない時間なんじゃないのか?」
彼の言葉に、天使は一瞬きょとんとした表情を見せ、そしてうっすらと笑った。そんな彼女の笑みに今度は悪魔がきょとんとする。
「あなた、本当に悪魔なの?」
「あんたこそ本当に天使なのかよ。変わった奴だな」
「あなたに言われたくないわ」
思わずお互いにくすくすと笑ってしまう。
天使なのにクリスマスが嫌いで、悪魔なのにクリスマスが好き。だからといって完全に対立するわけでなく、こうして会話が成立していることに彼らは笑ってしまったのである。
「まあ、あんたが言っていることもわからなくはないけどさ。あんたみたいなことを言ってたら、この世は凄くつまらない世界になってると思うんだ」
彼の話を横で聞きながら、天使は再び夜の街を見渡した。こうして見てみると、電飾だけでなく、人々の顔もきらきらとして見える。あちこちに幸せが溢れていて、人間が天使の自分よりも天使らしい顔をしている、と思ってしまった。
よく考えてみれば、何故自分は冬が嫌いなのだろう。何故人々が幸せな時期が嫌いなのだろう。
……いや、嫌いなのではない。「嫉妬」しているのだ。
天使は苦笑した。そう、幸せそうな人間に嫉妬している。思えば天使はいつも独りだった。もともとこういう性格だ。彼女は相手とコミュニケーションを取ることが下手で、常に孤立している存在だったのだ。
そしてイベントが多いこの時期になると、嫌でも自分が独りだということを思い知らされる。手を繋いで歩く恋人たち、プレゼントをもらってはしゃぐ子供、それを見て微笑む両親。大切な人たちと一緒にいることによって得られる幸せな時間を人間は持っている。そんな眩しすぎる幸せの光が天使の心を苦しめていた。
しかし、今はどうだろう。天使はクリスマスを受け入れつつある自分自身に気がついた。
「……時には、こういうクリスマスもいいかもね」
思わず思っていたことが口に出てしまう。
「なんだよ。さっきまであんなに嫌がってたのに」
天使は微笑んだ。初めて、この季節がずっと続いてもいいと感じた。今は一人ではないのだから。
隣にいる、自分とは対称的な存在が、何故かとても特別なものに感じた。
「なあ。だったら一緒に街の中散策しないか?」
「うん。行く」
悪魔に手を引かれ、天使は街の中心部へと向かって飛び立った。今だけは天使も悪魔も関係ない。ただ彼らにとって幸せな時間がそこにあった。
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■作者からのメッセージ
今回初めてショートショートを書いたので、いまいち物語の構成がうまくできなかったかなと思います。
長編とは違う、ショートショートの難しさを実感しました。