- 『白殻、黒核』 作者:junkie / リアル・現代 ホラー
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全角6873.5文字
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原稿用紙約22.55枚
■0「迷い子1」
死ね。
今すぐ、理由無く、救い無く、真実無く。只、死ね。
泣き叫ぶ少年の口に細長い鉄の棒を突っ込んで、喉の奥へ向かって力いっぱい捩じり込む。グニョリ、と鉄の棒が突き刺さる感覚が鉄の
棒を通してオレの腕に伝わってくる。
少年は口からドロリと血を垂れ流しながら、声にならない声で叫ぼうとする。
「助けなんてこないんだよ、ばーか」
声帯がやられたのか、必死に断末魔を叫ぼうとしている少年の口からは息が漏れる音しか聞こえてこない。
慈悲なんてこれっぽちも無い笑顔で、オレはさらに少年の喉を抉る。何度やってもやめられない。この瞬間の、この躍動。
オレは鉄の棒を10センチほど引き抜くと、一気にそれを同じように突き入れた。少年はその衝撃と苦しみでバタバタと体全体で悶える
。オレはその反応があまりに面白くて、鉄の棒をまた引き抜くと、またそれを突き入れた。何度も何度も、繰り返し突き入れた。少年はそ
の度に苦痛で暴れたが、やがて反応が鈍くなり、じきに何の反応もしなくなった。
「けっ、もうかよ」
オレは鉄の棒を少年の喉から引き抜くと、少年の片腕を取り、手首の脈を計る。
予想通り脈は無く、少年は死んでいた。
「あーあ、白けちまったぜ。こっちの興奮はまだ2合目だってのによ」
やっぱり子供をやるのはつまらない。なにせ反応が露骨過ぎて意外性がなければ、耐久力も無い。痛みと苦悶で壊れていく姿、あくまで
その過程を楽しみたいってのに、子供ってのはどれもこれもあまりに壊れやすい。
つまらない。
途端にやる気が失せる。あとは、足元に転がってるゴミの後始末が残っているだけ。実にめんどくさい作業だ。一度死んでしまえば人間
も動物もただの肉。それこそ肉屋でもあるまいし、こんなでっかい死体を解体しなきゃならないかと思うとだるいとしか言いようが無い。
初めのうちはこの作業もそれなりに楽しんではいたが、数をこなして慣れてしまうと何の感慨も沸かない。ただ単に、人間も動物も殺せば
一緒という、理性で理解していたことに実感が伴っただけだ。
「さて、と」
オレは地面にほおっておいた斧に手をかけた。人間の解体用に店で一番重いモノを買っただけに、ズシリと重みが腕にのしかかる。
ゆっくり斧を両手で振り上げると、オレは少年のアタマ目掛けて思い切りそれを振り下ろした。
■1「或る日1」
「ねえねえニュース見た? 裏山で子供の死体が見つかったって話」
「見た見た。怖いわねえ。最近物騒な事件が多いけど、このところ本当に変ね。それも、まさかこんなに近くで」
日曜の昼さがり。団地の廊下ですれ違った主婦たちがそんな会話をしている。
その会話の内容は最近世間を賑わしている連続殺人事件のものだ。だが、話している悲惨な事件の内容に比べ、主婦たちの顔は好奇心に
溢れていて、むしろ楽しそうでさえある。
「今年に入ってからもう10件目って言うじゃない。バラバラ殺人ばっかり。先月もB県であったでしょ。その前は隣町だし、もしかして犯
人てこのあたりに潜んでたりするんじゃないかしら」
「まさかそんな。でももしかしたらあり得るわね。この団地、変な人ばっかりだし」
「危ない人間なんて意外と身近に居るものよ。聞いてよ。あたしさ、昨日3階に住んでる一人暮らしの大学生が深夜におっきなバッグもっ
て出かけるの見ちゃったんだから」
内緒よ、という表情で口に人差し指を当てながら主婦の一人が小声で言う。
「そういえばあの大学生の子って愛想無いし、いつも学校サボってるみたいだし、変な子よね。友達と遊んでるところなんて見たことない
もの」
それに便乗して、もう一人の主婦も小声でそれに返す。
「危ないわよあの子。あんまし関わらない方がいいんだから」
「そうね、うちの子にもあの辺りに近寄らないようにいっとかなきゃ」
「そうそう。ほんとそうよ。触らぬ神になんとやらだわ」
連続殺人の話から一転して近所話に花を咲かせる主婦たち。主婦たちも殺人事件などよりその話題の方が楽しいのか、いつの間にかこの
階に入居している人々の批評を端から順にし始めていた。
そんな彼女らの横を一人の青年が「今日は」と一礼して通り過ぎていった。
主婦たちも瞬間的に世間話をやめてその青年に挨拶をする。青年が階段を下りて下の階へ向かうのを確認すると、主婦の一人が不思議そ
うに口を開いた。
「誰かしら今の人。あたし見覚えないけど」
「そういえば言ってなかったかしらね。先月うちの隣の隣に越してきた翠川(みどりかわ)って人よ」
「ふーん。なんか怪しいわね」
「そう? 結構感じのいい人よ。ちゃんと挨拶するし」
「馬鹿! そんなんが一番危ないんだから」
「それもそうねえ」
主婦たちはいまだ近所話に飽きないようで、延々とそんな話を続けていた。
団地を出ると、俺は改めて空を仰いだ。
空は澄み渡る快晴。
やはり青空というのはいいものだと思う。気持ちが軽くなって、辛い気持ちが溶けてゆく感じがする。こんな日は是非昼寝でもしたいも
のだ。
しかし、だ。俺の大事な昼寝スポットである裏山は例の事件のおかげで出入りできない状態ときている。しょっちゅう警察がうろついて
いて裏山に入れないばかりか、その辺りをうろつこうものならすぐに職質される具合だ。そんでまた、この職質が厄介でしかたがない。
俺には人に言えない前科がある。名前を変え、転居を繰り返しこの町にいるのだが、おかげさまで警察に職質されるとやたらに長引くわ
、署に連れて行かれて事情聴取されるわ、年中監察官に尾行されるわでたまったものじゃない。
医療少年院をでてからもうすぐ2年になるが、あまりに少年院での生活が長かったから未だに普通の生活には慣れない。向こうじゃそれ
こそ娯楽と呼べるものがほとんど無かったから、自由になったところで何をすれば良いのかわからないし、俺はもともとあまり世の中に溶
け込めるタチじゃなかったらなおさら暇をもてあましてしまう。
とはいえ基本的にはいつもは仕事で忙しいし、無駄なことで時間を潰すのも嫌だ。俺にとって裏山での昼寝は心身の健康面でも娯楽の面
でもとても重要な時間である。団地の主婦たちのように事件そのものに関心は無いが、ただし俺の昼寝場所を奪ったという一点においては
現実的に邪魔である。
しかし、いつでも馬鹿ってのはいるものだ。そんな下らない事に俺の日常を侵されたのは良い気分ではないが、さして拘るほどのことで
もない。そんなことに執着していることが、俺に言わせればもっとも無駄な時間だとおもう。散歩でもしている方がずっとましだ。
ならばどこを散歩すればいいものか、考えてみる。
この町は駅を中心に商店街が発展し、そこから南へ5kmほど行くと大きな川がありその先は山が続いている。線路は東西に伸びていて
、俺の住んでいる団地は駅から北へ2キロほど歩いた場所にある。北には平野が続いているが、団地のすぐ裏に小高い丘のような山があり
、そこが俺のお気に入りの昼寝スポットなのである。鬼子母神が祭られてる山だそうだが詳しいことは知らない。
裏山には近寄らないように、となると駅の方面くらいしか行くところは無い。そもそもこの町には駅一帯の商店街くらいしか暇を潰せる
場所なんて有りはしない。そう考えると、俺は駅に向かって町を散歩することにした。
■2「或る日1」
ずっと不安に駆られてきた。
細い綱をわたる様。それが俺の生きることへのイメージだった。常に左右のバランスに気を遣い、決して縄の底の奈落を覗くことなく渡
り続けること。子供の頃の俺は常にそんなことに気を張り続けて来た。周りに比べれば早熟な子供だったせいもあるだろう。ろくに人生を
かみ締めてもいないガキの癖に、俺は既に人生に絶望していた。
何もかもが嫌だった。世界が異質なのだと思い続けて、そして異質なのは世界でなくこの俺なのだと気がついた。
愚鈍で鈍い周りの連中。身勝手な優しさしか持てない親。不快な軋みで満たされた社会。だけどその全てが正常で、狂っているのは俺だ
った。そうして社会との溝を己でより深め、自分勝手に社会に絶望し、そしてこの世界を憎んだ。あれから俺はどんどん己の中に埋没して
しまった。
足掻けばあがくほどより深みへ……。
気が付けば綱から落ちていて、俺は奈落にいた。
◇
ヒュッ、と音を立てて体を通り過ぎていった風はまだ冷たい。だけど、どこか春の温もりを感じられて心地がよかった。
俺は足を止めて改めて辺りを眺めた。
生まれ育った町とは違ってこの町は自然に囲まれている。駅へと続くこの県道沿いも、少し離れれば田畑に囲まれていて、田んぼの水路
は春になるとメダカなどの小魚達が賑やかしてくれる。季節柄まだ田んぼには何も植わって無いが、あぜ道には黄色い野花がちらほらと咲
いていて、風景に自然な美しさを添えていた。県道の向こう、商店街や駅の向こうには大きくて緩やかな山が見えて、空の青と山の緑が対
比されていて、これがまたとても鮮やかだ。
ふと思う。地元にいる頃は気がつかなかったが、俺はどうやら自然が好きらしい。
人の喧騒がなく、静寂からくる孤独感も無い。静かで、なだらかで、果てしなく優しい。
実際、こうしてこの町を散歩しているのは凄く気持ちが良いし、結構な距離があるが商店街までのこの道のりを苦痛だと思ったことは無
い。
鼻から息をゆっくりと吸って口から吐き出す。
生きていると実感できる。
いや――、生かさせてもらっている、と実感できる。
地方の町というのは何処もこんなものなのだろうか。
住宅街を回りながら思う。この町は活気こそ無いが、生活感に溢れていて妙な居心地のよさがある。
チェーン店の居並ぶ首都の駅前とは違って、どんな店にしても個人経営のような店が多い。スーパーマーケットはあるが、それに負けじ
と店の軒先に商品を並べる八百屋や魚屋が昭和よろしく、未だに住民達の生活と密接につながっている。それも客と商店の繋がりではなく
、人と人との繋がりという感じのものだ。
この町に越してきてからまだ一月ほどだが、行きつけの八百屋や喫茶店の店主はそれこそ近所の知り合いのように気さくに話してくれる
。昔の俺ならそんなモノは煩わしいとしか思わなかっただろう。だけど、今だから分かるが子供の頃から俺はこんな場で生活するのを心の
どこかでずっと望んでいた気がする。
この町のように緩やかでありふれた日常。結局自分自身の責任でしかないのだが、もしこんな世界で生きることが出来ていたらと思って
しまう。もしも世界が俺を救ってくれていたらと思ってしまう。その甘えが道をそれた現況なのかもしれないが、この町にはそんなことを
臨んでしまう暖かさが確かにあった。
商店街をぐるっと周り、一通り買い得品のチェックを終えた。商店街に来てのセール品の発掘は俺のささやかな楽しみの一つである。
2時間ほど歩いたが、買ったのは結局八百屋の店主がまけてくれた大根と里芋だけだ。今夜の夕飯は煮物にしようか、と漠然と考える。
最近趣味といえば食事を作る位なもので、メニューを考えるのは大切な暇つぶしの一つだ。別に凝っているというわけではないが、昔か
ら何かを作ったり、或いは壊したりすることは好きなので、そのどちらの要素も兼ね備えている料理というものは単純にやっていて楽しい
と思える。
夕飯の献立を決めると、なんとなく帰り道の足取りが軽くなった気がした。
そろそろ春が訪れだいぶ日が長くはなったが、寄り道をしつつ帰っていたら団地に着く頃には日が落ちかけていた。
巨大なコンクリート製の団地。この無機質な建物に数百人単位で人間が密集していると思うと違和感を感じずにはいられない。が、やは
りこれだけ多くの人々が住んでいるだけあって、本来無機質であるはずのこの建物も生活観を纏っていてどことなく有機的な感じがする。
安堵感を与えてくれるが何処と無く虚しい、そんな雰囲気だ。
団地の端にある階段を上る。俺の部屋は四階。この団地にエレベーターは無いので、毎日これがちょっとした運動になる。疲れた日には
正直嫌気が差すものだが、今日は気分が良かったので小走りで駆け上がってみる。
正直俺は体格が良いわけじゃないし、むしろ華奢な部類に入るだろうが、持久力にはそれなりに自身がある。4階に上りきっても軽く息
が乱れただけで、疲れたという感じはしなかった。
ただし、廊下の先に見える部屋の玄関を見た瞬間に少し気分が悪くなった。
人影。
そいつがどんな奴かは見た瞬間に大体わかった。茶色のニット帽を深くかぶり、地味なグレーのコートで身を包む割かし大柄な男。そい
つは階段を駆け上がってきた俺に気がつくと、こっちに振り向いて睨むような視線を向けてきた。
大概、ああいう風貌の人間が俺に所縁がある場所をうろついている時は、そいつの身分は2つしかない。マスコミか警察だ。そんで今回
の場合、あの人を威圧するような雰囲気でそのどちらであるかが簡単に分かる。こいつは警察の人間だ。
俺が男を見たまま立ち止まっていると、警察らしき男は少し間を取ってから俺の方へゆっくりと近づいてきた。やがて俺の目の前まで歩
くと、いやに近い位置で立ち止まって仁王立ちになった。
顔を見ると、男はまだそれなりにまだ若い。鷲鼻が特徴的な気の強そうな男だ。
「どうも、こんにちは」
男はそういうと軽く会釈をした。
「警察のものですが、そちらは”岩佐翔”さんでよろしいですか?」
単調だが、何処か攻めるかのような口調。その話し方に俺は若干嫌悪感を抱いたが、それ以上に男の発した言葉が俺に不快を与えた。
「警察の方、ね」
はぁ、とため息をつく。いつになってもやはり警察の人間は好きになれそうに無い。
「悪いですけど警察手帳と名前を教えてもらえます? 色々厄介なのが多いんで」
実際こんな人間は今までごまんと俺の周りをうろちょろしてきたことがある。警察を騙る面倒な輩も少なくないし、本物でも厄介ごとを
持ち込んでくる連中の方が多い。だから俺は警察だの記者だのと名乗る人間には、後々のために話をする前はちゃんとした身分提示をさせ
ることにしている。
男は俺の言ったことを聞くとぶっきら棒にコートの内ポケットから警察手帳を取り出し、俺の顔の前でそれを開いた。
「S署の公安部の守屋です」
「守屋さん、ね」
俺は警察手帳に書かれている名前をみて復唱した。
「偽の警察手帳じゃなさそうですね。で、何のようです? つい先日そちらの署で延々職務質問されてばかりですが」
「いや、これは私の個人的な趣が強いんでね、あまり署がどうとかは関係ないんですよ。申し訳ない」
守屋という男は俺をじっと見詰めながら、ゴホンと一度咳払いをした。
「今回の事件について改めて岩佐さんに改めて話を伺いたくて。ほら、すぐ裏にある山であった」
守屋はそう言って親指で裏山の方向を指差す。
「どうでもいいんですけど、とりあえずその呼び方辞めてもらえます? 俺、こっちだと翠川で通ってるんで」
何処で誰が聞いてるのかわから無い。自分の安全のためにも本名を知られたくないのは正直な気持ちだ。
それに頷いたのかどうなのか、守屋は首を少しだけ傾けた。
「失礼しました、翠川さん。それで、今回の事件についてあなたはどう思う?」
特に悪びれる様子も無く、守屋はまた同じ問いを問いかけきた。
「どう思うってねえ。別にどうも思いませんよ。関係ないですし」
「関係ない、か。ふん、私はそうは思えないな。この事件、7年前の久下山事件に随分似ていると思いませんかね?」
あえて取り合おうとしない俺の態度に怒りを覚えているのか、守屋の睨むような目つきがよりいっそう厳しくなったのが分かる。
しかし、こっちはこっちで正直胸糞の悪い相手ではある。嫌味の一つや二つは言ってやりたいところだが、こんな場でこんな人間に熱く
なれるほど馬鹿じゃない。
「令状とかないんなら失礼しますよ」
俺は守屋を無視するように、彼の横を通り過ぎて歩いてゆく。
「まてよ、何か感じるものがあるんじゃないのか? 同属として」
「――同属?」
俺は立ち止まって男を睨みつけた。
男は相変わらずこちらを怒りの目で睨み続けている。
この人間に何を言ったところで無駄だ。一見しただけだが、コイツはそういう人間なのだと分かる。直情型で頑固な馬鹿。面倒な人間の典型だ。
「帰ってくれ話すことなんて何もありはしない」
まったく、俺は馬鹿には好かれるのかね。
はあ、ため息を吐くと、俺は男を背にして自室に戻った。
無論、背後から聞こえる「あんたの話が聞きたいんだ」という声は完全に無視した。
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2008/03/26(Wed)02:01:15 公開 / junkie
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■作者からのメッセージ
更新しました。
ストーリー的な展開が無いので、退屈かと思いますが読んでいただいた方、ありがとうございます。
引き続き、文章、語彙、構成等々感想がありましたらよろしくお願いします。