- 『登場人物は俺しかいない。』 作者:悠湖 / ショート*2 お笑い
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いいか、諸君。驚かないで聞いてほしい。
俺は今、何やら大変な陰謀に包まれているかもしれない。
これは罠なんだ……都心部における、怖い人たちの罠なんだ……。
「あ、おにいさん! ちょっとうちの店寄ってかない?」
ま、また来やがった!! これでもうかれこれ7回目だぞ!? な、何なんだよ、全く。
「あ、いえ、俺興味ないんで……」
俺は足早にその場を立ち去る。
――もうわかっただろうか? 俺は、今……。
モーレツに風俗の勧誘にあっているんだッッ!!!
……あれ? 何? この空気。
いや、だっておかしくね? さっきも言ったけど、7回も勧誘されてるんだぜ?
前までこの道を通っても、虫が寄ってくるだけで、他の人間が俺に近寄ることは無かったというのに。
――これは陰謀だ。きっと陰謀なんだ。よくわかんないけど、とりあえず陰謀なんだっ!
「あ、おにいさ――」
きやがった!! 明らかに風俗店やってそうな店員がきやがった! ど、どうする!? このまま逃げ続けても何にもならんっ!
俺の推測(当たる可能性3%)では、きっとさっきから話しかけてきやがってる奴らはグルだっ!
ええい! グルだ! そうに違いない! 明らかに店の種類違うとか、なんでグルになってんの? とか、そういう質問、意見、感想は、一切受け付けねぇっ! とにかく、あいつらは何か企みがあるんだ!
「ん? なんだい? 僕(の体)に何か用でも?」
フ、フン。どうだ? あえて一人称を僕と言っている、この高貴な感じ。このオーラ。この厚き壁。きっと相手に威圧感をあたえるに違いな――。
「あっはは、何言ってるの。にいさんったらしらばっくれちゃって」
と、目の前の勧誘者は笑いながら俺を見つめた。
あれ? なんか威圧感全くあたえてなくね? あっれ、おっかしいな。逆に相手から威圧感をあたえられてるんだけど。
い、いや、だめだ! このまま空気に流されちゃだめだ!
「い、いえ。俺はかれこれ26年純情なので。ではっ!」
俺は走った。馬刺しにされそうになって、ようやく脱走できた馬のように……って何だ? このネガティブな例え。
しかし、一体どうなっているんだ? まさか、俺の方が変なオーラを出しているというのか?
い、いや、そんなわけあるまい。俺に出せるのはつばと涙と40円(現在の財布の中身)くらいだ。
だが、さっきの勧誘者の言葉を思い出すと、俺がオーラを出しているというのもハズレではないかもしれない……。
いや、オーラじゃなく、俺の態度が問題なのかもしれん。
い、いや、違う、違うぞっ。きっと、きっと――。
「俺の顔がイケメンになったからに違いない」
いや、あえてツッコんでほしい所だが、この際俺しか登場人物がいないのでどうでもいい。
でも“ラーメン、つけ麺、僕イッケメーン説”を出すと、さっきの説が全く成り立たんな。
まさか、俺の体のどこかに、“ヘーイ! イッツウェルカーム!!”みたいな部分でもあるのか?
いや、もちろん英語の意味は全く間違っているのだろうが、俺しか登場人物がいないので仕方が無い。
「あっ、おにいさん、ちょっと寄ってかな〜い?」
ワーオ、9人目。しかも何か顔怖ぇぇ〜! 何あれ? ヤクザじゃん。
あ〜〜!! 一体何だっていうんだっ!! なんで皆同じようなセリフしか言わないんだ! いや、単に風俗勧誘セリフがこれぐらいしかないからかもしれないけど。
まぁ、落ち着け俺。ここはさっきの失敗を踏み越し、新たな失敗――じゃなくて! 成功に導くんだ!
そして、そんな俺が言った一言がコレだ。
「なんだチミは。ミーの体に惹かれたのかい?(注:26歳サラリーマンのセリフです)」
どうだ? かなり破壊力あるだろ? 効果はばつぐんだよな! てか言った俺自身すっげぇ恥ずかしいんだよね。
「あ、ああ、ごめんねおにいさん。疲れてるんだね。悪かったよ」
お! 成功だ! やったぜ! なんかすっげぇ可哀想なものを見る目だったけど、結果オーライだ!
だがこの策は次には使えないな……。いや、なんというか自分自身の精神保持のためにもさ。
む〜、しかし本当に何でこんなに話しかけられるんだろうか。もしかしたら俺の考えすぎ? いやいや、でも周りの人間はそんなに話しかけられてないぞ?
まさか、俺の顔が“風俗通ってそうなオッサン”に見えるのか……?
いや、悔しい話だが、“ラーメン、たんm(以下省略)”よりも有力と思われるな……。
っていうか、こんなことやってて終わるのか? なんか永遠ループしちまいそうだ。
「おっ、いいねぇおにいさん」
ちっ、祝10人目なんですけどっ! まったくめでたくねぇ。クジの3等くらいめでたくねぇ。
っていうか何が“いいねぇ”なの? その言葉は何? 何なの? 何が目的? 金? 体?
「す、すいませんね。俺純情派26歳なんで――」
ノーマルな受け答えで走り去る俺。あ、なんかクールでアダルトだね。そしてルーだね、さっきから。
さて、どれくらい走っただろうか。なんか疲れた。
文字数もいい加減限界に来ている。そろそろ謎を解かなければ。
――一体何故俺は風俗にここまで勧誘されなければならないのか。
パッとしなくて、冴えなくて、モテなくて、彼女居ない暦=生きている年数で、万年窓際で、財布は折り紙で、朝ごはん歯磨き粉という俺が、何故こんな目にあってしまうのか。
いや、なんか逆に俺の生い立ちの方が気になる感じだが、登場人物は俺しか居ないので放っておく。
あ、でも彼女居ない暦ってのは違うか。だって俺“脳内彼女※”居るし〜。(※妄想上の彼女のことです)
あ〜もうなんかトイレ行きたくなってきた。と、思ったところで、ちょうど目の前にトイレがあった。なんて軽い展開なのだろうか。この展開考えた奴はきっと低脳だ。
――トイレに入り、便器の前までたどりつき、俺はようやく謎が解けた。
な、なんてこった……。そ、そういうことだったのか。
あの勧誘者の声が鮮明に蘇った。
『おっ、いいねぇおにいさん』
嘘……だ。うそだっ!!! これは夢なんだっ!
まさか、ここまでひっぱっといてッ――。
ここまで俺に被害妄想をさせて――。
ここまで俺に恥かかせといて――。
そのオチが――。
―社会の窓全開♪―
「オチショボくね!? ここまでやっといて、これオチィィッッ!? 昭和のオチじゃねぇんだよッ!! 昭和ナメんなァァァ!!」
自分自身のことなので、本当は他人にツッコんでほしいとこだったが。
だけど登場人物が俺しかいないので……――。
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2008/03/10(Mon)20:29:51 公開 / 悠湖
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■作者からのメッセージ
お読みになっていただき、ありがとうございました。
前回と同じく、ブッコワれ気味のハイスピードコメディを意識してかいてみましたが、どうでしょう?
ついでに、このオチは友人の親の経験をパクらせていただきました。どうやらやる気まんまんに見られたみたいです。都会も怖いですなぁ。
それでは、ご批評、ご感想をお願いします。