- 『あなた』 作者:ドライバー / 未分類 ショート*2
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幼稚園の頃、父が母に向かって「あなた」と呼ぶ光景が好きだった。
「あなた」とは何と綺麗な言葉だろうか。私も呼ばれてみたい。その綺麗な言葉で身を包みたい。そう思った私は、何度も呟いた記憶がある。
あなた、あなた、あなた……
小学生の頃、同級生の男の子は、私のことを「あなた」とは呼ばず、「吉田」とか「お前」と呼んだ。何て汚い言葉なんだろう。「あなた」とは程遠い呼び方に、私は苛立ちを感じた。
そして、また小さく呟く。
あなた、あなた、あなた……
中学生の頃、同級生の男子の中で唯一私のことを「あなた」と呼んだ人が居た。木島弘樹くん。木島くんに「あなた」と呼ばれる度に、体の中を駆け抜ける気持ち良さがあった。それと同時に、彼がとても素敵な人だと思った。
告白した。付き合った。そして、別れた。
どちらに悪いところがあったのか。でも、彼はもう私のことを「あなた」とは呼ばなくなった。「お前」と呼んだ。それがたまらなく寂しくて、泣きながら呟く。
あなた、あなた、あなた……
高校生の頃、もう「あなた」と呼ばれることに何の感慨も湧かなくなった。自分の中だけで「あなた」と呟いた。人に呼ばれなくったって、自分で呼んでやる。まるでおまじないのように「あなた」を呼んだ。私を呼んだ。
そんな時に両親が離婚して、もう父の「あなた」が聞けなくなった。父が他の人と再婚して、その人のことを「あなた」と呼ぶのを聞くのは嫌だったから、母が他の人と再婚して、その人から「あなた」と呼ばれるのを聞くのは嫌だったから、私は1人暮らしをすることにした。
あなた、あなた、あなた……
大学には行かなかった。すぐに就職した。自分で稼いで、自分の家を管理しなければいけない、というのがきつかった。でも、誰からも仕送りは来ないから、私は働くしかなかったのだ。
そんな時、就職先の男性から「あなた」と呼ばれた。久しく呼ばれていない、この代名詞に私は心が震えた。「あなた」と呼ばれてドキドキした。「あなた」と呼ぶあなたが好きになった。
彼はミルクティーが好きだった。ファーストキスもミルクティーの味だった。私はあなたについていく覚悟だった。19歳の私は、もう結婚しても良い年でしょう?
でも、ミルクティーの彼とは別れた。もしかしたら、彼が私のことを飽きてしまったのかもしれない。もしかしたら、彼が私を嫌いになってしまったのかもしれない。
ねぇ、私はあなたのことが好きでした。あなたの呼ぶ「あなた」も好きでした。
ねぇ、あなた……
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2008/03/09(Sun)17:30:13 公開 / ドライバー
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■作者からのメッセージ
初めまして、ドライバーと申すものです。
普段あまり使わない、「あなた」という言葉に着目してみました。いかがでしょうか。
至らない点が多々あると思うので、良ければアドバイスを下さい。よろしくお願いします。