- 『いみゅうのろじぃ』 作者:渡瀬カイリ / ショート*2 未分類
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全角2435文字
容量4870 bytes
原稿用紙約8.25枚
日々体内で起きる生命活動の一コマ。二本立て。
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■いみゅうのろじぃ■
そこは、あなたの中の彼らの世界。
あなたを生かすため、彼らはいつも戦っている――のかもしれない。
◆ ウィルス感染細胞とTc細胞 ◆
空にあるのは暖かな海。決して荒れることのないその海の底で、私は仲間達と共に生きていた。
空を泳ぐ彼らと違い、私は何をするわけでもない。ただ、そこにいるだけ。そこにいるだけで何になる、と問われるかもしれない。そんなのは愚問だ。私たちが存在することで、主はかたちづくられる。一人ひとりは小さいけれど、私たちは確かに、主の一部なのだ。そこにいるだけで存在する意味があるなんて、こんなに素晴しい自己肯定はない。私は幸せ者だ。
幸せな時間は、永遠に続くのだと思っていた。いや、永遠という表現は正しくない。けれど、私たちがかたちづくっている個体――主が死を迎えるまで、その時間は続くのだと思っていた。
何の前触れもなく、奴らは現れた。別に攻撃してくることはない。ただ、寄生するだけの彼ら。
しかし、彼らは私たちの中にある、生存プログラムに寄生する。
奴らとて、生きている。だから、生存プログラムだって持っている。但し『実行』としか書かれていない、不完全なプログラムを。
自らを生存させるための実行命令は持っているけれど、自らの体を構築する材料を、彼らは持たない。
料理でたとえれば、作り方があっても材料がないのと同じこと。
そのために奴らは、私たちのプログラムに自らのプログラムを寄生させ実行する。
自らのコピーを作ることを。
私の中の奥深くに組み込まれた奴らのプログラムは、延々と同じ命令だけを繰り返す。
増殖させよ。作り出せ――。
奴らのプログラムが、私の中に彼らの分身を作り出していく。本来なら、私の仲間を増やすための力が、奴らに奪われていく。
奴らの持つ、必要最小限のプログラムは、複製も簡単で、私の中はどんどん奴らでいっぱいになっていく。
――苦しい。
悲しいことに私は、奴らを止める術をもたない。私には攻撃し、追い払う能力はない。そこにいるだけで、良かったのだから。戦う必要など、なかったのだから。
奴らに侵略された私が、唯一できること。しなければならないこと。
私は、奴らの一部を引きちぎって、空へ流した。
空を泳ぐ『彼』が、こっちを向いた。
私とは違う、ごつごつとした頑強な姿。戦うためだけに存在する姿。
――うん? 戦う――と言う表現はどうなのだろう。
彼らと私は、同じ個体を組織し、維持するために存在しているはずなのに。味方同士であるはずなのに。
私が流した奴らの一部を、彼らはすばやく、的確に読み取る。そしてどうやら、彼らは私を標的として捕捉したようだ。
ぐるり、と周りを取り囲まれて、放たれるパーフォリン。雨のように降り注ぐそれは、私の表面に無数の小さな穴を開けた。痛みなど、感じはしない。私にそんなものを感じる器官はない。
その穴を通して撃ち込まれるグランザイム。それは、私の、私が自らの力で実行することのできないプログラムを発動させる粒子。
私の中に詰った、奴らを押しのけて、グランザイムが私の奥深くまで進入する。最後の命令が発動する。
――収束。私が、収束する。彼らを包括したまま、私は収束する。
どこまでも収束して、限りなく小さくなって――私の意識も、もうここまでだ。だけど、一つだけ。ねぇ、一つだけ教えてください。私は、何故消えなくてはならないのですか。
「ほう。お前、まだ意識があるのか」
私の残骸を始末しに来た声がそう笑う。
「主の存続のため、異物となったお前は敵だ」
私はもう、主の敵ですか?
「そうだ。そして、自ら死ぬことができないお前は、彼らや、俺たちに始末されるのだ」
あぁ、そうか。私はもう、敵なのか。私が引きちぎった奴らの一部。それは『私を殺せ』という意味だったらしい。
あぁ、そうだったのか。そう思った瞬間、私は完全に消滅した。
ウィルス感染細胞には、Tc細胞によるアポトーシスの誘導を。
◆ ガン細胞 ◆
たった一つのバグから始まる終わりへの時間。
プログラムにバグが見つかった。長い長いプログラムのたった一箇所。修正だって簡単にできるはずだったのに、修正が入る前にプログラムは動き出していた。
バグ有りのプログラムで作られた彼は失敗作。廃棄処分が適当。……たった一箇所のミスだったのに。
「どうして僕は死ななきゃいけないの」
それは、お前が失敗作だから。
「どうして、生きてはいけないの」
お前は、主と同じプログラムを持つものではないから。
「僕は、生まれてきてはいけない存在だったの?」
――あぁ、そのとおりだ。
「そんなの、嫌だ」
彼は誰よりも生きることを望んだ。主と同じプログラムを持つ者しか存在しない世界で、仲間を増やそうと必死に増殖を繰返す。
「死ぬのはいや。ひとりはさびしい。ねぇ、誰か友達になって。僕だって、皆と一緒に楽しく生きたいんだ」
たった一箇所、世界とは違うプログラムを持った存在。世界で唯一の、孤独な存在。
ひとりは、嫌なんだ。
壊れたプログラムが作る、寂しさのかたまり。心の隙間を埋めるように、彼は無機質な増殖を繰返す。
「初めまして。失敗作の君。ねぇ、僕と友達になって?」
差し伸べられた腕。交わされる約束。
「僕ら、ずっと友達だよ」
ずっとずっと一緒にいよう。友達を、たくさん作ろう。そうしたら、寂しくなくなるからね。
最後まで、一緒にいてね。この世界が、壊れてしまうまで。
四つの文字で作られる暗号。それが、僕らの全て。僕らがかたちづくる、主の全て。
たった一つのミスが、僕らを壊す。修正することもできず、壊れた僕らは増え続ける。
いつか、主を壊してしまうその日まで。
癌の別名は悪性新生物。壊れたDNAを持つ彼らの生命力は、宿主細胞よりもはるかに強い。
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2008/03/09(Sun)02:23:09 公開 /
渡瀬カイリ
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■作者からのメッセージ
こんばんは。
テーマからして手探り状態なので、一言でも感想をいただけたら嬉しいです。細胞の擬人化とか、生命現象の擬人化?って、個人的には好きなんですけど、あまり見かけないし、面白いのかちょっと不安。
構成や技法へのアドバイスなども是非お願いいたします。それ以前の問題として、これはショートショートではなく詩に分類されるということであれば、規約に則り速やかに削除いたしますのでご指摘下さい。本人はショートショートだと思っているのですが、厳密な定義が分からないので……。
なお、一連の現象は、免疫学等を基にしてはいますが、多少脚色してあるので、事実とは違うところもあります。その辺は、あまり厳密につっこまないで下さい。
公開履歴
◆2008/03/01(Sat):ウィルス感染細胞
◆2008/03/09(Sun):ガン細胞追記。アドバイスを基に修正、加筆。