- 『シチューはおっちゃんの味』 作者:ぁわ / ファンタジー 未分類
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全角4296.5文字
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原稿用紙約12.65枚
それは、それは――とても小さなお話。
大きな鉄のお鍋をぐつぐつ。小さな手のひらでかき混ぜる。大きな、大きな秘密のシチュー。
「じゃーあー……アクトが灰汁とってえ」
「えっさーっ!」
「で、マメムキが豆剥いてえーっ」
「うん」
カレーに見えて、カレーじゃない。ビーフシチューの香りで、だけどビーフシチューじゃない。不思議な、不思議な秘密のシチュー。
「んで、オイラがあ……そっこー帰る!」
秘密のシチューなんだから、詳細を教えちゃまずい。僕らだけの秘密なんだ。他人にばれたら即効逃げる用意をしよう。だって他にばれたら、秘密の意味が無いから。シチューの味はまあまあ……だと想われる。
「ああ、りょうかあ……て、待ていっっ!!」
がしっと双肩を二人に掴まれ、ぐいっと後ろに引き下がり。逃げる用意をしたはずなのに、早くもアクシデント発生。最悪だ。で、シチューにあるのは灰汁。これがなかなか、あると手ごわい相手である。だって、悪があると後々おいしくならないから。
「うわっ……。……あ。それより、鍋っ。鍋っ! アクト、灰汁取り!」
灰汁取りだけは慎重に。後は大まかに。手際の悪さは子供三人。学年で言えば幼稚園年長さんと小学生のお兄さんお姉さん。
リトルバイリトルである。大人なんて信用できないから、子供だけの力でやってみよう。本当は子供だけでやる場合、近くに大人の人を置くべきなのだが……。
「んな、灰汁取ってるだけの俺じゃねーぞ。異世界人ッ!」
「そうだよっ。異世界じっ‥じゃなくて、高浪くんっ!」
正直、置くのを忘れた。ということで、いいや。リトルトリオが中庭というには難しくて原っぱというには緑が無さ過ぎるっていうか、ぶっちゃけ全体に緑なんて無い。
あるのは茶色と焦げ茶だけの荒れ果てた枯れ木のど真ん中。一言で言うなら殺風景。そんな殺風景な中に一部は似合うが、もう一部では似合わない可愛いリトルコンビと、持ち合わせ場所の見当がつかない鍋とコンロを用意している上に自称『秘密のシチュー』を野外で作っているのか。
しかも灰汁取りのアクトと豆剥きのマメムキが、帰ると言い出した一人に向かって異世界人といっているのか。
全ては数分前にさかのぼる。
***
「りょうちゃん、ごめんね。ママ達、急にお仕事に行くことに成っちゃったの」
「涼太。お前はもう一人でお留守番できるよな? パパやママが居なくても、ちゃんといい子で居られるよな?」
高浪涼太。5歳。さくらん幼稚園の園児。つまりオイラの事。今日はパパもママも朝から忙しくて、どうやら「がいこく」に「しゅっちょー」しに行くらしい。大丈夫。オイラ一人で何とかなる。
「まかせて! オイラいい子でおるすばんできるからっ」
「あはは。偉いぞ、涼太。それでこそ、我が娘だ」
「男らしくなっても困るけど……賢い女の子ならいいわよね。ね? 貴方」
ママは困ったように笑いながらオイラを見下ろして、パパに問いかけるような口調で言葉を吐きながら頭をなでてくれた。半開きに開いたドアの隙間から見えるのはオイラでも知ってる近所の公園とか、頭が明るいおじいちゃんとか、近所の野良猫。
「ああ。……じゃあ、涼太――じゃあな」
「うんっ! いってらっしゃいっ」
パパとママはオイラの前から少しずつ離れていって、外の光に包まれて消えるように遠ざかる。開いたままの空になったドアがゆっくりと目の前の光を真っ暗な影にして、ガチャンという音の後がする。
今まで明るかった玄関は今はもう真っ暗になっていた。でもね、寂しくなんか無いよ。お外が暗くなったら、パパとママが帰ってくるから、それまでオイラだってがんばれる。だから、寂しくなんか無いよ。絶対に。
玄関の手前に座り込みながら少し陰になったドアの前を眺める。真っ暗。あるのはちらかったオイラの靴とキチンと揃ったパパとママの靴。それ以外は何も無い。
「………」
何も、無い。靴以外、何も、無い。無い。
………寂しくなんか、……無いんだから。お日様が沈めば、またパパとママに会えるから。だから……寂しくなんか………。
――ピンポーン――
「……! はあーいっ」
誰か来た。誰か来てくれたっ。開けなきゃ。開けてあげなくちゃ。パパもママも、この音がしたらドアを開けてるから、オイラも開けるんだっ。………。
――ガッチャ、ガチャ…―
―ガッ、チャ……――
……あれ? あれれ? 開かない? 何で? 開かないっ。
「ちょっ……待って……っ」
必死になってドアを開けようとした。だけどドアはいくらやっても開いてくれない。ひねってだめなら押してみろってパパが言ってた。ようしっ。今度はドアを押してみよう。
「……せえー……っ」
ドアにのしかかろうとした瞬間にドアが開いた。
「‥えっ! ――うわっ」
「おっと。……っ何だ。ただの餓鬼か」
「あっ……だ、ダメだよお。……ボク、大丈夫?」
声がした。それはパパでもままでもない。パパとままの声でもなんでもない。それ以外の。知らない人の声。パパとママみたいな声だけど、違う声の人。投げやりな言葉を吐き捨てられた。同時に太くて硬そうな腕にオイラは支えられた。たぶん、今オイラの目に見えてるのは男の人の腕。男の人の声の後にママみたいな優しい声をかけてくれた。ママみたいな声の女の人の声。
「本当にこんな餓鬼が……――なのか?」
「まあ‥本来なら――するつもりだったのですが、……が遅かったので」
「まあいい。約束どおり、こいつは連れて行くからな」
オイラは突然のことに何がなんだかわからなかった。これだけでも意味がわからないのに、突然目の前に来たこの人たちはオイラを抜かして更にわからない会話を続けていたみたいだけど、……あまり覚えていない。
***
そして今現在。目が覚めたら殺風景な場所で、お兄さんお姉さんと野外クッキングですよ。オイラ……どうなっちゃうんだろ。パパとママの帰りを待っているのに、某教育番組のような子供クッキングなんてしてる場合じゃないのに。
「オイラ、帰らないといけないんですけど……」
「ダメだ」
「あっ! ちょっと、急用」
「園児に急用はねえだろ」
アクトと涼太による長時間同じことの繰り返しで、荒地に二つの声がこだまする。もう一人は他人のふりというか、すでに違う世界の空気に触れているような目で、この二人の口喧嘩を聞き流していた。
料理で言うなら煮るか30分レンジでチンをしている間は何かと暇なのか、他愛もない会話で埋めようというそういう無理やりな時間梅の魂胆だとは想われるが、この場合そうでもなさそう。……まあ、そこは三人仲良くやっているようなのでめでたしめでたし。
「酷いっ! 幼児虐待だっ!」
「オイ‥園児が園児らしくねえこといってんぞ。いいのか、これ? よかねえだろ。なあ!」
「………今日も……いい天気……ですねえ………」
アクトさんから同意を求めた言葉が投げかけられた。マメムキさんったら受け止めずに返事を上の空に返しちゃった。マメムキの半ば現実逃避に近い発言を受け止めたアクトは手のひらと膝を地面について深く落ち込みだした。心なしか、同じ大地に三つの違う空気が入り混じっている。一人は和やかに微笑み。一人は愕然となり。一人は唖然となり。誰一人として、普通の人は居なかった。
「なあ〜〜っ! ……戻って来い。そこの縁側ババア! ……っ、マクロス。マクロス=メムザキ!!」
「嫌ですよー。本名で呼ぶ人のところには帰りたくありませんー」
「責任放棄か!」
「そうですよー。私は箒ですー」
「字が違ってんだろ。字が」
「そんなん判るわけないじゃないですか。音声だけなのに」
荒地ではあるが、天を見上げれば雲ひとつ無い晴天の空。暖かな日差しがさす地上には、光合成をするような光景に出くわす。マクロス=メムザキと呼ばれたマメムキは言い慣れないというか自身も気に入らない名前なので、アクトに本名で呼ばれたことに不満の表情を向ける。心なしか言っていることも多少、意味不明である。
「………。……ちび助。これから言うことをよく聞け。何故、俺らがお前をこんな荒地に連れてきたのか。何故、お前で無ければならなかったのか。ダイジェストを説明してやるから、寝るなよ」
「寝るなといわれても、もう駄目だよ。無理そうだよ」
「なんでだ?」
「だって、ほら。高浪君、そろそろおねむの時間みたいだし?」
マメムキは少々うとうと気味の涼太を指す。無理も無い。突然こんなわけのわからない場所に連れてこられて変な二人に絡まれ、変なクッキングが始まり、仕舞いには長い昔話を聞かされそうな流れに持ち越されたら、そりゃ園児限らず眠くなるだろう。
「そんなこというなよ。そろそもコイツにはやってもらわないと困る重要な役割があるんだ。俺らはそれをサポートするように言われてコイツを連れてきたんだろ? なら、役目を果たしてもらわねえとな」
「……それも……そうだけど。この子にはまだ早すぎるんじゃないかな? 世の中の混乱と秩序を正当化させるなんて、どこぞのお偉いさんたちが会議で云々言っても切りが無いことなのに、それをこの子にやらせるなんて……」
「マクロス。これは俺らがどうこう言えるもんじゃない。恨むんだったら、そういう風に物事を決めた王家を恨むんだな」
二人の視線は涼太に向けられたが、後々アクトは相手が眠たそうだとしても聞く気ゼロな表情を浮かべてたとしてもお構いなしに話を進めだした。マメムキとアクトはお互いの座る幅を縮めて既に聞く耳を持たなくなった涼太を自分たちの間に座らせる。マメムキは自分に寄りかかる涼太の小さな感覚を体に受けながら、涼太の背中に手を添える。覗き見ると既に涼太は夢の中だった。
「お前もわかるだろ? 王家の血を引き継ぐ跡継ぎの出産に立ち会う場合、本国で産まず異世界で産み、異世界で生まれた王家の子供は1歳から5歳になるまで通常の庶民の家で育たせる。5歳になったら本来の目的を遂行させる為に血筋のものが本国に伝えられた情報を元に再び本国に連れ戻す。それが俺たちの役目なんだからよ」
「役目だから……5歳の子供を連れ出しても良いの? それって、異世界じゃ犯罪になるんじゃ……」
「んな、俺が知るかよ」
「この子、自分が王家の娘だって知ったら……どんな顔するかなあ……」
「さあな」
涼太の頭を優しくなでながら囁くマメムキの一言にアクトは呆れた表情を浮かべながら、荒地の続く景色を目に焼くつけるように眺めながら一言こぼす。
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2008/02/29(Fri)18:03:08 公開 / ぁわ
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■作者からのメッセージ
第二作目。……これでも、ファンタジーなつもり。豆剥きマメムキと灰汁取りアクト。
今のところ、この二人(性別が)どっちがどっちなのかは決めていませんが、後々はっきりさせるつもりです。