- 『魔術師伝説』 作者:若紗 / ファンタジー 異世界
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『プロローグ』体が動かない。声が出ない。自分の体が動かないことに、私は苛立った。――待って。何……それ? 私は知らない……。全然そんな事知らない! ああ……。やめて。……いやだ! ――意識が遠のいて、あの人の姿が遠のいて。目の前がぼんやりして来たときに、紅いものが飛び散った。……その瞬間私は、禁じられたあの言葉を叫んでいた。
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第一章 闇の影
「ここが、アンゼム……」
南の大陸・ミルダスで、一番大きな国、アンゼム。
入国手続きを済ませ、町を見て呟く私。
「ミュース、起きて」
「……ありゃあ、もう着いたの」
胸ポケットから顔を出す、ミュースと呼んでいる白色のシマリス。不思議なことに、ミュースの目は紅色で、そして喋るのだ。
私は風にはためく長い銀色の髪を無造作に頭の後ろに束ねる。
「サフラ……、じゃなかった」
「いい加減慣れてよ、私はアラン。アラミュロン・カキル」
「でもさ、本当の名前の方が呼びやすい」
……本当の名前を明かす訳にはいかない。紅色の目で、真っ直ぐ私を見るミュースを軽く流して人の波の中に紛れる。
銀色の髪が珍しいのか、至る所から視線を感じる。見たこともない小物や果物が私を誘うが、そんな暇はない。
目指すのは、城。
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「流石に大きい」
「見張りも頑丈そうね……」
国の三分の一は占めているだろう、アンゼム城。勿論、一般人、むしろただの旅人が入れる訳がない。だが、はっきりと感じるのだ。――魔術師の気配を。
木の陰から、見張りの様子を窺う。体格が相当大きい男が二人、頑丈そうな鎧に、鋭い槍。町からは少し離れているので、人通りはないと言って良いだろう。
「どうすんの? アラン」
「強行突破?」
一度深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。そしてゆっくり、小声でこう言った。
「ドリーティルよ。あの者達を、夢へと導け」
見張りに向けて両手を突き出すと、薄い桃色の光が見張りを包んだ。見張り達は、何かが切れたように、その場に倒れこんで眠った。
「強行突破じゃないじゃん」
「しっ!」
ミュースを胸ポケットに押し込み、城の門を走りぬける。前後左右を警戒しながら、裏口に向かう。緊張と、不安と、そして少しの嬉しさが私の中で渦巻く。――あいつに会えるんだ!
「貴様、何者だ!!」
使用人らしき男に見つかってしまった。
「ちっ!」
「どうすんの?」
「セルの所に行って結界を張る!」
私が侵入したことはすぐに伝わり、城全体が警戒態勢に入った。城の中に入り、セルを探す。――セルが居なくなってしまってもう六年が経ったんだ……。――ふと、私はそんな事を思った。セルは、私の魔術の事を知っても一緒に居てくれた唯一の友達なのだ。私の聞いた話ではこの国の王子様だったとか……。
「居たぞ! 侵入者だ!!」
「止まれ! そっちは……くっ!」
槍やら剣を持った人達がどやどやと集まって来た。私は一度立ち止まり、腰に吊り下げた大きいポシェットの中から、銃を取り出す。シングルアクションでしっかり構え、引き金を引く。
ぱん、ぱん。と乾いた音が響き、二発の弾は全く別々の方向に飛んでいった。――やっぱり銃は苦手だ……。
「何したの? さっき」
銃を再びポシェットに仕舞い、走る。外の様子が見えないミュースは、胸ポケットの中でもそもそと動きながら私に問いかけた。
「新発明の粘着弾を撃ったの」
「ふうん」
「こっちに何か有るんだって」
その廊下を暫く走ると、赤いカーペットが敷いてある扉の前に出た。不思議な事に、見張りは居なかった。ミュースが胸ポケットの中から無理やり出てきた。
「ビンゴね」
「でも、見張りが居ないじゃん」
「うん……」
でも、思い当たる所はここしかない。また部屋を一つずつ見ていくのもめんどくさいし、罠だったら魔術を使えばいい。私は基本的に楽観主義なのだ。
「行くよ」
私は決意して、重く分厚い扉を開けた。決して良いとは言えない音が廊下に響き渡る。そして、私は目を疑った。
「何これ……」
「酷いね」
血まみれの人間が三人、王座の前に倒れている。一人は辛うじて息はあるようだ。――多分、王様と王妃と、生きているのは……王子。――近くに行って確認する。小さい息を苦しそうにしながら、仰向けに倒れているセル。出血はわき腹からのようだ。……後ろに倒れている王様と王妃は心臓のある位置から血を流し、すでに息絶えていた。
「セル……」
「……サフラ、か……?」
セルのわき腹から沢山の血が流れ、紅いカーペットを更に紅く染める。声で分かったのか、顔で分かったのかは分からないが、セルは確かに私の名前を呼んでくれた。セルの横に跪き、傷の具合を確かめる。
「なんで……お前、が……」
「話はあと。ここから離れよう」
私を覚えていてくれたことに感謝しながら、傷口に手を当て呟く。
「ホースピルよ。この者の傷を塞げ」
柔らかな白い光が傷口を包み、塞がる。そして間を開けずこう叫んだ。
「ウィンディスよ! 私達をここから運び出せ!」
オレンジ色の風が包みこみ、物凄い轟音と共に、私達はそこから消え去った。
「全く、あの音には耐えられないね」
町外れの森の中、ミュースの声がやけに響いた。
「静かにして」
「暇だから」
あの城から抜け出した直後、その城は大きな爆発により、跡形もなく消え去った。王様、王妃、王子を誰かが殺そうとして、そして爆発を起こした。――ああ……、いろんな事が起こりすぎて頭がついていかない。――そんな事を考えていると、ずっと眠っていたセルが目を覚ました。
「……俺、生きてんのか?」
「生きてるよ」
「うわ!?」
ぼんやりとした表情で空を見るセルの顔を覗き込むと、セルは私も驚くような声を上げて体を起こした。そして、はっとした表情をすると、私に抱きついてきた。
「サフラ! 会いたかった!」
「さっきは死にかけだった癖に」
「ミュース、煩いよ。私も、微妙に会いたかった」
抱きついてくるセルを軽くあしらいながら、嬉しさをかみ締める。そして、興奮しているセルを何とか落ち着かせ、傷の具合はどうかと聞いた。治癒系の魔術はまだあまり使い慣れていないからだ。
「ああ、すっかり治ってんな……。やっぱりサフラの魔法は凄いな」
「魔法じゃなくて、魔術」
魔術は術者との契約制なのだ。……魔法はよく分からない。どこが違うんだよ、などとぶつぶつ言っているセルには、後で説明しようと思う。
「こほん。セル? 誰か忘れてるんでない?」
ミュースが口を挟んだ。すると、セルは驚いた様子で、こう言った。
「お前……、ミュースか!? ……久しぶりだな!」
セルはミュースが喋る事も知っているのだ。ニッと笑って、人差し指でミュースの頭をぐりぐりと撫でる。そして、私は本題を切り出した。
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2008/02/17(Sun)18:02:10 公開 / 若紗
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