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『神崎衛とサイキック。現代編』 作者:仮想水 / リアル・現代 ファンタジー
全角38971.5文字
容量77943 bytes
原稿用紙約135.7枚
神崎衛たちの不可思議日常ストーリー。
 1話 Explanation
 
 僕は10年前までは普通の人間だった。だが、10年前に僕は変わった。
 今からちょうど10年前、歴史に残るようなできごとがあった。地球に巨大な隕石が飛来したのだ。僕はそのころのことをあまり覚えていないが、とても明るかったのを覚えている。そして、とても暖かだった。まるで体が発熱しているみたいに。
 
 異変に気づいたのは小学校1年生のころだったと思う。風邪で、いや、風邪だったかのは定かではないが、冬に熱が出て寝込んでいるときに、急に外に出たくなった。

 
 もう夜の11時である。小さな子供ならとっくに寝ているであろう時間に、縁側に座ってボーっとしている小さな子供がいた。
 子供「…。」
 いつからこうしているのだろうか。少なくとも10分くらいではなさそうだ。薄手のパジャマが小さく震えている。
 突然、
「よし!寝よう!」
 と、勢いよく叫ぶと、すっくと立ち上がった。どうやら涼んでいたらしかった。
 「いてっ」
 立ち上がったのはいいが、足が震えて転んでしまった。縁側の下には落ちなかったが、縁側の上で痛そうにひざをついた。だが、突如、縁側が砂のようなものとなって崩れ落ちた。
 「わわわっ」
 いきなり縁側が消えて、子供は大きく転んだ。
 「痛っ」
 その声を聞いたのか、母親らしき人物が様子を見にやって来た。転んでいる子供を見て、とても驚いた様子だったが、子供を抱え、家の中へときえた。

 
 ここまでが、記憶中の最初の異変の記憶である。そのころは、何があったのかわからなかった。こんなことはたびたびあった。だが、僕はそれをなんとも思わずに過ごした。父母もそうだった。異変が人為的に引き起こされると知ったのは3年生のときだ。新聞に隕石のことが書いてあった。読めない漢字もいくつかあったが、どうやら隕石の光を浴びて体が発熱したものは、超常的な力を操れるらしかった。学者はそれを”サイコ”とよんでいた。そしてそれを操る人間を”サイキッカー”とよんでいた。テレビではその話題で持ちきりだった。
 でも当時の僕には自分がそうだったら便利だなぁ、くらいしか思わなかった。
 人のうわさも75日というが、このうわさはずっと続いている。あるとき、サイキッカーか通常の人間かを見分ける薬が作られ、世界中で使用された。普通の人間なら問題はないが、サイキッカーなら3分間(個人差あり)意識不明になる。そして、そのうちに印(腕輪。はめてから溶接するので、ほぼ確実にはずせない)をつけられる。僕はそのうちの一人だった。開けた丘の上で薬を飲まされた途端に立ちくらみのような感覚に襲われた。そして、目が開いたときにはそこにいた薬を飲ませた白衣を着た人はいなくて、両親も消えていた。あと、今までぼやっとしていた感覚が、急に鋭くなった。そして、自分の力の使い方も知っていた。急にうでには印があった。そのせいらしかった。家に帰ると、母が夕飯を作っていて、父は夕刊をよんでいた。そして、いままでと同じように接してくれ、今に至る。
 

 
 そうそう、サイコは人によって違っていて、僕のサイコは物体を分解する能力だ。

 2話 Extinction
 
 いつもあるこの日常が、簡単に壊れてしまうことを考えたり、そう思ったりする人は、そうそういないだろう。だが、このときばかりは、皆、考えていたんじゃないかね。

”学校が消えた”

 9月1日の、夏休み明けの日のことだった。皆は足取りが軽くないだろうが、俺は違う。昨日2時まで宿題をこなしてたんだからな。ただ、足取りの代わりにまぶたが重い。
 学校に着いた俺を出迎えてくれたのは、名門とはいえないがなかなか大きな、そして立派な校舎だった。ただ、どこか違って見えるのは気のせいだろうか。
 俺は自分の席につくと、友達との談笑の輪の中に入った。
「おい」
 見ると、今登校したばかりの世界駆流がそばにいた。こいつもサイキッカーで、能力はまだ教えてくれない。
「なんだよ。宿題か?おれならおわったぜ。」
「そうじゃない。きいたか?前山先生の話」
「なんだそれ」
 前田先生は僕らの体育の先生で、県知事の弟らしい。県知事の弟ということもあってか、いろいろな事をこの学校で行使していた。だが、その内容は自分勝手・横暴なものでなく、生徒のためになるようなことばかりだった。自分のためになるようなことはなにひとつとしてした事がない。だから、生徒たちに好かれていた。だが、その反面、不真面目な生徒たちには煙たがられていた。
「この学校の不良どもを掃除するって息巻いてたらしいぜ」
「どうやって?」
「そりゃ、髪の毛を無理やり黒く染めたりとかじゃねえの」
「島野たち怒ってただろうな」
「カンカンだぜ」
 島野はこの学校の不良のうちの一人で、いつも口にはタバコかガムが入っていた。
「それで?いつから?」
「明日の午後から。島野たち明日休むだろうな。」
「いや。俺の予想だと島野たちだけでなく、大半の生徒が休むと思うぜ」
 そのようなことを話しながら、夏休み明け初日の学校は終わった。
 
 事件は、その夜に起こった。とてつもなく大きな隕石が、学校の裏の辺りに落ちた。その山はもちろん、学校まで消えた。それだけでなかった。墜落時の光にあたった何人かのサイキッカーが死んだのだ。そして、新たなサイキッカーが増えた。最初に隕石が落ちたときのように。それを機に、世界中にたくさんの隕石が降り注いだ。
 
 9月2日。宿題をもってくればまだ許される日。学校につくと、細い列ができていた。どうやら昨日の隕石で新たにサイキッカーとなった人たちが印をつけてもらっているようだった。そのなかに、駆流がいた。小さな女の子を連れている。
「どうしたんだ。新しくサイコが追加されたか」
「馬鹿言うな。この子だよ。」
 その子は、どう見ても小学生であり、引っ込み思案そうな子だった。うつむいているが、はっきり、かわいい。
「だれだ?小学生か?」
「小学生じゃありませんっ!」
 わりと大きな声だった。ちょっと拍子抜けした。アニメの声優でもやっていけそうな声だったから。
「中学一年生だ。生徒手帳に書いてあった。あと、名前は”川東 美沙姫”」
 少女が反射的に振り向く。
「サイキッカーなんだろ?ここにいるって事は」
「らしいな」
「どんなサイコだ?」
「さあね。記憶がないんだ」
「記憶が…?」
「そう。ないのさ。この子がいうにはね。」
 記憶がないのか…。頭でも打ったのか?
「病院は?」
「いったよ。一応検査もしてもらった。」
「で?」
「脳にも異常なし、もしやと思って生徒手帳の電話番号に電話してみたが、誰も出ねえ。怒られて出てきたよ」
「そうか…可哀想に」
「可哀想なんて思わないでください、話しにくいので。」
 不意にしゃべった。しゃべるならしゃべるって言ってくれよ。
「え…あ…ああ、悪かった。俺は神埼衛。よろしくな」
 どうでもいいが自分で自分の名前をいうときはどこか気恥ずかしいよな。
「はい。よろしくお願いします。」
 よく透き通る声でそういった。
「おらぁ!どけぇ!」
 後ろから騒がしい声が聞こえたと思ったら、島野だった。

 3話 future foresight
「何だ、島野じゃないか」
「ふっふっふ、今の俺はいつもの島野じゃない!」
 何を言ってるんだろう。頭でも打ったか。
「その名も、スーパーサイキッカー・島野だ!」
 なるほど、サイキッカーになったのか。それにしても、スーパーサイキッカー島野?
「サイキッカーになったのか」
 島野が満足そうにうなずく。それでいいのか、おい!
「ま、そういうことだ。これからはスーパーサイキッカー島野様と呼べ」
 …誰が呼ぶか、そんな長い名前。
 と、美沙姫の番が回ってきた。
「お名前は?」
「川東 美沙姫だ。簡単なほうの川に東、美沙姫は美しいにさんずいのほうの沙、そして姫だ」
 駆流が簡単な紹介をする。生徒手帳を見せたほうが早いのに。
「失礼ですが、あなたは美沙姫さんの御家族ですか?」
「ああ、兄だ」
 わかりきった嘘をつきやがって。お前は一人っ子だろうが。
「ああ、そうでしたか、失礼しました」
 でも案外信じてくれたみたいだ。
「ではこの注射を受けてください」
「…」
 何も言わずに腕を突き出す美沙姫。
「痛くないですよぉ〜」
 お決まりの台詞を吐きながら、注射をする。美沙姫は、目をかたくつぶりながら、痛みに必死に耐えている。
「はい、終わりです。あとは20分ほどで効果が現れます。現れましたら、あちらのテントまでどうぞ。それでは、次の方どうぞ」
 そそくさとその場から退散する。
「衛、ちょっとこの子見ておいてくれ。すぐ戻る」
「わかった、じゃああのベンチで待ってる」
 と、駆流はトイレに駆けていった。
「いこうか、川東」
「…」
 

 ………遅い。
 ちょっとトイレに行くなら、帰ってきているであろう時間をかなりすぎている。何かあったのだろうか。
「ちょっと、俺、駆流見てくるから」
「いかなくて良い。駆流を助けるなら10分後がいい」
 今までとはまったく違う声だった。トーンとか、そういうのじゃなくて、しゃべってる人自体が違う感じ。
「だれだ?」
「川東だ。だが、お前が今しゃべっている相手は、美沙姫ではない。鬼沙姫だ」
 まさかとは思うが、多重人格とやらだろうか。美沙姫はこんなにしゃべるわけがない。
「じゃ聞くが、いつから鬼沙姫だ?」
「このベンチに座った辺りだ」
 落ち着け、俺。
「そ、そうか。なら、美沙姫はどうした?」
「眠っている。あと12分45秒でおきる」
「多重人格…か?」
「そういうことになる。だが、ただしくは多重人格でなく、二重人格」
「そ、そうなのか。もうひとつ聞くが、お前らのサ」
 サイコは何だ、と聞く前に答えてくれた。
「美沙姫が物質の再構築で、私が………」
 そこで、声が変わった。
「あっ、あれっ?」
 2分45秒経ったのか。声は美沙姫だった。
「あっ、あの、ここは?すいません、世界さんと別れた辺りから記憶がなくて…」
「まあ、眠ってたんだからな。それとお前、鬼沙姫って知ってるか?」
「っ!?」
 非常に驚いている。しまった、NGワードだったか。
「…話したんですか?」
「ああ」
「信じますか?」
 先ほどより強い声だ。
「ああ」
「どうして?」
「どうしてって言われても…。ひとついうなら、性格と、声と、あと…」
「あと?」
「駆流の呼び方かな。お前は世界さん、と呼んだが、あいつは駆流と呼んだ」
「そんな小さな事で…」
「そうだよ、小さなことだ。でも俺は、お前を信じる」
「…」
 そういえば、そろそろ鬼沙姫(あいつ)が教えてくれた時間だ。
「おそいな、見にいくか?」
「うん」

4話 A double personality
 
 元・校舎裏のトイレはすでに使い物にならず、島野と取り巻きがたむろしてタバコをすっていた。皆疲れているようだった。逃げた。
 学校横の公園の共同トイレは誰も使った痕跡はなかった。いや、使えなかった。誰かがトイレの前に粗大ごみを置いていたからだった。二人でどかした(ほぼ衛一人)が、中には誰もいなかった。
 サイキッカー受付テント前の仮設トイレは誰かが使用していたが、駆流ではないようだった。ついでに美沙姫の登録もしておいた。美沙姫のサイコは、鬼沙姫の言ったとおり”物質の再構築”と判定された。範囲は、5m以内8000立方cmだった。

「いねーな」
「ですね」
 とりあえずベンチに戻ったほうがいいんじゃないか、というところで意見が合致し、駆流の捜索は振り出しに戻った。
「おう、どこに行ってたんだ。探したぞ」
「逃げろっ!こっちに来るなぁっ!」
 そして、駆流の肩を、何かが貫いた。そして、ベンチの背に刺さった。いや、それすらも貫いた。そして、地面に刺さった。よく見てみると、タバコだった。
「逃げんのかぁ?さっきあんだけ大口たたいといてかぁ?フザけんなよ?さっきお前は”勝てる”って言ったよな?」
「ぐっ…!」
 肩から大量の血が出ている。さらには、骨の一部もいくつか落ちていた。駆流は、肩を押さえてうずくまった。俺たちは駆流の元に駆け寄った。
「駆流!」
「世界さん!」
「どけ!お前たちに用はない。そいつに用があるんだ」
「駆流が何をした!」
「喧嘩を売ったんだよ。勝てもしねぇ相手にな」
「なん…だとっ…」
「現に間違ってねえじゃねえか。ああ?」
 見おろす様に僕らを見ている。いや、見下している。
おもむろにポケットからタバコを取り出し、箱ごと投げつけた。箱の速度はぐんぐん上がり、駆流めがけて飛んでいく。すんでのところで駆流はよけたが、思いっきり転んでしまった。そのとき、怒りのようなものが俺の中にこみ上げてきた。
そして島野めがけて体当たりしようとしたが、速度がゆっくりになる。島野が近づき、俺を殴った。そして、蹴られ、転んだ。でも俺は、立ち上がった。そして、右手を島野の方に向け、
「許してやれ」
とだけ言った。
「許さねえぜ、こんなヤツ。それともなんだ、ヤんのか?相手になるぜ。だが見ただろう?俺の能力は…うっ!」
 そこまで言って、島野は倒れた。無理もない。脳を分解されて、生きている人間はいないだろうから。
「世界さん!動かないでください!今治療しますから!」
「できんのか…?」
「わたしのサイコは物質の再構築です。こんな傷くらい、たぶん簡単に治せると思います」
「たぶんってお前…」
 治療は数秒で終わった。
「どうするよ、この死体。数日で腐るよ」
「安心しろ、数秒で消す。」
 そういって、右手を出した。見る見るうちに崩れ去り、風に飛ばされていった。
「…」
「大丈夫か、美沙姫?顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「ちょっと…私も…」
「トイレか。家に戻ってるからな」
 美沙姫は仮設トイレに駆け出していった。

 もう大方の人が受付を済ませたらしく、テントの周りは人も少なかった。ちょうどかき氷が屋台を出していたので、メロンといちごを買ってから、駆流の家に向かった。
「そういえばお前の家どこだっけ?小学校以来なんだよね。忘れちまった」
「たかが二年で忘れるなよ。ほら、こっちだ」
「そうそう、こんな感じだった。そういえばこの辺りも来たのは久しぶりだなあ」
「そうなのか。まあ、この辺りは…ああ、ここが美沙姫と出会ったところだ。
 話を途中で止め、指差したところは土管が3つと木が数本ある、空き地だった。土管に腰掛けながら子供たちが遊んでいる。
「へえ。何時頃なんだ?」
「そうだな、大体7時ごろか」
「そんな朝早くから?何してんだよ」
「ちょっと、な」
 気になる。だが、こいつがこんな風に言うときはたいていどうでもいいことなので、ほおっておく。
「気になるか?美沙姫のこと。」
「そりゃまあ。記憶をなくしたんだろ?誰だって気になるさ」
「ああ、そのことだが…」
「どうした?」
「あいつは、この時代の人間じゃない」
「…?」
「もう一度言う。美沙姫は、この時代の人間じゃない」
「…どうして?どうしてそうわかるんだ?」
「自分で言ったからだよ。あいつは、この時代の人間じゃないって」
「…」
「ついたな。入れよ。詳しいことは中で話す」

 久しぶりに来た駆流の家は、記憶の片隅に在ったのと変わらないようだった。
 駆流の部屋は、割と落ち着いた感じだったが、壁にはアニメのポスターがいくつか貼られていた。
「…で?」
「まず、あいつは、二重人格なんだ」
「知ってる」
 間髪いれずに答えた。
「あ、そう。まあいい。それで、ここからが重要なんだが、」
「ああ」
 そういって肩に手を置く。
「俺が今朝出会った時は、あいつは美沙姫でなく、鬼沙姫と名乗る少女だった。もちろん、声も違った。」
「へえ。俺がであったのと一緒だな。とにかくこの手をどけろ。気持ち悪い」
「美沙姫のサイコは再構築。間違いないな?」
 無視かよ。
「…ああ。この目で見ただろう」
「まあな…。鬼沙姫のサイコは…何だ?」
「知らん。言いかけた瞬間に美沙姫と代わったからな。ていうか、一つの体に二つのサイコ?考えられんな」
「俺も疑った。現代の科学では二つのサイコは脳の許容量を遥かに超え、発狂するという結果が出ているからな。未来人はわからんが」
 そのとき、ノックが聞こえた。駆流の妹だった。
「おにーちゃーん。お母さんがアイスとジュース…あっ…ご…ごめんなさい…ここに置いとくね…それじゃ…ごゆっくりぃ」
 駆流は手を肩にかけたままだ。さらに、顔を若干近づけている。
「これが狙いか?他の人が入ってこれないように…」
 また、扉の外から声が聞こえた。
「開けちゃ駄目だって!おにーちゃんと衛君が…」
「大丈夫ですって。そんなことはしてないと思いますよ」
 ガチャ。
「あ。」
「あ。」
「…。」
 バタン。
「しばらく…散歩してきますね…」
 
 4.5話 Life of Shimano
 青い空。白い雲。流れる風。そこに、島野はいた。
「俺、死んだのか?」
 半透明の自分を見て、つぶやく。
「そうか、死んだのか。」
 しみじみと似たようなことをつぶやいてから、今までの一生を振り返った。そして、誰にともなく長い独り言をつぶやいた。
「この空の下にいる妹よ、ずっと昔に両親に捨てられて以来、お前を育てたのは俺だ。俺はいい兄貴じゃなかったかも知れんが、お前のことを忘れたときはないぜ。俺の敵を取ってくれとは言わない。一生懸命勉強して、いい学校に入って、いい仕事につけともいわない。俺は、お前がしたいことをすればそれだけで幸せだ。ただ、俺みたいになるな。変なヤツと喧嘩して、その挙句数秒で死ぬなんて、無様な真似だけはするな。一生懸命生きろ。人生を楽しめ。それだけだ。」
 一息ついて、そして、一言言った。
「お前は天国に行け。俺は地獄にいるから。」
 言い終わり、島野は、地面から伸びてきた無数の手に引き込まれ、抵抗はせず、地獄に堕ちた。

「お兄ちゃん…」
「大丈夫…だよね?サイキッカーになったからって…死んだりしないよね…?」
 夏の夕立が降り注ごうとする中で、少女は願った。その先に絶望が待っているとも知らずに。
5話 The reading feeling
 お昼時になり、急に雨が降ってきたこともあってか、美沙姫はやっと戻ってきた。まあ、誤解を解くのに時間はかかったが。そして、皆でお昼ご飯を食べようということになり、ダイニングにいくと、駆流の母と父が外出しており、美沙姫と瑞希(駆流の妹)がそうめんを作ってくれていた。

「どう?おいしい?」
「どうですか?おいしいですか?」
「ああ。うまいよ」
「よかったぁ〜押入れの中にあったんだけど、賞味期限が去年の四月でさぁ〜」
 …?!
「まあ、食べられるんならいいや。おにーちゃんと衛君は、それ食べてて。私たちはこの賞味期限が切れてないほうを食べるから」
「お前…」
 駆流が呆れたように瑞希(駆流の妹)を見つめている。
「おいしいね〜美沙姫ちゃん!」
「うん。とっても」
 笑顔をみていると、どうでも良くなってきた。ま、賞味期限が一年前でも乾物だから安全だろう。
「これからどうするよ?」
「そうだな…まずは家族に報告したらどうだ?」
「まあ、そうだな。電話借りるぞ」
プルルル。
プルルル。
プルルル。
プルルル。
プルルル。
「おかしいな、誰も出ない。留守電にもなっていない」
「お前を探して学校に行ったんじゃねえか?誰かから学校の事聞いたかもしれないし」
「ちょっと見てくる」
「昼食べてからでもいいんじゃないの?」
 話をきいていたらしい瑞希が、きいてくる。
「いや、すぐ帰るよ」
 そういって、駆け足で学校に向かった。

 しばらくして。疲れてきたころに、誰かがついてきていることに気がついた。俺の足音と重なるように走っている。
(島野の手下か?誰かに見られていたか?)
 まあ、誰だかわからないので人気の少ない空き地に行く。
 後ろにいるであろう人影に向かい、言い放つ。
「誰だ?」
 後ろから聞こえてきた声は、男のものでなく、女の声だった。
「えへへ、見つかっちゃった」
 声がゆったりしていたので、肩の力を抜き振り返った。
 そこにいたのは、瑞希だった。

「…何してんだ?」
「衛君こそ、何してんの?ここは学校じゃないよ?」
「誰かがつけているからここに来たんだ」
「誰だと思ったの?」
「島野の手下か、他の誰か」
「ふーん。ハズレだね」
「そんなことはいいんだ。何でここにいる?」
「あのね、わたしも学校に用事があるの」
「何の用だ?」
「知りたい?じゃ、教えてあげる。わたしも…サイキッカーなの」
「…」
「あれ?驚かないんだね。おにーちゃんと美沙姫ちゃんはとっても驚いてたのに」
「これでも驚いてるんだよ」
「そう見えないよ?」
「いいじゃないか、人のことくらい。それに、おまえのサイコはなんだ?」
「うーん、どうしようかな〜教えよっかな〜」
「教えろ」
「う〜ん」
「かき氷を買ってやろう。それで、教えてくれ」
「ほんと?でも、さっきお昼ごはん食べたばっかりだしなー」
 こいつ、明らかに楽しんでる。それか、もっと高い物をせしめようとしてる。駆流にそっくりだぜ。
「じゃ、知りたくないや」
「えっ…?知りたくないの?」
 慌ててやがる。ここは、駆流に似なかったみたいで、かわいい。
「かき氷一杯で教えないと知りたくない」
「教える!教えるから!」
 かき氷ってそんなにおいしかったっけ?

「ほら、何味がいいんだい?早くしておくれよ。日が暮れちまうよ」
「じゃ、メロン味!」
「メロン味だね。300円だよ。…はい、確かにそっちの人はいいのかい?」
「衛君のこと?いいよいいよ」
 こいつ…
「うまいか?」
「頭が痛い…」
「ははは、ばーか」
 傍から見たら兄弟みたいに見えるだろう。まあ、それも悪くないか。

 学校について、俺たちは、驚いた。ほとんどいなくなっていた人たちが、また増えていたからだ。
「やっぱり…」
「どうした?何がやっぱりだ?」
「あのね、私のサイコは…」
 そうだ、肝心なのをきき忘れていた。
「意思疎通なの」
「なんだって?」
「意思疎通。テレパシーよ」
「試してみろよ」
「いくわよ」
 心の中に声が聞こえた。いや、正確にはもっと違うのだが、これが一番近い気がする。
《どう?聞こえ…いや、伝わってる?》
「すげえな。いや、ほんとに」
《わざわざ声に出さなくてもいいよ。心に思うだけで伝わるから》
「…」
《嘘だと思ってるでしょ?ほんとだよ?》
 危険だ、そう思った。今のこいつには、嘘が通じない。心を読んでいる。
《危険じゃないよ》
 一つ気がかりなのは、範囲と持続時間だ。
《わかんない。でも、この距離だとおにーちゃんたちの意思は読み取れない…あ、そろそろみたい》
「終わっちゃった。テレパシー。数えてたんでしょ?どのくらい?」
「2分半だな。」
 時計を覗き込みながらポーカーフェイスで答える。
「終わった、とは?」
「テレパシーの持続時間だよ。次に使えるようになるまであと3時間くらいかな」
 どうやら永遠ではないらしい。
「じゃ、さっさと確認して、さっさと戻るか」
「うん。おにーちゃんたら、ろくに後片付けもできないんだから」
 いい事きいた。

 20分後。そこには、疲れきってへとへとになった二人の姿があった。よほど暑いのか、手元のかき氷もほとんどとけ切っている。
「いないね。家みてきたら?」
「そうするつもりだが、この暑さじゃ何もやる気がおきねえな」
「”今行動するか、後で行動するか”だね」
「なんだそれ?」
「私の座右の銘。おにーちゃんはどっち?」
「後かな」
「ネガティブだねー」
「別にネガティブじゃねぇよ。落ち着いて行動するのが好きなだけだ」
「ふふ、いいわけ?」
 暑い。セミがうるさい。
「ねぇ?」
 頭がくらくらしてきた。
「どうしたの?」
 世界が回る。ぐるぐる回る。
「ねぇ、だいじょうぶ?しっかりしてよ!」
 転地が逆さに見え、真っ暗になった。

 どれくらい経っただろう。気がつくと、暗闇の中にいた。ひんやりしていて、気持ちいい。
 まっくらで一寸先も見えないが、自分の体だけははっきり見えた。
「起きて」
 頭の中に声が響いた。どこかで聞いたことがある、声。
「起きて」
 また聞こえる。透き通るような、機械的な声。
「なんだよ」
 目を開けるとそこには眠った瑞希と、美沙姫…いや、鬼沙姫がいた。クーラーがきいていて、気持ちいい。テントの中だろうか。横に、駆流も寝ていた。
「いったい、どうしたんだ?」
「瑞希が話した限りでは、あなたは熱中症に陥ったと思われる」
 …熱中症?
「だが、恐らく原因は、あのそうめん」
「はぁ?」
「あのそうめんには、あるものが加えられていた」
「なんなんだよ」
「イソフルラン」
「なんだ?その聞いたこともない物体は?」
「吸入麻酔薬の一つで、中枢神経の抑制、血圧低下、呼吸抑制などの薬理作用がある」
「睡眠薬ってことか」
「そう」
「それは、…簡単に手に入るのか?」
「手続きをとれば入手可能」 
「お前はそれを止められたか?」
「私は止めることができなかったが、美沙姫ならできたはず。だが、行わなかったということは、彼女が美沙姫に何らかの干渉をしていた可能性が高い」
「瑞希は、他人を操れるのか?」
「現時点ではなんともいえないが、その可能性も否定できない」
「サイコの手続きは、とったんだろ?な、何だったんだ?」
「他人の心への干渉」
「ということは?」
「他人の意思を読むことが可能。さらに、他人の意思を自分にとって都合のいいように変化させる。だが、通常は不可能」
「そ、そうか」
「…」
 かなり傷ついた。まさか、瑞希がそんな事をするなんて。兄の駆流に対しても。小さいころは良く遊んだが、とても元気よく笑っていた。そんな瑞希が、こんな事をするとは思えない。
 だが、一つの考えが浮かび上がった。
(いくらサイコが他人を操れるとしても、いくらサイキッカーになったとしても、瑞希は俺を裏切ったりしないはずだ。駆流を裏切ったりしないはずだ。あんなに、あんなに笑っていた瑞希が、こんな事をするはずがない。きっと、何かの間違いか、誰かに言われて仕方なく、本当に仕方なくやっただけなんだ)
 そうとも、そうに違いない。
 6話 A e-mail
 そうだ、現に鬼沙姫は瑞希をここにおいてるじゃないか。もしこいつが危険なら、鬼沙姫が放っておくはずがないと思う。たぶん。
「なあ鬼沙姫、今こいつは安全なんだろ?」
「眠っていることもあるが、あと60時間34分は安全。危害を加えない」
「そ、そうか」 
「…」
 だいぶ落ち着いてきて、今何時だろう?どのくらい気絶していたのだろう?父さんと母さんはいたのか?というような疑問が沢山あふれ出てきた。
「そういえばさ、今、何時だ?」
「9月3日、午前十一時31分」
「丸一日も眠っていたのか?!睡眠薬ごときで?」
「この薬は通常は手術の麻酔に使われるほど強力な麻酔薬。手術では吸入されるが、あなたが摂取したのはそれより遥かに多い」
 よく手術手術と舌が回るもんだ。
「場合によっては、二度と目を覚まさない恐れもあった。だが、あなたは目を覚ましてくれた。ありがとう」
 感謝…されたのか?
「そ、そうか。あ、それじゃ、母さんたちは?」
「あらゆる人に手伝ってもらったが、見つからなかった」
「ったく、どこにいったんだよ…」
 思わず頭を押さえた。頭が痛い。ったく、あの二人は…。
「失礼しまーす。あ、神崎君、元気になったんだ!よかった!いやあ本当によかった!」
 ごつい、あごひげを蓄えた男の人が入ってきた。白衣を着てるので、医者だろう。名前は…佐伯 隆か。
「世界君は…まだみたいだね。まあ、そのうち起きてくるだろう。神崎君、御両親のことだけど、皆で手分けして探したが見つからなかった。でも警察に届けておいたから、心配することは何もないよ。ゆっくり休むといい」
「けっ、警察?!」
「そうだよ。こんな危険なことは、警察に任せておくのが一番だからね」
 そういって医者は左手で頭をかいた。手首に、腕輪が見える。
「あの、先生も、サイキッカー、なんですか?」
「そうだよ。私のサイコは相手のサイコの弱体化だよ。一見役に立たなさそうだけど、結構便利なんだ、これが。君の首についてる首輪も、このサイコがこめられてるんだ。だから君は、この病院内ではサイコを使うことはできないよ。悪く思わないでくれ。たまにいるんだよ、病人でもサイコを乱用するヤツが」
 そんなサイコもあるのか…。
「う〜ん」
 瑞希が起きた。寝ぼけ眼でこちらを見た後、
「あ!衛君起きたんだ!よかったぁ〜!」
 瑞希が目を覚ました。鬼沙姫はこちらを見た後、倒れた。
「どっ、どうしたの?!大丈夫?」
「ずっと看護していましたからね、疲れたんでしょう。そのうち起きますよ。冷えないように、何かかけてあげてください」
「そうなんだ…ずっと…私なんか、途中で寝ちゃって…ってあれ?おにーちゃんはまだ寝てるの?」
「ああ。俺よりひどいらしくてな」
「ま、おにーちゃんだから大丈夫だろうな。そうだ、何か飲みたいものある?買ってきてあげるよ」
「ええと、ソーダを一つ」
「かしこまりましたぁ」
 勢いよく立ち上がって、走っていった。
「あの、先生」
「あの子の事のサイコかい」
「そうなんです。あの、これと同じ首輪違うデザインで、一つ作ってくれませんか?4000なら出せます。あの、その、あの子のサイコは危険すぎるんです」
「知っているよ。この子からきいた。それに、いいよ、いいよ。お金なんて。ここは、ボランティアで運営してんだから」
「タダで良いんですか?!ありがとうございます!」
 …っ、いい人だ。っていうか、人々の好意を…。
「いえいえ。それより、お昼ご飯の時間だよ。もう少ししたら、おば…いや、お姉さんがお昼を持ってくるから、それを食べて安静にしてなさい。あと、おばさんは禁句だよ。怒らせると怖いからね。じゃ、おだいじに」
「おひるよぉ〜」
 後ろからだみ声が聞こえた。
「あっ、院長先生、お昼は机の上においてありますから」
「いつも、すまないねぇ」
 そそくさと部屋を出て行った。
「はい、ぼうや。そうめんだよ」
 げっ、そ、そうめん?!
「あ、ありがとうございます、おばっ、お姉さん!」
「ふふ、いいのよ。それじゃ。あと、食器は給食室まで持ってくるのよ。おだいじに」
「は、はーい」
 元気よく部屋を出て行った。
「そうめんかぁ」
 嫌いではないが、気を失う前に食べたのがそうめんだったからな…。
 ズルズル。
 ん?うまいかも?
 ズルズル。
「行った?」
「ひゃあ!」
 不意に声が聞こえた。たぶん、美沙姫だ。
「ごめんなさい、急に。いい雰囲気だったので…」
「どこがいい雰囲気だ。ったく、びっくりしたじゃねえか」
「たっだいまぁ〜。買ってきたよ〜。あ〜、美沙姫ちゃん、起きたんだ!」
「ええ、もう大丈夫ですよ。心配させて、すみません」
「いいのいいの!それより衛君、はい!ソーダ!」
 ソーダを受け取ったが、まだ手を出している。
「ん?どうした?」
「お金〜!」
「まじかよっ!」

 昼過ぎになり、駆流はやっと起きた。だが、様子が違った。
「遅い」
「いいだろうが。毒物で眠らされてたんだろ」
「毒って、そんな大げさな。睡眠薬だよ」
「似たようなもんさ」
 似てないと思うがなあ。
「あぁ、腹減ったなぁ。お前はどうだ?」
「さっき食ったから大丈夫だが」
「何食ったんだ?」 
「そうめんだよ」
「げっ、そっ、そうめん?!」
「結構美味しかったぞ」
「お、俺はいいや…」
「ところで、何でこの部屋俺たちだけなんだ?美沙姫は?瑞希は?親たちは?」
「瑞希と美沙姫はさっきお昼ごはんを食べに食堂に行った。親は…まだ見つかってない」
「…。いま、何時だ?」
「1時55分34秒位だな」
「やけに正確だな」
「時計があるからな」
「え?ああ、それか」
「いいだろ。誕生日にもらったんだ」
「へぇ…」
 沈黙。しばらくして、駆流が口を開いた。
「やっぱ、背に腹は変えられんわ。メシ食ってくる」
「おう」
 駆流が出て行き、再び、沈黙。
 十分くらい経ったころだろうか。内ポケットの中に入れていた携帯電話が、鳴り出した。
 ピッ。
 ピピッ。
 ピピピッ。
 ピピピピピピピピピピピッ!
「うわわわっ」
 そうだ、これで連絡すれば早いじゃないか。何でこんな事に気がつかなかったんだろう。そう思いながら折りたたまれた携帯を開くと、見慣れた待ち受け画面が見えた。
(ん?メール?しかも駆流から?)
 
 差出人:駆流
  件名 :無題
  内容 :
     たすけて いま おくじょ

 (助けて?今屋上?)
 そのメールに何か不吉なものを感じた。間違いなく、困っている。困っているなら、助けるのが筋だろう。

「なんじゃこりゃ?」
 屋上に出るドアの前には、溶接されたドアノブがあった。
「溶接されたのか?でもなぜ?」
 理由を一通り考えてから、ドアノブに触った。もしかしたら溶接されたのはつい先程かも知れないからだ。
「…」
ドアノブは、太陽の光で暖かだった。

 ガチャ。ドアノブを弱体化したサイコで分解して、外に出る。クーラーで涼しさになれた体が、一気に暖められ、くらっとする。
「あつっ!」
 そして、周りを見渡し、駆流の姿を確認する。よし、いない。覚えてろ、懲らしめてやる。
 ピロピロピロッ!
 電話が鳴った。メールではない。相手は、駆流。
「俺だ」
「もしもし?」
 駆流の声ではない。
「誰だ?」
「いいえ」
「じゃ誰だよ」
「あら、忘れちゃったのぉ?お昼に会ったじゃない」
 ま、まさか…?このだみ声は…?
「あのおばっ、いえ、お姉さんですか?」
「そう、そうよ。あのね、携帯電話拾ったんだけど、誰も知らないって言うから、電話帳の一番最初の相手にかけてみたのよぉ。あなた、衛君よね?」
「はい、そうです。304号室の」
「駆流君、今どこにいるか知ってる?」
「いえ、あ、あのっ、それ…どこで拾いましたか?」
「屋上だけど…。あっ、良かったら渡してくれる?いま入口の受付にいるから」
「はい、わかりました。今から行きます」
「じゃーねー」
 プチッ。
 …あれ?病院って携帯電話使ってよかったっけ?

 受付は、何人かの老人と子供がいたが、特別騒がしいという事はなく、むしろ静かな方で、時折受付の人が名前を呼んでいた。
「あ!衛君!」
 後ろから声がした。
「あ、お、お、お姉さん」
「ちょっと言葉に詰まったみたいだけど、どうかした?」
「いえいえ、な、なんでもないですよ」
「あ、そう。ならいいんだけど。はい、これよ」
「どうもありがとうございます」
「あと、」
「なんですか?」
「病院で携帯は使わないほうがいいわよ」
「は、はい」
 それじゃ、と軽く手を振って、走り去ってしまった。かなり大声だったので、数人が振り向いたが、気にしていないようだった。
「ん?これは…?」
 携帯の液晶は少し割れていて、電話帳を開いてみても、上部は見えにくかった。
(折りたたみ式の携帯がこんなになるとは…?落としたか?まさか、本当に襲われたとか?まさか、な)
 一瞬そんな事を考えたが、即座に心の中で否定した。そんなワケはない、第一、食堂を出て、そんなに経ってないじゃないか。なに、もう戻っているだろうさ。

 だが、病室には誰もいなく、切り忘れたクーラーの音が聞こえるのみだった。

 7話 Power to foresee the future
 駆流が部屋を出て行ってから40分が経過した。10分毎に病室に戻り、不在を確かめたが、毎度、いなかった。そして、ある名案が浮かんだ。
(放送して呼んでもらおう)
 我ながら、いい案だ。
 そういや、放送ってどこで頼めばいいんだっけ?
 とりあえず、受付に行ってみよう。最悪、あのおばさんに頼もう。

 クーラーの利いていない廊下を早足で進んでいると、
「あ!衛君!」
 美沙姫と鉢合わせした。
「あのっ、た、大変なの!世界…駆流君がっ!」
「もっと落ち着いてくれよ。どうしたんだ?」
 確実に穏やかじゃない。駆流がどうした?まさか、本当に襲われてやがったのか?
「血、血だらけで、病院裏で見つかったんです。い、今、緊急手術を行われてますが、き、危険なんです」
 驚いた。まさか、死に掛けとは、な。あいつが?速さのサイコなのに?
「マジで?」
「ほんとですよぉ!早く!こっちです!」
 手を引っ張られ、俺は転びそうになりながらも一生懸命走った。

 着いたのは手術中、と赤いランプがついている、扉の前だった。
「衛君!どこにいたの?!」
 この声は、瑞希か。
「駆流を探してたんだが、どこにもいなくてな、それより、助かりそうなのか?」
 振り向きながら尋ねた。隣に、おばさんが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「体中を斬られたから、出血はひどいけど、そうだ、駆流君、血液型は?」
 口を開いたのは、おばさんだった。
「あ、A型RH+ですけど…」
「よかった、お願い、輸血して」
「分かりました、早く」
 
 手術室の隣の部屋に連れてこられ、注射器で大量に血を取られた。頭がくらくらする。
「大丈夫、軽い貧血だから」
 おばさんが、そういって、
 大丈夫じゃねえよ、といいたかったが、そんな元気もなく、テレビによく出てくる、手術室の前の椅子でしばらくうなだれることとなった。

 数時間が経過した。日はすでに落ち、辺りは暗くなっていたが、取られた血の量は多かったらしく、ずっとくらくらする頭で椅子に寝転がっていた。
「大丈夫?」
 時折、鬼沙姫が聞いてくるが、そんな元気などない。
「顔をあげて」
 言われたとおりに顔をあげると、鬼沙姫の顔が見えた。
「後にしてくれないか」
「だめ」
 駄目らしい。
「じゃあ手短にたのむ」
「この事件は、あなたが起こしたもの?」
「そんなわけあるかっ!」
「では、あなたはこの事件の犯人を知っている?」
「いいや」
「そう」
「それがどうかしたか?ていうか、これは事件か?」
「切られた一部の頚動脈の辺りから、微量の鉄原子が見つかった」
「血の中に入っている鉄分じゃなくて?」
 回らない頭で聞いた。襲われたなんて、物騒な。ていうか、鉄原子なんて良く見つけたな。
「違う。明らかに外部からつけられたもの」
「このことを知っているやつは?」
「わたしと、あなたと、佐伯医師のみ」
「佐伯先生にしらべてもらったのか」
「私のサイコは、一年以内の未来予知能力」
「じゃ、駆流は助かるのか?」
「結果的には助かる。でも、助かるまでの過程が不明。私のみえる未来は、約343日後。それまでに回復していると思われるが、今から約342日間は空白」
「…」
「もしかしたら、空白の中での私たちの行動によって、世界駆流は助からないかも知れない」
「…」
「…」
「いままでに、空白の未来を見た事はあるのか?」
「無い」
「…」
「…」
 空気が悪くなった気がする。
「あ、ちょっと外の空気を吸ってくる」
「わかった。まってる」
 聞き忘れていた一つの疑問があった。
「そうだ、お前の予知能力は確実に訪れる未来なのか?それとも、外れるかもしれない予言みたいなものなのか?」
「……」

 俺は屋上に行った。

 風は生暖かく、気持ちのいいものとは思えなかったが、無いよりはましだった。
「ふぅ…」
 大きくため息をついた。そして、今までを振り返った。
 いろいろな事がありすぎた。まず、瑞希の毒物添加。それから、両親の行方。駆流の傷害事件。
 どれもどこから考えていいのかわからなかった。もう、なにが真実で何が嘘なのかもわからない。サイコなんて、なければ良いのに。もうこのまま飛び降りてやろうか。そうすれば楽になれるかも知れない。
 …かなり病んだ考えだった。もず、死んだとしても瑞希や駆流や美沙姫や、佐伯先生や両親を無駄に悲しませるだけだ。それならば、もう少しできる事を探そう。
 まず、瑞希は本当に毒を入れたのか?まあ、これは現に起こっている事だから、ほぼ疑う余地は無いといえる。二つ目に、両親は、子供がこんな目にあっているのにどこに行ったのか?そもそも、いつからいないのか?俺が家を出たときには、まだいたから、そこから昼までの間にどこかに移動したのだろう。だとすれば、どこだ。まず候補に上がるのは、親戚、実家、その他。まあ、親戚や実家はすでに警察が捜索しているだろうし、会いに来ないという事はどちらにもいないのだろう。なら、警察に任せるしかなさそうだ。続いて、駆流の件だが、校舎裏に窓は少ないし、そのほとんどが集中治療室や薬品倉庫なので、入れない。残りの部屋は、個人室なので入ると気付かれるはずだ。なら、屋上から飛び降りたというのが自然だと考えれる。そして、駆流が屋上から飛び降りなければいけなかった状況と、あの意識不明になるほどの出血から考えるに、誰かに襲われた、という可能性が高くなる。まだあくまで可能性の段階だからなんともいえないが、おそらく駆流のサイコを打ち破るほどのものだ。今日は沢山病院内を歩き回ったが、そんな気配を漂わせている奴は一人もいなかった。
 わからない。まあ、これ以上はがんばる必要も無いだろう。
 病室は、美沙姫に呼ばれて飛びでていったままだった。薄暗い室内を、月がかすかに照らしていた。
 
 鬼沙姫に起こされる前に感じた世界と全く一緒だった。違う所は、温度が冷たくなかったって事と、微妙に明るかった事だった。前は気付かなかったが、確かな地面と、大気があるのが分かった。空気の味が日本と違った。
 とても気持ちがいい。ずっとここで立ち尽くしていたい。そんな気になった。かなり時間がたった。今度はわずかな明かりも無くなり、完全に黒に支配された。

「君」
「衛君」
「神崎衛君」
 声がだんだん大きくなり、まぶたに光が射した。目を開くと、黒服の男がいた。すでに朝になっていた。
「何です…か?」
「やっと起きたか、君は神崎衛君で良いね?」
 何だろう?もう少し寝かせてくれないかな?
「後では駄目ですか?」
「駄目だ。君にいくつか話さなければならないことがある」
「そのまえに、あなたは誰ですか?」
「警察だ」
 目が醒めた。
「警察?!」
「そうだ、英語でポリスだ」
「何の御用でしょうか?万引きなら無実ですし、殺人も傷害もしてませんよ」
 島野のことが頭をよぎったが、大丈夫、証拠は残されてない。
「思い当たりがあるなら自首したまえ。だが、今回は、そんな野暮な事じゃない。君の御両親の事だ」
「何かわかったんですか?」
「どうやら、いなくなったのは君のお母さんだけではなく、世界中でいなくなっている。なぜこんな話を君だけにするかって言うと、いなくなった人とつながりのある人間が少ないんだ。たいていが、親戚も消されている」
「…」
「この街でいなくなった人とつながりのある人間は、君と、駆流兄妹と、島野陽、川林千鈴だけだ。そして、話を聞ける人間が、君だけだ」
「け、消されたって、どういうことですか?こっ、殺されたんですか?」
「そうなったものもいるし、行方不明になったものもいる」
「ここからが本題だ。君は、この顔に見覚えがあるかね?」
 内ポケットから写真を取り出した。左右で色の違う目をしている。そして、その風貌は、日本人とは思えなかった。
「誰ですか?」
「ウーノとそっちの世界では呼ばれている。こいつの一声で、世界中の株価が10%くらい変わる。普通の人ならこいつとかかわる事はまず無いんだが、今回はこいつがかかわっているという情報が確かな情報筋から流れてきている」
「どうかかわってるんすか?」
「まだうわさに過ぎんが、サイキッカーを消していっていると」
「理由は?」
「さあな。なんの得にもならないはずだが」

7.5話 Then
「ところでそんなに人が居なくなったのに警察の人はなぜ一人しか来ないんですか?」
「いるよ。たくさん。ただし、こんな服装じゃなく、私服でだが」
「どうしてですか?制服のほうが…」
「こちらのほうが捜査がはかどるんだよ。なぜか、ね」
「それから、どうしてその人が怪しいと思ったんですか?」
「こいつは、とある世界的な暴力団の幹部だったんだ。だが、リーダーが引退し、この男がリーダーになったとたん、暴力団からサイキッカーを排除し始めた。さらに、世界中に密偵を遣わせ、サイキッカーを探索し始めた」
「…」
「もうずいぶん前の話だよ」
「あの、その男は」
「すまないが、もう時間だ。明日また来るから、そのときにしてくれないか」
 ではまたあした、と軽く挨拶をしてその男は重そうな足取りで遠くに行った。
 それにしても、ウーノ?ギャング?暴力団?今の自分とは全く関係ない、かかわらないようにする言葉だと思っていた。でもそれが一度に現れて、それらが自分たちサイキッカーを排除しているなんて、遠い世界の出来事だとおもった。

 人気のない空き地で、二人の少女がいた。
「あなたは、どこから来たの?」
 一人の少女が一人の女の子に尋ねる。声こそ笑っていたが、目は笑っていなかった。
「私は、未来から来た」
 淡々と答えるのは、川東であった。
「どうして、そんなところから来たの?お兄ちゃんたちをどうしようというの?」
「あなたの兄は、すでに死亡している。だから、私はそれをどうすることも出来ないし、あなたもどうすることも出来ない」
「どうして…?」
「あなたの兄の死体は、すでに分子レベルまで分解され、土に還ったから」
「そんなことを聞いているんじゃないの!どうして死んだのか聞いているの!」
「とあるひとりのサイキッカーによって。その男は」
「嘘つき!あなたが殺したんでしょ!この人殺し!お兄ちゃんを返して!」
「私は殺していない」
「あなたが殺したの!私のお兄ちゃんを!あんなにやさしかったのに!」
「返して!返して!返して!私のお兄ちゃんを返して!」
「私は殺してない」
「いいえあんたが殺したの!」
「私は殺してない」
 そう何度も答える表情は、先ほどと何も変わっていなかった。
「なら…私があんたを殺すッ!」
 そうして取り出した刃物は、刃渡り30センチくらいある菜切り包丁だった。それを川東のほうに向け、
「死ねッ!」
 叫んだ。だが、その包丁は何度も空を掻き、結局川東にはとどかなかった。

 学校跡に立てられた、1つのプレハブ小屋のなかに、男が入っていった。
「警部、ただいま戻りました」
「ご苦労。どうだった?」
 がっちりした男が、入ってきたばかりの男にたずねる。
「世界のほうはとても話を聞けるような状態じゃありませんでした。川東は、みつからず、結局、話を聞けたのは神崎だけでした」
「そうか。で?」
「今回の事件のことは何も知らないようでした。私の推測なので断言できませんが」
「まあ、ひきつづき捜査を続けてくれ」
「了解」

8話 The Catastrophe

俺が壊したドアを通り、屋上に出た。熱気が、ねっとりとまとわりつく。蚊がたかってくるが、虫除けスプレーをおばさんが貸してくれたのでありがたく使わせてもらった。そして、手すりに近づき、大きく深呼吸。
「飛び降りてみようかな…」
 もちろん本当にそんな事を考えていたわけではない。なんとなくそんな気になったのだ。
「暑気でもさしたか」
 不意に声がした。瑞希ではない。美沙姫でも、鬼沙姫でも、佐伯医師でもない。おばさんでもなければ、もちろん駆流なんかじゃない。今までに聞いたことの無い、耳新しい声。
「誰だ!」
 後ろを振り向き、右手を向ける。暗くて見えにくいが、同じ年くらいのショートカットの女の子だった。服は、暑いのに着物を着ている。
「私か?人に名を聞くときは、まず自分から名乗れ」
「神崎衛だ。お前は誰だ?」
 右手を女の子に向けながら、再度尋ねる。
「三日月だ」
「誰もあだ名なんか聞いてない。本名だ」
「本名?だから、三日月が本名だ。み・か・づ・き」
「それが名前か?なら、性は」
「性?そんなの、月人にはない。第十三月特別任務遂行隊第二番手・三日月、それが私に名乗る事を許された名だ」
 月?
「月って、あれか?」
 あさっての方向を指差す。
「そうだ、私はそこから来たのだ」
 こいつ、気は確かか?暑けでもしたか?
「ここは、病院だ。俺が連れて行ってやる。診察を受けろ」
「まさか、疑っているのかっ!」
 当たり前だ。誰が信じるだろうか。
「ああ。そうだが」
「なら証拠を見せてやろう」
 そして音も無く走り、近づき、目の前まで来ると、
「お前もこの首輪をしているのか!」
「まあな。悪いか?」
「もちろんだ!聞けば、それはチカラを超弱体化させると聞くじゃないか!私が嫌いなものは弱体化と蠍と子供と…。そんな事より、こんなもの、叩っ斬ってくれるわぁ!」
 これはまたけったいな物が嫌いなんだな。
 懐から取り出したのは、たしか、脇差っていうやつだった。
 三日月と名乗る女の子が、脇差から刀身を抜くと、なぜか、身長と同じくらいまで伸びた。
「動くな。右手を降ろせ」
 ずっとあげっぱなしだった右手は、疲れて痙攣しており、降ろしてもまだ震えていた。
「こんなもの…!」
 喉元に切っ先を突きつけ、一気に振り払った。首輪が落ちる。
「―――!」
 凄すぎて声が出ない。
「どうだ?まだ信じられぬか?」
 顔を1センチくらい前まで、近づけてきて、笑った。
「普通じゃないとはわかったが、月から来たとはどうしても思えんな」
「なら、私に傷をつけてみろ。何をしてもかまわん」
 凄い事を言い出した。
「良いのか?」
「ああ。できる物ならな」
「本気で避けないと死ぬぞ?」
「来い」
 右手を三日月に向け、肩の一部でも分解してやろうと思った。だが、その右手の甲は一瞬のうちに深い傷を負った。三日月が斬ったとは判ったが、速すぎて見えなかった。骨が見え、関節が見え、筋が見えたが、痛みは感じなかった。
「甘い。駆流とやらのほうが強いぞ」
 薄々感づいてはいたが、駆流を襲ったのもこいつか。
「ならっ!」
 後ろにすばやく下がり、右手で体の前にサイコの壁を創る。空気がどんどん原子にわかれていくが,見えるわけなど無い。
「また同じか。失望したぞ」
 刀を八双に構え、思い切り斬り上げた。
 思い通り、刀はサイコの壁の中で分解され、崩れていく。
「―――っ?!」
 刀身が完全に分解された。だが、柄の部分にどんどん光が集まり、元の形に戻った。
「少しばかり驚いたが、無意味だな」
「馬鹿なっ…?!」
「これで少しは月から来たと信じたか?」
「まだだね」
「しつっこいな、お前は」
 サイコが刀に効かないのなら、三日月本体に攻撃を加えるしか…。
「でやぁっ!」
 自分の出しうる最高のスピードで三日月の間合いから離れると、右手を三日月に向けた。照準をあわせ(ロックオンし)、腹部を貫くように、分解(リ・ソリューション)
「?!」
 三日月が信じられないという顔でこちらを見る。腹部は円筒状に穴があいていた。そこから血がとめどなく流れ出ており、足元に大きな血だまりができている。
「この程度か…?」
 三日月が、そういった。
「どうした?とどめくらいさせよ。まあ、ニンゲンには無理か」
「安心しろ。お前はもう死ぬ…と思う」
「なら、ニンゲンと月人の違いを見せてやろう」
 大きく手を掲げると、何かつぶやいた。淡い光に包まれたかと思うと、傷は治っていた。そして、服も。
「この程度のチカラで、殺せるとでも?倒せるとでも?敵うとでも?甘い。甘いんだよ。そうとも、昔からニンゲンは甘い。だからこのくらいしか発展しないんだ」
 刀を今度は正眼に構えると、今度は今までとは違う目つきで斬りかかってきた。
「…」
 目を開けると、そこには目が据わった三日月と、分解されたがまた元に戻ってゆく刀がみえた。
 こいつは、やはり人間じゃない。そう悟った。
 なら、進む道は唯一つ。
「来いよ」
「ふん、ニンゲンふぜいが」
 やっぱりだ。挑発に引っかかった。いまだ、足下を分解すれば!
「きゃっ!」
 似合わない声が出たが、気にしない。
 案の定、足が地面に埋まって、身動きが取れなくなっている。刀は、三日月の横に落ちているが、三日月はそれどころではないらしく、がんばって這い出ようとしている。
「俺の勝ちだな」
 三日月の隣に落ちている刀を掴むと、…あれ?重い?えっ?何この重さ!
「念のために聞くが、持ち上げられないのか?」
「///」
「で、でも、まだ俺が有利なのに変わりは無…」
 すでに穴から抜け出している。
「殺す、必ず殺す」
 呟く三日月。目が本気だ。ヤバイ。殺される。一瞬で目の前に現れ、刀を振り上げ…。
 
 目を開くと、地面から突き出た大きなトゲと、それに貫かれた三日月の左手首、そして屋上入り口付近で右手をつき出している美沙姫の姿があった。
「く、仲間か!」
 刀を右手に持ち替え、左手首を、斬った。
「ぐっ…!」
 一瞬苦しみ、そして、左手が先程と同じ淡い光に包まれ、元通りになった。
「衛君!」
 美沙姫が駆け寄ってきて、俺の右手の甲に気付いた。
「右手…ひどい傷…っ!」
「待ってて、今治す」
 右手が赤く光り、光が収まると、痛みはあったが傷は塞がっていた。だが、そのかわりに、美沙姫は力尽きたようで倒れてしまった。
「二対一か、不利だな」
「ああ、だがお前は一つ忘れてる」
「なんだ?言ってみろ」
「お前は傷を負わせれば良いと言った。そして俺は先程貴様の腹に穴をあけた」
「あんなのは傷のうちに入らん!現に治ったじゃないか」
「傷は傷だ」
「いや、傷ではない!私は負けていない!」
「お前は、負けたんだよ。認めろ」
「なら、せめて私の言うことくらい信じろ」
「ああ、お前は月人だよ。認めるよ」
「本当か?認めるのだな?」
「ああ。認めなきゃやってらんねーからな。」
「そうか、認めればいいのだ認めれば。最初からこうしていれば私も無駄な努力はしないで住んだのに」
「で、月人が何しに来たんだよ」
「ん?ああ、私の同業者をとめに来た」
「一人でか?」
「馬鹿を言うな、10人だ」
「日本か?」
「世界中だ。10人で十分だと上層部は思ったらしい」
「ふーん」
「一つの誤算さえなければ私もそれでいいと思ったのだがな」
「誤算って何だ」
「満月が裏切った。そして、一番手・新月も」
「裏切り?なぜ?っていうかなんで地球に月人がいるんだよ」
「それは、地球に落ちた超高純度珪素集合体を詳しく調べるためだ」
「もっかい言って」
「超純度珪素集合体だ。まあ、水晶と似たようなものか」
「そうか。んで、何で裏切ったんだ」
「さあ。私が知りたいくらいだ」
「そっか。…さーて、腹が減ったな。朝飯にしようか」
「おごり…か?」
「金持ってないのか?!どうやって今まで暮らしてたんだ」
「非常食料があったんだが…」
「非常食を非常事態じゃないのに食うのか?馬鹿か」
「馬鹿ではない!それに…私は空腹に弱いのだ」
「理由になるか!仕方ない、今日くらいなら昼飯を買ってやろう」
「…」
「ありがとうくらい言えよ」
「あの…その…」
「どうした?」
「あ、ありがとう」
「月では普通、礼は言わんのか?」
「ちっ、違う」
「ならいいんだが」
「あの、昼は…」
「わかってるよ。でも、その前に…」
「この子か」
「そうだ。俺が持つと何か言われそうだから、お前が背負え」
「お前は華奢な女の子に気絶している女の子を運ばせるのか」
「お前は華奢じゃないし、昼飯奢ってやるんだからそれくらいしろよ」
「それもそうだな」
 …素直なのは良い事だ。

8.5話 Then 2
「そう、そこまであんたが言うのなら、だれがお兄ちゃんを殺したっていうの?」
「あなたの兄は、この星を滅ぼす加担をして死んだ」
「何言ってんの?頭大丈夫?」
「この星を護る者たちに反発したから死んだ」
「星を護る?反発?」
「そう。本人には自覚がないかも知れないが、この星を護るものたちに反発し、自然の条理で死んだ」
 大きいほうの少女は、これが真実だという顔で淡々と話している。一方、小さいほうは何がなんだか分からない顔で見つめていた。
 だが、
「お兄ちゃんが死んでからね、いろいろあったの。不良たちが私の家に乗り込んできたり、警察の人がやってきたりね。そういえば、お兄ちゃんってどんな人だったの?家では他人行儀みたいにやさしくしてたけど」
「兄は、真面目な生徒ではなかった。タバコ、酒、暴力などやりたい放題だったと聞いている」
「ふーん。やっぱり」
「知ってたの?」
「なんとなくそうじゃないかなっていうかんじはしてた」
「悲しい?悔しい?」
「うーん、この感じ、なんていうか分からないや。なんとなく…悲しい…に近いかな」
「あなたはこれからどうするの?」
「そのまえに後一つ聞かせて。満月って、誰?」
「知らない」
「ならいいや」
「それで、これからどうするの?」
「そうね…おにいちゃんの罪滅ぼしでもしようかな。それだけいろいろしたんなら、罪深いだろうし」
「それもひとつの道…か」
「何か言った?」
「いいえ。そうそう、暇だったらあの病院の神埼衛という人に会いなさい。あの人だったら何か知ってるかも」

 9話 Recovery
 朝飯朝飯…っと、あいつは何が好きなんだろう。
「おい、好きなもの・または食べたいものはあるか?」
「そうだな…魚は嫌いだが、鮭なら好きだ。あと、汁物はすまし汁のほうがいい。ご飯は個人的には玄米より麦のほうが好きだ。漬物は無くても私は大丈夫だが、もしつけてくれるのなら大根の漬物より…ナスの浅漬けを頼む」
 …そんなの病院じゃ無理だ。
「あのなあ、もっと簡単なものは無いのか?たとえばサンドイッチとかおにぎりとか」
「では鮭のおにぎりを…4つ」
「俺の分は勘定に入れないのか」
「すまない、そこまで気が回らなかった」
「いいよ別に。そんな事だろうと思った。あと、その古臭い言い草を治せ」
「努力するが、期待するなよ。子供のときからこの言葉なんだ」
「…なあ、お前ツンデレって知ってるか?」
「いや、知らない。何だその言葉は?」
「いや、気にしなくていい。むしろするな」

 おにぎりは結局5つ買い、コーヒーを3つ買った。おにぎりは、三日月:2、美沙姫:2、俺:1という分け方になった。

 俺の病室でおにぎりを食べたあと、コーヒーを飲みながら三日月に今までの事を教えてやった。駆流のことも教えたら、少し気まずそうな顔をしてうつむいていた。
「そうか…それはすまない事をした。すまない。このとおりだ」
「謝るなら駆流にしろ。俺に言われても困るだけだぞ」
「でもほかに謝る人がいないんだから仕方ないじゃないか」
「ならせめて瑞希に謝るとかだな…」
 コーヒーを開け、一口飲んだ三日月が、不思議な顔をした。
「何だこの飲み物は?苦いな」
「もともとこんな飲み物なんだ。いやなら、飲まなくてもいいぞ。それに、加糖だから少し甘いだろう」
「本当だ、少し甘い」
「そういえば、瑞希と美沙姫(あいつら)はどこにいったんだ?さっきから姿が見えないが」
「そうだな、さっき散歩してくるっていったまんまだ」
「もう結構な時間が経つころだぞ?ったく、あいつらは…」
「なんでだろうな」
「なにか興味あるものでも見つけたか?」
「いや、私に聞かれても」
 この少女は、最初から友達でいたみたいに、なんとなく、なんとなくだが…親近感を覚えた。
「あと、暑くないか?その格好」
「暑い」
「…着替えろよ」
「着替える暇なんか無いさ。いろいろあって忙しかったんだ」
「いろいろとは?…いや、やっぱいいや。着替える服はあるんだろうな?もちろん」
「あったような無かったような…」
「…おい」
 こいつは何をしに来たんだろう。
「あ、あったあった」
「ならすぐ着替えろ」
 そしてすぐに、三日月は着物を脱ぎ始めた。するすると帯をはずし、肩から順に…。断じて言うが、こいつが勝手にしたのだ。俺がさせたわけじゃない。
「どうした?顔が真っ赤だぞ。あ、そうか」
 そして次の瞬間、あってはならないことが起こった。
 ガチャ。
「あっ…。あの、その、ご、ごゆっくりぃ」
 そういって美沙姫は珍しい引き戸タイプのドアを閉めた。タイミングが悪い。
 振り向くと、ニヤニヤしている三日月。俺はそれに、背を向けて部屋を出ようとした。
「どこ行くんだよ、いけず」
 三日月は背中から抱きつき、手をまわした。
「暑いな」
 この暑さは夏の暑さゆえだろうか。クーラーががんがんきいてるし、そうじゃない気がする。あれだ、イケナイ微熱ってやつだ。
 ここにいてはいけない。本能が告げた。
「ちょっと、その、そう、トイレに…」
「こんな状態にしてほっといていくのか?」
 俺は振り向き言い放った。
「お前がかってに成ったんだろうが!」
 そして目に飛び込む、薄い布で巻かれた三日月の…。
「小さい胸は嫌いか?」
 そういう問題じゃない。ていうか、このままだと本当にヤバい。
「つるぺたは嫌いじゃない!」
 そうして病室を飛び出した。

「つるぺた…?」
 残された病室には、着替えかけで上半身が(胸に巻かれた薄手の布を除いて)裸の困惑顔の少女のみが残された。

 結局来たのは受付だった。
「神崎君」
 呼ばれた先には、首輪をつけた瑞希と、佐伯医師が立っていた。
「なんでしょうか」
「駆流君の容態が、非常に良くなった。見に行くか?」
「はい。そうします」
 アイコンタクトで瑞希に首輪をつけたんですか、凄いですね、と伝えたが、うまく伝わっているだろうか。

 駆流は体中にチューブをつけられていて、かなり痛々しかった。
「あの、なんだか傷が増えてるような…」
「傷は体中のいたるところにつけられていて、その中には骨まで達しているのもあった」
「骨までって、危険じゃないんですか」
「ああ、普通はね。でも、川東くんが手伝ってくれた」
 そんな、無茶苦茶な…。
「で、美沙姫は今どこに?」
「たしか君を呼びにいったが、会わなかったか?」
 もうため息しか出ない。はあ…。
「お、気がついたのか」
「ええ、すみません」
 くぐもった声が聞こえたと思ったら、駆流だった。瑞希は、涙ぐんでいる。
「おう、久しぶり」
「俺にとっては久しぶりじゃないんだがな」
「もう起きないんじゃないかと思ったよ。本当に。それより、美沙姫に礼を言えよ。お前を治したのはほぼあいつだ」
 佐伯医師は、部屋の隅で小さくなった。
「それと、佐伯先生だ」
「ああ、わかってるよ。先生、改めてありがとう」
「患者を助けるのが私の仕事だからな」
「先生、話があるので席をはずしてもらって良いですか?」

 駆流と瑞希に警察の人から聞いた話を伝えた。瑞希は驚いていたが、駆流は、
「やはりな」
 そう呟いただけだった。まるですべて知っているかのように。

 病室の前にたち、いつもと同じように扉を開けた。
 ガチャ。
 そして目に映るのは、着替え終わった美少女。
「三日月…か?」
 その美少女はくすっと笑うと、
「ああ。そうだ」
 この声は三日月で間違いない。ああ、三日月だとも。
「どうだ?かわったか?」
「ああ。気分だけでも涼しくなった。それに…最初は誰かわからなかったぞ」
 嘘じゃない。
「そうか。ならいい」
「ところで、美沙姫を知らないか」
 ちょっと複雑な顔をして、知らない、と答えた。
「どうかしたのか?」
「駆流が回復したんだ。お前も来い」
「言われなくてもそうする」
 
 駆流と会うなり三日月は、土下座をした。
「すまない。このとおりだ。第十三月特別任務遂行隊第二番手・三日月、あなたに多大な迷惑をかけた事、ここに詫びる」
「…」
 駆流はしばらく天井を見上げて横になっていたが、
「いいよ。顔あげてくれよ」
「心遣い感謝する」
「…頼みが一つある」
「あなたのためなら何なりと」
「もう、人を殺めるのはやめてくれ」
「…承知した」
 瑞希が三日月に近づき、
「私からもお願いがあるの」
「あなたからも何なりと」
「一発叩かせて」
 深く目を閉じ、大きく深呼吸すると、パチン!と痛そうな音が特別病室に響いた後、
「うっ、ううっ」
 泣き出し、俺の胸に顔をうずめた。
「改めて言う。…ご免なさい」
 皆のほうにお辞儀をした。その姿は、凛々しかった。

 昼飯を食べ、(これは俺のおごりではなく佐伯医師のおごり)何ともなく図書室に向かった。貸し出し受付のお姉さんは、こちらを見てにこりと笑うと、自分の作業に戻った。
「剣術の本は無いのか」
 無いと思う。
「アニメ雑誌はどこ〜?」
 兄が兄なら、妹も妹か…。
「哲学の本はどこですか?」
 …しらないです。
 
 しばらく時間をつぶしていたら、一人の少女が近づいてきた。誰かに似た顔だ。
「お時間ありますか?いいえ、無くても来てもらうわ」
「なんだよ急に。あんた誰だよ」
「私の名前は陽。島野陽よ。あんたに力を貸して欲しいの」
 島野、と聞いて少し焦ったが、敵意を抱いてはいなかった。美沙姫がこちらを見た後、申し訳なさそうな顔をした。

 屋上は、いつも通り暑かった。いや、いつもより少し暑かった。なので、手すり際ではなく、日陰で話をした。
「話ってなんだよ」
「あの、一緒にいた女の話。あの人の名前は、何?」
 三日月、といおうとしたがやめた。そんな事を言っても信じるはずがない。僕もそうだったから。
「えっと、田中…」
 ありがち…だよな。たぶん。
「嘘つき。もしかして、三日月って名前じゃない?」
「…」
「図星でしょ?」
「なぜそれを?誰から聞いた?」
「お兄ちゃんが言ってたの。口癖みたいに」
「三日月以外には?」
「満月と、新月。あと、ウーノって人のことも。最初は月の研究をしてるのかと思った。いいえ、昨日までそう思ってた」
「…」
「でも、お兄ちゃんを殺したって言われてる美沙姫って人が全部教えてくれた」
「美沙姫は殺してない、あいつを殺したのは…」
「いいよ。もう。遺骨も無いし、遺品となるものも何も残ってない。だから、私はお兄ちゃんのことをすべて忘れるの。そうしていないと、悲しすぎるから」
「…」
「そんなことはもう問題じゃないの。ただ…私は、お兄ちゃんの最後の願いをかなえたいの」
「どんな願いだ?」
「ウーノを殺す」
「なぜ?」
「私のお兄ちゃんは、ウーノの傘下のギャングの下の下で働いていたの。あ、働いていたっていってもたいしたことはしてなかったみたい。とりあえず高校卒業するまで暇してるっていってた。でも、お兄ちゃんの先輩っていうか兄貴っていうか…その人は、とても人使いが荒くて、お兄ちゃんの親友と、彼女を事故させちゃったの。事故じゃないわ。故意によ」
「復讐…か?」
「ちょっとちがうわね。罪滅ぼし…みたいなものかしら」
「なぜだ?」
「お兄ちゃん、いろいろ悪い事沢山してたみたいだから」
 …確かに。
「そうか。あとひとつ、聞きたいことがある」
「何?」
「美沙姫は、信じて良いのか?」
「少し怪しいけど、信じて良いんじゃない?」
「…」
「それに、鬼沙姫って子は…未来が読めるしね」
「なぜそういえる?もしかしたら心に干渉するのかもしれないぞ」
「なんとなくそう思うの。それに、あの子は信じていいと思う。私の心が告げてるの。頼りないかもしれないけど」
 …なんとなくわかる。
「あ、そろそろ行かなきゃ」
「どこへ?」
「ふふ、秘密」
「はっ、そうかい」
「そうだ、警察の人にはあった?」
「ああ。さっきな」
「あの人、何かたくらんでそうな顔してる。気をつけたほうがいい」
「…お前の勘は頼りになるのか?」
「知らないの?女の勘って結構あたるのよ」
「はぁ…」
 意味深長な言葉を残してとてとてと歩き去った。
 いろいろな事があった。ウーノというギャング、三日月という月人。そして、その仲間(だった)の満月と新月。さらに、俺が殺したやつの妹。
 まったくわけがわからない。第一、美沙姫(鬼沙姫)がこの時代に来たという具体的なことすらも聞いていない。あいつは、何がしたいんだ?
 俺は、屋上(日陰)で残りの一日を過ごした。夜になって、おなかがすいてくると、売店に行き、サンドイッチとジュースを買って食べた。
 あいつらはどこかで適当に食べたのだろう、病室ですやすやと眠っていた。俺のベッドで。

9.5話 An older brother and a younger sister
 特別療棟の一室で、二つの影があった。
「お兄ちゃん…」
「どうした、瑞希」
「ごめんなさい」
「…許すよ」
「どうして?どうしてそんなに簡単に許せるの?私は…私はっ!お兄ちゃんに…やってはいけないことをしたんだよ?!」
「…でも、許すよ」
 女の子は、涙ぐんでいた。
「どうして!どうしてそんなに簡単に許せるの?!」
「どうして?人を許すのに、理由が必要かい?」
 そして、女の子は思いっきり泣き出した。
「なんで許すの?!叱ってよ!叩いてよ!怒ってよう…」
「それに、妹ならなおさらだよ」 
「うええん…お兄ちゃん…グスッ…ありがとう…」
「こちらこそ、ありがとう。瑞希が謝ってくれていなければ、僕は一生なぜ君がこんな事をしたのか、悩み続けただろう。ありがとう。瑞希」
 女の子は兄の胸に顔をうずめ、たくさん泣いた。
「…」
 兄のほおに一筋の涙が流れた。

「ボス。そろそろ本題に入りますよ」
 薄暗い部屋に聞こえるのは、クーラーの音と二人の話し声だけだった。見えるものは、二つの空になったラーメンのカップ、男のはく煙草の煙。
 太陽の光は差し込んでおらず、どうみても健康的な部屋ではなかった。
「そうだな」
「そもそもボスの好きなラーメンなんてどうでもいいんです」
「それはないんじゃないか?」
「どうでも良いですよ。第一、塩ラーメンのどこが良いんですか。ラーメンといえば味噌!味噌バタコーンに敵うラーメンなんて…」
「あーあー、分かった分かった、それで?その衛ってガキは?」
「どうやらボスの事話したら血相変えてましたよ。どうやら警察って本気で信じてるみたいです」
「なら作戦は成功だ。死んだ仲間のためにも、がんばるか」
「死んだ、じゃなくて殺された、でしょう」
「…そうだな」

「衛君」
「どうしたんですか?改まって」
「おめでとう。退院だ」
「え?!本当ですか?やった!」
「…」
「…」
「…あんまり、うれしそうじゃないね」
「…駆流が心配なんです」
「そんな事だろうと思ったよ。ここ最近、入院患者がいないから部屋とベッドだけという条件なら、部屋を貸してやろう。ただで」
「冗談が好きですね」
「冗談じゃない。本気だ。もちろん、君がよければの話だが」
「…是非」
「うん、素直でよろしい。じゃあ今までと同じ部屋を貸しておくよ。あそこは個室だから」
「でもなぜ、そんな事をしてくれるんですか?」
「僕にもね、息子がいたんだよ。君ぐらいのね」
「…あの、名前は?」
「昌一って言うんだ。じゃ」
 それ以上詮索するのは止めておいた。

10話 Supernatural power War

「おはようございます」
「やあ、おはよう」
 朝6時。少し涼しさが残る時間に、昨日の警察の人に出会った。
「そういえば、名前、きいてませんでしたね」
「そうだったっけな」
「そうですよ。なんていうんですか?」
「えっと…田村だ」
 しばしの間があったあと、男は田村と名乗った。
「では田村刑事と呼びますね」
「いや、刑事はいらない。田村だけで結構だ。刑事がつくと、どうも堅苦しくて」
 苦笑しながら答えた。堅苦しいのは嫌いなのか。
「それで、まず、ギャングとマフィアの違いについて教えてください」
「不思議な所から突っ込んでくるんだな。ええと、ギャングは暴力団の一員のことで、マフィアは米・伊を中心に暗躍する暴力団の事だ」
「そうなんですか」
「わかったか?」
 正直な所あんまり変わらないと分かった。
「では、次」
「なんでも聞いてくれ」
「えっと、その人は世界の株価を10%ぐらいかえるくらいの権力をもっているんですよね?では、仲間もたくさんいるんじゃないですか?」
「…仲間は、殺されたんだ」
「どうしてです?誰にです?」
「…詳しくは知らないが、月から来た不思議な人たちによって殺されたらしい。にわかには信じられんがね」
「月って、あの月ですか?」
「ああ、あのお空にぽっかり浮かんでるウサギやてゐや憂曇華院や鈴仙がいるあの月だ」 
「誰ですか?その…」
「いや、気にするな。じゃ、そろそろ時間だから行かないと」
「ずいぶんと忙しいんですね」
「ああ、捜査や打ち合わせとかいろいろな…」
「お仕事がんばってくださいね」
 返事は無かった。軽く手を振っただけだった。
「神崎さん」
 田村刑事と入れ替わるようにやってきたのは川東…美沙姫だった。手に紙を持っている。
「これを見て」
 差し出した紙は、どうやら指名手配犯のコピーだった。
「ここを」
「ん?」
 指差した先は、先程の田村刑事だった。

「ただいま、ボス」
「おかえり、ドゥーエ」
「まだ疑ってないです。早く殺さないと…」
「分かってる。でも、こういうことはじっくりやったほうがいいんだ」
「でも、あと1週間も無いですよ」
「だからなおさらじっくりやるんだ焦れば必ず失敗する」
「そんなもんですか…」
「そんなもんだよ」
 
 昼過ぎになり、そのプレハブ小屋に一人の老人が近づいてきた。その老人は扉を開けると、中に音もなく入っていった。
 中は薄暗く、クーラーの音と二人のいびきしか聞こえなかった。老人は軽くため息をつくと、内ポケットからオートマチック式の拳銃を取り出し、サングラスをかけた男のほうに向けた。もう片方の手で、同じように拳銃を取り出すとにこやかな顔をしている男に向けた。こちらはリボルバー式だった。
手を挙げろ(ホールド・アップ)
 サングラスの男のいびきがひとまわり小さくなった。老人は目を細めると、にこやか男に向けていた銃口をグラサン男に向けた。
「さすが反応が良いな。伊達にギャングのボスをやってただけはある」
 グラサン男はかまわず、いびきをかき続ける。
「なめてちゃ困りますよ。満月さん」
 老人の後頭部に黒い銃口が押し当てられた。老人は自然体のまま、大きくため息をついた。
「だろうと思った。まったくあんたらのコンビネーションは最高だ。月人の私ですら手を焼くからな」
「手を焼く前に手をあげたらどうです?撃つかもしれませんよ?」
「でも、そこが甘いんだよ」
 にこやか男のえりに後ろから手が伸び、後ろに倒した。同時に眉間に銀色の銃口が向けられる。
「うわっ」
さよなら(アリーヴェデルチ)
 引き金が引かれ、ポン、と小気味良い音がなり、眉間に銀紙の丸めた物があたる。
「実践だったら死んでるわよ」
 銃を持っていたのは幼い少女だった。
「お前もな」
 グラサン男がいつのまにか満月と呼ばれた老人の隣に立っていた。老人のこめかみに銃口を向けている。
「ふん。くだらん」
 老人が2歩あるいて男と距離をおいた。
「刀の錆にしてくれる」
 いつのまにか手に握られていた立派な太刀を片手で軽々と持つと、軽く振った。
「…くっ」
 男の大型オートマチック式拳銃が銃身の3分の1くらいで切り落とされた。
「…皆、こんな感じに殺したのか?」
 男が呟く。
「そうだ」
 老人も同じ声のトーンで答える。
「ボス…」
「さーて、暗い話は終わりにしましょう。で、どうなの?その子供たちは」
 暗い不陰気から幼い少女が切り出す。
「…」
「…」
「どうしたの?早く教えてよ」
 
「で、そいつらだけなんだな?この街の残りのサイキッカーは」
「いいえ、あとそこに就職してる医者と、島野って子がまだ…」
 ドゥーエと呼ばれていた男がもし分けなさそうに言った。
「いつ処理するの?そいつらは」
「まとめて消そうかと。なんせ、同じ病院にいるもんですから」
「なら都合がいい。今から行くぞ」
 老人が立ち上がる。
「今はまだ待ってください。新しい銃を調達しないといけないんで」
 いままでずっと黙っていたウーノが口を開く。
「そうだったな。いつならできる?」
「明日の昼ごろなんてどうでしょう」
「遅いが、ま、いいか」

「というわけだ。しばらくここの病院に厄介になれることができた」
「そうか。俺に感謝しろよ」
「まったくだ」
「そうだ、あの女の子は?」
「誰の事だ?」
「ほら、昨日お前と一緒にいた…」
「ああ、あの子か」
 おそらく島野のことだろう
「島野、って言います。よろしくお願いします」
 この声は…。
「え?あ、ああ。こちらこそよろしく」
「お前は何でここにいるんだ?家に帰れば良いのに」
 俺が極めて普通の問いを繰り出す。
「うーんと、私も良く分からないけど、なんとなく…神崎さんと一緒にいたいんです」
「嘘がじょうずな子だな」
「だろ?特にこのポーカーフェイスが…」
「嘘じゃ…ないですけど」
「モテモテだな、衛」
「だろ?特にこのやさしい言葉づかいが…じゃない!何を言い出す!お前まで」
「やさしくないだろ、言葉づかい」
「だーかーら!お前なぁ…」
 全力否定。ああ全力否定。こんなタイプの子は苦手なんだよ。
「好きですよ、衛さん」
「お前も悪乗りしすぎなんだよ」
 ポン、と軽く頭を叩く。
「あはははっ」

 昼過ぎに俺の病室(寝泊り専用)に俺、世界(駆流のみ。瑞希は友達の家に遊びに行かせた)、川林、島野、三日月の五人が集まった。
「つまり、あの人は警察官ではなく、ギャングだって言うのか?」
「はい」
「でも、証拠が無いだろ?それだけでギャングと決め付けるのは…」
「顔が似てる、は十分価値があると思いますけど…」
「そうか?俺はそうは思わない」
「…」
「そうだ、警察手帳!警察手帳を見せてもらいましょうよ」
 静寂を破ったのは、美沙姫だった。
「そうだ、警察手帳を見せてもらえば速かったんだ」
「でも」
「でも?」
「警察手帳なんて、コピーすればそっくりそのまま…」
「う…」
「…」
「そんなの、後をつければ本物かどうかわかるだろ」
 再び静寂をやぶったのは、三日月だった。口に棒アイスをくわえている。
「それもそうだな」
「ではこうしましょうよ」
 作戦タイムが始まった。我ながら、緊張感が無いと思う。

「じゃ、俺が田村刑事(仮)と話をし終わった後、三日月と鬼沙姫があいつの後をつける。それでいいな?」
「異存なし」
「了解」
「そんで、もし交番、または警察庁に向かえば、そいつは本物。別の家屋、にいった場合は出てくるまで待つ。2時間以上待っても、出てこない場合は次の日に持ち越し。まったく関係ないところに行けば、偽者、でいいんだな?」
「ああ」
「そうよ」
「本物の場合は警戒をゆるめる。偽者はといただす」
「そう」
「うん」
「ウーノと関係がある場合は捕獲。関係ない場合は釈放」
「よし、それでいこう」
「失敗すれば…怒られるじゃすまないわよ」
「失敗を考えるなよ」
「そうね」
 その日の午後は皆で近くのカラオケ店に行き、喫茶店に行き、デパートに行きと時間をつぶした。

「おはようございます。田村さん」
「ああ、おはよう」
 すでに午前10時を過ぎている。昨日は確か…6時だったか。
「今日は遅いですね。ずっと待ってましたよ」
「連絡時間を伝えていなくて、すまなかった。今度からは伝えるよ」
 軽く謝罪をしてもらった後、近況などを聞かせてもらった。よく分からないが、大変らしい。
「特に変わったことは?」
「ないです」
「では、そのような事を聞いた覚えは?」
「それもないです」
「よし、今日は異常なし。じゃ、この辺で」
「あ、明日は何時に?」
「じゃあ8時ごろに」
「8時ですね。わかりました」
「じゃ」
「さよなら」
 廊下の角を曲がった後、近くの病室から三日月と鬼沙姫が出てきた。
「グッドラック」
「どういう意味だ?」
「がんばれ、という意味さ」
「三日月、行きましょう」
「ああ、じゃあな」

 暑い夏の日差しの中、一人の男とその後をそっとついてくる2つの人影があった。
「暑いね」
「我慢しろ。月はもっと温度差が激しいんだ」
「ここは月じゃない」
「つべこべ言うな。…そういえば、何で私たちが選ばれたんだっけ」
「確か…三日月は実践に慣れてるし、私は性格が冷徹にみえるから…だったような」
「…そうか」
「…ひどい」
「え?何か言ったか」
「いや…それより、この先は団地だ」
「もしかしたら、団地に用があるのかも」
 男は、団地を越えた。
「この先は…何かあったかな」
 鬼沙姫はガサガサと地図を広げた。
「この先は…特に何も無い。家屋がずらっと立ち並ぶだけだ」
「もしかしたら、そこに用があるのかも」
 男は、割と大きい公園に立っているプレハブ小屋に立つと、扉を開けた。
「あれが交番か?」
「違うと思う」
「では警察庁か?」
「違うと思う…あれは十分関係ない建物に分類できると思う」
「では捕獲するか」
 公園の時計はすでに1時を指していた。
 
 病院のフロントに、どこかで見たような男がいた。
「おい、駆流!」
「どうした、そんなに急いで」
「あいつだ!あいつがウーノだ!」
 小声でしゃべると、急いで自分の病室に戻った。
「どうしたの?そんなにいそいで」
「おにーちゃんたち、どうかした?」
「いや、なんでもない。ちょっと用事ができたんだ。悪いが、」
「そうなの?じゃちょうどいいや。遊びにいこーっと」
「そうしてくれると助かる」

「で、どうしたの?そんなに急いで。世界君の調子が良くなってるから、退院勧告でもされた?それとも…」
「ちがう。いたんだ、ウーノが」
 その途端島野の目の色が変わった。
「何処?」
「おそらく、まだフロントにいると思う。どうする?」
「どうするもこうするも、無いでしょう」
「そうだな、あいつらがここにいる理由…俺たちか、先生だな」
「なぜ?」
「前にあいつらはサイキッカーを消していってるといっただろう?」
「そうだったわね。あ、先生もサイキッカーなの?」
「ああ、弱体化のサイコなんだ」
 そして、次の瞬間、珍しい引き戸式のドアが勢いよく開けられた。3人が同時にそちらを向く。ドアの前には老人とウーノが立っていた。
「やあ、諸君」
「どちら様ですか?」
「ウーノ、と名乗っておく事にするよ。こっちは満月」
「どうも」
 ツナギを着こなした老人が、
「僕は神崎衛です」
「知ってる」
「世界駆流だ」
「かっこいい名前だな」
「島野陽」
「君が島野君か。よろしく」
「で、何をしに来たんですか?」
「君達を消しに来た」
 低く良く響く声だった。
「さいで」
「焦らないんだね。もっとびっくりしてくれても良いんじゃないか?」
「では、ここでは何かと不都合がありそうなので、別の場所に…」
「いいよいいよ。サイレンサーがついているから」
「それでも結構音がするでしょう?屋上に行きませんか?」
「まあ、いいよ」
 この人たちも焦らない人たちだ。
「罠とか、仕掛けてあるんだろう?でも、無意味だよ」
「いいえ、罠なんてありませんよ」
「そんな事ありませんよ」
「お嬢ちゃんがそこまで言うなら、行こうじゃないか。ウーノ」
「あなたがそこまで言うなら…いいよ、行ってやるよ、どうせ無意味だと思うし」

11話 A bullet of the victory?
「動くな!」
 プレハブ小屋の入り口に手をかけた三日月にドア越しに叫ばれた。三日月がびっくりして動きを止める。
「そうだ、動くな。見たところ、月人と…川林だな。動くな。そのままだ。動き次第撃つからな。こっちにはライフルだってあるんだ」
 インターホンから男の声が聞こえていた。
「あなたは、警察関係の方ではありませんね?」
 川林が怖がらずに言った。インターホンの男は、フフッと笑うと、そうだと答えた。
「怖がらないお嬢ちゃんだな。感心したよ。でも、悲鳴くらいあげてくれても良かったんじゃないか?」
「…」
「…そうだよ、僕はウーノの仲間だよ」
「名前は?なんて呼びましょうか?」
「そうだな、ドゥーエでいい。仲間内のコードネームと同じにしとこう」
「入っていいですか?暑いんですけど」
「駄目に決まっているだろう。…後ろを見ろよ」
 言われたとおりにすると、そこには黄色いワンピースを来た瑞希より少し幼い少女が立っていた。
「言っちゃ駄目じゃない!役立たず!」
 口が悪そうだった。
「まあしばらく準備するから、その子と戦っておいてくれ。…一人くらい倒せよ」
「うっさいわね!二人とも殺してやる!」

「久しぶりだな、新月」
「そう?たかが数年じゃない」
「反抗精神はまだ治ってないようだな」
「うるさいなあ。殺すよ?」
「やってみろよ。お前には無理だと思うがな」
「何よ。二番手のくせに」
「一番手のほうが強いわけでもないだろう?」
「試してみる?」
「望む所よ」
 空気が変わった。ぴりぴりした空気の中、三日月が脇差を下段に構えた。新月は、それよりはるかに長い、身長と同じくらいの長さの太刀を握り、自然体で立っている。
 それが3分ほど続いたとき、どちらからともなく飛び掛っていった。川林は目がついていけなかった。カィン、と音がなり、お互いに背を向けていた。刀は二つとも振り下ろされていた。
「な?言っただろ?」
 肩から大量に血が出ている。ドシャ、と新月が崩れた。だが、それも一瞬の事で、新月は刀を杖にして立ち上がった。足元がふらふらしている。
「じゃ、手っ取り早く終わらせるが、いいよな?まあ駄目でも終わらせるんだが」
 三日月が脇差を諸手左上段に構えると、一気に振り下ろした。同時に鮮血が辺りを紅く染めた。
「ぐぁ…」
「甘いんだよ。昔から。どうせ一番手になれたのもお前が満月に気に入られたからだろ」
「ぐはぁっ」
 右肩深く振り下ろされていた刀が引き抜かれた。銀色の刀身が、真っ赤に染められて、切先から紅い水滴が滴った。
 三日月は新月の死体に踵をかえすと、血糊をポケットの中にあったティッシュペーパーでしっかりとふいた。
「まずは一人目。あとは満月だけか」
「ここがアジトで、新月がここにいたのなら、満月・ウーノもここにいたんじゃない?」
「…そのはずだよな…少なくともここに来た事はあるはずだ」
「話を聞いた限りでは、満月って人はその人を大事にしてたのよね?」
「ああ。かなりな」
「なら、いつか必ず新月がいるこの場所に戻ってくるはず」
「そうなる…」
「でも、いない、ということは、新月より大事な事がある、またはそれと同じくらい大事な事がある、ということになるな」
 後ろからにこやかな笑みをうかべた男が近寄ってきた。ダンボールを抱えていた。
「やあ。遅くなってごめん。…あ、新月、やられたんだ。まあいいや」
 ダンボールをそっと置くと、あっけにとられている二人に言った。
「新月を殺したのは誰?…ああ、君だね。なら、君は向こうの木の下で見ててくれ。で、こっちの君は、この中から好きな銃を一つとってくれ。…大丈夫、全部使えるし、罠なんか無いよ。さっき手入れしたばっかりだから」
 ダンボールの中は、大きいマシンガンやリボルバータイプの拳銃、短身ライフル、スナイパーライフル、サイレンサー付きのオートマチック式拳銃、レーダーが出るマシンガンや、口径の大きいマシンガン、さらにはロケットランチャーなどなど、多種多様の銃器が詰め込まれてあった。銃身はどれも銀色、または黒色・迷彩であった。
「僕は面倒くさいのは嫌いなんだ。ああ、銃の手入れは好きだよ」
 男はダンボールの中から短身ライフルを取り出すと、鬼沙姫にもとるように示した。
「決闘だ。1、2、3で振り向いて撃つ。それだけ」
 鬼沙姫は小さめのマシンガンを取り出すと、なれた手つきでマガジンを確認し、そこのほうにあったマガジンをセットした。次に、安全装置を確認し、引き金、グリップ、狙い、その他いろいろな所を確認した。
「慣れてるな。…いや、お前、実戦経験あるだろ?」
「ある。未来で最初で最後の戦争を経験した」
「さっさと終わらせる、というわけにはいかなさそうだな」
「準備できた」
「そうか。なら、背中あわせで立つんだ」
 炎天下の中、銃を握り背中あわせで立つ二人はどう楽観的に見ても穏やかとは見えなかった。
「1」
 ドゥーエの声が、セミたちの鳴き声に負けないように響く。お互いに一歩踏み出した。
「2」
 またもやドゥーエの声が響き、一歩踏み出した。鬼沙姫の一歩は、先程より少し小さかった。
「3」
 今度は鬼沙姫の冷たい声も重なった。セミの鳴き声も一段と小さくなった気がする。
 お互いに振り向き、一つの銃声が聞こえた。正確には、二つの銃声が重なり、一つに聞こえた。
 鬼沙姫の胸から血が吹き出ていた。だが、ドゥーエの胸には円錐型の大きな鉄塊が突き刺さっていた。
「…?!」
「私のサイコは物質の再構築。形を変えることもできるの」
「こいつ…人格を…変えるとは…がはぁ!」
「ごめんね」
「あ…皆が見える…久しぶりだ…お花畑も…」
 ズドン。首に向かって銃を放った。上を向いてドゥーエは倒れた。
「ぐぅ…」
 川林がその場に崩れた。三日月がその場に駆けつけた。
「大丈夫か!…美沙姫!」
「この…首輪を…」
「わかった、今はずす!」
 三日月が首輪を脇差で器用に切った。
「ちょっと、離れてて」
 三日月がしぶしぶ下がった。赤紫色の光が胸を中心に広がった。見る見るうちに傷が塞がってゆく。光が消えると、傷は完全に治っていた。あとかたも無く。だが、辺りに飛散した血はそのままだった。
「だ、大丈夫か?」
「ちょっと、血を失いすぎた…」
「そのまま安静にしてろ、すぐに医者を…」
「だめ」
「なぜだ?弾丸がまだ体内に…!」
「弾丸なんて後からでもいい。でも、今は病院にいかないほうがいい」
「…美沙姫?」
「今は…だめ…嫌な予感がする。とっても嫌な…」
「そこまでいうなら…でも容態が悪化したらすぐにつれてくからな」
「…」

「熱っ!」
「ふん、日本のガキはこれだから…大人の怖さを思い知らせてやる」
 銃を駆流に定めたままのウーノは、言うな否や、もう一発放った。その弾丸は一直線に、俺の方へ向かってきた。突然のことにびっくりした俺は、サイコを使う事ができず、ただ横に避けるのが精一杯だった。その際、左腕に軽く傷がついた。
「卑怯な…」
 駆流が代弁してくれた。俺が言いたかった言葉をストレートに。
「マフィアってのは裏切りと卑怯で成り立っているんだ」
 ウーノが凄い事をさらりと言う。こいつも、いろんなやつを裏切ってきたんだろうな。
「今のはたまたま避けられたから良かったが、次はそうはいかねえぜ」
「果たしてそうかな?」
「満月も手伝ってくださいよ」
「しかたないな。ではその生意気な少年を」
 老人が何処からか太刀を取り出すと、2、3回振った。
「刀の錆にしてくれよう」
 駆流をにらみつけ、言い放った。その姿は、老人とは思えなかった。
「駆流、そっちは頼んだぞ」
「おう、頼まれたぜ」
 俺はウーノに集中した。奴は弾を避けるのになれているから、おそらく反撃のタイミングも心得ているだろう。なら、攻撃を与えられるのは奴が弾を撃った後、リロードするわずかな時間のみ。
 ピュン、と音が鳴り、弾丸が放たれた。俺がそれを避けると同時にあいつも移動した。俺がサイコを使うと思ったのだろう。まだだ、もう少し油断をしてもらわないと簡単に避けられてしまう。
 ウーノが続けざまにもう一発撃ち、移動した俺はそれを避けた。が、それは俺のほうには向かわず、俺の後方に進んだ。振り向くと、島野が首から血を出していた。サイコを使ったのだろうが、間に合わなかったようだ。
「ごぼっ…ごはっ」
 口と喉から大量の血液が流れ出て、床を紅くする。
「死ね!」
 もう一発撃った。次は左胸に当たり、後ろ向きに倒れた。
 …もしかして、今がチャンスなんじゃないか?
 俺はその事に気付くのに2秒かかった。
 島野には非常に悪いが、もう一発我慢してもらおう。すまない、島野。
「島野ぉ!」
 だが、俺の体は自分の意思に関係なく、そう叫んでいた。
「とどめだ!」
 その声を聞いた瞬間、俺は頭の中が真っ白になった。

「衛!」
 名前を呼ばれて気が付いた。同時にいろいろな事を思い出した。島野にもう一発放たれた事、何発かかわし、サイコであいつの上半身を原子のみに分解した事。
「返事をしろ!神崎衛!」
 うるさいなあ。こっちは今―――。
 声のするほうを見ると、後ろから首筋に刀をあてがわれ、身動きが取れない駆流の姿が見えた。体にあちこち傷がついている。
「駆流!」
「やっと返事をしたか。返事が遅いぞ」
「…」
「見てのとおり、完勝だ。駆流とやらも所詮口だけか」
「何が欲しい?」
「別にお前たちみたいなガキから何かもらおうとは思わないよ」
「じゃあ何が望みなんだ?」
「そうだな…自殺しろ。それか、こいつを見捨てろ」
「そんなので駆流が解放されるなら、いくらだってやってやる!」
 俺はウーノの死体に近づくと、血だらけの拳銃を手に取った。血がまだ生暖かかった。
「やめろ!衛!」
「少し黙らんか。お前が決める事でない。あいつが決める事だ」
 満月が駆流に諭すように話す。
「…俺が自殺したら、本当に駆流を…」
「ああ、解放する。約束するよ。そして、自分の星へ帰る」
「なら…!」
 俺は躊躇せず弾を確認し、こめかみに当てた。
 いろいろなことが頭をよぎる。これがよく言われる、”記憶が走馬灯のように…”って奴なのだろうか。父と母の顔、駆流・俺・瑞希の3人で遊んだ日々、何も無くて暇で死にそうだった日、入学式、卒業式、初恋の日、初失恋の日、お婆ちゃんの死、悲しみ、楽しみ、怒り、笑い。
 引き金を引く前に、少しだけ後悔があった。川林の事だ。記憶を無くしたままじゃなかったか。まあ、駆流に任せるとするか。どうせ何もできないんだし。
 そして、引き金を引いた。
 俺の実は”弾丸が切れてましたー”とか、”血で爆発しませんでしたー”とか、そんな淡い期待はどこか彼方に行き銃弾は正常に発射された。
 それから、耳元で大きな音がした。そして目の前が暗くなり、息苦しくなった。しばらくすると、俺を呼ぶ駆流と三日月の声がした。遠くに島野、ウーノ、満月の体が見える。満月の体は真っ二つに裂かれていた。三日月…あと少し早かったら…。
「衛!」
「早く医者を!」
 …意識がなくなってきた、死ぬのも時間の問題だろう、いまさら医者なんて…。広い大空に俺は手を伸ばした。こうやって空をじっくり見たのはいつだろう。はるか昔、いや、無かったのではないだろうか。
 二人が俺の手を握る。
 離せ、俺は、俺は………
 さらば、わが友。

―――――その年の夏に俺は死んだ。
 蒼い風の中に俺は佇んでいた。遥か眼下に俺の住んでた街が見える。
「死んだんだな」
 誰とも無く呟いた。不思議な気分だった。悲しくも無く、さびしくも無く。
「天国かな?地獄かな?」
 それしか考える事が無い。死んでいるのだから。
 目の前に重厚なドアが現れた。ギィ、と思ったとおりの音を立てて開くと、そこには、
「うわぁ…」
 果てしなく広がる草原があった。生きているときに見たのとかわらない空があった。ゆっくりと進む雲があった。何処までも続く一本の道があった。
「辿れ、ってことだよな…」
 この先は天国なのだろうか。それとも、地獄なのだろうか。それとも…
 
F i n e
2008/04/06(Sun)12:33:08 公開 / 仮想水
■この作品の著作権は仮想水さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
かなり厨くさく書きました。それが伝わってくれれば幸いです。
ゐづみさんと平行で書いて……
読んでくれた方は一行でも良いので感想お願いします。

終わりました。感想は是非。

ここまで読んでくれた方々、ありがとうございます。
機会があればまた…
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