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『夏の日の平穏』 作者:神足 / 未分類 未分類
全角1970.5文字
容量3941 bytes
原稿用紙約5.95枚
 羽柴・結利(はしば・ゆうり)は生まれたその時から二十一歳になった現在まで朝、起きようと思った時間に自力で起きれた試しがなかった。母の話では生まれた瞬間に泣き声より先に寝言が聞こえた、とまで言うのだからそれはもう、筋金入りなのだ。
 学生の時はそれで散々、寝坊と冬場は欠席を繰り返し、出席日数だけで卒業を危ぶまれた程だった。その時ばかりは結利も自身の体質を恨むしか無かった(努力はしなかったのだ)。しかし、結利はここ一〜二年でこんな体質もアリかな、と思い始めていた。
 何故なら。
「結利、起きろ。朝だ」
 柔らかい声と共に、大きな男の手が結利のなだらかな癖っ毛をくるくると指に絡める。
「んー……」
 結利は目を閉じたまま、両手を天井に伸ばした。
 結利は二十一歳の若さで結婚し、素敵な目覚まし時計を手にしたのだ。
「抱っこ」
 しかも、毎朝リビングまで自動で運んでくれる高機能付き。
「…………ふぅ」
 次の瞬間、小さな溜息と共に結利の体がフワリと浮く。そこで初めて、結利は眠そうな目を開いた。
「おはよ、幸助(こうすけ)」
 そこには結利の体を軽そうに持ち上げリビングに向かう目覚まし時計――もとい、旦那である羽柴・幸助の顔がある。
 細い輪郭に鋭い目、いつも苛立っているかのようにへの字に折れた口元。いつでも気合を入れて調整されている細めの眉毛と逆立てられた黒髪。それらを特等席からまじまじと見つめ、結利は微笑を零した。
「なぁ、結利。同居を始めてから、俺の腰痛が刻々と悪化してる気がするんだが。お前はどう思う?」
 ま〜たこの子は、朝からこんな憎まれ口叩いて。けど、本当は挨拶交わすのも恥ずかしいだけなんだよね、しょうがないんだから。
「しょうがないなぁ、幸助ったら」
 艶美な笑みを浮かべ、結利はちょこんと唇を前に突き出した。
 幸助の柳眉がきっと中央に寄る。
「……なに考えてるか聞いていいか?」
「挨拶のあとはチューって相場が決まってるでしょ?」
「……あー。お前は俺の腰痛なんたらってくだりを小洒落た朝の挨拶だと思ってくれたのか」
「幸助の事は何でもお見通しなんだからね」
「今朝からぶっ飛んでくれるな、結利。きっとお前ほどの寛大な心を持ってれば……国の暴挙にも笑って対処できるんだろうな」
 後半、不意に幸助の声のトーンが下がる。
「ぅん? 国の暴挙? なぁにそれ?」
 結利がそう尋ねた刹那――幸助の涼しげだった顔が憤怒に歪んだ。
「そうなんだっ、聞いてくれ、結利!」
 すると幸助は結利を廊下のど真ん中に下ろし、自身もどしりと腰を据えたのだった。既に僅か手の先にはリビングの扉があると言うのに。
「……こーすけぇ。リビングまであと五十センチ、我慢できないの?」
「我慢できないっ!」
 幸助の叫びに結利は――ぽぉっと頬を赤らめ体をくねらせた。
「もぅ……いやしんぼさんなんだからっ」
 そんな結利の反応はまるっきり視界に入らない様子で、幸助は身振り手振りを加え、叫ぶように話し始めた。
「信じられるか? 今朝ごみ出しに行ったら、いきなり、しかも掲示板とかいう手軽な方法で知らされたんだぞ!? 生ゴミの日の変更をっ! ああっ、俺は右手に生ゴミのたんまり詰まったゴミ袋を持ってたさっ! なんなんだ俺は!? 乱世に踊らされる健気な道化師か!?」
 ゴミの日当日に突如、日程を変更された事に対し憤慨する幸助を、結利は変わらず紅潮した顔で見つめる。
「もう、そんな無理に怒っちゃって。本当は、私とお喋りしたいだけのくせにぃ。素直じゃないんだからっ」
「せめて回覧板を先に回せと言うんだ! 国は、地域密着型の政治を目指しているのでは無いのか!? 生ゴミは出すなと言う事か!? 卵の殻は砕いて肥料にしろと? みかんの皮は天日干しして入浴剤にしろと!? 全部、やってるわぁぁっ!」
「ほんっと幸助ったら、時間も場所も選ばないんだからぁ。私の体が持たないぞぉ〜」
「しかも、この夏日に、よりによって生ゴミだぞ!? これは最早、陰謀としか思えんっ! 奴らめ、権力に市民は決して逆らえないと高を括ってやがるんだっ!」
「んふふっ、この前ね、サジ君に……あ、お隣さんのご長男のね? そのサジ君に『朝から熱いですね』って言われちゃったんだよ、幸助ぇ〜。も〜ぅ、バカップルって思われちゃったかなぁ? きゃーっ」
「今こそ蜂起すべきだと思わないか、結利!? こんな腐った政府が国を牛耳っていては、いずれ、全てのゴミの日が悪戯に変更されてしまうぞっ!」


「あ〜、朝から暑いなぁ……これだから夏は嫌なんだよ」
 羽柴家の隣の家に住むサジ君はそう小さく愚痴ると、ゴミの日についての張り紙が張られた掲示板をちらりと流し見て
「ま、いいか」
 母親から渡された生ゴミ入りの袋をゴミ置き場に放り込んだ。
2007/12/27(Thu)03:47:12 公開 / 神足
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