- 『Fallen Angel プロローグ〜第1章』 作者:ZERO / リアル・現代 ファンタジー
-
全角4546.5文字
容量9093 bytes
原稿用紙約14.6枚
Fallen Angel
【 プロローグ 】
『――キィイイイィーーーー』
鼓膜を突き刺すような甲高い音。それと平行して聞こえてくる独特の回転音。
満月の夜。月に照らし出された雲の輪郭が、不気味に輝いている。
「メリッサ・フォル・リグティア……」
静かに口走る女性の声――。声から察するに、年齢は20歳前後といったところだろうか。
透き通るような高い声。どこまでも響き渡るようなその美しい声は、弱々しささえも感じさせる。
しかし、その物静かな声調とは対照的に、彼女は蒼色の瞳を鋭く細め、ただ一点、窓ガラスの外を見つめていた。
「どうした? 考え事か、エリス」
彼女に語り掛けるのは、細身で茶髪の男である。頬杖をつき、気だるそうに視線だけを彼女に向けながら言う。
体格からして頼りなさを感じさせる青年だが――左手の甲に刻まれた紋章が、彼の「本当の姿」を表している。
「…怖いか」
続けざまに男は言った。訊かれた彼女は無言のまま腕を組み、窓の向こうをじっと見つめている。
長い沈黙――。数分が経過して、エリスと呼ばれた女は、男の質問には答えずに問う。
「ねぇ、ジルド。今回もいっぱい、血、見ちゃうのかな?」
半ば、溜め息混じりの質問である。取り繕ったような苦笑を浮かべながら首を傾げる彼女の顔には、だが一切の得意気さも、余裕も感じられない。
その口調には、純粋な哀しみと、どこまでも深い虚しさだけが広がっていた。
「はぁ…。今さら、確認することもないだろうに」
そう。この二人の駆り出される任務そのものが、質問の無意味さを物語っている。
「まぁ、嫌なら指令に回ってもいいけどさ。昔だって、そうだったんだろう?」
「そうだけど、昔は昔だよ」
元々、彼女は好戦的な性格ではない。だが、かといって<こんな時代>に、安全圏で大人しくしていられるタチでもないのだ。
海面に照らし出される月明かりが幻想的で、エリスは少しだけ表情が和らぐ。しかし、彼女の小さな手は強く握り締められ、未だに震えている。
ふと、彼女は自分の左腕に巻かれた時計へと目をやった。
黒光りのするスポーティなデザインは、お世辞にも彼女に似合っているとは思えない。
時計の画面上部には、筆記体で『C/N エリス』と表示されている。どうやら、彼女専用に用意された<装備>であるらしい。
さらに上部―。枠の部分には、ジルドの左手のものと同じ、白い片翼を象った紋章が小さく刻み込まれている。
「なんで、分かり合えないのかな…」
窓の外に視線を戻しながらエリスは呟く。 そのかすかな声は、不粋なエンジン音に掻き消され、ジルドの耳に届くことはなかった。
彼女達を乗せた軍用ヘリは、海面にひそかな波紋を立てながら、目の前に広がりつつある大陸へと近づいていく…。
プロローグ END
【 第1章 】
真夜中の冷たい風が、吹き抜けた―。
路上に散らばった落ち葉が、さらさらと乾いた音を立てながら、宙へと舞い上がる。
時刻は午前1時00分。夜の曇り空は月明かりさえも隠し、辺りには所々の街灯の灯りだけが見える。
どのみち、都心から離れたこの居住エリアで、この時間帯に外を出歩く者はまず居ない。
そのため、こんな夜中に外が明るかろうが暗かろうが、住民にはまったく関係のないことである。――そう、住人には。
「ったく。どうして私が雑用なわけ?」
風が止み、完全な静寂に包まれた夜道で一人の少女がつぶやく。
「俺に聞いてどうする、メリッサ? こっちも忙しいんだっつーの」
ノイズ音に混じり、耳に掛けた無線機から聞こえるのは若い男の声だ。
「それと……いちいち無線で愚痴るな。正規軍に傍受されるから、切るぞ」
口調の割に、そこに怒りや不機嫌さが混ざっていないのは、普段から彼が口の悪いタチであることの証明だろう。
ぷつり、と弾けるような音と共にノイズ音が消える。
「…………」
途端に辺りは、再び静寂に包み込まれた。其の一瞬だけ吹き抜けた風が、メリッサの短い青髪を揺さぶる。
彼女は呆然と立ち尽くし――その唇の両端は、若干ながら震えている。
「……あの野郎、あとでぶっ殺す…」
見た目とは大違いの、乱暴な口調で少女は言った。先の無線相手にも負けず劣らず、といった悪態だろうか。
「あ〜…むっかつく!」
暗闇の中、彼女の叫び声だけが虚しく響き渡った。
ちっ―と意地の悪い舌打ちをすると、彼女は真っ黒なフルフェイスを被る。
そして、傍らに停めた自動二輪に何とも不器用な身ごなしで跨り――セルを回す。
「……まぁ」
彼女は無意味に力いっぱいクラッチを蹴り下げ、無駄に数回空吹かしをする。
「思い知らせてやろうじゃない。私の実力」
わざとらしく口元を吊り上げながら得意気な笑みを作ると、闇に紛れてしまいそうな漆黒の車体を、急発進させた。
空陸に響き渡る轟音。それは、「普通」の都心部であれば考えられない程の低空飛行で、速度を落としながら同じ場所を旋回し続けている航空機の音であった。
『こちらデルタ2。不審な機影は確認出来ません。反応のあったエリアに異常なし。繰り返す…』
だが、その無線は宣言に反して繰り返されることはなかった。いや、繰り返すことが出来なかったのだ。
午前1時05分。首都ルーティスの空から、鈍い爆音と共に無数の残骸が降り注いだ。
『ブァゥゥン! ブォウン』
「うるさいな…。こんな時間だってのに」
都心から離れた――郊外にある、高層マンションの一室に住むフィリスは、マンション前で停止した重低音に気付き、目を覚ました。
住宅の密集したこの地域で、しかもこんな時間帯での大きなエンジン音は、室内に居ても鼓膜が破れそうになる程にうるさい。
特に、それが意図した爆音を奏でる違法改造車であれば、尚更のことである。
やがて、耳を突くようなアイドリングの音が止まった。
何となく気になった彼は軽くため息をつきながらベッドから飛び起き、ベランダに出て下の様子を窺う。
だが、月明かりのない夜に街灯のないマンション前を――それも11階の高さから眺めただけでは、地上の状況などわかるはずがない。
『コンコンッ』
彼が再びため息を付きながら部屋に戻ると、それと同時に鉄製の玄関扉が硬い音を立てた。
いわゆる、ノックである。
「うちに? …ってか、今時インターホンも知らないのかよ」
『コンコンコンコン』
普通に考えればひと気のない真夜中に、これほどノックを連打されたのであれば、怒りや不満よりも先に、恐怖さえ湧き上がる。
しかし、普段は温柔な性格のフィリスも眠っていたところを起こされたのであるから、不機嫌さが精神の大半を支配する。
彼はこみ上げる怒りを抑えながら、暗い廊下の先にある玄関扉の前まで行き、立ち止まった。
「どちら様?」
問い掛けと同時にあくびが出たせいで、語尾の滑舌がきちんと回っていない。
フィリスは言いながら、そのままドアを開く。直後に、無用心なその行為を後悔する時が来るとも知らずに。
「夜分遅く失礼します、サリア・フィリス様」
「えーと、どちらさ……」
「今から貴方を、特別監視の下に置くために参りました」
小柄な人影であった。それ以上のことは全く分からない。真っ暗な廊下で、相手の姿は輪郭が辛うじて見える程度なのだ。
決して低くはなく、しかし高すぎるわけでもない声調。そして、はっきりした話し方には、幼さのかけらも感じられない。
声から判断するに―恐らくは、10代後半から20歳あたりの女性だろうとフィリスは思った。
「……は?」
頭大丈夫か?とでも言わんばかりに、わざとらしく大袈裟に首を傾げる。
その時、相手の胸元――と思われるあたりに、キラリと光る小さな石に気が付いた。
光源が0に近いこの空間では、明らかに違和感を感じる輝きだ。
「とりあえず、お話を聞いていただけますか?」
新手の押し売りだろうか、と思いながら彼は警戒した。
寝ぼけていたせいか、忘れていた廊下の照明を点ける。
すると、その目に映ったのは自分の心臓部に向けられた鉄の塊――それは、銀色に輝く銃であった。
「…!」
半ば反射的に照準から身をずらしながらドアを閉めようとするフィリスの右手を、彼女は銃を持った左手で叩き落とした。
同時に、もう片方の手で思いきりドアを開け放つ。多少乱暴ながらも、精度の高い動きである。
「これより貴方を、本部へ連行させていただきます」
「なに、勝手なこと言って……」
「あ…申し遅れました。私、ルーン・コントラクト所属のメリッサ・フォル・リグティアと申します」
驚いたことに、彼女の表情は先程から笑みを崩していない。相当の余裕があるのか、或いは色んな意味で特殊な人物なのだろうか。
一見作り笑いのようにも見えるが―その愛くるしいほどの笑顔は、むしろ怖い。
「ルーン・コントラクト?」
聞いたことのない単語に、フィリスは青ざめながらもまた首を傾げる。
眉の間にシワが寄っているのは、焦りと同時に怒りが溜まっている証拠だろう。
そんなこともお構いなしに、彼女は耳まで掛かった青髪を掻き分け、指先で無線機を摘みながら通信を始める。
「こちら工作部隊、リグティア。ルーティス中央支部に、ターゲットとの接触を報告する」
『了解。武器の使用は原則不許可、抵抗した場合にあたってはND-2Bの使用を…』
「あーはい、了解」
彼女は、最後まで話を聞くことなく返事をすると、再びドアを閉めようとするフィリスの手を力いっぱい弾き飛ばした。
「だーかーら、人の話聞けってば!」
使い慣れていない丁寧な口調に疲れたのだろう。
まるで人格が変わったかのように、彼女の表情からは突如として笑みが消え、話し方が刺々しくなった。
一瞬驚いたような顔を浮かべるフィリスも、直ぐにその顔には血の気が滲み、真っ赤になる。
「…あのさぁ、今何時だかわかる? 真夜中なわけ。明日も学校あるわけだし、帰ってくれないかな?」
「無理!」
ガチャリ、と隣の部屋の扉が開く音が聞こえた。右隣の家に住んでいる人間といえば――
「はぁ…。とりあえず、一旦だけ入って」
とにかく急いでドアを閉めなければと、フィリスは彼女の細い腕を掴んで家の中へと引っ張る。
「お邪魔しまーす」
メリッサはニヤリ、と性の悪い笑みを浮かべると、わざとらしく言ってのけた。
「……お邪魔してどうするのさ?」
ドアを閉めながら、フィリスは呆れ果てた顔をして言う。
「あ。それ言えてるかも」
目を丸くし、間の抜けた顔をしてからメリッサは苦笑した。
フィリスも一瞬だけ、失笑のような笑みを浮かべたが――咳払いをし、慌てて不機嫌そうな顔を作り直す。
「で、どうすれば帰ってくれる?」
壁にもたれ掛かって腕を組みながら、若干疲れたような声でフィリスは言う。
するとメリッサは、首から下げた緑色の石を外し、指で摘み上げた。
「うーん…。これを見たら、私を帰らせる気なんて失せると思うけどなぁ?」
彼女は得意気に語尾を上げて言いながら、その石を見せびらかすようにフィリスの目の前で左右に振る。
「何だって?」
次の瞬間、フィリスの視界は激しく歪み――やがて、彼の周囲は暗闇に支配された。
第1章 END
-
2007/12/22(Sat)23:20:27 公開 / ZERO
■この作品の著作権はZEROさんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
初めまして。
今回、初めて小説投稿をさせていただきました、ZEROと申します。
何度か作品の誤字や誤変換などを見直しましたが、もし誤っている部分やここをこうしたらいいのでは?といった部分などがございましたら、教えていただけると嬉しいです。
皆様からのご指摘やご感想、心よりお待ちしています。