- 『赤い糸を追って』 作者:暴走翻訳機 / ショート*2 リアル・現代
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原稿用紙約7.15枚
小指に結ばれた赤い糸は、運命の証。もし運命などと言うものがあるのなら、私はそれを見つける。それを確かめたかったから、私は旅に出た。
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世間様にしてみれば、既に夏休みに入って一週間が経った頃。ミンミンゼミが喧しく大合唱し、佇んでいるだけで汗が滝のように流れる夏模様に耐えかねる。
そして私は、年中無休二十四時間営業のコンビニエンスストアの前で、円形の茶色い物体を口に詰め込み、紙パックに入った乳白色の液体で喉へと流し込む。
アンパンと牛乳だった。
甘ったるい漉し餡が牛乳に交じり合い、甘さを中和させながら胃に流れ落ちる。それは平凡で決まり切った味だった。
そう、私のように。高校三年生にして、成績は平凡、運動神経も平凡、ルックスその他諸々も同様。どこのメーカーでも変わり栄えしない、アンパンのように平凡な女子高生だ。
本当なら、今頃の季節は就職探しやセンター試験に向けて猛勉強に励む年頃なのに、私はコンビニエンスストアの前でアンパンを喉に流し込む。まるで平凡な味のアンパンが牛乳に押し流されるかのように、平凡な私は社会の荒波に呑まれて決まり切った将来へと流されてゆく。
私は空っぽになった菓子パンの袋をクシャクシャと丸め、空っぽになった牛乳のパックを平たく潰してゴミ箱に放り込む。汗まみれのサラリーマンが、汗をハンカチで拭いながら目の前を通り過ぎる。
「ご馳走様」
果たして誰に対しての言葉だったのか、言ってみた自分ですら分からない。こんな平凡なアンパンを作り、平凡な私を生んで育てた母へ感謝したかっただけなのか。分からない。
朝食を取り終えた私は、駐輪場に停めてあった白い原付(原動付自転車)にまたがると、何度かキーを回しエンジンを噴かせて走り出す。
行く先など考えてはいない。ただ、ひたすらに“それ”を追う。
くどいようだが、私は平凡だった。家族も、父にしても母にしても、普通の商社のサラリーマンと専業主婦と言う平凡な家族である。
だからと言って、別に家族が嫌いだったとか、平凡で何も変わらない日常が嫌だったわけではない。それでも、私がこうして旅に出たのには理由がある。理由がなければ、将来を決めるセンター試験の勉強をほっぽって旅などするわけが無い。
旅をするきっかけが出来たのは、今から二、三ヶ月ほど遡る新学期の初め。旅に出たのが、夏休みに入った一週間ほど前だ。
「ねぇ、運命の赤い糸って信じる?」
私は何の前触れもなく、クラスメイトにして小学校の頃からの友人に尋ねた。私の席を取り囲んで談笑していた友人数人は、キョトンとした表情で私を見つめる。
この年まで、恋らしい恋をしたことの無い面子だ、そんなメルヘンチックな疑問を抱いてもおかしくは無いと思われたのだろう。友人達はしばし考える仕草をして、
「どうだろうね。分からないけど、多分、バレンタインデーと同じなんじゃないのかな?」
良く分からない返答を返してくる。
「バレンタインデー?」
鸚鵡返しに問うと、友人は説明を付け加える。
「バレンタインデーって、お菓子メーカーがお菓子を売るために流した噂――と言うよりも行事な訳じゃない。多分さ、運命の赤い糸もそれと同じで、洋服屋だか紡績店みたいなところが、毛糸とかを売るために作った話なんじゃないかな」
私はなるほど、と納得する。何の因果もなくそんな話が出てくるはずも無く、そう考えた方が納得行く。
しかし、それなら私の“それ”はどう説明すればよいのか。
私は友人達に気付かれぬ程度に、小指から伸びる赤い線を見た。小指に先端を巻きつけた赤い糸。いつの頃だったか、新学期に入るぐらいにはそれを見ていたと思う。
別段、何かに引っ張られる感覚も、小指に何かが巻きついている感触も無い。それでも、そこに赤い糸はある。そして、私以外の人間には見ることが出来ないものでもある。
「もし赤い糸があるなら、その先を追っていけば運命の人に出会えるってことだよね? ずっと将来に出会う恋人と、繋がってるってことだよね……」
誰かに問うわけでもなく、独りごちた私は一つの案を思いつく。
今年の夏休みに、この赤い糸のもう一つの先っぽを見つけてみよう。どこに繋がっているのかも分からぬ、無いようで存在する糸の先を追いかけてみたい。
そんな衝動に駆られ、私は夏休みの初めに旅立った。
両親には相談しなかった。相談したところで引き止められるのがオチだし、グチグチと大学や就職のことについて説教されるだけだから。
私は一年生の頃からバイトをして貯めた貯金を下ろし、家から少し遠い学校に通うために、親にせがんだ白い原付に跨って家を飛び出した。
『ちょっと旅行に行ってきます。大丈夫だから、警察とかに電話しないでね。――より』
なんて置手紙をリビングの机に置いて、十万そこらの貯蓄と衣類、毛布とキャンプ用のテントを詰めた旅行鞄を原付に縛り付けて旅立つ。置手紙をしてきても両親は心配するだろうから、毎朝起床後には『おはよう』とメールを打っておく。後は、バッテリーを持たせるためと帰宅の催促が掛かってこないように電源を切る。
テレビとかでは結構目にする一人旅は、テレビで見るほど簡単なものじゃなかった。夏でも夜は意外に冷えるし、羽虫が鬱陶しい。テントを張るところだって考えないと、巡回中の補導員に補導されかねない。ルックスこそ並平凡だけど、やっぱり女の子だから悪漢に襲われたりしないか心配だ。
それでも、一週間ぐらい経った今では割と慣れてきて、一人旅は順調に進んでいる。さてさて、いったいいつになったら赤い糸の先端に辿り着けるのか。もしかしたら、辿り着けずに家へ帰ることになるかも知れない。
色々と心配は募るけど、私は旅を続ける。本当に運命の人と繋がっているのかも分からぬ赤い糸を追って。
「がんばれサラリーマン!」
先刻通り過ぎて行ったサラリーマンに手を振り、ノリで返された左右に揺れる手に見送られ、私は真夏の空の下を白い原付で駆け抜ける。
そして、原付がエンストを起こした。
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2007/12/02(Sun)09:42:48 公開 / 暴走翻訳機
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■作者からのメッセージ
なんとなくノリと勢いで書いたショート*2です。
こんなものを書いている暇があるなら、試験勉強しなさい!も高校三年生でしょッ!などとどやされそうな日常ですが、私は小説を書き続けます。なぜなら、運命と言うものが決まり切ったものなら、抗わずして決まり切った将来へと押し流されるのだから。
私は書きたい。こんな小説が、あんな小説が、そうした思いを込めて綴って行きます。今回もまた、そんな暴走翻訳機クオリティをご堪能ください(なんじゃそりゃ?
それでは、長編または中編の『ラスト パートナー』もよろしくお願いします。とだけ言って、失礼させていただきます。