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『双子の吸血鬼』 作者:雪乃結晶 / ファンタジー 未分類
全角6691文字
容量13382 bytes
原稿用紙約22.85枚
双子の吸血鬼、兄のシーザスと弟のヴィラン。シーザスは血を好み逆にヴィランは血を拒む。二人の吸血鬼と人間の少女麗の物語。
+序章


 少女が彼たちに会ったのは、夏の終わりが近いある雨の日の夜だった。
辺りは暗く、微かに明るい街灯の光で照らされる二人の美しい少年、傘は差していないように見えた。
雨のうるさいほどのささやきが耳の奥まで鳴り響く。
動かずに二人の姿を見ていた。すると一人が少女の気配に気づいたようで静かに振り返った。

「あっ……」

 少女は驚いて傘を地面に落としてしまった。そして少年の一人は少女に近づく。
革靴が地面とぶつかり合う音が雨の音と響きあう。

「シーザス、駄目だよ……」

「…………」

 もう一人の少年はシーザスと言う少年の腕を掴み、彼を止めていた。
しかしシーザスは意図も簡単に少年の手を振りほどく。シーザスの姿が丁度街灯の光の下に来た時、人間のとは思えない白く鋭く光る牙が姿を見せた。
少女に恐怖の文字が脳裏に浮かんでくる。
不意に腕を掴まれた、思ったより強い力に手を振りほどこうともかなうはずがない。
いつの間にかシーザスの顔が少女の目の前に運ばれていた。
燃えるような赤い瞳が少女を貫く。すると彼の口元は少女の首筋へと運ばれていた。
抵抗する暇もなく少女の白い肌に牙が鈍い音と共に突き刺さった。
全身の力が抜けていく……不意に少女は手に持っていた鞄を落とした。
痺れるような感覚に意識が遠くなっていく。自分の体内から何かが抜けていくようなそんな気がした。

「……っ」

 声にならない息が少女の口から漏れる。
徐々に視界が歪みそのまま少女はシーザスの腕の中で意識を失ってしまった。
しばらくしてシーザスは少女の首筋から牙を抜く。シーザスの牙には赤く血の跡がついている。
黒髪から除かせる赤い瞳が眠る少女を見つめていた。

「シーザス人間と言っても女の子だよ、なんて事……」

「ヴィラン、お前も血を飲んだ方が良いだろう。 体が持たないだろう?」

 ヴィランと言う少年はシーザスの言葉を無視して彼の腕の中から少女を奪う。
長い髪の隙間からはシーザスが血を吸った歯形がくっきりと残っていた。
外見はとてもそっくりなこの双子。しかし性格はお互い正反対だった。
兄のシーザスは好戦的で血を好む、弟のヴィランは戦いを好まず血を嫌っていた。
ヴィランは生命維持のための最低限の血の量以上口にしようとはしなかった。
シーザスは大きくため息をつくと、少女の鞄をあさり始めた。
そして手にしたのは学制証明書。

「ヴィラン、この女が住んでいる場所この近くじゃないのか?」

「あ、本当だ。 というか此処の建物の二階だね」

 二人は学制証明書に書いてある住所を見た。
この通りであれば少女の家はここのマンションの二階のニ○三号室。
そして学制証明書に書いてあった名前、

「タチバナ…… レイ」

 ヴィランは麗を抱き上げると雨の音と共に消え去った。
すると雨は一層強さを増した。





+第一章:吸血鬼


 暗闇の奥に小さな光が見えた。
その光に行こうと必死にもがく麗。
しかし、体が言うことを利かない。何かに拘束されているように重かった。

『レ…… イちゃ……』

 その時、光から自分の名前を呼ぶ少年の声が聞こえた。
その声に導かれて麗は光に手を伸ばした。
そして麗の指先が光に触れた瞬間、あたり一面光輝いた。

「…………」

 瞼の鎖が解き放たれたかのように目が軽くなった。麗はゆっくりと目を開いた。
彼女の視界に入ってきたのは、見慣れた天井と昨夜自分を襲ってきた少年に似た姿だった。
そして自分が布団の中に寝かせられていたことに気づいた。
麗は重い体をよそに体を起こそうとした。
しかしそれはヴィランの手によって拒まれる。

「まだ動いちゃ駄目だよ、すぐ倒れてしまう」

 ヴィランは優しく麗に手を差し伸べて再び布団の中に寝かしつける。
不意に彼の指先が麗の首筋の傷に触れてしまった。
その時麗にあの時の感覚が蘇ってきた。あの痺れるような感覚が……
再びこの男に血を抜かれてしまう……その恐怖が彼女を動かした。

「いやっ……」

「……っ!」

 気がつけば麗はヴィランの頬を平手打ちしていた。
麗の手はその行為で痺れていた。
ヴィランは痛みの声と共に頬に手を添えた。だがヴィランは怒ることなくただ優しく微笑んで麗を見た。
麗は興奮して息が荒くなっていたがヴィランの微笑みで徐々に落ち着きをとり戻りしていく。
後から考えてみれば麗の血を抜いたシーザスの目は赤い。だがヴィランは宝石のように綺麗な青だった。

「ご、ごめんなさい。 本当にそっくりで……」

「ううん、気にしないで。 僕たちの違うところは目の色ぐらいだから間違えて当然だよ」

 ヴィランの笑顔を見て麗は思った。ヴィランが笑ったときに見える牙はシーザスと同じ吸血鬼の牙。
しかしシーザスとはどこかが違う、そう思った。
麗がこの二人を吸血鬼だと信用するのには結構な時間がかかった。
それはそうだろう、吸血鬼など物語上の話。今の人間が信じるはずがない。
しかし吸血鬼は本当に存在して自分の目の前にいる。

「自己紹介が遅れたね、僕はヴィラン・ブラット。 でこっちが……」

「シーザス・ブラット」

 ヴィランは自分の名を名乗り部屋の外のほうを見た。
そこにはいつの間にかシーザスが扉に寄りかかってそこにいた。
黙っていれば本当にそっくりな二人だが、性格は正反対だった。
やはり血を奪われたトラウマでシーザスにはまだ恐怖感があった。またいつ血を吸われるかわからないから……
だがヴィランへの恐怖心はいつの間にか消えていた。

「私は、橘麗」

 麗は首筋の傷に触ってみた。傷の感触が生々しく伝わってくる。
最初は殺されるかも知れないという恐怖だけが麗の脳を占領していた、それの感情は今は少しずつ薄れていく。
これはおそらくヴィランがいるおかげだろう。
お互いの名を名乗ったあとしばらく会話が続くことがなく静かな時が流れた。
すると不意に麗の目に時計が入ってきた。現在の時刻午前十時二十五分。
学校はとっくに始まっている時間だった。

「学校遅刻だ…… でも良いよね、今日は色んなことあったし」

 麗は悲しむどころか笑っていた。
麗の笑顔にヴィランはほっとする、一方シーザスは表情一つ変えずに俯いていた。
体調がだいぶ楽になってきたのか、麗は立ち上がりシーザスの前に行き、足を止めた。

「今お茶入れるから少し待ってて……」

 麗の視線にはシーザスが映っていた。
シーザスはゆっくりとうなずきヴィランの元へ行きその場に座った。
その姿を見た後、麗は台所へと足を進めた。
狭いマンションの室内には水音とお湯が沸いていく音だけが響き渡っていた。

「シーザス、後で誤っておきなよ?」

「俺には関係ない……」

 台所に立つ麗にそんな他愛もない会話が聞こえて来ていた。
麗は鼻で笑いながらお茶を入れていた。
そして二人の元へ戻ろうとした時、目の前に突然シーザスがいた。
驚いてお茶をこぼしそうになった。

「…… すまなかった」

 シーザスは恥ずかしそうに横を向いて誤った。
そんな素直じゃない彼に麗は微笑みながら、

「ううん、大丈夫。 ありがとう」

 その時の室内には、麗の笑い声とお茶の香ばしい香り、そして微かな血の匂いがしていた……





+第二章:真実


 オレンジ色に染まった太陽の光が、部屋の中を照らす。
そんな場所で、シーザス、ヴィラン、麗の三人は口を開くことなくそれぞれ離れた場所に腰掛けていた。
三人の顔を太陽の暖かい色が染めていた。そんな静かな時間は、携帯の呼鈴で終わりを告げた。
麗の鞄の中からバイブレーターの音と共に部屋中に鳴り響く着信音。シーザスとヴィランは多少驚いたような表情で音の発信源を見る。
麗はすぐに鞄に手を伸ばし携帯を手にとる。
画面に表示されていた名前は、『宮元 真奈美』。麗の親友の名前だった。
すぐさま通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。

「もしもし、真奈美? どうしたの?」

『どうしたのじゃないよ麗、どうしたの今日? 無遅刻無欠勤の麗が無断欠席なんて珍しいからさ…… 何かあったの?』

 携帯の向こうから聞こえてくる聞きなれた友人の優しい声。
昨夜の出来事を考えれば学校に連絡どころか、先ほどまで学校の存在すら忘れていたのだから。
自分の目の前に入るこの二人の吸血鬼のせいで……
真奈美に今の状況を説明しようとしても、どうせ信じてもらえないだろうし…… 麗はしばらく悩んでいた。
シーザスとヴィランは『真奈美』と言う名前に反応しているように見えた。顔をしかめてじっと麗の顔を見つめていた。
二人の視線に気づいている麗は顔を赤めて慌てて口を開く。

「とっ、とにかく何でもないから! 明日は必ず行くから、じゃあまた……」

『待って』

 携帯を切ろうとした麗の手を、真奈美の鋭い声が止めた。
今までの愛らしい声とは裏腹に、剣のように鋭い声が麗の耳の奥まで響く。
麗は再び携帯を耳に戻す。

『麗、昨日何処か怪我したの?』

「え……」

 はっとして麗は昨夜付けられた首筋の傷に手をそえた。
どうして彼女が自分の怪我のことを知っているのだろうか、次第に疑問が不安へと変わっていった。
さらに真奈美は続ける、

『昨日の夜襲われたんでしょ? 人間じゃない生物に…… そしてそれはまだ麗の近くにいる、違う?』

「ど、どうして……」

 麗の顔は次第に青ざめ、手が震え始めた。
目の前がぼやけている。トクン、トクンと脈を打つ心臓の音が体中に響き渡った。
震えた声で電話越しに聞こえる彼女に語りかけた。
そして意外な答えが真奈美の口から放たれた。

『私もそうだから』

「なっ……」

 彼女の冷たい声が麗の頭の中で何度も何度も繰り返され響き渡る。
自分の友人が吸血鬼? 自分の目の前にいるこの二人と同じ?
麗は携帯を床に落とす。鈍い音が聞こえた。
混乱、不安、そして恐怖の文字が再び麗の脳内を占領する。
そして落ちた携帯から、真奈美の最後の言葉が聞こえてきた。

『麗、学校で待ってるよ。 一緒に遊ぼうか…… 血に塗れながら』

 電話から聞こえてきた言葉がシーザスとヴィランの疑問を確信へと導いた。
シーザスはすばやく立ち上がり足早に玄関へと足を運ぶ。
麗は呆然としたまましばらく黙っていたが、携帯が切れると共に彼女の意識も途切れた。
後ろへと倒れる麗をとっさにヴィランが受け止める、そして彼の視線はシーザスの元へ。

「シーザス、僕も……」

「お前はこの女の面倒を見ていろ。 これ以上お前の血を汚すわけには行かない」

 シーザスはドアに顔を向けたまま言った。
そしてドアノブに手をかけ、押した。鈍い音と共に光が入り込んでくる。
外に出ようと足を踏み出そうとした時、ヴィランの手が彼の腕を掴んだ。

「シーザス、これは僕の血が招いた過ちだ。 だから僕も行く」

「勝手にしろ」

 彼の言葉にヴィランは優しく微笑んだ。
シーザスはこれでも十分ヴィランのことを心配している、麗のこともだ。
これが精一杯の愛情表現なのだとヴィランは知っていた。だから、微笑んだ。
その時、ヴィランの腕の中で麗が目を覚ました。

「真奈美、どうして……」

 麗の声はまだ震えていた。頬には涙が伝っていた。
ヴィランの手を借りて立ち上がる。真奈美がいる場所は麗が通う高校。
三人が外に出た。赤い夕日がその時がまるで血の赤に見えた。
おそらく夕日に照らされているからだろう、シーザスとヴィランが付けている十字架のペンダントが淡く光っていた。

「行くぞ」

 シーザスはそう言って瞳を閉じ、手を前に出す。
すると三人は宙に浮いた。麗は驚いて目を丸くしていた。
ヴィランは麗を見て大丈夫だよと言わんばかりに優しく微笑んだ。

「奴がいる場所まで案内しろ」

「あ、はい」

 麗の教えた道の通りシーザスは動く。
いつも地上から見ている風景と上空から見る風景は全然違う風に思えた。
五分ほどすると、高校が見えてきた。
シーザスはゆっくりと降下する、地上に足がついた時見た風景はまるでそこは戦場に見えた。
血に染まった地面、そこには大量の死体。そして、血に染まった真奈美の姿。

「やっときた、ずっと待ってたんだよ?」

 少女は子供のように微笑んでいた。





+第三章:滅んだ友情


 突然知った、真奈美が吸血鬼だったという真実。
真奈美の言葉で学校に向かった三人。そこに見たものは……
流れる大量の血、倒れる死体。そして、死体の山の中に血に塗れた友人の姿。
彼女は麗の姿に気づくと、子供のように愛らしく微笑んだ。

「やっときた、待ちくたびれてこんなに殺しちゃったよ」

 百メートルほど先に居た真奈美の姿は今は麗の目の前にいる。
彼女は麗の顎に手を添え、麗の漆黒の瞳を見つめる。

「綺麗な瞳…… ふふっ、麗の血美味しそう」

 いつの間にか彼女の指はシーザスにつけられた首筋の傷に当てられていた。
麗は恐怖のあまりその場から動けなくなっていた。
その時、真奈美の頬を鋭い風が通った。
一旦麗から離れた真奈美。彼女の頬からは一筋の血が流れていた。

「彼女から離れてください…… マナミ」

 その時のヴィランの瞳の青は、そこか冷たくそして鋭く光っていた。
先ほどの風はヴィランの手から放たれたものだろう。
彼の手は自分の正面に突き出され、その焦点は真奈美に向かっていた。
真奈美は再び満面の笑みを浮かべた。

「お久しぶりだねヴィラン。 あの時は血を分けてくれてどうもありが…… っと」

「馴れ馴れしくこいつの名前を呼ぶな」

 シーザスの蹴りが真奈美の言葉を止めさせた。
絶えることなく続くシーザスの攻撃に、真奈美は意図も簡単にその身軽な体でかわしていく。
そしてシーザスの攻撃がひと段落着いたときに真奈美はお返しと言わんばかりに強い拳をシーザスの鳩尾に食らわした。

「がっ……」

 声にならない空気がシーザスの口から漏れるとそのまま彼は数十メートル吹っ飛ばされた。
人間とは……女性とは思えない体術に麗は後ろに一歩後ずさる。

「ほんとっ弱いわね、シーザス。 あっ、でもヴィランを傷つけたら本気になるかな?」

 子供のように無邪気な声はシーザスの耳には届いてはいなかった。
真奈美に殴られた場所は赤く染まっている…… 血だ。
そして真奈美はヴィランと麗の方へ向きをかえ、近寄ってきた。
ヴィランは麗をかばうようにして前に立っていた。今、彼は瓦礫の山で気を失っている兄の事が気になっていた。
だが、後ろにいる麗を守らなければ……その思いが彼を動かした。
首にかかっている十字架のペンダントに口付けた。するとペンダントは輝き始めやがて白い剣となった。

『麗、待っててね。 この子達を殺したら次は貴方と遊んであげる』

 麗の頭にそんな声が聞こえてきたかもしれない。
その瞬間ヴィランは真奈美へと刃を振り下ろした。
彼の攻撃をまたもや身軽に交していく。

「あははっ、本当に面白いな貴方たち! そろそろ本気になろうかな?」

 その時の真奈美の声はまるで死神のささやきのように聞こえた。
すると彼女は天に手を上げた。彼女の手の平が太陽によって輝き、そこからは巨大な刃が姿を見せた。
その刀はヴィランの剣より一回りほど大きかった。
自分の体より大きな刀を真奈美は片手で振り下ろす。

「っ!」

 巨大な刀の検圧でヴィランの体は飛ばされ、宙に浮いた。
彼の目の前には刀を構えた真奈美の姿が……そして彼女はヴィランの体に剣を突きつけ、地面に思い切りたたきつけた。
とてつもなく大きな爆発音とともに土煙が舞う。
そして麗の足元には彼の血と思える赤い液体が流れ着いた。
麗は背筋が凍るような寒気がし、その場に跪いた。

「真奈美…… どうして……」

「ははっ、ヴィランもう終わり? まだ生きてるでしょ、だって貴方たち双子は治癒能力が高いからこれ位では死なないよね?」

 真奈美はヴィランの首を掴み、持ち上げた。
ぐったりした様にヴィランは意識を失っていた。腹部にぽっかりと空いた大きな穴は向こうの景色を覗かせていた。
しかし、十秒もしないうちに彼の傷は塞がっていた。
彼の指が微かに動いたように見えた、真奈美の腕を強い力で掴む。

「マナミっ…… もう止めて下さい……」 

「悪いけど、そのお願いは駄目。 貴方の血もう一度飲ませてよ」

 真奈美は久々に笑顔を見せると、ヴィランの首から手を離した。
力なく地面に倒れるヴィラン。そして真奈美は彼の腕を掴み、首元を自分の口へ運ぶ。

続く……

 
2007/11/25(Sun)23:08:10 公開 / 雪乃結晶
■この作品の著作権は雪乃結晶さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
始めまして、雪乃結晶と申します。
一日でも早く皆様に追いつくように頑張ります。どうぞ宜しくお願いします。
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