- 『 今は亡き私は』 作者:狂 / ショート*2 未分類
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全角2421文字
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原稿用紙約8.05枚
幽霊の私と、まだ生きている『私』。同じ『私』なのに、考え方も、全てが違う。同一人物だけれど、違う『私』のすれ違いを書かせていただきました。
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――――――今は亡き私は
日差しが、眩しい。
もうすぐ秋だというのに、まだ気温は30度を超えている。じっとしていても額に汗が浮かびタオルはまだまだ、必需品だ。
人口密度の高いこの町に、立ち止まっている人なんかいない。皆、何か目的があり、いそいそと足を動かしている。
そう。私以外は。
歩道の真ん中で。横断歩道の中心で。もしくは道路の白線の上で、私は立ち止まっている。
誰も私に目を向けない。それは恐らく、私がもうこの世に存在していないからだろう。
けれども私はいる。ほうら、向こう側から友達と笑いながら歩いてくる『私』が。
勿論、あっち側の『私』には此処に立っている私が見えない。見えるはずが無い。
この頃の私は、まだまだ幸せだ。もう少し経てば、私は、私の周りの人達は、哀しみの底に叩き落されるのに。
何も知らない無垢な笑顔。それを見て、此処に居るはずの無い私は少し悔しく思った。
今から未来を変えるなんて出来ない。私は、只傍観する事しか出来ない。自分の最期を、哀れみの眼差しで。
声も聞こえない。何も触れない。誰も私に気が付かない。こんな状況で、一体どうやって運命を変える?
否、運命は変えてはいけない。何せ、もう過ぎてしまった事柄なのだから。
ああ、確かこの後私はそのまま友達と一緒に、最近できた喫茶店へ行く。洒落た雰囲気のおちついた喫茶店だ。
『私』は友達と一緒に奥の窓側の席に行く。そして当たり障りの無い会話をして笑う。
今となってはその時、何が楽しかったのかすら分からない。会話を聞いても笑えない。
それはきっと、『私』に向けられた言葉であって今は亡き『私』に向けられた言葉ではないから。
全くと言っていいほど面白くない会話をして、『私』は家に帰る。そして、その後はテレビでも見るのだろう。
此処に居るはずの無い私が二度目に見るテレビは、全く面白く感じなかった。展開が読めている。
どうしてこの頃の『私』が笑っていたのか、不思議なくらいだ。
『私』が眠りに着くと、暗くなった部屋で私はうろうろと歩き回る。暗くてよく見えないが物にぶつかる事は無い。
何故なら、何にも触れられないから。自分の寝顔を見ながら、なんだかよく分からない感覚に襲われる。
それは苛立ちであったり、悔しさであったり。それでも眺める事しか出来ない自分に、余計腹が立つ。
今の私には、全ての欲求が無い。睡眠欲も、食欲も無い。そして何か、抜け落ちた感覚がある。
それに対し、淋しいのか、どうでもいいのかもわからない。今の身体は、不便だ。
欲求がなくとも、暇なものは暇。なので余り気は乗らなかったが私は、外に出た。ひんやりとした夜の風も感じない。
歩いても、どんな距離を走っても、誰にもぶつかる事は無ければ、疲れることも無い。
疲れないのはとても便利だが、何にも気付かれないのは完全なる私の存在の否定で、少し、淋しく思った。
私は、あの時の服装のままで、靴だけを履いていなかった。それに、ある筈の血痕が無い。
薄いピンクのカーディガンにも、色褪せたジーンズの短パンにも中の白いキャミソールにも。
只、あの時あったことが本当だ、と言うのを証明しているのは履いているはずの靴だった。あの時の衝撃で脱げてしまった靴。
白い靴下も、汚れこそないものの擦れて破れていた。
気付かぬうちに、朝日は昇っていた。
―――――ああ、今日だ。私が一番に思った言葉はこれだった。
『今日、だ』
声に出しても返事など返ってこない。おそらく叫んでも同じだろう。
今日が、私の、『私』の――――――――命日だ。
『私』の何も知らない無垢な笑顔が失われる日。黒い猫が傍らで『にゃぁ』と嘲る様に鳴く日。
母親が声を出して泣く日。父親が肩を震わせて泣く日。友達が絶望的な顔をして泣く日。
私の、意識がぷつりと切れる日。闇に飲み込まれていくような、それでいて手応えの無い、変な感覚に陥る瞬間。
『私』は笑っていた。
私 は哂っていた。
いつもの様に一日が始まる。けれども今日の終わりは、『私』の終わりだ。
この後何が起こるかも知らずに、些細な事で笑っている『私』を少しだけ睨んだ。
そして夜になる。『私』が消える瞬間。黒猫なんかに気を取られている『私』はそこから一歩も動けずに死す。
私はそれを、止めてみようと思った。してはいけない事かもしれないが、変えてみようと思った。
あの黒猫は、私が見えていた。黄色い瞳に、確かに私を映していた。『私』ではなく黒猫は私を見た。
そして私についてきた。『私』はと言うと黒猫の存在に気付かず家に入る。
『私』は生き延びた。
車は確かに来た。本来ならば『私』が撥ねられるのだろう。けれどもそこに立っているのは私。
物に触れる事すらも許されない私が立っている。案の定、車は私を突き抜けた。
その感覚は、何とも言い難い奇妙で不愉快なものだった。
『私』は生き延びた。
私 は消える事となった。
今は亡き私は最期に呟く。
『 』
傍らで黒猫が嘲る様に『にゃぁ』と鳴いた。
+++
目覚ましの音で私は目が覚める。うーんと伸びをして眠い目をこする。何だか今日は頭がぼうっとした。
夢を、見た。
夢に出てくるのは紛れも無い『私』で、黒猫と共に車に轢かれた。しかし、『私』はその場に立っていた。
血など一滴も流れておらず、車をつき抜けたみたいに見えた。
『私』の口がゆっくり動いた。
『 』
けれども私には何と言っているのか聞こえなかった。只、隣の黒猫が『にゃぁ』と可愛らしく鳴いていたのだけが聞こえた。
その後『私』は消えていった。
『私』を生かせば 私 が死す。
私 を生かせば『私』が死す。
『私』の最期に言った言葉。
『私』に最期に言った言葉。
『感謝してよ』
だって私のおかげで、『私』は生きているんだから。
―――――――――了
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2007/10/28(Sun)11:06:18 公開 / 狂
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■作者からのメッセージ
初めまして、狂と申す者です。
短すぎ、というのは重々承知です、申し訳ありません。
この作品は、別の掲示板にも投稿させて頂いたことがあるのですが、その時はまあ、はっきりとしたアドバイスもなく、終わってしまったので、僕の至らない所など、はっきり指摘して欲しいです。
では。
スペース、お借りしました。
いつかは、長編でも書いてみようかな、と思います。