- 『始まる前に終わる』 作者:電子鼠 / お笑い 未分類
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原稿用紙約5.35枚
アヤネにとって、修学旅行は最高のイベントだった。まさかこんなことになろうとは……。
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「楽しかったねぇ……、修学旅行」
「何言っとん」
ド田舎を高速で駆け抜ける東海道新幹線の中、四方八方のクラスメートからツッコミを受けたアヤネは、深くため息をついて視線を落とした。アヤネのやや茶の混じったショートヘヤが、前に垂れて視界を塞いだ。
修学旅行、そう修学旅行である。体力も特に無く、合唱も特に目立つわけでもないアヤネにとって、卒業式の次くらいに大事な行事である。アヤネの通う中学校では、東京へ向かうのが恒例となっている。岐阜県から東京に行くから、金額と時間を考慮して東海道新幹線を利用する。
岐阜といえば、「ギフを知ってますか」「えぇ、まぁ」「じゃあ漢字で書けますか」「えぇ、無理っすわ」という微妙なポディションの岐阜だ。田舎の空気が流れていようとも、実際は「半田舎」とアヤネが称するように、微妙な都市化が進んでいる。
しかし、そんな半田舎であろうと、首都・東京には適わない。古くは江戸、今はTOKYOと呼ばれるように、様々な政治やその他云々が集まる。だから、織田信長の居城があろうとも、鵜飼漁が行われていようとも、合掌造りがあろうとも、外見の立派さには圧倒される。
田舎から見ても、半田舎から見ても、副都心・地方中枢都市から見たって、東京は魅力的なのだ。
修学旅行なのである。
先に断っておくが、アヤネたち一行は東京から帰ってきたわけではなく、今はまだ始まったばかりの初日なのである。新幹線の中は、すでに半田舎から隔絶されたハイテクの世界である。後戻りは出来ないのだ。
例え財布を忘れようとも。
正確には、「失くすといけないから」という田舎人的発想で、持っていく小遣いを二つの財布に分けたのだが、その一つを家に置き忘れるという殺傷能力抜群のミスである。
今アヤネの手元にあるのは、「普通の生活用」のものだ。電車賃や食費がそれに当たる。東京で、確実に消費するお金だけがそこに入っている。最終的に財布は空になる。
家にあるもう一方は、「お土産その他云々用」である。その他の通り、土産物などの私的に使う。致命的に、東京で買うジュースもそこにカウントされている。
岐阜が東京に対して勝っている数少ない事柄の一つ、それが水の美味しさだ。田舎人に言わせれば毒物級の東京の水道水だが、田舎の水はとても美味しい。
缶ジュース抜きで修学旅行を乗り切るのは限界があった。
アヤネは、悲しいことに生活委員、という委員会に所属している。要するに風紀委員なのだが、その活動には「忘れ物なしキャンペーン」も含まれる。
この状況、言うなれば動物愛護団体の人が動物を虐待するに等しいスキャンダルだ。
言い出せなかった。
「終わった……、ああああああ、楽しかったなあああああ」
もはや狂人。今のアヤネの状態は、麻薬を打ったときのポーッとした感じに近い(イメージ)。ただそれと違うのは、今アヤネの脳内を占領しているのが絶望ということだけだった。あははー、あの水の飲むのかあ帰ってくることには体中塩素でいっぱいだねへへへへへへへへ。
アヤネは一度、千葉にある遊園地に行ったことがある。それは小学二年生のときだが、彼女には知識が無かった。のどが渇いた、という感情から、水を飲もう、と考えてしまった。あの消毒済みのプールの水ような味のあれを、だ。彼女はあまりの味におもわず飲み込み、そして数分後腹を壊す。ぐるるぐるる腹から鳴らせながら、彼女の千葉旅行は初日で撃沈した。
彼女にとって、都市の水はトラウマだった。だからこそ、彼女は缶ジュースを買う。それを飲む。そうでもしないと、ヒートアイランドの東京からは逃れられない。ミイラみたいに干からびて(誇張)死ぬのがオチだ。彼女の修学旅行は、恐らく初日で撃沈する。
昔の悲劇を思い出して、プライドと水分欲求の天秤が揺らいだ。
借りよう……、一人だけに言やあ、広まることも無いやろ……。
アヤネは意を決して、隣でチップスを摘んでいる友人の肩を叩く。
「ん? 何や、アヤネン」
……、……。
「て、ゆぅ事なんやて……、スマン! 旅行終わったら絶対返すから、千円だけでも貸して!」
まるで神に懇願するように、額を友人の胸に押し付けて小さく叫んだ。どうした? どうした? と周りから声が上がる中、友人はそりゃアンタ……、と声を漏らす。非常事態と解して、耳打ちする。
修学旅行は始まったばかりであった。
「スペアの財布は荷物と一緒に東京に送ったやらぁ? 入れ忘れたん……?」
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2007/10/04(Thu)16:01:50 公開 / 電子鼠
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■作者からのメッセージ
なんか言い訳がましいですが、エンタメ系小説の試験運用です。
どうでしょうか……?