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『これが私の唯一理解できないデータ。』 作者:瀰襌 / 未分類 未分類
全角5253文字
容量10506 bytes
原稿用紙約16.55枚

 誰が、何故、何の為に、いつ、何処で……私をその体内と血で創り出したのだろうか。

 そもそも、何の為に創り出したのか。

 人は神に創られ、人は人を創る。当たり前な出来事でさえ、創られていた。


 まだ天に神がいたとされる古きよき時代を受け継ぐ日本。ゆえに上下関係が激しく根付いている。
早々によき時代を築き上げようと政治家は言う。それもまた口だけの綺麗事。
何故、何の為に人は人を愛し作り出される体内で形を作り上げて、今は形として外に生れ落ちたのか。
私は何の為にこの世に生まれたのか。
ねえ、なんで? 何で私は生まれたの?
生まれてくる必要が何処にあったのだろう。

ピンポーン。
「すみませーん。ここに置いておきますねー」

 当たり前に来る朝という陽に照らされて、暗くなった瞼の隙間から少しずつ光を吸い込んで当たり前のように目から涙が少し零れた。
別にやりたくてやっているわけでもないのに、自然と大きな口が開いて深く息を吸い込んだら吐き出す。
そして知らない家の知らない天井を今日もまた見上げて、ただそこにあったベッドから起き上がり知らない家のインターホンの音に起こされる上にこんな言葉をかけられる。

「失礼しましたー」
バタン、……パタパタ

 私はインプットされた情報のみ実行に移すロボット。だからまず最初は見慣れない洗面所の中まで歩く。
 歩いた次に何をするか指令どおりに私は洗面台の前で蛇口をひねったら一度に出てくる水。それを暫く眺めて脳内にインプットされた総てのリストの中から流れる水の間に手を入れる事と、そこから適量に掬い上げて両手の平で小さな器を用意する事を引き出す。
それが脳から体全身を伝って、張り巡らされたからだの中の連絡網が総てを正確に伝える事を数秒で終わらす事が出来る高度な技術で造り出された機械(ロボット)。
両手の平で掬い上げた水を顔に被せたら濡れた顔の傍に掛かってるタオルを引き出して、それで顔を拭き上げる。
拭き上げたら、次に何をしよう。そうだ、ここから出よう。
私は洗面所を出て、玄関というところに移動する。

「……おはようございます」
 知らない家の玄関前にはリビングが広がる。そに待っていたのは少しふけて無駄に寄せたばかりの皺が浮き出てる上に酔い潰れている知らない家の小母さんがリビングの椅子に腰掛けて体を卓上に突っ伏していた。
皺と皺をあわせて幸せなんていうけど、どうやらこの人が持ってる皺をいくら合わせても幸せは今年も来なさそうだ。
何故、この人が私の親という人なのか。

 何の理由で私は無駄にアフロ毛がモサモサしてて手入れなんて週一回か二回やるかやらないか位に放置して、何故と問えば金が勿体無いから節約の第一歩だというくせに自分は友達と旅行だのお泊りだので、それにお金をつぎ込んでいる小母さんのところに居るのか。
全く持って謎である。
やる事なす事、それこそ無駄だと思う。この人は変な所でケチる面倒臭がりで、しかも口煩い大阪のオバちゃん。
なのに私は何故、この家に居るのだろうか。居る必要が在るのか?
普段はろくに帰ってこないくせに、たまに帰ってきたかと思えば酔い潰れて帰ってくる。

「……酒ェー……女ァー…」
 今日が丁度、その酔い潰れて帰ってきた日。酔い潰れた小母さんの姿を眺めていると厭きれてものもいえない。何故、この人が私の親という人なのか……。
本当に理解できない。
しかも、女って……お前は異性か?
私のデータの中には一切、語られていない人材。
それは未だかつて謎に包まれている詳細不明な情報なのだ。


 【 これが私の唯一理解出来ないデータ。 】

「つまみはねぇかあー……」
「ありません」

私には親という存在が居ない。
だけど実際は居るそうだ。心の中に。
事実、目の前で昨夜から呑んだ暮れで倒れている親という存在が居る。
実際にはその残像がリビングの椅子に残って目に映るだけ。
けれど、それは私の脳内には無い。
簡単に脳内をリセット。
デリート(消した)からには私の中に親という実体が居ないのだ。
養子に似せたサイボーグ?
もしかしたら、そうなのかもしれない。

「つまみと酒エー……ぐらまあなネエちゃん呼んで来ーい……」
「無理です。ていうか半径二メートル以内に近寄るな、酒臭い」
 私は呆れながらも目先の人物を視界に入れて、このようにコミュニケーションを何の疑いなく取ってしまう。意識せずとも視界の中に小母という存在が、すんなりと私の中に入ってしまうなんて性質の悪いウィルスに過ぎない。
「……世界はめつー……さーん、にーい……いーち…!」
「……!」
 ウィルスはやがてコンピュータの中に侵入してくる。隙あらばデータやメモリーの隙間に深く浸透して行き悪事を拡大させる。
そして今まさに新型のウィルスが私に向かって、押し倒すという攻撃を仕掛けてきた。
一瞬にして天と地が逆転し見知らぬ家の天井を見上げる事になる。
「どっかーん」
「……っ」
 とは言うものの、小母が酔いつぶれた勢いで私を押し倒し私の上に四つん這いになって跨ぎだしただけの事。
こんな事は日常茶飯事で、今となっては驚く事さえなくなった。
これが小母だったからまだしも異性ならば今頃、私の必殺技で亡き者にしていただろう。

 酔いが深くなってきたのか小母は徐に自分の上着を脱ぎだした。そして上半身真っ裸で覆い被さるように身を伏せ始めて私の顔がある丁度真横に顔を近寄らせて仕舞いには頬刷りまでし始める酒臭い体臭と悪臭の強い息を持ち合わせた小母さん。
「………」
「おつまみ、はっけーん」
「……酒臭い」
 酔いに酔いが重なって気分も乗ってきたのだろう。小母は子供のように満面の笑みで無邪気に微笑みかけながら嬉しそうに言う。
無論、今の小母に何を言っても無駄だ。それどころか後数秒足らずで私は人生の半分をデリーとさせられるという運命が待っている。その証拠に私を見る小母の眼はまるでケダモノ同然で万年発情期という言葉の通りいつでもヤれるという真っ直ぐな眼をしていた。
しかも今の彼女の脳内からは最初に言っていたお菓子のおつまみが、いつの間にか生きた生身のおつまみになってしまったらしい。つまり襲われる方の相手そのものをさす。
「……ねえ、……全部、食べちゃ駄目? ねえ…」
「………」
 知らない家の小母さんは酔いが深くなると変態になる。そんな変態を毎日のように相手しているのも、この私である。変態と化した小母さんは服の上から身体のラインをなぞる様に指で線を描き始めた。
「上のお口はー…厭きちゃったからあー……」
「死ね、糞ったれエーッ!」
視線を下半身に向け始めたところを見て必殺・鯉の坂登。という名の膝蹴り。
 世の中には性質の悪い酔っ払いが夜の通勤ラッシュや暗い夜道に絡んでくるという。だからいつでも瞬時に対応出来る様に私の中に備えられている。というより生まれつき得意とする空手で黒帯を所持しており、なおかつ全国大会に出場している私の身体に媚びれついている生きていくための術なのだ。
下半身に近づき始めた小母さんの顔面を勢いよく膝で蹴り上げた。
一発では済まず、二発、三発……。

こんな事が当たり前のように続いている。
いつしか本当に犯される日もそう遠くはない。

 *

 知らない家の小母さんが私の上に跨り始めるなど今に始まった事ではない。酔いが醒めるまでの辛抱だ、自分に毎朝同じ事を言い聞かしている。でも、そうやって言い聞かしている自分に腹を立てた。
惨めに思えてきたから、そんな自分が嫌だったから。
なんとか必殺技で気絶させたばかりの小母さんをリビングの椅子に再び座らせて、私は一息つく。

目眩もするほどの長く苦しい戦いだった。
結局、百十一発は軽く腹に食らわせた。

慣れてしまうという行為はなんて恐ろしいんだろう。
ニンゲンは恐ろしい生き物だ。


そして夕飯時。
未だにリビングで酔いつぶれて寝ている小母さんを横目に、私は夕飯の支度をしていた。
何故、やらなければならないのか。
疑問を持つ事さえ、無くなってしまった。
疑問を持たなくなった事に疑問を持ち、本来の疑問とはかけ離れていく。

そんな矛盾に苦しむ心が一つ。
いや、ロボットに心は無い。
だって普通に考えて、身体の中は鉄の部品だらけだもの。
部品だらけの身体は勝手に動く。
考える事もあまりなくて、ただぼんやりとしていた。
考えることさえ無駄な気がしてきたから、このときだけは考えない。

「……っ。……」
 突然、灰色と銀色が混じった身体の中に赤いものが混じった。

 錆付いた右腕から零れ落ちる紅い液状のものがゆっくりと下に向かって垂れ落ちているのが眼に映る。
つまり、それは脈の辺りを斬った傷口から鉄分を含む血液が出血しているのだ。
 これはロボットには本来有るまじき物とされており、古くから血液をもつとされる生身の人間の中に含まれる遺伝子というものが組み込まれているものだそうだ。だけど私はいつそんな愚かな人間の肉体など望んだのか。
望んでいないのに、この液体は私の腕の中から確かに滲み出てくる。

ロボットは高度な技術で授かった身を嫌がった。
代わりに人間と同じように生きてみたいと願った。
だけど、その願いは誰も適えてくれなくて……。
悔しいけど、今日も親という存在にあれしなさい、これしなさいの命令が随時行われた。

家政婦の様なロボット。
お手伝いをするロボット。

私はそれだけのことでしかない。
未だに止まる事を知らずに赤い線を描いて落ちていく血筋を眺めながら私は思った。

そうだ、楽になろう。
ニンゲンというものは鉄分を減らす事により力が入らなくなり駄目になるという。

楽になれるかもしれない。
人間に近いようでロボットの様なニンゲンの辞書に不可能という文字は無い。
こんな生活もう嫌だ。
こんな自由の無い生活なんてダイキライだ。
死んでしまえ。

 *

 どうせ生きてる意味が無いのなら死んだほうがマシだし、私が機械ならネジが外れて狂い果てて壊れたほうがマシだ。
そう思って、見知らぬ家の戸棚からカッターを持ち出して試しに腕を切ってみた。
勿論、高度な技術で作られた身体は外見も人間と肉体の質感も歩く事さえ同じに出来ているから苦しむ感情や怒る感情、泣く感情に死んでみたい感情の総てを持っている。
死んだら、この先どうしよう。
先のことのデータはまだ不足だ。
よく言われる「天国、地獄、大地獄」、この三つが本当にあるのなら確かめてみたい。
そうしたら今まで分からなかったデータも手に入るのかもしれない。
私は高度の技術が施されたロボット。
1989年2月1日に人という人口の機械の中で生まれたのだけれど他人は私の事を「アイちゃん」と呼ぶ。
ウルシバラアイ。
そう名づけられたのが、この私。
本当の名前から定かではない。名づけたのが本当の産みの親なのかも知らない。
ただ、ウルシバラアイは私の本名という名に存在した。
小母ちゃんが言うには「漆原愛」と漢字では書くらしい。……試しに今度、書いてみるか。

 でも、本当の親が居るのかさえ私のデータには無い。あるのは大阪の腐れ小母ちゃんが傍に年中無休、目覚めてから一生、永久といえるくらい長く私の傍にいる。
本当の親でもないのに何故、この人は私の傍にいるのだろう。
それが分かれば今頃こんな感覚で物事を見たりしないはずなのに分からないから私の頭の中のメモリー(思い出)やデータ(記憶)に残らないんだ。
 今度はしっかりメモリーを残そう。私の中に詰まった何万冊というファイル(感覚)やクリップ(感情)の中に古い情報は捨てて、また新たに付け加えよう。
何処からともなく現れる町中のデータやファイルをインストールだ。

願わくば、今夜。
今夜辺りにでも、小母という存在が残らない新しいデータをインストールしよう。

 そして、今宵。まあるい黄金色の満月が黒い闇の中で微笑んでいる真下で賑わう大阪の町。夜空に散らばる星空なんて脇役にすぎない。
町の一角では飲もう飲もうで騒ぎ狂う食い倒れのオジサンやサラリーマンの群れで連なる。
その中に馴染むように私の小母んも飲もう飲もうで大賑わいだ。

大阪に静かな夜なんてあるわけが無い。
あったら天変地異の前触れか、もしくは停電か。

私の中の充電はレンジで3分サ●ウのご飯。
ご近所の醒めた夫婦の間に告げるのは覚めた白い米と冷めた豆腐という白い食卓。
小母んは今宵も酒を選び、ついでに友人と旅行だそうだ。
既に家庭は愚か、蝕まれていく環境。
腐りかけの蜜柑のように小母の善意も腐っていくのでございます。ああ、残念無念。
今宵もまた私は、一人で充電をしなければならないなんて、他の人とは違う。

何故、私だけ違うの?
私だけが特殊だからなのか、それとも違うのか。
なんにしたって同じ扱いはしてくれない。
全くもって理解出来ないデータ。

他とは違う。
これが私の唯一理解できないデータ。
2007/10/03(Wed)21:32:34 公開 / 瀰襌
■この作品の著作権は瀰襌さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
この程度のものしか作れませんが、徐々に付け加えていくつもりです。
書き直しておりますが現段階で指摘などありましたら、是非お願いしたいと思っています。
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