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『ピエロ』 作者:風間新輝 / ショート*2 童話
全角2998文字
容量5996 bytes
原稿用紙約8.7枚
大人向けの童話。世界の片隅でこんなことがあるのかもしれない。
 ――さぁ、劇の幕開けです。しばしの間、ごゆるりとお楽しみくださいませ。

 ここは捨てられた物たちの集まる街、モラトリアム。なにもかもがどこかに傷をもち、どこか悲しくゆがんでいます。それでもこの街で物たちは傷を抱えて生きています。
 心に刻まれた傷を癒すためにほかの物と触れ合い新たな暮らしをする物たちもいます。その暮らしがかぎりあるものであってもです。

 そんな街のはずれにスクラップと呼ばれる場所があります。ひどくさびれていて、物たちでいっぱいの絶望に暮れる場所。
 自分の傷を持ち続け、モラトリアムへと向かうことができない物たちはそこに留まるのです。スクラップの中心には大きな山があります。その山は物たちで出来上がったものです。
 ほら、また今も青い空から山へと新しく物たちが降ってきています。その数は数えることなど到底できそうにありません。
ここから立ち上がりモラトリアムへと向かう物たちはせっせと山からはい出しています。この世界はすべてここから始まるのです。
 その中にピエロがいました。マリオネットの彼は今振ってきたばかりなので何もわかりません。彼の派手な衣装は汚れ、もとの色がわからなくなっています。片目はほつれて今にも最後の糸が切れて取れてしまいそうです。背中に結びついていたはずの糸は切れて彼の手足にからまってしまっています。これでは彼は動くこともできません。背中に木製の十字架を重そうに背負い、肩を落としています。
 ――あぁ、ここはどこなのだろう。なぜ僕はこんなところにいるんだろう。あの頃は楽しかったな。いつもみんな笑顔だった。
 彼の胸に浮かぶのは見知らぬ場所に落とされた不安や恐怖と楽しかった日々の愛しさだけです。
 動かない手足を動かそうとしては諦め、また考え込んでしまいます。でも、彼はピエロです。そんなくよくよもしていられません。まだなんとか動く首を回し、きょろきょろとあたりを見渡します。やっぱりそこにあるのは物たちです。動ける物は移動していなくなってしまって、彼には声をかけることができません。また一つまた一つと離れていきます。物たちの顔は悲しげで、彼にはそれが辛いのです。
 ――あぁ、僕の手足が動けば、皆を笑わせてあげるのに。
 すっかりいなくなった物たち。それでもそこから動かないものもいます。すぐ近くに小さなクマのぬいぐるみがいました。元はクリーム色だったのでしょうが、いまではよごれたり色が落ちたりして本当のクマのような色になってしまっています。
「ねぇ、君はここからいなくならないの?」
 ピエロは話しかけます。
「もういいんだよ。これ以上動きたくもないし、考えたくもない」
 切なそうな瞳を見て、ピエロは悲しくなります。
「ねぇ、僕に絡まった糸を解いてくれない?」
「いいよ」
 クマは悲しそうなまま、綿のはみ出した手で一生懸命にピエロの糸を解こうとします。それでもきつくからまった糸はなかなか解けてくれそうにありません。
「これが限界だよ」
「うん。ありがとう。これで十分」
 ピエロはお礼だよとおどけて頭を一度下げ、踊りはじめます。
 解けた訳ではないので、その踊りはぎこちなく、とても幼稚なものでした。
 それでもがんばって踊っているピエロを見て、クマは楽しそうに笑います。ぎこちなさが滑稽だったのか。それともがんばりに打たれたのか。それはわかりませんが、クマは本当によく笑いました。
 ピエロはそれを見て、とても満足そうにさらに踊ります。
「ピエロくん、ありがとう。久しぶりに大笑いできたよ」
 そう言ってからクマは身の上をぽつりぽつりと話し始めました。
 クマは生まれてからずっと一人で小さなおもちゃ屋に並んでいたのです。それを可愛らしい少女がママにおねだりして、引き取られていきました。初めて家族ができたのです。でも、幸せな生活は短く、少女はすぐにクマのことを飽きてしまったのです。始めは大切そうになでたり一緒に寝たりしていたのに、最後には手を持って振り回したり投げたりと、とても乱暴に扱いました。それでクマの肩はちぎれそうになり、綿がはみ出してしまったのだそうです。
 ピエロはその話を聞いて、とても悲しくなりました。自分も似たような境遇だからです。ピエロはついつい泣きそうになってしまいます。
「君は泣いちゃだめだよ。ピエロなんだもん。笑わせるのが仕事だよ。それに僕はね、肩がちぎれそうになったときに悲しそうな顔をしてくれただけで満足なんだ。あの子といたときはとても楽しかったしね」
「うん。泣いたりしないよ」
 ピエロは大きくうなずき、笑います。それを見て、クマもにっこりとほほえみます。
「あぁ、なんか久しぶりに笑ったからかな。疲れちゃったよ」
 クマがそう言って、ピエロは気づきました。もうあたりは真っ暗です。
「もう夜だもんね。おやすみ」
 クマからの返事はありませんでした。ひどく疲れてもう眠ってしまったのでしょうか。

 次の日のことです。ピエロがクマにいくら話しかけても返事がありません。肩をゆすっても反応がありません。そう、限られた時間が過ぎてしまったのです。ピエロにもそれがわかりました。でも、ピエロは泣きませんでした。そう約束したからです。それでも悲しいので、ぼんやりとしていました。
 ピエロは笑わせるのが仕事。そのクマの言葉を思い出し、彼はまた誰かと関わろうと思いました。まだ残っている物がいました。可愛らしい服を着たフランス人形です。もちろん捨てられた物なので汚れてはいます。それでもその人形は可愛くて上品でした。
 ピエロは重たい十字架を背負ったまま、這うようにして人形に近づいていきます。
「ねぇ、君はどうしてここから動かないの?」
 人形からの返事はありません。ただじっとそのままの姿勢で上品に座っています。
「返事くらいしてよ」
 ピエロはそれでも話しかけます。
 ――シャイなのかな。でも、一人じゃ寂しいもんな。
「そうだ。僕の踊りを見てよ」
 ピエロはクマのときのようにがんばって踊ります。それでも、人形はまったく反応しません。
 ――もうやめようかな。
 ピエロは踊りながらそんなことを考えます。でも、クマの言葉を思いだして懸命に踊り続けます。
 太陽が一番高く上がったとき、昨日のように物たちがたくさん降ってきました。ピエロの上にも物たちが積みあがってピエロは思うように身動きも取れなくなりました。
 それでもまだにっこりと笑顔のまま、踊ろうとします。狭くなって重たくてさらにぎこちなくなってもピエロは踊ります。
そしてやっぱり人形は反応しません。
 人形にはもう魂が抜けてしまっているのです。
 でも、ピエロは気づかずに踊り続けます。
 また、物たちがモラトリアムに移って行ってもピエロは踊りつづけます。もう腕も足も思うように動かなくなっています。それでも笑わせようと踊ります。

 ――この劇はこれで終わり。終幕です。それでも、きっとピエロは舞台の上で踊っているのでしょう。でも、それが真実かはわかりません。ピエロの時間がなくなって終わるのかもしれません。もしかしたら、人形に魂が抜けていることに気づいているかもしれません。人形に魂が戻るのかもしれません。それは誰にもわからない。この世界で何が起こるかなんて誰にもわからないのですから。
2007/09/19(Wed)22:54:23 公開 / 風間新輝
■この作品の著作権は風間新輝さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
童話のような話ははじめてでこんな感じでいいのか気になります。

話も終幕を濁す感じなので、物足りない人もいるかもしれません。でも、こんな感じの終わりが好きなので書いてみました。

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