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『墓参りと悪魔君。』 作者:哲也 / ショート*2 ファンタジー
全角5263文字
容量10526 bytes
原稿用紙約15.8枚
世間に嫌気が差して、ついつい悪魔と契約した若者の話。
それはある夏だった。どう考えても夏だった──

 僕は誰かの運転する車の中で、誰かに体を揺すられて目を覚ました。次に掛けられた言葉で、僕は自分の状況を把握する。
「ほら達也、起きなさい。もう墓地よ」
「……ああ、分かったよ母さん」
そうだった。今日はちょうど盆休み。墓参りに行こうと言い出したのは誰だったか……まあいいか。何にせよ、僕は行きたくもなかった。別に体調が悪いとか、家族と一緒に行動するのが嫌だとかそういうことじゃないんだ。

 今日はいつもより混んでいないようで、できるだけ自分の家の墓の前に車を止める事ができた。母から手渡された数珠を右手に持ち、花を差しているのを見ながら僕は思う。
こんなのは無意味だ。無粋だ。この数珠だってどう見ても安物。なぜ珠が一○八個ないのか。これでは先祖に失礼だと思う。いや、そもそもなぜ先祖に祈る必要がある?宗教的な理由は母から聞かされていたかもしれないが、そんなものはどうだっていい。魂を鎮める為だと?馬鹿馬鹿しい。去年も今年も、何もうちの家族に災害なんかなかったし、全員至って健康だった。

 となると、もはやこれは世間体を気にしている為でしかない。「世間の常識だから」を言い訳に、ろくに考えもせずに行動している。僕の手の中にある、形式だけの数珠のようなもの。もういい、沢山だ。こんなもの、壊してしまえないだろうか。
 その時、嫌な感覚が全身を支配した。頭痛、吐き気。なぜいきなり?自分の体の変化に戸惑う中で、僕は声を聞いた。
「──しいか?」
「……あ?」
「──が欲しいか?」
 身の毛がよだつ様な声。だがそれは好意的なものであり、自分に向けられていると分かる。何を言おうとしている?それを聞き取ろうとするが、先ほどからの苦痛で全身の力が抜けていく。だがやがて、痛みよりも怒りが自分を支配した。この声は何なのか?なぜ自分に話しかけるのか?思わずイライラして、声が出てしまった。
「何なんだ、お前は──」
「我らはお前、お前は我ら。我らは虚無、虚無は我ら──」
 話にならない。もうこいつの話に耳を傾ける必要もないだろう。そう思った次の瞬間、僕の運命を変える一言が、こいつから放たれた。
「世界を変える、力が欲しいか?」
「な、何……?」
「お前は先ほど、世界を壊し、変える力を望んだ。ならば私はお前に力を与えよう。代償と共に」
「力……」
 信じられない。これは夢か?だが山の向こうに消えようとしている夕日はとても眩しく、先ほどの苦痛も夢とは思えない。ならば、この問いも現実なのか。力を与える?馬鹿にしているのだろうか。それに代償というのも気がかりだ。どの程度のものなのか?
「急げ、時間がない……」
 先ほどの声がやや小さく、薄らいで聞こえる。恐らく、こんな機会は二度とないだろう。どうするのか?自分自身に問いかけ、出した答えは。
「いいだろう、面白い!その力、貰い受ける!」
「よかろう、若き人よ。我らは力を求める。我らは血を求める。我らは有を覆す。我らは悪魔なり──」
「……悪魔?」
 そうか、こいつは悪魔だったのか。正体が分かった時、多少は安堵した。悪魔と契約したものは……どうなるんだったか?神話を思い出せない。いや、思い出す必要はないのか。これから身をもって知るのだから。その間にも悪魔の詠唱は続く。
「お前は力を求めるか?」「はい」
「己の身を犠牲にし、不条理を覆し、世界を変える、その覚悟があるか?」「はい」
「ならば我らは差し出そう、力と、その痛みを──」
 突如、全身の痛みが引いた。頭痛や吐き気はもうない。その間に家族は墓参りを済ませたらしい。家族は何ともなかっただろうか?
「どうしたの?早く帰るわよ」
「……ああ、母さん」
あの声も、僕の声も聞こえなかったのか。まあ、そうだろう。

 あれは、やはり夢だったのか?そうかもしれない。悪魔など、存在する訳がないのだ。いや、だが。そうだ、「存在しない」とは世間がそう決めているだけ。もしかしたらいるかもしれないじゃないか?自分が愚かしく思えた。世間を否定しておきながら、自分の事になると「常識」を盾にする。そうだ、悪魔は確かに存在した。僕の目の前に。それは絶対に、悪魔だった。そう確信はしたものの、あの悪魔が言っていた力や代償は一向に現れる気配がなかった。まあ気長に待つか、と思い、ベッドで一眠りしようとした所で、世界は唐突に変化した。
月が、赤い。まるで、あの時の夕日のように。
「な、何だあれは!」
その時、僕は確かに驚愕した。だが、それについてゆっくり考える暇は無かった。
 その月を見た瞬間、僕の意識はブラックアウトしたから。



 俺はジャスト午前零時なのを確認して、家を飛び出る。左手には金属バット。俺は左利きだ。というか、そっちの方が人と違うからいい。さて、今日はこの金属バットを使って、ちょっと解体作業してきます。向かう先はあの墓地。さて、現在は静まり返った道路を時速100km程度で走行中。うーん、風を切って走るって気持ちいい。あー、ようやく見えてきた。もう20分は走ったかな?来る時は寝てたから距離はよく知らなかった。

 さて、と。俺はのんびりとバットを構えると、うちの墓石を、思いっきりフルスイング。んー、久々のいい当たり。ありゃ野球場ならセンターヒットくらいかな。お、お隣さんの墓石ならホームランも狙えるんじゃない?えーと、近所の野球場だと、スタンドまで百八Mだっけ。打ち上げたらいけそうかなー。斜め上にフルスイング、ああよく飛んだ。おー、誰かさんの家に直撃じゃん!あれ絶対ホームラン!オーケー、どんどん行こう!
「いやっほー!」
 打ち続ける間に楽しくなって、思わず声が出た。やべえ、マジで楽しい。夜風が火照った体を冷やしてくれる。もうあらかた打ち尽くしたかな?んじゃ、後始末でもしますか。まだ形が残ってる墓石、あった。名前は……戸、賀かな?んじゃー、ちょっと失礼して。頭上からの兜割り。いいね、完璧に砕けた。手に返ってくる衝撃が今は心地いい。俺すんげー生きてる心地がする!
 さて、そろそろ帰ろうかな……っと、誰か来た?
「ん……? き、君! 何やってるんだ!?」
「ああ、お巡りさん今晩は、風が涼しいですね?」
「君がやってるのは犯罪なんだぞ! 分かっているのか!?」
「分かっているのかって……あはは、はははははは!」
「な、何だっていうんだ…… ?くそ、署に連絡を……」
「おじさん楽しい人だねー! ははっ、はははは!社会のルールか、面白い!」
「精神障害者か……? とりあえず取り押さえて……」
「ははっ、俺が精神障害者か! 最高だよ、お前は!」
 さて、ラストイニングといきますか。バットを構えて一気に飛び出す。おっと、お巡りさんそこに落ちてる鉄パイプはちょっと痛いんじゃないですか?!
「大人しく……してくれっ!!」
そう叫びながらお巡りさんがフルスイングした鉄パイプは、俺の右腕に直撃した。うおー、痛えなこれ。思わずバットを放す。それを見て安心したお巡りさん。だけどね、これだけじゃ面白くないよね?
「ごめんね、お巡りさん。俺、左利きなんだ」
俺はそう教えてやりながら、左手に力を込める。血管が千切れそうなほどの、筋肉の膨張、骨格の変化。焼け付くような痛み。だがそれが俺が生きている事を告げる。
「な、何だ君は……!」
「俺か? 俺は──」
一息で間合いを詰め、その右腕をお巡りさんの頭に向かって振り下ろしながら答える。
「俺は、悪魔だ」
俺の右腕は、お巡りさんの頭を粉砕した。殉職で2階級昇進って、今もあるのかな?とりあえず敬礼。さて、後片付けでもしようかな。餌の匂いを嗅ぎ付け、蠢きだした右腕の中の悪魔くん達。さあて、ご飯の時間だよ。



 僕は飛び起きた。全身が汗まみれだ。そうだ、昨日僕は赤い月を見たら倒れて……その後どうしたんだ?なぜベッドの上で寝ている?しかも、寝ていたはずなのに全身の疲労感が取れていない。嫌な感覚が全身を支配している。あの時と同じだ。なぜか、ものすごく嫌な予感がする。とりあえずシャワーを浴びて汗を流すか。
 その時、うちのドアをノックする音が聞こえた。本当は無視していたいが、家族は誰も起きていないようで、仕方がなく僕が出て行く。
 ドアを開けた先に待っていたのは、数人の見知らぬ男達。その一番先頭の厳つい顔の男が、手帳を見せながらこう言った。
「警察の者ですが、隆谷達也さんですか?」
「……はい、そうですが」

「あなたに、殺人の容疑がかかっています」
「……はい?」
「昨夜1時頃、あなたは○○墓地の墓石を全て壊した。跡形もない程に、ね。さらにその現場を目撃した警官1名を殺害。どちらの犯行にも使われたと思われる金属製のバットが現場付近に落ちていました。そのバットにあなたの名前が」
「な、何で僕が……」
「まあ落ち着いてください。詳しい話は署の方でお願いします。車に乗って頂けますね?」
 有無を言わせぬ口調。そのまま僕は腕を引っ張られ、車の中へ押し込められた。ようやく母が起き出したが、僕が警察に連行されていく姿を見て言葉を失っていたようだった。

 一体僕が何をしたって?昨日の夜は月を見て意識を失ったはずだ。なぜ僕が、そんな事はありえない――
 そうして出てきた答えは一つ。悪魔の仕業、それしかない。邪魔な物を押し退け、自分の欲求を満足させるための力。だがそれには代償が付きまとう。この後は事情聴取を受けるだろうが、どうあっても僕は犯人確定だろう。痛みとはこれなのか?人から殺人鬼、異常者と蔑まれるだろう。社会の不適合者として、惨めな生活を送る事になるかもしれない。そうした精神的な痛み。力と心、対であり背中合わせ。もう僕はまともな人間に戻る事はできなくなった。そう、つまりこういう事だ。

 この瞬間、僕は人間をやめた――



一週間後

 先日の未成年による警官殺害事件を担当した芦屋昇は頭を抱えていた。どう考えてもこの事件には奇怪な点が多すぎる。衝動的な犯行ではないかもしれない。だが、これ以上調べる余裕があるのか……そんな事を考えていた昇に、部下がコーヒーを差し入れに来た。丁度いいと思い、昇はその部下に話しかける。
「なあ、先週のこの事件だが」
「ああ、16歳の少年が墓石を壊しまくったあげく警官を殺害したんでしたっけ?恐ろしい世の中になったもんですね」
「ああ、だがそれだけじゃない。この事件はおかしすぎる」
「何かあったんですか?その少年に余罪はないようですが」
 昇は一度立ち上がり、長時間同じ姿勢でいたため凝ってしまった腰を伸ばすと、椅子に深く腰掛けて話を始めた。
「まずは、少年がどうやってその墓地まで向かったか、だ。彼は自分のバイクなんか持っちゃいない。それに自転車じゃあ遠すぎる。少年は特に体を鍛えている訳でもないようだし」
「親の車を盗んだとか?」
「家宅捜索の時にそれを聞いたが、両親の寝室はガレージのすぐ傍に位置しているようだし、車を盗もうとするなら音で起きるだろう、との事だ」
「ふむ、奇怪ですねえ」
「さらに……少年の自宅がある地域から墓地までの道を、奇妙なものが高速で走っていたそうだ。サルの様な姿をして、右腕のあたりに金属のような光るものを持った生物がな。つまり……」
「――少年が走ってその墓地まで行ったと言うんですか?さすがにありえないでしょう、不可能だ」
「まあな。俺も信じられんよ、だがそう考えないと犯行は不可能だ。さらにもう一つ奇怪な点がある」
「まだあるんですか……」
 部下は慄きながらも話を聞き続ける。
「その殉職した警官、戸賀巡査だったか?彼の頭が鈍器で砕かれたのは現場の状況なんかで分かっている。問題はその警官の体だ」
「カラスに啄ばまれていたとか……いや、この程度でも十分きついですが」
「いや、残念な事にもっと恐ろしいものだった。体のあちこちに、肉食獣に噛み千切られたような跡があるんだよ」
「……それはまた惨い。もしかして犯人が、って言うだけでも恐ろしいです」
「犯人ではないようでな。骨まで持っていかれてる。人間の顎じゃ人並みの大きさの骨は噛み砕けない。それでも無理にやろうとすれば自分の顎も砕ける。分かるか?警官は殉職してから俺達が見つけるまでの間に、何か強靭な顎を持った化け物に食われた、と説明しておこうか」
「悪い夢みたいだ。あの犯人はやっぱり異常ですね」
「もはやあれは異常の一言で片付けられんよ。そうだな、例えるなら悪魔か――」
 その時、昇の所属する捜査2科の扉が開いた。その扉を開けた者を見ると同時に、昇は命の危機と恐怖を、本能的に感じ取ってしまった。
「ピンポーン、大正解。刑事さんってばすごいねー。まあ、仕掛けが分かったマジックは面白くないからね。二人とも、」
 昇は、死ぬ間際に狩人が残した言葉を聞いた。

「美味しく、いただきます」

2007/08/31(Fri)19:26:55 公開 / 哲也
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■作者からのメッセージ
初めまして、哲也といいます。この掲示板は初めての投稿で、分からない事だらけです。
この作品は2,3年前に書いたもので、当時は練習不足という事もあって、誤字脱字だらけだし描写は下手だし散々でした。一応修正しましたが、まだまだ誤字脱字や描写のおかしい所がありましたらご指摘ください。
暇を見て追記します。
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