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『散りゆく世界の果てで』 作者:家内 / リアル・現代 ファンタジー
全角12071文字
容量24142 bytes
原稿用紙約39.1枚
 桜海・嵐(おうみ・あらし)は火事で記憶を失い、桜に囲まれた綺麗な駐車場の見下ろせる病室で目を覚ました。そこで成仏したいが未練の内容を思い出せない幽霊・ユウに憑依される。 二人は互いの事をどこか他人と思えず、それぞれの為に失った世界を探す事にするが――
    
――序章――

 燃え盛る炎の中。
 灰と化して舞い散っていく本の山。
 その灰を、涙を流し嗚咽を漏らしながらかき集める少女。その度に少女の全身は、その色合いを薄めていく。それでも少女はむせび泣きながら、灰をかき集め続ける。
 それを終えると――少女は新たな本に火を灯す。
 そしてまた、少女は体を無に侵食されながら、新たな灰を這い蹲って全てかき集める。
 炎に包まれた本の悲鳴と、少女の嗚咽だけが何処までも響き続けた。

「――っは!」
 少年は恐怖と嫌悪感で弾かれるように目を覚ますと、反射的に上体を起こした。
「ど、どうしたの?」
 突如、飛び起きた少年に戸惑いながらそう尋ねたのは、少年がさっきまで眠っていたベッドのすぐ隣にある椅子に腰掛けた少女だった。
 少年は少女の顔を見ると、何も言わないまま辺りを見回した。
 そこは白を基調にした病院の個室の様で、レースのカーテンが靡く大きな窓の向こうには満開の桜木に囲まれた大きな駐車場の姿が見えた。
「……ここは……」
 少年は、汗で体に張り付いたパジャマを脱ぎかけながら呟いた。
 少年の名は桜海・嵐(おうみ・あらし)。今年で十六歳になる高校一年生で、一切の癖が無い黒髪と、長身に鋭い目が印象的だった。
「病院だけど……嵐、大丈夫?」
 少女の名は桜海・小夜(おうみ・さよ)。今年で十七歳になる嵐の姉で、嵐とは対照的にふわふわと靡く癖っ毛と、小動物の様なまん丸の瞳が印象的だった。
 まるで統一性の無い様に思われる姉弟だが、色白な肌と肉付きの悪い四肢だけは同じだった。
「ああ……凄く、悪い夢を見た」
 脱ぎ捨てたパジャマの上を至極当然の様に小夜に手渡しながら、嵐は呟いた。
「夢? 現実主義の嵐が夢で取り乱すなんて、珍しいね」
 苦笑しながら小夜はパジャマを受け取ると、持参した紙袋から替えの上着を取り出し弟に手渡した。
「……夢とも言い切れない夢だったからな」
「ふぅん。どんな夢?」
 小夜は寝起きで乱れた弟の、サラサラの黒髪に手ぐしを入れながら尋ねた。
「……そうやって、やたらと俺の髪を触る癖を直したら教えてやろう」
 嵐は上着を着終えた途端、自身の頭を撫でる小夜の指を摘み上げて言った。
 小夜は不満げに嵐を睨んだ。
「だって、嵐はお母さん譲りでサラサラの髪なんだもん」
「小夜は父さん譲りのアフロだもんな」
「ア、アフロまでは行かないでしょう!? ってか、嵐! また、私を名前で呼んだなぁっ! 弟なら弟らしく語尾にハートでも付けて『お姉ちゃん』とでも呼んでみなさいよっ!」
 一人興奮しだした姉・小夜を弟・嵐は無表情なまま数秒見つめると
「お姉ちゃん。僕、反吐が出ちゃうよ」
 至極丁寧に悪態を吐き、ベッドから出た。
「……はぁ。ったく。私より少しだけ髪質が良いからって、付け上がんないでよねっ」
「ごめんね。ドレッドヘアのお姉ちゃん」
「ドレッ……私は何処のデスメタルよ!?」
「んじゃ、天パー・ニュータイプ?」
「確かに、世の天パーの域は超越した気でいるけどもっ!」
「胸と尻はぞっとする程、真っ直ぐなのになぁ」
「そーそーっ。人間平原とは私の事よっ……って! うるさい、そこっ!」
「お姉ちゃん。僕、涙がちょちょぎれて来た」
「やかましぃっ! お姉ちゃん言うなっ!」
「やれやれ、呼べと言ったり呼ぶなと言ったり、小夜は我がままだな」
 唐突に口調を元に戻した嵐は、部屋の隅に置かれたポットから茶をコップに注ぐと、それを持って、ベッドに腰掛けた。
 ――全くもう……人が折角、心配してるのに。いつも嵐ははぐらかすんだから。……でもっ! 今日は引き下がらないからね。こんな時ぐらい、姉として私を頼って貰わなくちゃっ!
「こほんっ……んで。嵐はどんな夢を見たの?」
 小夜は乱れた癖っ毛をうざったそうに後ろで束ねると、仕切り直しと言わんばかりにそう尋ねた。数本の強情な癖っ毛だけが依然、小夜の頭で踊っている。
「話しても良いが……空気が悪くなるぞ」
「構わないわよ。話して」
 即答し、小夜は腕と足を組んだ。どこか強気で、責務に駆られている様な仕草だった。
 そんな姉を嵐はまじまじと見つめた。小夜は真っ直ぐに、力強い瞳で嵐を見つめ返してくる。 
 ――こんな馬鹿でも姉だ。その気遣いを無駄にはさせてはいけないな。
 そして嵐は、本当は思い出したくも無い、恐ろしい、ぞっとしない夢を静かに蘇らせ、それを口にした。
「……燃える夢だった。大切な『何か』が、次々と。それを誰かが悲しんでいた」
 そう言った途端、小夜は嵐の手をぎゅっと握り締めた。
「嵐、あんた……火事の事、気にしてる?」
「……出火元は、俺の机だったんだ。それで家が全焼ともなれば、人並みに気にはするさ」
「……嵐……」
 悲しげにそう呟いた小夜を流し見ると、嵐は窓の外の、茜色に染まりだした桜並木を眺めながら、そっと言葉を返した。
「小夜。もう夕方だ。帰らないと母さん達、心配するぞ」
 嵐には泣き出しそうな小夜の顔が見えていた。
 ――こうなるから、話したくなかったんだ。お前の泣き顔なんて見たくないぞ、小夜。第一、同情されたって結局は、俺が全て悪いんだ。今更……。
「……嵐っ」
「ん?」
「人並み以上に気にしなさい。べー、っだ」
 思わぬ言葉を浴びせられきょとんとする嵐を、小夜は静かに抱き寄せた。
「私も、お父さんもお母さんも、あんたの事待ってるんだからね。さっさと家に……あ、いや、アパートに……兎に角、私達のもとにっ! ……帰って来なさい」
 嵐はくすぐったそうに笑みを零した。
 ――お前は立派な姉だよ、小夜。
「……ああ」
「っ……それじゃっ!」
 すると小夜は満面の笑みで別れを告げ、駆け足で病室を後にした。
 賑やかな時が去り、嵐の病室には春先の柔らかな風の音だけが残っていた。
「やれやれ、無い胸で人を抱きしめるなんて、自殺行為も甚だしいな……」
 温もりの残る頬をさすりながら、嵐は窓を閉めようと立ち上がった。
 靡くレースのカーテンを一端、窓の隅へと追いやると、桜木に囲まれた駐車場と、その真ん中を突っ走る小夜を見下ろしながら嵐はそっと窓を閉じた。それからレースのカーテンを引っ張り、まるで意図する様に窓を覆い隠した。
「っはぁ……良いぞ」
 嵐の呟きは、合図だった。
 その言葉を放った途端、部屋の天井を『すり抜け』て、一人の少女が嵐の前まで降りてきたのだった。
 その少女は空中に浮き、全ての物体を通り抜けていた。
「ねぇ、アラちー。どーして、あたしは誰か来るたんびに隠れなきゃいけないの? あたし普通の人には見えないのに……」
 浮遊する少女は釈然としない様子でそう呟くと、嵐のベッドにちょこんと腰掛ける仕草をした。実際にはベッドの上に浮いているだけだ。
 少女は中学生程度の外観で、褐色の肌に胸部は人並み膨らんでいた。落ち着きの無い性格なのか、少女は忙しなく足を振り、長く真っ直ぐな栗毛を指に絡めていた。
「アラちーは止めろ……。お前が気になるんだよ。ユウ」
「えっ、嵐、あたしの事……」
 ぽおっ、とユウは頬を赤らめる。
「お前の挙動不審は見ている方が情緒不安定になってくる」
「ぶぅっ、何よそれっ」
 露骨に頬を膨らませ、不満を訴える少女・ユウの隣に嵐は腰掛けると、ふと少女の手に掌を重ねてみた。
 無論、嵐の手はユウの手を通り抜けた。
「こんな体、不便だろうに。早く成仏しろよ、ユウ」
「あたしは、その為に嵐に付いてるんだよー」
 てへっと笑うユウを見ながら、嵐はベッドに入った。
「そうだ、その事。……お前の成仏と俺に、何の関係があるんだ?」
 ユウは三日前に突然、嵐の前に現れていた。それからユウ自身戸惑った様子で、今日まで憑依を続けていた。と言っても四六時中、嵐の背後に佇んでいる訳ではなく、ユウは専ら、この三日間は自身の存在についての情報収集に明け暮れていた。
「うん……あたしもよく分かんないんだけどね。町のお坊さんの話だと、あたしは、ミレンがあってまだ成仏出来ないんだって。だから、この世でミレンをはたさなきゃいけないの」
「その未練が……俺……?」
「さぁーあ。あたし、生きてた時の事は覚えてないんだぁ。だから、何をどーして良いのか」
 ユウは自分の名前すら覚えてはいなかった。そこで呼び方に困った嵐が『幽霊』から文字を取って少女を『ユウ』と命名したのだった。
「覚えてない? それでなんで、俺に憑いた?」
「ん、一番しっくり来たからっ!」
 即答すると、ユウは嵐の首に腕を絡めた。勿論、重みも温もりも無い。
 嵐はそれを知って、溜息を漏らした。
「……似たもの同士って事か……」
「えっ? 何が?」
「俺も……過去の事、よく覚えてないんだ」
「そんなの初めて聞いたよぅ?」
「だろうよ……忘れてるのは、幼稚園から中学の時のだけなんだ。奇妙だろ? ……それで、俺の入院は検査も兼ねて長引いてる訳だ」
「ふぅん、そっかぁ。うんうん。似たもの同士かぁ」
 ――うっへへ〜っ。似たもの同士で嬉しい、なぁんて、嵐(シャイボーイ)には絶対言えないねぇ〜。
「……嬉しそうにすんな、馬鹿ユウ」
 首元で不気味な微笑を零すユウに悪態をつくと、嵐はうざったそうに目を閉じた。
 ユウのうろたえた声をBGMに、嵐はまどろんでいった。



――純白の檻――
T
 柔らかな朝日が嵐を包み込み、嵐はそっとその目蓋を開いた。
「ん……」
 嵐は日光を嫌い、顔を窓から背けた。すると目の前には、ポットとカレンダーだけが乗せられた備え付けの鏡台があった。
 嵐は薄目を開け、そこを数秒見つめると
「ちくしょう」
 悪態をついて軽くベッドを叩くと、頭を掻き毟りながら上体を起こした。
「どーしたの、アラちー? 朝っぱらから」
 するとユウが目を擦りながら、ベッドの下から顔を覗かせて来た。
「ああ、ユウ……ん? お前、幽霊のクセに寝るのか?」
「あったりまえでしょー。何もさわれないのに二十四時間起きっぱなしって暇すぎじゃーん」
「それもそうだ」
 微笑を返すと、嵐は洗面所でぱしゃぱしゃと顔を洗い、パジャマをたくし上げて滴りを拭った。
「またパジャマで拭くーっ」
「ん……これじゃないと起きた気がしないんだよ」
 答えながら、嵐はパジャマを脱ぎ捨て、下着一丁の状態で紙袋から新しい服を取り出した。
「も〜、女の子の前だぞっ」
「ん? ああ。ユウだって、腐っても女子か」
「腐ってな〜いっ! 死んだだけだもん!」
 むん、とユウは胸を張って言った。
 ――ユウは本当に元気だな。……今日は、四月一日だって言うのに。
 嵐はユウの反論に寂しそうな笑みだけ返すと、さっさと新しい服に着替え、部屋の隅にあるテレビの電源をリモコンで入れながらベッドの上に戻った。
「ぶぅっ、ヤな笑い。……アラちー。今日は朝から、なんか変だよ?」
「……テレビを見てみろよ。ユウ」
 沈んだ嵐の言葉に釣られ、ユウはテレビを見つめた。
 『おはようございます。今日は四月一日です。日本各地では、小中高を問わない多くの学校が今日、一斉に入学式を迎えています』ニュースキャスターは明るい調子でそう言った。それから画面は何処かの、満開の桜並木をくぐって校門に向かう新入生達の映像に変わり、ニュースキャスターが『春が来たんだな、と実感する光景ですね』と簡単な感想を述べた。
「入学式? ひょっとして、嵐も?」
 ユウの真っ直ぐな問いかけに、嵐は無言で頷いた。
「俺は今年から高校生だ。小夜と同じ高校に、今日から通うはずだった」
「……そっか」
 寂しげに呟き、俯いたのはユウの方だった。
「ま、中三の途中までしか記憶の無い俺だ。中学の友達は殆どうろ覚えだし、このまま行ったら地元とは言え、孤立するのがオチだったろうよ」
 そんなユウを励ますかの様に、嵐は明るい調子でそんな事を言う。
「嘘ばっか。すんごくイラ立ってるクセに」
 膝を抱くユウの言葉に、嵐は困った様に頭を掻き毟った。
「……ああ。過去を思い出せないのは、予想以上にしんどい」
「そう?」
 ちょこんと首を傾げるユウに、嵐は顔を顰めた。
「そう、って……ユウ。お前は生前を思い出せなくても辛くないのか?」
「え、う〜ん、うん。けど、ミレンが分かんないのはヤ、かな」
「そうか。……なぁ、ユウ。お前、生まれはここら辺だとか、そんなのも分かんないのか?」
「あ、それは分かるよ。お坊さんの話だと、あたしみたいな幽霊はジバクレイの一種なんだって。だから、自分が生活してた町を出る事は出来ないんだって」
 そこまで話すと、ユウは不意に窓の外の景色を見つめだした。
 春とはいえ、外はまだ寒い。冷風に曝された桜木は寂しげな声を上げ、色彩の薄らぐ青空にその花びらを舞わせていく。そんな桜木に囲まれた駐車場の先、病院の門の向こうには朝から活気に溢れる商店街がある。そこを抜けると寺があり、それを取り囲む様に古い町並みが連なる。
 ――この町のどこかに、あたしと嵐の思い出が眠ってるんだよね。この町〈桃暮町(ももくれちょう)〉のどこかに。
「ユウ?」
 不意に外を見つめだし、そのまま沈黙を貫くユウを不審に思い、嵐が声を掛ける。すると
「ねぇ、嵐」
 少女らしい、逆に言えばユウらしくない、柔らかい声が返ってきたのだった。
 嵐は思わずどきり、としながらユウを見た。
 朝日に、ユウの霊とは思えない健康的な肌が照る。そしてその顔に、明るい笑顔が浮かぶ。
「一緒に、町を探検しよっか?」
 唐突な言葉に、嵐は大きく目を見開いた。
「うん、それが良いよ! あたし達、この町に忘れ物があるんだもん! 二人の為にもなるしさぁっ! レッツゴー、アラち〜!」
 普段どおりの調子に戻ったユウを見て、嵐は微笑を浮かべた。 
「確かにな。けど、俺はまだ一人じゃ外出の許可が……」
「思案→発案→即行動! これ人生の鉄則だよ!? おぼえときぃ、シャイボーイ!」
「誰の言葉だ、誰の」
 ――あれ、今の台詞、前にもどこかで……。
「今なら朝早くで看護婦さんもあんまし居ないから、見つからないよっ。ささっ」
 ユウが嵐の背を押す仕草を見せる。
「お、おいっ…………分かったよ。少しだけだからな」
「いぇ〜いっ」
 ――このまま陰鬱に塞ぎこむよりかは、ましか。
 ユウの猛攻に折れ、嵐は遂に病室を出た。

 嵐とユウは三階の病室からエレベーターで一階まで降りると、受付の前を早足で通過し、難なく外に出る事に成功した。
 病院の外で真っ先に見えるのは広大な駐車場で、今はがら空きだった。二人はその真ん中を突っ切る様に進む。
 ユウが楽しそうに跳ねながら、嵐に絡む。
「血湧き肉踊るとはまさに、この事ですなぁ。嵐どの。はっはっはっ」
「やかましい。どこの将軍だ、貴様」
「はっはっはっ。酒池肉林王国のユウ・レイ将軍とはワシの事じゃあ〜」
「……酒池肉林て何か知ってるのか? ユウ」
「ん? 男の夢でしょう?」
「……誰の教えだよ……」
「お坊さんっ」
「…………」
 ――世も末か。いや、霊界も末か。
 軽く肩を落としながら、嵐は開かれた門に向かった。そして門からつま先が出かけた――刹那。
「嵐っ!」
 危機迫る様な声を浴びせられ、嵐は驚いて立ち止まった。すると
「何処に行く気!? 早く病院に戻りなさいっ!」
 そう叫びながら、一人の女が嵐の両肩を乱暴に引っ掴んだのだった。
「さ、小夜か?」
 その女は紛れも無く、嵐の姉・小夜だった。
 小夜は表情を険しくし、もの凄い力で嵐を院内に押し戻そうとしていた。
「早く、戻りなさいっ!」
「勝手に抜け出したのは、悪い。けどな、小夜。町に戻れば、もしかしたら俺の記憶だって戻るかも……」
「駄目なものは駄目なのっ! 早く戻りなさいっ!」
 嘗て無い、威圧的な小夜の態度に嵐は戸惑っていた。
「一体、どうしたってんだ? 小夜」
「な、なんでも無いっ。嵐っ! あんたが無断でこんな事するからっ」
 小夜は無理矢理、嵐を反転させると、その背をぐいぐいと押した。
「お、おい……小夜っ! だいたいお前、学校はどうした?」
「入学式なんて、二・三年生は代表しか出ないのっ。だから、私は今日、休み!」
「だからってこんな朝から……っ、小夜! そんなに押すな! 自分で歩くから!」
「えっ? あ、うん。ごめん……」
 そう答えて小夜は嵐を押すのをやめたのは、駐車場の真ん中辺りでだった。
「ったく、なんなんだよ……」
「あ、あははっ〜……ごめんごめん」
 明らかに不自然な笑みを浮かべ、小夜は嵐の頭を撫でた。
 いつも通りの、人懐っこい姉の姿。
 ――さっきのは何かの間違いだよな。
 そう思いながら、嵐は小夜の手を摘み上げ、微笑まじりに悪態をついた。
 その後方で、ユウが険しい顔をしているとは思いもせずに。
U
「それでね〜、お母さんったら……」
 小夜は楽しそうに家での事を話しながら、持って来たリンゴの皮をむいていた。
 嵐はそれをベッドで横になりながら聞き、待っていた。
 ユウは嵐に言われるよりも早く、部屋から出ており、今は何処にいるか分からなかった。
 ふとその時
 こんこん
 申し訳程度のノックの音と共に、一人の女性看護師が姿を現したのだった。
 その女性看護師は看護師とは思えないお洒落な格好で、栗色に染められた髪は部分的に三つ編みが結われ後ろで束ねられていた。化粧も丁寧にされ、看護服の胸ポケットには、水色の大きなヘアピンが差され、良いアクセントになっていた。
 そして、なにより
 ――やれやれ、この人は何時も目のやり場に困るんだよな。
 嵐には見慣れない程の、大きな胸の持ち主だった。
 その女性看護師は名前を宇田島・春(うだじま・はる)と言った。
「聞いたわよ〜、桜海君?」
「えっ、何をですか? 春さん」
 びっくりして嵐が尋ねると、春は柔和な笑みを浮かべながら、小夜の差し出した椅子に腰掛けた。
「病院、抜け出そうとしたんだって?」
「えっ」
 嵐は驚いて小夜を見た。すると小夜は申し訳なさそうにそそくさと視線を逸らしたのだった。
 ――まさか、看護師に言うまでするなんて。
 しかし、嵐の驚きはこれに留まらなかった。
「それでね、お姉さんからの要望で、これからは頻繁に桜海君の病室を訪れる事になったわ」
 嵐は絶句していた。それは事実上の監視宣言だった。
「は、春さんっ。なにも、そこまでしなくても……」
「はいは〜い。意見は受け付けませ〜ん。それじゃあね。私、忙しいから」
 さばさばとそう言うと、春は退室しながらひらひらと手を振った。
 春が去ると、急に小夜も立ち上がった。
「それじゃあ、そろそろ私も……」
 消えそうな声で言いながら、小夜はむきかけのリンゴもほったらかしで帰る準備を始めたのだった。
「待て、小夜」
 咄嗟に嵐は小夜の手首を掴んだ。
「ちょっ、嵐っ」
「お前、変だぞ」
 咄嗟に嵐は立ち上がると、小夜に詰め寄った。
「そんな事……」
「何を思ってこうするんだ、小夜」
「…………」
「小夜っ」
「は、離して!」
 更に嵐が詰め寄ろうとした刹那。小夜は思い切り嵐の腕を振り払い、鞄も置きっぱなしで飛び出していったのだった。
「……何なんだ……?」
 嵐は茫然と暫く立ち尽くした。

 窓の外に見える、駐車場の真ん中を駆け抜ける小夜の姿を嵐は見つめていた。
 すると、小夜は門の前の当たりで急に立ち止まった。そこには三人組の高校生の姿があった。
 ――なんだ、ナンパか?
 嵐はそっと目を凝らした。
 何を言っているかは分からないが、三人組は小夜に何かを聞いている様子だった。それに小夜は困惑の表情を浮かべている。
 そんな状態が数分続いた、その後。
 三人組は病院に入る事も無く、釈然としない顔で来た道を戻り始めたのだった。その背を小夜は苦しそうに見つめていた。
V
「ん。桜海君、ちゃんと居るわね。良い子、良い子」
 春の三度目の巡回が終わると、嵐は疲弊した様子で寝転がり、外を見つめた。
 既に日は落ち、漆黒の世界に桜の葉が風で擦れ合う音だけが響いていた。
「……ユウ。居るか?」
 嵐はそっとユウを呼んだ。すると、何時もは呼ばれなくても飛んで来るユウが、そろりと幽霊らしい動きで姿を現した。
「どした? 元気が無いぞ」
 嵐の問いかけに、ユウは顔を顰めた。
「ん……」
 言い淀みながらユウは嵐の隣に来ると、笑みも見せず無言で片手を嵐の手に重ねた。
刹那。
「なっ!?」
 衝撃を嵐が襲った。思わず嵐は上体を跳ね起こす。
 微かに、無機物が触れている様な感触が、ユウの手にあったのだ。
「馬鹿な。今まで何も感じなかったのに……これは、一体?」
「うん……嵐が、病院を出ようとしたらへんから、なんか体の感じがおかしくなって。それでお坊さんの所に行って来たら……あたし、成仏から遠のいちゃったんだって」
 ユウは顔をくしゃくしゃにした。
「遠のいた? なんで?」
「分かんない。けど、もし、このまま感覚を取り戻していったら……あたし、妖怪になちゃうんだって」
「妖怪?」
 滑稽なその言葉に、嵐は思わず笑みを零してしまった。すると、食らい付く様にユウが喋りだす。
「ジバクレイは、ミレンを叶えると体がどんどん薄くなって成仏できるんだって。だけど、ミレンがうまく果たせないと……例えば、幸せにしたい人が不幸になっちゃったりとか……そうなると、ジバクレイはもっとミレンを叶える為の力を求めて、体を創っちゃうんだって! それで、あたし妖怪になっちゃうの!」
 するとユウはぽろぽろと涙を零し始め、嵐の肩に凭れ掛った。
 微かな感触が、嵐の肩を押す。涙が腕にまで伝わる。
 ――冷たい……。
「ユウ……」
「嵐、嵐ぃ。あたしのミレンて、なんなんだろ? どうしたら、あたしは成仏できるのかなぁ?」
 その問いに返す言葉など、嵐には見当たる筈も無かった。ただ、絶望で泣き崩れる少女に何らかの言葉を宛てなくてはならいという思いはあった。
「わからない。けど……お前が俺の記憶を探しに町へと誘ってくれた様に、俺もお前のミレンを叶える為に協力する。全力を尽くす。それだけは約束してやれる」
「嵐……」
「だから、泣くな、ユウ。辛気臭い」
 嵐が言うと、ユウは初めて見せた弱い一面を無かった事にするかの様に嵐から体を引き離し、涙を拭いながら精一杯の笑顔を見せた。
「ひっどぉ〜い。女の子が泣いてるのにぃ」
「ははっ……そうだな」
 嵐は優しくユウの頭を撫でた。その時、こつり、と小さな突起が指に引っ掛かった事を嵐は言わなかった。



――逃げ出した文鳥の様に――
T
 少女は戸惑う。
 燃やしつくし、炭にした筈の本が元に戻りつつあったのだ。それは、少女が灰を丁寧にかき集めてしまっていたからだった。
 少女は戸惑い、戻りつつある本に火を灯す。そして――空に舞う灰をまた集めてしまう。少女は無へと帰していく。しかし、無にはなれない。

「っ……」
 嵐は頭を抱え、蹲った。
 場所は病院の屋上。沢山のシーツや洗濯物が干されるその場所の端にあるベンチに嵐は居た。
 ――なんだよっ、こんな真っ昼間から……。
 嵐は、唐突に頭を過ぎった映像に困惑していた。
 それは、小夜に話した夢に似ていた。今が夜中だったなら、嵐はそれを夢と思えただろう。しかし、今は昼の十二時過ぎ。空は快晴で、気温も春とは思えないほど高かった。そんな中での唐突な出来事だったのだ。
 嵐は頭を掻き毟ると、ふらふらと立ち上がり、落下防止のフェンスに近付いた。そこからは桃暮町が一望でき、嵐が院内で最も好む場所だった。
「……どうも釈然としない……」
 辺りに誰も居ない事を知っていて、嵐はそう呟いた。
 後方では列を成す物干し竿に掛けられた、何十枚ものシーツや洗濯物が風に乗って舞っていた。空を流れる純白の雲は、早足で次々と流れて行く。
 それらは嵐に微かな焦燥感を与えていた。
「このままでは駄目だ。絶対に……何か……取り返しのつかない事が起きそうな気がする……」
 桃暮町は昼時という事もあって、商店街は随分と賑わっていた。
「夢か幻想か知らないが……何か、俺に関連している気がする。それに……」
 嵐は、小夜の事を考えた。
 『さっさと帰ってきなさい』小夜はそう言って、嵐を抱きしめた。家を燃やしてしまった弟にそんな言葉を掛けられるのだ。小夜は心の広い、立派な姉だ。しかし、その小夜が前日は嘗て無い程、焦った様子で嵐の外出を拒んだ。元々、無断のものだったとはいえ、その反応は尋常では無かった。春に監視まがいの事を頼むのも、とても適切な対応とは思えない。どう考えても行き過ぎである。
「俺を町に出したくない、何か特別な理由でもあるのか……けど……」
 『私達のもとにっ! ……帰って来なさい』そんな小夜の言葉が蘇る。
「あれは心からの言葉だったと思う。早く退院はして欲しいが、町には出て欲しくない、って言うのか? ……何故だ」
 嵐は苛立っていた。
 今の自身の状況では、何一つ結論付けられるものが無いのだ。
 ふと、嵐は商店街の大通りから、右に大きく視線を逸らした。そこには小高い山と、それに沿って伸びる細い坂道があり、天辺には町全体を見下ろす様に、ここらで唯一の高校〈桃暮中央高校〉が佇んでいた。
 今は平日の昼時。小夜は当然、学校に居る。
「町へ出れば、何か分かるか……?」
 呟いてみると、頭に一人の少女の姿が過ぎった。
「……ユウ」
 ユウは昨日、おかしな事態に遭遇していた。幽霊のくせに体に微かな感触が付いたのだ。嵐はそれを不思議にしか思わなかったが、ユウは町の坊主の話もあって深刻そうにし、涙さえ流した。
 もしかしたら、嵐が町に出る事はユウにとっても害なのかも知れない。そう考えた途端、唐突に嵐は腹立たしくなって、乱暴にフェンスを引っ掴んだ。
「ふざけんなっ……何もわからねぇのに、人の事まで心配してる余裕なんてあるか……」
 利己的な考えだとは嵐もすぐに思ったが、それでもこのままでいる事は耐え難い苦痛だった。
「……そうだ。ユウに色々話した坊主に会おう。そうすれば、ユウの為にもなるっ。俺の記憶も戻るかも知れないっ。……よし」
 無断で外出する自身を弁明する様に言葉を並べると嵐はきっ、と桃暮町を睨んだ。
「悪いな、小夜。俺は……町に出る」
U
 こっそりと病室に戻ってみると、そこにはベッドの上で大の字になって眠りこけるユウの姿があった。嵐はそれを確認すると、無言で昨日、小夜が忘れていった鞄から財布を取り出し病室を出た。廊下に出ると左右を見回し、春が居ないのを確かめ、早足でエスカレーターに乗り込んだ。
 やっている事は昨日と同じなのに、その緊張感はまるで違った。まるでこれから咎を犯すかの様な恐怖、心の奥底から聞こえる『このままじっとしていろ』と言う警告の声に覚えずにはいられない困惑。狼狽。まるで自分一つの体の中で、何人もの人間が対立している様だった。
 それでも嵐は一階まで降りると、殆ど走る様な早足で病院を出た。広大な駐車場が広がる。駐車場にも、美しい桜木にも目をやらず、嵐は門の前まで一気に進んだ。
 ――ここを出る。それだけだ。何も、悪い事じゃ無い。
 そう自分に言い聞かせ嵐は一歩、門の外に足を運んだ。
「…………」
 ――何も、起こらない? ……ははっ。当然か。
 妙な安堵感を覚え、嵐は一気に門を抜けると、意気揚々と商店街へ向かった。

 強烈な嫌悪感が、ユウを襲った。
 それは熟睡していたユウをいとも容易く目覚めさせ、怯えさせた。
「や……やぁっ! 何なの……?」
 ユウは自分の両腕を抱くと、戸惑いながら辺りを見回した。近くに嵐の姿は無い。
「嵐……嵐ぃ……?」
 ユウは悪寒で震え上がりながら、嵐を探そうと宙に浮こうとした。しかし。
「あ……れ?」
 浮かない。ユウの体はぺたりと床に付き、微塵も浮く気配を見せなかった。
「なにこれ、体が、重い……」
 ユウは戸惑いながら、壁に手を伸ばした。
 ぺた。
 ユウの手が確かに壁に触れた音がした。勿論、通り抜ける事は出来ない。
「あ、あたし……」
 ユウは戸惑いながら、辺りを見回した。――窓に映る自分と目が合った。
 絶叫を上げた。
 ユウの頭から、禍々しく歪曲した一本の角が生えていたのだ。それだけでなく、目の下は濃いくまが付いた様に真っ黒に染まり、瞳は紅く、爬虫類の様に鋭くなりつつあった。
「なんなのっ……なんなの、なんなの!? 嵐っ! 嵐ぃっ!!」
 ユウは恐怖に溺れ、その場で泣き崩れた。涙が床を跳ねる。近付く足音にも気が付かず、ユウは夢中で泣き続けた。がらりと扉が開かれても、ユウは泣くのを止めなかった。一般人にユウの姿は見えないのだ。気にする必要など、無かった。
「……誰? あなた……」
 その声は唐突に、ユウに浴びせられた。
 茫然とユウが振り返ると、そこには巡回で訪れた春の姿があった。春は怯えると言うよりかは、場違いな少女の存在に戸惑っている様子だった。
 ユウは目を見開き、震えながら春に直った。
「あたしが……見えちゃうの?」
 春は真っ直ぐにユウを見つめていた。
「あなた、何を言って……」
 春は歩みかけて、止まった。ユウの鋭い目を目の当たりにし、そして、頭から伸びる獰猛な角の存在を知ってしまったからだ。
「それ、なんの冗談……?」
 春の顔に、徐々に恐怖が浮かぶ。
 角のリアリティも、瞳の鋭さも、冗談では片付けられない事と心では悟っていたのかも知れない。それでも、少女の前で動揺を見せる事は春のプライドが許さなかったのだ。
 ユウは絶叫に似た悲鳴と嵐の名を叫びながら、病室から、春の元から逃げ出した。


2007/08/15(Wed)11:19:58 公開 / 家内
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■作者からのメッセージ
 家内ですっ。『逃げ出した文鳥の様に』のT、Uを更新しました。話がこれから自分では重要視している所に入るので、少しだけ文章を重厚な感じにしようと、意識してみました(汗 ユウが変形(変身? 変態?)していく姿は自分の中では結構、上手くいったと思ってるのですが、どうでしょうか?(汗 ちなみに、まだ彼女の変形(略)は止まりません。次回が自分では正念場だと思っていて、その前に、少し短いですが、更新させて頂きました。感想・ご指摘、お待ちしていますっ。
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