- 『体罰教師には嘆きを、恋人には感謝を』 作者:風神 / リアル・現代 恋愛小説
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全角13035.5文字
容量26071 bytes
原稿用紙約39.4枚
学校とプライベートで、可奈子は苦しみながらも生きていきます。
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木造で造られた、ボロっちくて嫌になる校舎の文芸部室で、私はタバコを吹かしている。
この高校は、頭の悪い教師しかいない。いつでも生徒が悪くて教師が正しいというのが、この香蓮高校教師たちの常識だ。さっきセンセイと喧嘩をして、ストレスがマックスに達したので、こうして苛々を口の中から煙と一緒に吐き出している。だが、そんなことで苛々が完全に消えれば、人生はどんなに楽なことか。タバコなんか所詮はほんの気休めにしかならない。こういう時は酔うのが一番なんだ。
「可奈子。タバコ吸っていいのか」
「大丈夫よ。ドアに鍵かけてるし、窓もカーテンしてるし」
「いや、そうじゃなくて。禁煙したんじゃなかったの?」
そっちの心配ですか。
私に忠告してきたのは、笠原夏海。幼稚園からの幼馴染で、私の大親友。クールで、静かな子。頭が賢いので、ついいつも甘えてしまう。
大人びた顔立ちで、特に大きいくりくりした瞳が印象的。まるでリスみたいに可愛い目。私も、あんな女の子らしい目が良かったな。なっがーいサラサラの髪がよく似合っている。バサバサの髪質の私とは大違い。
夏海は、まるで大事な飼い猫を撫でるかのように、優しくもみあげを触りながら私を見つめている。何か言えよ、おい。というメッセージが凄まじく伝わってくるので、言ってやった。
「バカね。私に一番似合わない言葉の一つを言ってみなさい」
「有言実行」
「正解」
夏海は処置なし、といった感じで、嫌味ったらしい苦笑いを私に向けてくる。
文芸部室は、木造特有のちょっと寂しげな雰囲気をプンプンとさせていて、壁際に本棚がずらりと並び、席が乱雑におかれ、真ん中に長テーブルが置いてあり、他にはデスクトップパソコンが一台、ポット、そしてカラーボックスが二つ本棚の隣に置かれ、そこに私物を適当に突っ込んである。机には漫画が散乱している。もう無法地帯。
そんな空間に、夏海は凄くマッチしていた。夏海は、普通のありきたりな空間よりも、こういうちょっと見慣れない空間の方が似合う。
「ねぇ可奈子。ちょっと聞いていい?」
「昼休みの短い時間で足りる話?」
「足りない」
椅子に座っていた夏海は、立ち上がって机にどしんと乗っかり、腕を組んであぐらをかいた。パンツ丸見え。だらしないけど、実際女子なんて、周りに男子がいなければこんなもんだ。全くもって普通のこと。
「お前さ、森崎大介とはどうなってんの? 最近森崎君の話、しないけど」
夏海は椅子に座っている私を見下ろしてそう言った。
森崎大介。私の彼氏。高一の冬から付き合って、二年夏の今は、付き合ってはいるけどかなりギクシャクしている。
「もう夏休みじゃん。予定とか立ててるの?」
「全く立ててない。ていうか、大介遊んでくれない」
「なんだ。捨てられる寸前か」
夏海は冷たくそう言った。友達なら励ますのが普通だろう。冷たい女だな全く。
「ひどいなぁ。……でも、私が遊ぼう遊ぼうって何回言っても、最近は遊んでくれないの。前は大介の方から会いたいって言ってきたのに」
夏海はスカートのポケットからタバコの箱を取り出した。ブラックストーンという英文字が目に入る。と思いきや、キョロキョロしだしたので、ライターを夏海めがけて投げた。「サンキュ」と言い、タバコに火をつける。
「部活、忙しいのかな。陸上部だし……」
「あのな、部活大変って解ってるなら、ちょっとは我慢しろよ。森崎君のことを想ってるなら、今は部活に専念させてやればいいじゃん」
「想ってるからこそ会いたいの!」
すると夏海は、酔ってふらふらになったダメな大人を見るかのような目で、私を見つめてきた。
かと思いきや溜息をして、ニコッと笑顔を作った。でも私にはわかる。これはつくり笑顔だ。もしかしたら、夏海は今私にダメな奴だなぁ……とか心の中で思ってるのかもしれない。女同士だと、そういうのがわかっちゃう。……まぁ、被害妄想もいいところかもしれないけど。
「まぁ、男と女は色々あるもんね。頑張りなさいよ」
と言って、夏海は机から降りて、私の隣の椅子に座る。夏海の華奢な肩が触れた。
すると、いきなり華奢女はポッキーを私の口に突っ込んだ。一瞬でポッキーを胃に収める。
「何するのさ!」
怒鳴りながらも、私達は笑いあった。そして、化粧ポーチから口紅を取り出して、夏見の唇に丁寧に塗った。
「それで先生に見られたら怒られるね! うちの高校、口紅は十ポイントだよ?」
香蓮高校では、口紅、マスカラ、アイシャドー等は十ポイント、エクステは十五ポイント、髪染めは二十ポイントで、五十ポイント溜まった生徒には学校掃除をさせる。……と、茶髪で化粧の濃い全く生徒の手本にならない教師が言っていた。
「じゃあアンタも塗ってやるよ!」
と言い、夏海は私の口紅を奪い、私の唇に塗ってきた。
「ちょっと! あんまりやるとレズみたいだから止めてよ!」
夏海は一瞬たじろいで、「漫画の読みすぎ」と言い、私のおでこにデコピンした。
それから私たちは、何か話すでもなく、ぼーっと窓の外を眺めていた。この香蓮高校は、新校舎と旧校舎の二つがあって、この木造校舎は旧校舎の一部分である。
こんなボロっちい建物でも、自然が沢山の光景が窓から見られればまだ許せる。でも、見えるのはマンション、コンビニ、ダイエー、弁当屋。
そう、この高校は街にあるのだ。グラウンドも廊下も先生の心も狭い。私立なのに公立よりも酷い有様(まぁ、変な教師が多いのは私立特有だが)だ。
もう夏休みは目前である。札幌といえども、夏は暑い。夏休み直前になると、どことなく気分は高揚してくる。
夏休み、恋人と沢山会おうか。バイトに明け暮れて金でも稼ごうか。遠出でもして、思い出でも作ろうか?
でもそれは妄想。確かに夏休みは、花火やら祭りやらイベントは沢山ある。でも、それだけ。夏休みだからって毎日恋人と会う人は、結構少ないと思う。だって、恋人に毎日会ってたら飽きちゃうし、喧嘩の発生率も高まる。恋人は、結構周一でのんびりとデートするのが丁度いいかも。だって、自分あっての恋人だし。
バイトしたら金は溜まるけど、その代わり遊ぶことは全く出来なくなる。遠出だって、しても一回か二回だろう。
普通に遊ぶのにも、すぐ飽きがくる。そう、ほとんどは家でぼーっとしてるのが夏休み。でも私たち子供は、何か起きる確証なんか無いくせに、夏休みには色々と期待してしまう。
ということを夏海に話したら、嘘のない可愛い笑顔になり、言った。
「期待してしまう、ね。でも、夏休みに期待出来る回数って六回だけよ? 中学と高校ね。高校卒業して大人になったら、もう期待することすら出来なくなるよ。就職したらなおさら。大学と専門学校に進んだって、もう年はおとなよ。期待する心なんてもう失ってるよ」
言われて、ちょっと嬉しくなった。そうだ、私たち子供は、大人に反抗しまくったり、カッコつけたことを沢山する。それでも、一番素直で純粋なのは子供じゃないか。
夏休みなんかに期待出来ちゃうなんて、結構素敵かも。理屈っぽい年寄りなんかより、百倍はマシ。
昼休みが終わり、五、六時間目を熟睡して過ごした私は、放課後の教室で夏海とだべっていた。
夏海は特進クラスだけど、毎日私の教室に迎えに来て、少し話してから帰るのが日課。
「野口英世の髪型ってさ、天パかな。それともわざとかな?」
「……いや、あれは絶対天パだろ」
などと意味もなく、くだらない会話を延々と続けている。でも、学生はそれだけでバカみたいに楽しいのだ。
「おい、お前ら何やってんだ?」
ドアの方から声がして驚いて目を向けると、そこには古典の田野がいた。
田野は、三十代後半から四十代前半と思われる中年の女で、尋常じゃないほど嫌味を言う。
この中年女は、わざとらしく目を見開いて、あたかも赤紙を天皇の前で破る人間を見るかのような目で、私を見ている。
「何って、雑談ですけど」
教室で雑談してるだけで、何やってんだとは心外だ。
「バカじゃないの? アンタ、六時間目の私の授業中、寝てたよね。なのになんで、今は起きてるの? 授業中寝るんなら、今もまだ寝てなさいよ」
「すみませんね」
こういうバカ教師は放っておくのが一番だ。何故、世の中こういうアホ教師ばっかりなんだろう? 特に、私立はこういうダメな大人が大量にいる。
そして、香蓮高校は非常に学力が低い。信じられない話だが、分数の計算もロクに出来ない人だっている。教師の質が悪いのは、学力が低いのも関係してるんじゃないかとすら思ってしまう。
だって、進学校の友達の話を聞く限りでは、楽しそうな先生が多い。うちの高校の授業なんか、平気で十分や二十分ぐらい遅れてくるし、プリントに単語書かせて終わりとか、そんな感じだ。
「なぁ佐伯。この高校がなんて呼ばれてるか知ってるか?」
「バカ高校。底辺。遊んでばかりのあばずれ者の集まり」
と言いながら、友人の千瀬奈々が教室に入ってきた。
奈々は、もうムカつくぐらい可愛い。丸顔で、髪はセミロング。今時珍しいポニーテールが泣きたくなるほど似合っている。
目が大きくて、上目遣いで舌なんか出してエヘッとか言われたら、私は抱きしめてしまうだろう。そうだ、大和撫子という言葉が似合う。見た目は、文句無しに清楚。どこからどう見ても清純な女の子だ。……うん、見た目はね。
「忘れ物?」
夏海が聞くと、奈々は「そうだよー」と言いながら、夏海の頭を撫でた。
「あ、田野先生。話の続きどうぞー」
「……そうだ、千瀬の言うとおり、この学校はバカ高呼ばわりされてるんだ。佐伯はその学校の底辺になるよ? 頭わりーんだから、私の授業くらい聞け。勉強できる私が教えてんだ」
確かに授業中寝てた私は悪い。それでテストで良い点が取れなくても、文句はもちろん言えない。それに、柔らかく考えれば、このままだと底辺になっちゃうよという気遣いかもしれない。
でも、私はそんな大人な精神は持っていない。
「は? なんでアンタにそんな言われ方しなきゃダメなわけ? つーか昨日の授業なんて、プリントに漢字書かせて、ワークをコピーしたプリントやらせて終わりじゃん。そんなの、家でも楽勝で出来るっての。つまんない授業は眠くてしょうがないね!」
普通、一人が興奮してたら残りの人間は冷静になり、なだめるだろう。だが、残りの二人はそんな人たちじゃない。血の気多い若者なのだ。
「可奈子の言うとおりですよ先生。さすがにそんな言い方ないじゃないですか。てか、そのアイシャドーはなんですか? 濃すぎて生徒にしめしがつきません」と夏海が言うと、すかさず奈々が「私の方が上手く出来ますよ。もしかして最近化粧始めたんですか? てか絶対独身だよね?」とたたみかけた。
田野は思い切り机を蹴り、私たちを睨んだ。いつのまにか拳をつくっている。
すると大和撫子が、大和撫子らしくない目つきで言った。
「また暴力する気かよ! 一年前に夏海殴って、またやるのかよ?」
美人がキレた。そう、この女は見た目こそパーフェクトだが、性格はかなりキツイ。結構な悪である。でも、友達思いな私の大事な友達。
今はそんなこと思ってる場合じゃない。そう、夏海は去年、田野と喧嘩して胸を小突かれているのだ。
「バカは殴らないと治らないんだよ。何がって? バカがだよ」
「夏海は特進クラスだよ」
私はそう言った。夏海は中学時代は学年でも上位に入っていた秀才だ。でも、授業料が安くなるからといって、この学校の特進クラスに来たのだ。
すると田野は、なんとポケットから小さいハサミを取り出した。
「なぁ佐伯。アンタ頭髪検査引っかかってたよな? 私が切ってあげるよ」
「ちょっと、可奈子になにするんですか。ていうか、この髪のどこがダメだったんですか? どこからどう見ても常識的な髪型です」
と、夏海がフォローした。そう、確かに私の髪は至って普通だ。ワックスつけてないし染めてない。ただ、前髪が他の人より長いってだけで引っかかったのだ。
「常識は関係ない。校則は守れ」
次の瞬間、私の前髪の一部分が、床に落ちた。
「ありえない!」
私は酎ハイの缶を、壁に思い切り投げつけた。
あの時、夏海と奈々が思い切り田野の右腕を押さえたので、前髪は一センチほど切れただけで助かったけど、奈々が言うには、ハサミの位置はもっと上に定められていたらしい。
切られた後、暴れて椅子を蹴りまくる私を、可奈子と奈々が両側から押さえて、そのままなだめられながら、夏海の家に連れていかれた。幸い、明日は土曜日だ。飲みまくるしかない。
夏海の部屋は正方形の形をしていて結構狭く、壁際に大きい本棚がずしりと構えていて、真ん中に丸いテーブルがあって、正面にテレビとゲーム。後はコンポと勉強机。そして大量のぬいぐるみ(クールなのに、ぬいぐるみが大好きという所が、夏海の可愛いところだ)がある。これだけでもうぎゅうぎゅう。テーブルを囲むので精一杯。
「ほんっと、マジでありえない!」
「だよね! 女の子の髪切るとか、終わってるよね」
と、奈々がライターの火をつけたり消したりしながら言った。相当イラついている。
「生徒の髪切る時点で、キチガイだよ」
夏海がマルボロメンソールをふかしながら、冷たい顔で言った。
「考え方が七十年代みたいじゃない? すぐ暴言。すぐ暴力でおさえつける。考え方が古いのよ。生徒の髪切る教師がどこにいるのよ。これだけじゃないわよ。この私立高校に一年以上通ってるけど、いまだにダメ教師の行動には驚く毎日よ」
奈々が興奮して言った。酎ハイの缶を右手で思い切り握りつぶし、あぐらをかいて頭をぐしゃぐしゃとかいた。せっかくの美人が、パンツ丸出しでそんな仕草すんな!
「ていうか着替えたいな。ずっと制服着てたら、汗で居心地悪い」
夏海は、スカートの中をうちわでバサバサとあおぎだした。こいつ、男子いないと容赦ない。
奈々はブラックストーンをうまそうに吸いながら、顔を真っ赤にしている。良い具合に酔ってきたらしい。
「ねぇ可奈ちゃーん。もう夏休みまで学校サボっちゃおうよ。めんどっちいよ」
「単位危ないよ。中学校じゃないんだから」
私がそう言うと、夏海はあたりめをライターであぶりながら言った。
「奈々の気持ちもわかるよ。学校つまんない」
「なっちゃんもそう思う? 世の中は理不尽なことが多いけど、それはしょうがないことだから諦めてたわよ。でも、この学校のセンセイの理不尽さには、もう我慢ならないのよ。最近の子供はって大人はバカにするけど、私たち子供からすれば、最近の大人の方こそ見てらんないわよ」
政治家が良い例だな、と心の中で呟いた。奈々はどうも、酔うと愚痴る傾向がある。
「私たちって、どんな大人になると思う?」
と夏海が言うと、「想像もつかないわよ」と奈々が言った。
「なぁ可奈子。人間ってどうしたら成長するのかな」
「夏海はどんな風に成長したいの?」
「それは、ほら。大人に近づくっていうか。精神的なものが幼稚っぽくなくなるとか……」
「あのね、人間は恋愛をすれば一番成長するのよ。だから大人になりたかったら恋愛しなさい。アンタなら、そこらへんに転がってる男誘惑すれば、すぐに付き合えるわよ。男子なんかね、可愛い女の子にコクられたら、高確率で付き合ってくれるもんよ」
気づくと私はとても恥ずかしいことを言っていた。奈々が大笑いして、プーさんのぬいぐるみを私の顔面に投げた。
酔うとダメだ。普段言わないことをどんどん言ってしまう。
「でもあながち嘘じゃないよなっちゃん。人と付き合うとね、自分の悪いところが面白いように解るわよ。相手のこと考えてるつもりが、結局は自分のことしか考えてなかったり、いかに自分が幼稚だったりとかね。付き合わないと解らないことは沢山あるよ」
「そんなもんなの……? 私には解らない。付き合ったことないし」
と、夏海は冷たくいった。この女のクールな性格、なんとか治らないかな?
そんなことを考えていると、奈々が夏海の唇の下についていたおつまみの欠片をすくいながら、言った。
「なんならなっちゃん、私と付き合う? 今フリーだからいいよ」
「遠慮する」
奈々が失恋したところで、私は更に考えた。付き合うといっても、結局長く付き合うのは非常に難しい。それこそ、お互い性格、考えがほぼ完璧に一致でもしてないと、半年もしないで別れちゃう。それに付き合ってても、嫉妬でイライラすることもあれば、些細なことで喧嘩になったりなんてしょっちゅう。付き合うのが幸せなことのか、最近よくわからない。
一番悲しいのは、付き合う前は普通に接して喧嘩なんてしなかったのに、付き合った途端に喧嘩が起きてしまうことだ。
沈黙がしばらく続いた。なんか、気分がブルーになってきた。高校生になってから、どうも人生に絶望することが多くなってきた。情緒不安定。
「……ゲームでもしようか」
奈々がそう言って、沈黙を破った。そうだ。こういう気分が落ち込んでいるときは、ゲームでもなんでもいいから、何もかも忘れて遊びまくるのが一番だ。
開け放している窓から、涼しい風が入ってきた。暑い夏でも、札幌の夜は涼しい。夜、あまり寝苦しくないだけでも、私は幸せなのかもしれない。
月曜日、理由がある訳では無いのに、私はイライラしていた。最近、何故か心がスッキリしない。落ち着かない。
授業をほとんど聞かずに終えて、私はいつものように、放課後の教室で夏海と話していた。
「夏海の携帯の画面ってさ、何インチ?」
「二,四だよ」
「あ、私と同じだね」
「可奈」
ドアの方から声がした。振り向くと、そこには大介がいた。
森崎大介。ワックスで逆立てた髪型がよく目立つ。顔はさわやかで背も高くて、結構モテる。一年のころに同じクラスで、意気投合して付き合うことになったのだ。
「私、今日用事あるからもう帰るね」
夏海が気をきかせて、そそくさと帰った。ありがとう夏海。でも、そんな寂しそうな顔して教室を出て行かないでくれ。
「大介。部活は?」
「今日は休みなんだ」
「本当! じゃあ、今日は遊べるよね。私の家に来る?」
と私が言うと、大介は携帯をポケットから取り出した。
そして大介はボタンをカタカタと打ち出し、画面に話しかけだした。
「いや、今日は無理なんだ」
「なんでよ?」
「今日は友達と遊ぶんだ」
キレた。この発言で私はもう、止まらなくなった。
「ちょっと何よそれ。久しぶりの休みに、彼女と遊ばないで友達と遊ぶってどういうことよ! ていうかアンタは携帯と話してるの? 私と話してるの?」
「両方」
「携帯ぶっ壊すよ?」
大介はわざとらしく溜息をして、言った。
「あのな、悪いけど結構前から遊ぶ約束してたんだよ。遊べないのは悪いけど、友達の約束をドタキャンする訳にはいかないだろ? それに、なんで友達と会うだけで、そこまで言われなきゃダメなんだよ」
「彼女より友達優先するの? 意味わかんない!」
「だから、悪かったって。今度埋め合わせするから。それに、今だって時間削って少し話しに来たんだぞ」
「嫌だ嫌だ嫌。遊んでくれないと嫌だ」
私がそう言うと、大介はチッと舌打ちをした。そして凄い剣幕で私を睨み付け、教室から出て行った。
もう、泣きそうだった。私は、急いで教室から飛び出して、大介を抜き去った。
途中で名前も知らない男のセンセイが「おい佐伯! 廊下走ったら危ないだろ。それにそのスカートの短さはなんだ!」と怒鳴ってきたが、無視して玄関まで走った。
「か、可奈子?」
靴を履こうとしていた夏海が、大きい目を更に大きくして私を見ている。
「カラオケ行こう!」
私は、外に飛び出した。
「ちょっと、森崎君はどうしたのさ?」
「友達と遊ぶんだってさ、マジ意味わかんない!
「まぁ、そう言うなよ。大介君だって、そりゃ友達と遊ぶだろう」
「嫌だよ。だってさ、考えてみてよ。せっかく同じ学校の人と付き合ってるんだよ。なのに週一、下手したら二週間に一回のペースでしか会ってないんだよ? それで休みの日に友達と遊ぶとか、ありえない!」
私がそう言うと、夏海はしばらく地面をにらみ続けた。
「それは、森崎君と会えない苛立ち? それとも同じ学校の人と付き合ってるのに会えないっていう、もったいないからの苛立ち?」
答えに詰まった。どっち、なんだろう?
……いや、大介と会えない苛立ちに決まってる。
「もしも後者なら、自己満足、優越感に浸れる恋人がいるのに全然会えない苛立ち。つまり”森崎君と会えない苛立ち”じゃなくて”三年間しかない高校生活での恋人に会えないもったいなさ”から来る苛立ちってことになるけど?」
ショックだった。何がショックって、夏海の言葉を聞いた後、私は反射的に大介と会えないから! と言えなかった。
なんで私は大介と付き合ってるのか? 本当に好きなのか、最近わからなかった。でも気づかないフリをしていた。
「それにさ、自分のわがまま押し付けすぎだよ。ちゃんと相手のこと考えてる?」
考えてるつもりだ。でも、夏海の言ってる事にうまく言い返せないということは、図星なのかもしれない。
でも、ここまで言われて黙っているのは、なんかムカつく。
「なんで、夏海にそこまで言われなきゃダメなのよ。アンタに私たちの何が解るのさ。誰とも付き合ったことないくせに、偉そうなこと言わないでくれない?」
「いや、わ、私は別に……」
夏海はオドオドしだした。この子は凄くクールだけど、一回パニくると普段の冷静さを失う。私は、そこを攻めてしまった。
「ていうかさ、アンタちょっと大介君のこと聞きすぎじゃない? もしかして好きなの?」
「えぇ? 好きじゃないよ! カッコいいとは思うけど……」
「やっぱりそうなんじゃない。信じらんない。最低!」
私は、気づくと走り出していた。後ろを振り向くと、夏海はほとんど泣きそうだった。すぐに後悔して、謝りたくなったけど、もう遅い。
教師に髪を切られ絶望に浸り、大介に相手にされず孤独に浸り、夏海と喧嘩して悲しみに浸った。
私は高校に入学した頃、はなから高校に希望なんか微塵も感じていなかった。中学のころから教師とは喧嘩ばっかりだったし、私立は変な教師が多いとよく聞いていたので、これ以上バカな大人と付き合うのは絶望でしかなかった。
希望は感じていなくとも、憧れは感じていたかもしれない。高校生になればいろいろと変わる。学校には購買がある。学校帰りに沢山寄り道出来る。行事も増える。でも、普段の生活は、なんら変わらないのが現実。
香蓮高校は街中にあり、学校を出て近くのダイエーをまっすぐ行くと、街の中心部に出る。このまま家に帰ってもつまらないので、レラカムイというどでかい本屋へ行き、漫画や雑誌を買った。
タバコが欲しくなったけど、さすがにこの童顔では、人前では吸えない。つーか、今制服着てるし。
仕方ないので、カフェインで我慢することにした。本屋の隣にはオープンカフェがあり、そこにコーヒーショップもある。アメリカンコーヒーを注文し、椅子に座った。
「可奈!」
雑誌を開こうとしたら、いきなり声をかけられた。顔を上げると、そこには奈々がいた。
制服の水色のワイシャツ(上のボタンを二つ外して、シャツはスカートから出している)に、緑と赤のチェックのスカートがよく似合っている。
「アンタ何してんの、こんな所で」
「いや、可奈こそなにまったりタイム過ごしてるのよ」
「ちょっとね」
私がわざとらしく不機嫌な態度をあらわにすると、奈々は私の正面に座った。
「そんなあからさまにムスッとした態度とられるとね、凄く気になるのよ。……ていうか、気になってほしいんでしょ」
私は顔を赤くすることしか出来なかった。
「ねぇ、何があったのさ」
奈々は勝手に私のアメリカンコーヒーを飲みながらそう言った。
「大介と喧嘩して、夏海と喧嘩した」と私が言うと、奈々は思い切りコーヒーにむせた。
「どんな展開よ! そんな強烈コンボありえる? アンタ何したのよ」
「……大介が遊んでくれなくて、私がだだこねたら喧嘩になった。そのこと夏海に相談したら、喧嘩になったの」
溜息するかと思いきや、奈々は唸りながら机とにらめっこを始め、少しして奈々は顔を上げ私の目を見つめた。
その時、奈々の携帯から着メロが流れだしたので、「鳴ってるよ」と言ったら、奈々は「それどころじゃない」と言い出した。
私は思う。やはり一番頼りになるのは友達だろう。大介は私を見ずに携帯を見ていた。でも、奈々は私を見ている。
しょせん、恋人は友達以上の”何かを”与えてはくれない。まぁ、恋人は友達には絶対にないものを与えてはくれるが。
「困ったね。具体的に森崎君とはなんで喧嘩になったの?」
「大介が今日部活休みだったの。なのに、私と遊ばないで友達と遊ぶとか言い出して、それで私が怒ったの」
「なるほどね……。でも、森崎君だって友達と遊びたいでしょ。それは、可奈子のわがままじゃない?」
夏海と同じようなことを言う。じゃあ、付き合うってどういうことなんだろう。恋人のことは普通、一番に考えるものなんじゃないのか?
「温度差があると思うよ、二人には」
「……どういうこと?」
「つまり、ウエットとドライよ。可奈子はウエット。森崎君はドライ。あの人、結構サバサバしてるでしょ。……ポカンとした顔してるけど……。そうか、アンタバカだったもんね。ウエットつっても濡れとか湿ったりとかそっちの意味じゃなくて、情にもろいって感じの意味。逆に、ドライはそっけなくて、感情とかに動かされないの。合理的なわけよ」
言われてみれば、確かにそうだ。完璧に当てはまっている。
「でもこれはどうしようもないことね。森崎君は恋人と友達を同等に見る人なのよ。恋人のために自分の命を犠牲にするとか、そういうこと死んでも言わない人よ」
「……私は、どうすれば」
「可奈子もドライになって合わせるか、気の合う人探すか、恋人はしばらく作らない」
わからない。私はもう大介が好きなのか、なぜ付き合ってるのかもわからない。
「可奈子。無理するな。もう別れちまえよ。合わないんだろ? 可奈子なら、大丈夫。すぐに新しい人出来るよ」
奈々が「これあげるから、元気出せ」と言い、アメリカンコーヒーを私の前に置いた。
「これ、私のだもん……」
アメリカンコーヒーを買って失敗した。今は、甘いココアを飲みたい気分だった。
翌日の放課後、私は職員室にいた。
「おい佐伯。お前、田野先生に乱暴したそうだな」
担任の山田がそう言った。私は驚いて言葉が出なかった。
もうここまでくると呆れるしかない。人の髪の毛無理矢理切っといて、乱暴したそうだな、だと?
「アンタ、バカじゃないの?」
「佐伯!」
呆れるしかない。笑うしかない。田野は嫌いな生徒の髪を切ろうとしたところ、私と夏海と奈々に口で攻撃され、挙句の果てに教室で暴れられ、我慢ならなくなり、担任の山田にすべてを話したのだ。
「あのですね、センセイ」
私は腕を組み、わざと溜息をして、小さい子供を諭すような口調と声音で言った。
「私の髪の毛は黒いです。前髪は目の下あたりです。つまり、どこにでもいるふつーの髪型です。ワックスも何もつけてません。その私がなぜ髪を切られたのでしょうか? いや、生徒の髪を切るってだけで尋常じゃないですけど、1億歩譲ってそこは置いておきましょう。他校の生徒を見てください。ワックスめちゃくちゃつけて、髪染めてる子なんか沢山います。髪伸ばしまくってぼーぼーの人もいます。あれに比べたら、むしろ私の髪は真面目な髪です。校長先生、前の集会で言ってましたよね?」
私は、すぐ近くで欠伸をかきながら椅子に座っていた校長に目を向けた。
「な、なにを……?」
校長はオロオロしだした。普段の威勢はどうした?
「前の集会で、真面目で清純な、高校生らしい髪型にしろと言ってましたよね。私の髪型は奇抜ですか?」
「いや、まぁ……。普通だな」
「じゃあなぜ私は髪を切られたのでしょうか? 不思議ですよね?」
すると、周りのセンセイ達全員が私をにらみつけてきた。
この学校の大人は、本当にバカじゃないのか。自分たちの学校の教師が、やってはいけない事をやったのが、理解出来ないのだろうか?
教師は、常に生徒を悪者扱いする。理解に苦しむ理不尽な理由をつけて、私たちを怒る。だが、センセイは私たちに何かしてくれただろうか? 気に食わない生徒には面白いように一をつけ、自分のミスを指摘されたら、怒鳴りつけて騙される。しまいにゃ机蹴飛ばして暴れて逆ギレ。
もう、どうしようもない。解決策は無い。だって、私たち生徒は教師に対して意見を言うことは、死んでも許されないんだから。
私は、諦めて職員室から出て行った。そう、私たちが出来ることは、教師のバカさ加減に嘆くことだけだ。
家に帰ると、メールが来ていた。大介からだった。内容は”別れよう”の四文字だけである。
そうか、そんなもんか。私たちの付き合っていた約半年間は、たった四文字だけで終われるぐらいの時間だったってことか。
泣くかと思ったけど、泣かなかった。むしろ悲しみすら感じなかった。結局、私は大介が好きなんじゃなくて、恋人が好きだっただけの、最低な女だったんだ。
急に夏海に会いたくなった。今日は一言も話さなかった。
私は、夏海に「いつもの所で待ってる」とメールをして、家を出た。
いつもの所とは、幼稚園のころから一緒に遊んでいた公園である。今では、二人の雑談の場所である。夏海はすぐに来た。
「や、やっほぉ」
夏海はオドオドしながらそう言った。普段のぶっきらぼうな雰囲気はどこに行ったのだろうか。
「大介と別れたよ」
夏海は「えっ」と声に出して、私をずっと見つめてきた。
「良かったね。夏海、大介のこと好きなんでしょ? 奈々に言われたんだ。私はウエットで、大介はドライだって。夏海も結構ドライな性格だから、二人とも、お似合いだと思うよ」
そう言うと、夏海から急にオドオドした雰囲気が消えた。
「アンタ何言ってんの?」
「何って?」
「私、別に森崎君のこと好きじゃないよ。誰が好きなんて言った? 私はな、ずっと可奈子が心配だったから、キツイこと言ったんだよ。私は可奈子のことしか考えて無かったよ」
私は目の前が真っ暗になった。
考えてみれば、私の最近の行動は目に余る。大介の事を考えないで、自分の気持ちを押し付けた。何故そうしてしまったか。自分の考えてることが常識だと思ってたから。わがままだからである。夏海のことだって、一方的に騒ぎ立てた。自分で勝手に決め付けて、失言をしてしまった。
私は学校のことでイライラしてるから、そのせいで自分が何をしているのか解らなくなってると思っていたが、それは甘ったれである。
どんなに周りの環境が最悪だろうと、それとこれとは別だろう。嫌なことを、全て周りのせいにしていたのだ。
気づくと、公園の入り口に奈々がいた。
「私が呼んだんだ」
夏海が笑いながらそう言った。
「ねぇ可奈」
奈々が屈託のない笑顔で歩みよって来た。
「アンタは、相手のこと理解しようとした?」
「……してない」
「あのね、相手のことを理解しようとしないで、相手に自分のことを理解しようとしてもらおうっていうのは、虫が良すぎると思うよ?」
もう、全くその通りだった。私はとにかく自己中だ。
「あのね、理解し合えない教師には嘆くことしか出来ないけど、恋人の森崎君は、少しでも可奈子のこと考えてくれてたんでしょ?」
「……うん。喧嘩した日も、時間削って話しに来てくれた。そうだね、大介には感謝しなきゃだね」
空を見上げると、夕日がとても綺麗だった。私は、どうしてかは解らないけど、とても幸せな気分になれた……。
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■作者からのメッセージ
読んでくれた方、ありがとうございます。