- 『殺された日』 作者:Town Goose / ミステリ ショート*2
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全角5937文字
容量11874 bytes
原稿用紙約18.05枚
ある日、寝ていたらそこは知らない家だった。
夢なのに自分自身に体がない、耳は聞こえず目に映るものが全てだった。
だからきっと私は『目』になったのだ。意思に関係なく体を振り回されるので、眼が廻りそうになった。
そして、やっと顔の位置が固定されたかと思うと、そこに写ったのは机を挟んで向こう側に横たわる赤いワンピースを着た女性の死体。10メートル後ろから眺めても分かるぐらい腕があり得ない方向に曲がっていて、頭は上からUの字を切り取ったかのように窪んでいた。
その隣には、彼女に止めをさしたであろう血の付いた金属バットが彼女に寄り添うように横たわっている。その現実感の有りすぎる夢に少し吐き気がした。
だが、元々私は根っからの野次馬体質だった。どうやら数分も経たないうちに好奇心は恐怖心よりも勝ってしまったらしく、気付けば私は私に映る映像をひっきりなしに記憶していた。
部屋は見る限り1DK、場所にもよるが私の住んでいるところで考えたら大体家賃は十万から十三万といったところだろうか。二人暮だったには少し狭すぎる気もするが、あり得ないことは無いと思う。
だが、悔しいことに女の死体の顔はうつ伏せに倒れているので確認することが出来なかった。一番気になるところなのに、と心の中で舌打ちをする。
この殺人犯はやはり人を殺して興奮している、いや、もしや気が動転しているのだろうか。さっきからひっきりなしに私を左へ右へ振り回す。台所に行ってみたり、トイレに行ってみたり、机を上ったり降りたり。そして何度も女の死体のほうへ私を向ける。
ときどきちらちら私に映る腕や足などの端々の特徴から、どうやら殺人犯は男であることが分かった。が、肝心の男の顔が分からない。それは、自分の顔が分からないみたいで心臓をくすぐられたような、妙なもどかしさだった。
鏡に私を向けてくれればその姿が分かるのだけれど、と思ったが、何故かこの部屋には鏡が一枚も見当たらない。別にこの男に非があるわけではないのだが、無性にこの男に腹が立った。
このままでは埒が明かないし、つまらない。
そう思い、なんとか男の体を動かせないものかと四苦八苦していると―――突然、風景が変わった。
■ ■
視点が移る。どうやら違う人に移ったようだ。
しかし、このときも私は『目』で、体の自由が利かなかった。だが、さっきよりも違和感が少ない。早速、私の野次馬根性でこの人の情報をかき集め、私に映る映像を統合する。と、どうやらこの人は同性らしく、何故か耳も聞こえるようになっていた。違和感が無いのはそのお陰かもしれない。
しかし、この時の私は、何故かぼやけていてハッキリと目の前の映像を映していなかった。
もしかしたら、この女性は目が悪いのかもしれない。全ての映像がぼんやりとしているのだが、この女性の手や足など身近なものはクッキリと映っている。私も眼が少し悪いのでこの風景はそれのもっと酷くなったもののようだ。
この女性は何が悲しいのか私から涙を流して下に向けながら左右に振り回した。
そのたびに私に映るワンピースがはためいていた。
そのときも私はぼやけた風景の端々を少しずつ溜めていった。窓の半分がカーテンで隠されていて外が見え辛かったが、確かに窓の外にはぼんやりとした赤い塔が建っていた。おそらく私の住んでいるところと同じ区なんだと思う。
そして、この部屋の中央には机、なにやらこの風景には見覚えがある。
そう、考えた瞬間、私がぴたりと机の向こう側に定まった。
人がいた、それは多分男性だった。
そして彼女は何か気付いたようで、右下に私を向ける、それは多分、女性だった。
ああ、なるほど納得した。
つまり、私は、この女性の幽霊の『目』だったんだ。
少し、恐ろしくなった。幽霊の『目』になってしまったことが怖いのではなく、この幽霊の今何を考えているのかが怖かった。
私は彼女にその男に少しだけ近づけられる。しかし、どうやら男はこの女の幽霊に気付いていないらしく、さっきからウロウロと部屋中を歩き回っている。
その姿を見て彼女は奇声を上げた。
彼女は、狂ってしまったのだろうか。その姿は、何を考えているのかが分からない。じわじわと恐怖が私の野次馬根性に勝っている。見るのを止めようと思った。しかし、私の前の瞼はまったく閉じてくれない。
彼女は何かを喚きながら、ぴたりと立ち止まる。だが、彼との距離はさほど縮まってはいなかった。どうやら彼女は男に近づくのを止めたらしい。思い留まってくれたか、そう思い少し私は安堵した。
彼女は私を男から逸らし、もう一人の死体の彼女のほうへ近づく。
いや、違う。
私は彼女に向いていない。私は彼女の右に横たわる血に濡れた金属バットに向けられているのだ。
やめなさい、叫んだ。もしかしたら目が声を出しているかもしれない。そんな希望を持ちながら。しかし、彼女はそのまま何も答えない。
まって、金属バットなど、持てるはずが無いでしょう。なにせあなたは幽霊なのだから。そう願った私の考えは正しかった。
彼女はその落ちている金属バットに手をかけ、ぺりぺりと現実から透明な金属バットを引き剥がしてゆく。
考えなさい、片手で金属バットなど振り回せるはずが無いでしょう。それこそ間違えだ。なにせ彼女は幽霊なのだから。
彼女は木の枝でも扱うように金属バットを持ち上げた。奇声が一オクターブ高くなる。
そのとき、分かった。私は彼女の『目』になって音が聞こえるようになったわけではない。風景に音は無く、彼女の声だけが聞こえていたのだ。幽霊の声は聞くものではなく見るものであるのだろうか。だが、そんな理窟よりも今は彼女の声と光景だけを見なければならない現実に気が狂いそうだった。
私は男に向かい、ものすごい速さで連れて行かれた。
彼女の声は既に絶叫になっていた。
男のところに着くまで、あと数メートルもない。
もう少しで、男の顔が見えそうなとき
―――唐突に、私の夢は終わっていた。
■ ■
そんな夢を見たせいで、朝の目覚めは最悪だった。
いくら夢とはいえ、あれは本当に気分が悪い。しかも最後は人を殺す寸前の映像。朝起きた一瞬、ついさっきまで『目』だった私は、体の動かし方を忘れてしまっていたほどだ。
ベットから少しはなれた机においてある目覚まし時計に眼を凝らすと、時刻は午後の一時を指し示していた。
別にかまわない。今は、高校三年から大学生となる高校生活最後とも言うべき春休みだ。しかし、その気分の悪い夢は起きた後でも鮮明に残っていた。
「夢……」
……いや違う、多分これは夢じゃなかった。確かに、私はあの時『目』になっていたのだ。あの生々しいものを夢と言い切るのは正しいが、私はそんなことを信じない。
―――確かに、あの殺人事件は起きていたはずだ。
しかし、結局私は男の顔も殺された女の顔も最後まで分からなかった。あの男は誰だったのだろうか、そしてあの幽霊となった彼女は?
いや、そんなことよりもそもそもあの男はあの後どうなったのだろう。彼女にバットで殴り殺されてしまったのだろうか。
いろいろと考えてみるが、どうせ推測の域を出なかった。
ぐちぐち考えても仕方が無い。気分治しに外に出てみようか、とも思ったのだが、あの幽霊の女や殺人犯がこのあたりをうろついていると思うと怖くなり、毎度玄関前で足がとまってしまい、結局外に出られなかった。
取り敢えず、今日一日はニュースを見て過ごそう。そう思い、私は寝ながら見れるようにベットの前に設置したテレビの電源を右手を伸ばし押し込んだ。
昼ドラ、寝起きにあのどろどろしたわざとらしい演技を見るのは少々堪えたが、外に出れないとなると、特になにも出来ないので無いのでテレビはそのチャンネルのまま放置した。
そして、ドラマの再放送が垂れ流れる。見たことのないドラマで五話目が放送されていたが本々ドラマがあまり好きではない私は特に気にすることも無くそのドラマを見ていた。
そして、夕方のニュースが流れる。
だが、そこに私の期待したニュースは流れなかった。けれど、不思議と拍子抜けといった感情は無く、むしろ安堵といった気持ちのが大きかったように思う。
あと二日、あと二日あの事件がニュースにならなかったら私のただの思い過ごしで、私の見た夢はただの夢だとしよう。
そう決めて、友人の遊びの誘いを断り、私はあと二日だけ家に篭もってニュースを見続けることにした。
しかし、その後二日間、私の見た夢の事件はニュースに読まれること無く過ぎていった。
二日もたつ頃には安堵と言うよりも私の考えていたことも馬鹿らしく思えてきた。よく考えてみればどれだけおかしなことを考えていたのだろう。
夢で見た風景がちょっと現実的だったからと、これは本当にあったことだと決め付け、怖くなり、友達の遊びの誘いも断り、二日間もニュースを見ながら家に引篭もっていました。
よく考えなくても少し頭がおかしい人ではないか。
急に馬鹿らしくなり、私は春休みを遊ぶことにした。友人にこの話はせず、風邪を引いていたと嘘を付いた。
それは友達を心配させたくなかったと言うよりも、変な目で見られたくなかったのだと思う。そうして、私のあの夢は、日がたつにつれてつまらない記憶として、脳の奥底に沈んでいった。
春休みが終わると、私は大学生になった。
高校の友人は何故か同じ大学を狙っていた
ので高校との変わり栄えがなく、けれど人見知りな私にとって少し嬉しいおまけみたいなものだった。変わったと言えば、友人の眼がとても悪くなったことぐらいだ。
そんな中、突然友人が結婚することになった。知らされたときとても驚いていたが、よく考えれば彼女も十九歳、結婚がありえない年ではない。
大学に馴染めていないわけではないが、高校の続きの気分で大学にいた私は少し戸惑った、その様子を見て彼女は不安そうな顔をしていたが、それでも私は心からおめでとうといえたと思う。
彼女の夫とは、高校一年生からの付き合いだったから、有る意味彼女の結婚も高校生活の続きだったのかもしれない。
結婚式の彼女はとても綺麗だった。友人の花嫁衣裳なんてまったく想像していなかったので、その姿は本当に不意打ちだった。
彼女に何か声を掛けなくては、と思い口を開いたら何故か涙が止まらなくなり逆に花嫁に慰められると言う醜態をさらしてしまって、後々後悔した。
何故か良く分からない歌も歌わせられた。知らない彼女の親戚のおじさんがやたら私に絡んできて無理やりデュエットさせられたのだ。
でも、私が言うのは少しおかしいかもしれないが、私にとっての一生のうちでそう何度も無い、とても素敵な時間だったと思う。
式の終わりに、彼女は大学は続けると言っていたので、私は少し安心した。やはり友人が学校からいなくなってしまうのは心細いし寂しい。彼女の夫は高校卒業後、実家の家業を継いだらしく、もう働いているらしかった。
またあした学校でね。花嫁衣裳で言われるとなんか違和感を感じたが、その言葉が私にとって、とても嬉しかった。
―――だが、彼女はそう言った数日後、大学に来ることなく死んでしまった。
悲しみに明け暮れた。
友人が、人間が、こんなにも簡単に無くなってしまうものだとは思っていなかった。死因は聞いていなかった。
そして、記憶によみがえってきた高校のときのあの夢。
もしかして―――彼女は、夫に、殺されたのだろうか?
だが、もう彼女の死について何も考えたくなかった。夫がその通夜にいたのかさえ記憶に無い。考えるたびに、どうしようもない見えない穴が体に何個も開いてゆく。私は、もう、ボロボロだった。
そんな時、であった。ある男の人が、私に声を掛けてきた。その姿は鮮明に覚えている。髪の毛はセミロング、少しパーマの掛かった髪形で、眼鏡をしていた。
彼は優しかった。彼女の友達だったそうだ。災難だったね、僕も彼女にはお世話になったから。
よく考えればこんなの、三流の下手糞な口説き文句だ。悲しみに漬け込まれたと後々思ったが、私はしっかり騙されて、付き合ってしまえばそんなことはどうでもよくなった。
けれど、彼はそんなくさい文句抜きに優しかった。映画の待ち合わせには何時も十分前には来ていて、いつも私を待っていてくれた。街で変な奴らに囲まれてナンパされているところを助けてくれた。そして眼鏡をいつも二つ持ち歩くちょっと変な癖。全てが優しく、愛おしい。
彼女のことは忘れない。
けれど、彼と付き合ううちに、彼女のことも、いい思い出を残したまま、嫌な事実を薄くのばしていった。
けれどこのまま嫌なことを全て忘れてはいけない。もう少し立ち直ったら、彼女の死んだ理由をちゃんと調べて、夫を捕まえてやろうと思う。それが、あの夢を信じず、気付いてあげられなかった私の出来るせめてもの罪滅ぼしだったから。
そして、今日、私は彼の家に呼ばれることとなった。付き合ってひと月、既に新鮮さが失われては来たが、流石に家となれば気合も入る。私は箪笥の奥にしまってあった一張羅の赤いワンピースを引っ張り出し、口紅を塗って気合十分に彼の家へと向かった。
彼の家は一人暮らしにしては広かった。1LDKぐらいはあるだろうか、二人暮らしには少し狭いかもしれないな。などと妙なことを考えている自分に恥ずかしくなる。
そのことを彼に言うと、そっと優しく笑いながらコーヒーを入れてくるね、といって台所に向かっていった。
窓は半分カーテンが閉まっていて、その外には大きな東京タワーが聳え立っている。
部屋の真ん中には少し大きな机が置いてあってその上には何も置かれていない。
彼が戻ってくる。
友人の通夜のときのオバサンたちの会話が遅れて今になって聞こえてきた。
可哀想にねぇ、彼女若いのに心臓発作ですって
優しい彼のその手には、金属バットが握り締められていた。
裏切られたと言う気持ちはさほど無かった。
ただ、そうか、やっと分かった。夢で見たこの風景、私は、ここで殺される。
けれどそこにいた幽霊は私じゃない。ああ、なんだ、私たち最後まで死んでからも親友だったんだ。
有難う。私の死んだあとに仇は必ずとってね。
私はこの後現れ、仇を取ってくれるだろうワンピースを着た友人に、そう呟いた。
(了)
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2007/07/31(Tue)02:19:15 公開 / Town Goose
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■作者からのメッセージ
どうも、大変お久しぶりです。(覚えていらっしゃる方は……恐らくいないかもしれませんが(泣 )
本当は小説なんて書いている場合ではないのですが、まぁ、息抜きも大事ということで(汗
ご感想、お待ちしております。