- 『少年の夢』 作者:葵 / リアル・現代 リアル・現代
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原稿用紙約7.4枚
主人公の渚という少年が、自分のやりたいことは何かを探す物語。探して探して、意外と近くにあるということに気づいた――
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――なにかが見つかりそうな予感がした。
さきほどまで青々とした爽やかな空が、赤くきれいなオレンジに染まった頃のことだった。
黒崎渚(くろさきなぎさ)は、自動販売機でコーラを買っていた。ここの自動販売機から渚の家までは遠いわけでもなく、歩いて十分程度の所だった。渚は乗ってきた自転車の中にコーラの缶を2本投げ込むと、自転車を漕ぎ始めた。――漕ぎながら渚はこんなことを思っていた。
「俺のやりたいことって何だろ……」
渚は今年で中学三年、バリバリの受験生なのである。こんなところでコーラなんかを買っている暇は無い。部活も引退し、やることがなくなった。やらなければいけないことはあるが。しかし渚は、自分のやりたいことがよく分からなかった。
「将来の夢ってもんが無いんだよな……」
野球部に入っていたが、プロ野球選手になりたいわけでもなく、走るのが速いからといって陸上選手になりたいわけでもなかった。姉の唯(ゆい)が言っていた。
「自分のやりたいことってさ、探しても探しても見つからない時ってあるんだよ。でもさ、意外と近くにあったりするもんなんだよ」
「……唯のやりたいことって何?」
「あたし?あたしはねー、スタイリストになりたいんだよなーこれが」
唯はアイスを食べながら言っていた。
「なんかねー、洋服とか好きなんだよねー」
俺にはよく分からない。将来の夢って、好きなことやものから生まれるのか? じゃあ…俺の好きなことって何だ?
―――気が付くと家の玄関の前にいた。いつのまにか着いていたようだ。玄関のドアを開ける。リビングから母親の笑い声がする。いつ聞いてもでかい。多分テレビを見ているのだろう。俺はリビングへ向かった。かかとを踏んだ靴を投げ捨てて、手には二本のコーラを持って。
「ただいまー」
「あ、渚!おかえりー。あ、何それ。コーラ!?」
俺の母親はいつもそうだ。
「一本もらうねー」
俺の手からコーラを一本奪い取る。別におかんに買ってきたわけじゃない。ていうか俺が出る前に
「コーラ?いらなーい!今テレビ見ててそれどころじゃないし」
といっていたはずでは?いい加減な母親だ…。ま、こんなことは置いとくか……。
残った一本のコーラを持って自分の部屋に行く。机の上にはやりかけの宿題…。夏休みに入って、友達とわいわい騒ぐ機会も減った。今頃みんな勉強してんだろなとか思いながらベッドに横たわる。
「勉強しててもさー…やりたいことが見つかんなければ意味ねーじゃん」
それはそうだ。ただなんとなく高校入って、友達作ってわいわい騒いで、卒業する。もっとなんか、こう…やりたいこととか、ないかな。
「……それを今探してんだよ…」
そうだよ。そこなんだよ。気がつくと俺はコーラをこれでもかってくらい振っていた。
「あ」
シュワー……と静かに音を立てる。そして階段から誰かが駆け上ってくる音がする。一段…また一段。背中がぞっとしてきた。一階のテレビの音は消えてない。ということはおかんじゃない。と、
「おー!渚勉強はかどってるかー!」
予想はしていたが、やっぱり唯だった。
「あ、何それ。コーラ!?」
ヤバイ。見つかった。唯もおかんと同じで、絶対奪い取る気だ。
「ちげーよ。コーラじゃなくてコーヒーだよ」
「嘘つけー!やっぱりコーラじゃん!頂戴!」
俺の手から奪い取る。こんなんだったら最初から三本買ってくればよかった…。って、あ!コーラさっき思いっきり振っちゃったじゃん!
「いただきまーす」
ぷしゅっ。――俺は逃げたね。一目散に。玄関を飛び出して自転車乗って、あてもなくさまよっといたよ。
「帰りたくねーなー…やばいな」
さっきの空より少し薄暗くなっていた。公園の子供たちはまだ戯れている。怒られても知らねえぞ。
そして俺は…何をやってんだ。こんなことしてる場合じゃない……。
こんなかんじで、夏休みは終わっていった――。
新学期。まだ蒸し暑い日差しの中、久しぶりに友達と会った。いろいろ話した。夏休みはどうだったかとか、勉強したかとか、この前のテレビ番組がなんちゃらで――とか。いろいろ話した末に、俺は聞いてみた。
「なあ、お前はさ、将来の夢とかある?」
友達は目を丸くして俺を見た。はたから見ても、それは驚いている様子にしか見えなかった。
「お前がそんなこというなんてな。…びっくりした」
そうだ。俺はいつもふざけていて、こんなことなんか一ミリも考えていなかった、この俺が――――
こんなことをいうなんてな。想像もしなかっただろう。
「将来の夢、かー。俺は…サラリーマンでいいや」
なっ!
「え、サラリー…マン?」
「うん」
俺はこのとき、今まで生きてきた中で一番びっくりしている顔をしたと思う。
「そんなんでいいのか?」
「そんなんでいいって…うーん。俺はさ、平凡な暮らしが出来るだけで幸せだよ」
初めて知った。そういう考え方もあるって。俺はてっきり、学校の先生とか、料理人とか、そんなありふれた職業につくのが夢だと思ってた。
「じゃあ、たとえば…」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「高校生になっても、二十歳になっても、それ以上大人になっても、お前ら友達とわいわい騒いでいたいっていうのでもいいのか?」
友達が、口を開いた。
「いいんじゃない?」
この時、俺はこのときだけ、受験とか勉強とかどうでもいいような気がした。ただ、たった今夢が見つかったことで精一杯だった。単純にうれしかった。俺の好きなものは友達だったのかな、とか思う。意外に近くにあったんだなって思う。そして今、思う。
二十歳になっても俺らがわいわい騒いでますように。
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2007/07/26(Thu)10:24:03 公開 / 葵
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■作者からのメッセージ
今回のこの作品は一生懸命考えてみました。主人公の視点は、私の視点だったりします。感想などご指摘など、どうぞよろしくお願いします。ここまで読んでくれて本当にありがとうございました。