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『機械の少年』 作者:古崎 蒼 / ファンタジー 童話
全角13174文字
容量26348 bytes
原稿用紙約40.75枚
そこでは人型の機械の研究がされていました。自らの意思を持ち、自らの意志で動く機械を作ろうとしていたのです。失敗作として廃棄された機械たちは地下の奥深くで眠り続けていました。人から見れば、永遠とも呼べそうなくらいに長い時間を。ある日、そのうちの一つの機械が二人の兄妹と精霊たちによって目を覚ましました。けれど、誰も気づかなかっただけで既に壊れかけていたのです。誰も望んでいなかった結末が、そこにはありました。
 そこでは人型の機械の研究がされていました。自らの意志を持ち、自らの意志で動く機械を作ろうとしていたのです。
 しかし、プログラムどおり動く機械が何十台、何百台とできても、自らの意志で動く機械は出来ませんでした。その時代の最先端技術をかき集め、その全てを使っても――。
 研究者たちは落胆しました。もう何も打つ手がなくなったのです。彼らは研究から手を引くことにしました。法律に反することに片足を突っ込んでいる状態を、これ以上続けるのは危険だと判断したのです。
 彼らは、今まで作った数え切れないほどの機械を、地下の奥深くに捨てました。誰も来ることができないほど深く、暗闇しかない場所に。
 それ以来、その研究がされることはありませんでした。そして、廃棄された機械たちは地下の奥深くで眠り続けました。長く永い年月を暗闇の中から出ることもなく、太陽の光を浴びることもなく、この時代の技術が失われる瞬間もただ延々と、人からみれば永遠とも呼べそうな時間を、ただただ眠り続けていました。



「アン=ノーム、ほんとうにこっちであっているのか?」
 手に持つランプが照らす場所以外は真っ暗闇、という場所で、青年は尋ねました。青年の名前はガーネット。好奇心旺盛な青年です。
『うん。こっちから何か変な気配を感じるよ』
 ガーネットの周りをふわふわと漂うように、アン=ノームは自身の実体の無い体を動かします。外見は犬のように見えるけれど、言葉を話し宙に浮いていることから、犬でないことは瞭然です。
「そうか。はあ、なんで俺、こんなところに居るんだろう」
「……それはお兄ちゃんが、好奇心が疼くっ! なんて――」
「分かってるからそれ以上言うなよ」
 暗闇にまぎれていた少女がひょっこりと顔を出しました。ガーネットの妹であるアメジストです。アメジストはガーネットの静止の言葉に、ぴたりと口を閉じました。
「よし。いい子だ」
「だって、あのまま喋ってたらお兄ちゃん、私のことたたくでしょ?」
「しつけだ」
「ぶー」
 唇を尖らせると、アン=ノームに向かって手を伸ばします。触れ合った手と手から小さな光が溢れました。光が収まると、アン=ノームの姿は犬のような姿から少年の姿に変わっていました。
『アメ、いいの?』
「いいよ。一緒に行こう」
 声変わりしていない声をうれしそうに弾ませて、アン=ノームは笑いました。人の姿になるのは久しぶりだったのです。
「え、俺置いてけぼり?」
「大丈夫。お兄ちゃんなら何とかなるよ!」
『行こう、アメ!』
 アン=ノームはアメジストの手を引っ張って、暗闇の奥へと走り出します。ガーネットは、その微笑ましい光景を複雑な気持ちで眺めながらランプを持って後を追いかけました。
「シルフも呼んじゃおっか!」
『いいね!』
 先に走っていった二人は、変わらない暗闇の中で立ち止まりました。そして、アメジストは直径一センチ、高さが十二センチほどの緑色の筒を服のポケットから取り出すと、筒の上のほうを口元に持っていきました。
「イ ウェアル ア ディヴィネ ウィンドィ,アンドィ コメ オウト フォル ビレアドィ ビヮイ エマイ レドィ ディロピ,アンドィ アイティ アイエス ア マステル オゥフ ウィンドィ――」
 アメジストの口から紡がれるのは古代の、今はもう使われることの無い言葉です。この言葉は精霊の召喚に使われています。といっても、精霊を召喚できるのは精霊師だけですが。そして、その精霊師も今は少ないのです。
 言葉を詰め込んだ筒を、アメジストは暗闇にまぎれるほど高く、投げました。
「ユイ=シルフ!」
 高く投げられた筒は光の粒子に変わり、アメジストとアン=ノームの周りに降り注ぎます。
『呼んだ?』
 ふわりと緑色の風をまとって、ユイ=シルフは現れました。
「呼んだよ。久しぶり」
『いつも言っている、人目がどうの……っていうのはいいの?』
「うん。ここは人目なんてないし」
 微笑みながらアン=ノームとしたように、ユイ=シルフとも手を触れ合わせました。すると、ユイ=シルフもアン=ノームのように、少年の姿に変わっていきます。
『シルフ、久しぶりー!』
『うわっ! ノーム! びっくりするじゃないか』
 ユイ=シルフに飛びついたアン=ノームはへへへっとうれしそうに笑います。二人は友達ですが、めったに会うことは無いのです。
『さあ、さっさと行こう!』
『何処に?』



 暗闇の中をアン=ノームとユイ=シルフに手を引かれながら、アメジストは進んでいきます。その後姿を見失わないようにと、ガーネットもランプを片手に付いてきています。
『ここ、かな?』
 そういってアン=ノームが立ち止まったのは、ひとつの扉の前でした。
「“The disposal room”ってことは、処分場か?」
 扉についていたプレートをランプで照らすと、ガーネットはそうつぶやきます。
『たぶんね。さっきも言ったけど、変な気配がいっぱいある』
「変な気配って?」
『人じゃないんだけど、人みたいな……』
『曖昧な気配なんだよ』
 首をかしげたアメジストに、アン=ノームとユイ=シルフはそう答えました。ガーネットはその扉に手を掛けました。
「まあ、ここでグダグダ言ってもしゃーないし。とりあえず中に入ってみようぜ。危険は無いんだろ?」
『ああ、危険な感じはしない』
 ユイ=シルフのその言葉を聞いて、ガーネットはするすると扉を開きます。扉の向こうは、相変わらず暗闇しかなく、ランプの光でも何があるのかは分かりませんでした。
『イフリートを呼ぼうよ!』
「ま、それが妥当だろ。ってことで、アメジスト」
 イフリート会いたいという気持ちをむき出しにしたアン=ノームを見て苦笑すると、ガーネットは暗闇の奥を見ようと目を細めているアメジストに声を掛けました。
「了解です」
 そういうと、ユイ=シルフを呼んだときとはまた別の赤色の筒をポケットから取り出します。そして、同じように筒の上のほうを口元に持っていきました。
「イ ウェアル ア ゼ インカンデスセンセ,アンドィ コメ オウト フォル ビレアドィ ビヮイ エマイ レドィ ディロピ,アンドィ アイティ アイエス ア マステル オゥフ フラメ――」
 赤色の筒がほのかな光をまといます。アメジストはそれを上に高く投げると、名前を呼びました。
「サンク=イフリート!」
 赤色の筒の周りに溢れていた光が弾けて、あたりに降り注ぎます。その光の中に、暖かな炎をまとって、サンク=イフリートは現れました。
『アメジストか……久しぶりだな』
 追懐の感情を含んだ声を出しながら、サンク=イフリートはアメジストに手を伸ばします。アメジストは、その手に自分の手を触れ合わせました。サンク=イフリートの姿も、アン=ノームやユイ=シルフと同じように、人の姿へと変わっていきます。二人と違うのは、その姿が成人男性だということです。
『イフリート!』
 人懐こい性格をしているためか、アン=ノームはサンク=イフリートにも飛びつきました。
『おお、ノーム。元気そうだな、シルフも』
 アン=ノームの頭をなでながら、アメジストの傍らでアメジストの手を握っているユイ=シルフにも声を掛けました。ユイ=シルフは『まあね』と笑います。
 この三人が揃うのは久しぶりでした。なぜなら、精霊たちには所属性というのを持っているからです。アン=ノームならば土、ユイ=シルフならば風、サンク=イフリートならば炎、といった風に。そのため、彼らが居られる場所も限られます。そしてその場所を出ることは、忠誠を誓った精霊師に呼ばれない限りは無理なのです。
『して、何をすればいいのだ?』
 サンク=イフリートは、肩や頭にまとわりつくアン=ノームを気にすることなく、アメジストに問いかけました。
「ここを照らしてほしいの」
『ここ……? おや、ここは“Person type machine Institute”ではないか』
「ぱー……?」
 アメジストたちの目には見えないこの場所の様子が、サンク=イフリートには見えているようです。懐かしそうに目を細めました。
「“Person type machine Institute”って……人型機械研究所?」
 ガーネットはサンク=イフリートが呟いた古代語を、見かけによらず知識が詰まっている脳みそで現代語に変換して、口に出しました。その言葉を肯定するように、サンク=イフリートは頷きます。
『ここを照らす前に少し、昔話をしよう』
 サンク=イフリートは、アン=ノームに『お前も知っているはずだ』といいました。
 アン=ノームは思い出せないのか、首を傾げるばかりでしたが。



 そこでは人型の機械の研究がされていました。自らの意志を持ち、自らの意志で動く機械を作ろうとしていたのです。
 始めのうちは、研究者たちも一生懸命取り組んでいました。しかし、自らの意志で動く機械は、何百台と作っても出来ませんでした。いつしか研究者たちは人々を連れてくるようになりました。人体実験に、手を染めてしまったのです。研究所に連れてこられた人々が、自分の故郷に帰ることはありませんでした。
 しかし、たくさんの人々を犠牲にしても、自らの意志で動く機械が出来ることはありませんでした。最先端の技術をかき集め、その全てを使っても、どれだけ深く罪を犯しても、人体実験に手を染めても――。
 研究者たちは落胆しました。そして、人型の機械の研究は寂れていきました。打つ手がなくなったのです。
 彼らは研究から手を引くことを決めました。法律にそむくことにどっぱりと浸かっている状態をこれ以上続けるのは危険だと判断したのです。
 彼らは今まで作った数え切れないほどの機械を、地下の奥深くに捨てました。そこはもともと連れてきた人々を閉じ込める場所でした。そこは、人工の光が無ければ真っ暗で何も見えない、闇に満ちた場所です。法律にそむいていたことがばれることは万一にもありませんでした。
 それ以来、二度とその研究がされることはありませんでした。そして、廃棄された機械たちは地下の奥深くで眠り続けました。最新の技術、素材を使ったため、土に還ることも、錆付くことも、壊れることも無く、ただひたすらに暗闇の中で。
 機械たちは深い深い暗闇の中で、長い長い年月を重ねていきます。太陽の光を浴びることも無く、その時代の技術が失われる瞬間もただ延々と、この暗闇の中で眠り続けていました――。



『ああ! 確かにそういう話もあったね』
 サンク=イフリートの話が終わると、アン=ノームはポンッと手を打ちました。アメジストは憂いの表情を浮かべ、うつむきます。ガーネットは、きらきらと目を輝かせました。
「ここには古代の情報がたっぷり詰まってるってことか?」
『まあ、そうなるね』
 アメジストの手を握り、慰めるように引っ付いているユイ=シルフは頷きました。サンク=イフリートはガーネットの様子を見て苦笑すると、アン=ノームを振り落とさないようにして、片腕を上げました。
 上に上げた手のひらに、炎が集まっていきます。そして、サンク=イフリートはそれを弾けさせました。暗闇が支配していた部屋を、炎が支配しました。部屋の天井付近に無数の炎が浮かんでいます。
 炎に照らされた部屋には、たくさんの人型の機械が無造作に置かれていました。投げ捨てられた状態、といっても過言ではありません。
「これは……」
 好奇心が疼いてきらきらと目を輝かせていたガーネットも、さすがの光景に絶句しました。機械ではなく、本物の人間が転がっているように見えたのです。
 サンク=イフリートにはこの光景が見えていたのでしょう。少し伏し目がちにその場に立ち尽くしていました。
『アメジスト……』
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
 そう言うと、心配そうに見上げているユイ=シルフに小さく笑いかけて抱きしめました。人のような体温はありませんが、アメジストは温かい風のような温度を感じました。
 アン=ノームはすっとサンク=イフリートの肩から降ります。そして、手前にあった機械を覗き込みました。
『電源、ついてるみたいだよ?』
「でん、げん? なにそれ」
 アメジストが首をかしげると、アン=ノームは機械から目を離して、にっこり笑って答えました。
『簡単に言えば、この機械は動くって言うこと!』
 アメジストの役に立ててうれしいのか、機械から離れてアメジストの傍によってきます。飛びついてきたアン=ノームを抱きとめると、ユイ=シルフと繋いでいる手とは反対の手を、アン=ノームの手と繋ぎました。
「じゃあ、どうすれば起き上がるんだろう?」
『さあ、分からんな。ただ、機械だから何か“古代語で”命令してみたらどうだ?』
 お前なら簡単だろう、とサンク=イフリートは笑います。ガーネットは苦笑すると記憶からひとつの言葉を手繰り寄せます。
「起きろ、だから……えっと、“Get up”」
 ウィン、と小さく音がしたかと思うと、その機械は目を開きました。そしてゆっくりと上半身を起こします。その仕草は人間となんら変わりなく、機械だと知らなければただの少年にしか見えません。
「“Good morning. Have a command”」
「うげ……」
 どこも異常はないらしく、少年の形をした機械はガーネットをじーっと見つめます。
以上がないのはよいことですが、その言葉が古代語だということに、ガーネットはため息をつきました。
「なんて言ったか分かる? お兄ちゃん」
『ははっ。考えてないみたいだから分かってないよー』
 アン=ノームは茶化すようにけらけらと笑いました。
「う、うるせ!」
 少し頬を赤く染めると、ガーネットはぶつぶつと脳内変換を始めました。その姿が少し変人じみている、と思ったものの、アメジストはそれを口に出すことはしませんでした。
「“おはようございます。命令をどうぞ”か」
 何とか脳内変換が無事に終わったらしく、ガーネットは機械の少年の言葉を口に出します。機械の少年は、その間もじーっとガーネットのほうを見つめ、命令が来るのを待っています。
「なんか、いちいち古代語で会話して通訳すんの、めんどくせぇ……」
 はあー、と大きくため息をつくと、ガーネットはしゃがみ込みました。
「だったら、自分の意志で動くように言ってみれば?」
 アメジストはアン=ノームとユイ=シルフと繋いでいる手を軽く前後に揺らして、言いました。
「無駄だと思うけどね。ま、やってみるよ。えっと、“Move for self-will”」
「“Have a command”」
「“Move for self-will”」
「“Have a command”」
「“Move for self-will!”」
「“Have a command”」
「だぁから、自分の意思で動けっつてんだろぉがぁ!!」
 同じやり取りを繰り返すうちに、ガーネットはキレました。自分の短い茶色の髪をわしゃわしゃと掻き乱して、叫びます。その様子を見て、アメジストたちがあきれたのは言うまでもありません。
「“Therefore I will say that have a command, but it is a Bokenasu”」
 とうとう機械の少年までキレました。アメジストたちは全てを聞き取れなかったものの、“Bokenasu”の部分だけははっきりと聞き取りました。古代語と現在の言葉が変わっていないのならば、ガーネットは「ボケナス」といわれたのです。
「ははん! 早口すぎて分からねぇっつの!」
 胸を張って言うことではありません。
「だったら、きみの使うことばでいってあげるよ。だから命令をどうぞと言っているのだろうがボケナス、 といったんだ」
「!?」
 ガーネットは絶句します。なぜいきなり古代語から現代語に!? と。逆にアメジストとアン=ノームとユイ=シルフ、サンク=イフリートは喜びます。
「すごいすごい! 現代語喋ってる!」
『ついでに言うなら“ボケナス”もあってたよ!』
『きっとこの長い年月の間に機械の少年も自我、というものに目覚めたんだよ』
『ならばガーネットがきっかけを与えたことになるんだな』
 うふふ、あははと楽しそうに笑う四人(うち三人は人ではない)を見て、ガーネットはめまいを感じます。機械の少年もきょとんと四人を見つめ、ガーネットを見つめ、ガーネットに言い放ちます。
「命令を求めた僕が馬鹿だった」
 機械の少年は確かに自我に目覚めたようでした。この調子だと先が思いやられる、とガーネットはもう一度、大きくため息をつきました。



 このとき、すでに機械の少年は壊れかけていたのでしょう。
 でも、誰も気づくことが出来ないのです。



 彼は確かに、感じていたのです。全ての終わりが近づいていることを。
 けれど、何かが崩れていく音に気付かない振りをしていました。
 温かいと思い始めていたから。初めてだったのです。何もかも全てが。
 まだ、全てを終わらせたくないと思ったのです。だから、もう少し時間がほしいと思いました。
 彼は今までに機械であることを、こんなに悔やんだことは無いでしょう。



「花火?」
 機械の少年と出会ってからすでに、二ヶ月が過ぎていました。ガーネットとアメジストは機械の少年にエメラルドという名前をつけ、一緒に暮らしていました。
 始めのうちのエメラルドは、ばりばり機械、という感じでしたが、二ヶ月経った今では、人間にしか見えません。たとえ、本質が機械だったとしても。
「そう、花火。今日は村長の誕生日だろ?」
「九十九歳、だったか?」
 一ヶ月ほど前に聞いた情報を引きずり出して、エメラルドはガーネットに尋ねます。
「そう。キリの良い数字だから花火を打ち上げるんだってさ」
「キリのいいって……百歳のときのほうがいいんじゃないの?」
 もっともな意見を、アメジストは出しました。ガーネットはさあね、と肩をすくめます。
「ああ、おれはカノジョと行くから。ふむ……アメジストとエメラルドで行くといいよ」
 じゃあ、彼女のところ行ってくるー、と緩みまくった顔をそのままにして、ガーネットは家を飛び出していきます。アメジストとエメラルドは、困ったように顔を見合わせてため息をつきました。
「どうするんだ?」
「まあ、せっかくだし行こうか」
「分かった。……食器洗う」
 花火を見に行くことを了承してから、エメラルドは立ち上がって食器をキッチンへと運びます。食器を洗うのは、エメラルドの仕事です。アメジストはよろしく、と笑って手を振ると洗面所へ足を運びます。そろそろたまった洗濯物を洗わなければいけません。
「食器洗い終わったらいこうね!」
「分かった」
 エメラルドは頷きながら、ごしごしとお皿についている汚れを一生懸命落とします。最初よりかはましだけれど、まだたどたどしい手つきでエメラルドが食器と格闘している間に、アメジストは手際よく洗濯物を洗います。ウンディーネに頼んで。
『アメジスト、終わったわ』
 何かが違う気もしますが、ウンディーネがすがすがしく笑っているのですから、突っ込むこともないでしょう。
 アメジストがありがとう、とお礼を言うと、ウンディーネは周りの景色に溶け込むように消えていきました。ウンディーネがピカピカに洗ってくれた服たちをかごに入れると、アメジストは外の物干し竿へと向かいます。
 手際よく洗濯物を干していくアメジストを、エメラルドはソファーに座って見つめます。食器の量が少なかったので、いつもより早く終わったのです。
「よーし、後は――」
 物干し竿に干された服を満足げに見つめてから、アメジストは筒を取り出します。
「イ ウェアル ア ディヴィネ ウィンドィ,アンドィ コメ オウト フォル ビレアドィ ビヮイ エマイ レドィ ディロピ,アンドィ アイティ アイエス ア マステル オゥフ ウィンドィ――」
 古代の言葉を詰め込んだ筒を、アメジストは高く投げました。
「ユイ=シルフ!」
 高く投げられた筒が光の粒子へと変わり、アメジストの周りに降り注ぎます。
『お、洗濯物だね』
「そう。お願いします」
『まっかせてよ!』
 ユイ=シルフはどんっと胸を大きく叩いてから風を吹かせ始めました。この調子なら、あと十分もすれば乾くでしょう。
 反則的な技を使って洗濯物を乾かし、家の中に取り込んでから出てきた二人は、さっそく村長の誕生会が催される広場へと足を運びました。
 広場にはすでに、たくさんの人が集まっていました。アメジストとエメラルドは、その賑やかな人ごみを掻き分けながら進みます。人々の喧騒で、二人が会話をするのも精一杯です。
「あっちのほう、いってみよう!」
 ゆっくりはっきり大きな声で、アメジストが人の少なそうな方向を指差しました。エメラルドは、わかるように大きくこくりと頷いて、歩き始めたアメジストの後ろを歩きます。
――ざっ。
 一瞬、喧騒が止みました。すぐに騒がしく戻りましたが、確かに一瞬だけ、静かになったのです。エメラルドは手のひらを握り締めました。
 そのよくできた痛みで、我に返ったエメラルドは、人ごみの向こうに消えそうなアメジストをあわてて追いかけます。
 アメジストに追いついたエメラルドは、小さく息を吐きました。
「ど、どこも人がいっぱいいるなぁ……」
 汗を拭きながら、アメジストは人ごみの中で立ち止まりました。いい加減涼しいところへいきたいものです。
「あれ? エメラルド、大丈夫?」
 アメジストの傍らに立ち、沈黙を保つエメラルドに声をかけます。エメラルドはゆっくりアメジストのほうを向いて、口を開きました。
「平気だ」
「そう?」
 平気には見えないんだけど……。その言葉を飲み込むと、アメジストはエメラルドの手を引っ張りながら、再び人ごみを掻き分けて進みます。今度こそ、人の少ない場所を見つけるために。
 エメラルドは引っ張られながら、体が発する小さなギシギシという音を聞いていました。
 普通の人には聞こえないほど小さな、微かなその音は、しっかりとエメラルドの体の中に響いています。
 本当に、時間が迫っているのだと、エメラルドは再認識しました。だけれど、あともう少しだけ、待ってほしいと心から願いました。自分では気づいていないけれど、心の奥で。
「あ! ここら辺なんていいんじゃない?」
 やっとの思いで人の少ない場所にたどり着いたアメジストは、エメラルドの手を放して少し大きめの石の上に乗りました。
 広場から結構離れた場所でしたが、花火は見ることができるでしょう。
 アメジストは、人ごみの中にガーネットを見つけたらしく大きく手を振りました。エメラルドもそちらへ目を向けると、ガーネットも気づいたらしく手を振っていました。その隣には、美しい女性が立っています。彼女が、ガーネットのカノジョなのでしょう。エメラルドは小さく笑いました。
 視界の隅に黒い影が映ります。ああ、こんなにも――。
 目を瞑ったとき、大きな音が聞こえました。始めて聞く音です。
「エメラルド、花火が始まったよ!」
「あれが……」
 どぉん、と大きな音を響かせて、光が夜空に色鮮やかな花を咲かせました。アメジストの視線はもちろん、エメラルドの視線をも釘付けにするほど美しい花がいくつも開き、消えていきます。とても儚く幻想的な景色です。
 何度もどぉん、と音が響きます。
「?」
 唐突にぐらりと力が抜けて、エメラルドは地面にひざをつきました。アメジストが「大丈夫?」と声をかけながら体を支えてくれます。
 時間が来たのかと思ったのだけれど、違いました。体を支えてくれるアメジストがある場所をにらみつけています。そこには、下卑た笑みを浮かべる男たちが六人ほど立っていました。
 ふと、自分の体に視線を落としてみると、服がどす黒く染まっています。それをみて、やっと理解しました。花火の打ち上げの音と同時に、自分が打たれたのだと。
 けれど、危ないのはアメジストです。エメラルドは機械であるため、銃で撃たれてもなんてことはないのですから。アメジストの前に立とうとして、そのアメジストに制止の声をかけられます。
「エメラルド、じっとしてて!」
 その言葉にエメラルドは止まりました。命令に背けるほど、機械の性はなくなっていません。悔しくて唇をかみ締めても、それは変わりませんでした。
 エメラルドを庇うように立ったアメジストに狙いを定めて、男たちは銃を発砲します。
「無理だ、アメジスト!」
 詠唱する時間がない! そう叫びますが、アメジストの命令が体の自由を奪っていて、動くことができません。
「平気だよ! プレアゼ へレ、アン=ノーム!」
 アメジストは短い言葉を素早く紡ぎました。辺り一面に光が広がって、一瞬で収束しました。その収束した場所に、少年の姿をしたアン=ノームが立っていました。
 省略召還ですから、あまり長い時間はここにとどまって入られません。ですが、この男たちを蹴散らすくらいの時間なら、とどまっていられるでしょう。
『げっ! また精霊師ねらいの奴ら?』
「そう。お願い、蹴散らして!」
『りょーかいっ、アメジストの頼みだからね、断れないよ!』
 下手な鉄砲も数打てば当たる、の精神で打っているらしい男たちの銃弾から、アメジストとエメラルドを守っていたアン=ノームが、攻撃に出ました。
『串刺しだねっ!』
 アン=ノームの手が指す地面が、大きく揺れます。そして、地面から針のような土が何本も何百本も出てきます。
「うわああああああ!!」
「イ ウェアル ア ディヴィネ ウィンドィ,アンドィ コメ オウト フォル ビレアドィ ビヮイ エマイ レドィ ディロピ,アンドィ アイティ アイエス ア マステル オゥフ ウィンドィ――」
 男たちの悲鳴を聞きながら、アメジストは筒に言葉を込めていきます。そして、三人目の男が倒れると同時に投げました。
「ユイ=シルフ!」
『よし、今回もお空の星にしようか』
 物わかりが良くて助かります。
『シルフ、連携いこう!』
『わかった』
 攻撃の手を一度止めて、アン=ノームはユイ=シルフと並びます。そして。
『ロック!』
『トーネード!』
 ユイ=シルフの起こした竜巻に、アン=ノームの大きめのつぶてが巻き込まれて、残りの男たちに襲いかかります。
 その連携は、男たちの絶叫をもかき消すほどの威力を持って、残りの三人男たちを文字通りお空の星にしてしまいました。
「ありがとうアン=ノーム、ユイ=シルフ」
 どぉん、と音を立てて、今までで一番大きな花火が打ち上げられました。アメジストもエメラルドも、その大きく鮮やかな光がゆっくりと消えていくのをじっとみていました。
 ふらりと、アメジストの体が揺れました。そして、ゆっくりと倒れていきます。
『アメジスト!』
 今にも泣きそうな顔をした二人の精霊は、そのいつも以上に透けている体でアメジストに駆け寄ります。
「アメジスト!」
 エメラルドも、慌てて駆け寄ってアメジストの体を支えます。
 赤い滴が、アメジストの胸からこぼれ落ちていきます。それは、止まりません。
『アメ、死んじゃ嫌だよ!』
『アメジスト、死なないで』
「ごめ、ん……こんなはずじゃ、なかったんだけど」
 倒れていたはずの男が立ち上がり、銃口をこちらに向けていました。その銃口からは煙が出ていて、何が起こったかなんて、嫌でも分かりました。
 その男は、ユイ=シルフの風により、他の男たちと同様に空のかなたへ飛ばされましたが、アメジストの傷がなくなるわけではありません。アメジストの血は、止まることなく溢れていきます。
『ぼくが悪いんだ! ちゃんと倒せなかったから!』
「ちがう。アン=ノームのせいじゃないよ……」
『でも……』
「私が、未熟だっただけ。今まで、ありがとう……イフリートと、ウンディーネにも伝えて、ね」
 その言葉を境に、アン=ノームとユイ=シルフは消えていきました。
「アメジスト……」
「エメラルドも、そんな顔、しないでよね」
「だけど……」
 冷たくなっていくアメジストの手を強く握りしめて、エメラルドは唇をかみしめます。こんな結末なんて、いらなかったのに。
 自分が望んでいた結末は、こんな物ではなかったはずだ。どうして、アメジストが死ななければならないのだろう?
「最後に、エメラルドと花火、みれて……嬉しかった」
「……それは僕も同じだ、きっと」
「そ、っか。うれしいなぁ……」
 アメジストの瞼がだんだんと降りていきます。花火が消えて行くみたいに、アメジストの命も、消えていっているのです。
 こんなにも簡単に、命は消えていくのです。
「……もっと、みんなと一緒に――」
「アメジスト……?」
 するりと、エメラルドの手からアメジストの手が、ぬくもりが、命がこぼれ落ちていきます。戻す事なんて、できません。
「――!」
 アン=ノームだって、ユイ=シルフだって、サンク=イフリートだって、ガーネットだって、エメラルドだって、だれもこんな事、望んでなんかいなかったのです。
 ただ、平和に、幸せに暮らしていけるなら、それだけで良かったのです。
 どうして世界はこんなにも、厳しいのでしょうか。

 ――壊れるよ。

 ――構うものか。

 ぎしぎしと音を立てる体を無視して、ゆっくりと歩き続けます。目的地は、アメジストたちとであった、あの暗闇。壊れて、動けなくなるその前に、その姿を、ガーネットに見られることが無いようにと。あそこで、ずっと眠ろうと思いました。ずっとずっと、この想い出を抱きしめて。
 確かにエメラルドは機械で、人間にはなれませんでした。けれど、人間の心を、ほんの少しだけど、もってしまいました。だから。還ろうと思うのです。自分が生まれて、眠って、彼女たちと出会ったあの場所へ。すべてが始まった、暗闇へ。
 ふらふらと、ただ足を進めます。ぼろぼろの体を引きずりながら。

 一方でガーネットは、嫌な予感を抱えて走っていました。
 カノジョを置いてけぼりにしてでも、行かなければいけない気がしていました。
 そしてたどり着いたのは、広場から結構離れた人気のない場所。そこにぽつりと、たった一人、アメジストが眠っていました。
 穏やかな顔で、だけど真っ赤に染まっていて。
「アメ、ジスト?」
 膝をついて、アメジストを抱えます。ぞっとするくらい、冷たくなっていました。エメラルドも、居ません。家族が、全員――居ない。
 唯一の家族だったアメジストとエメラルドが、居ない。
「なんでッ、こんな……」
 誰がこんな結末を用意したのでしょう? 誰も望んでなかった、こんな。
 ガーネットは声を上げて泣きます。アメジストを抱きしめて泣きます。家族が居なくなったことを悲しんで、泣きます。



 大昔、そこでは人型の機械の研究がされていました。自らの意志を持ち、自らの意志で動く機械を作ろうとしていたのです。
 しかし、プログラムどおり動く機械が何十台、何百台とできても、自らの意志で動く機械は出来ませんでした。その時代の最先端技術をかき集め、その全てを使っても――。
 研究者たちは落胆しました。もう何も打つ手がなくなったのです。彼らは研究から手を引くことにしました。法律に反することに片足を突っ込んでいる状態を、これ以上続けるのは危険だと判断したのです。
 彼らは、今まで作った数え切れないほどの機械を、地下の奥深くに捨てました。誰も来ることができないほど深く、暗闇しかない場所に。
 それ以来、その研究がされることはありませんでした。そして、廃棄された機械たちは地下の奥深くで眠り続けました。長く永い年月を暗闇の中から出ることもなく、太陽の光を浴びることもなく、この時代の技術が失われる瞬間もただ延々と、人からみれば永遠とも呼べそうな時間を、ただただ眠り続けていました。

 ある日目覚めた機械の少年は、兄妹と三人の精霊に出会いました。彼女たちと一緒に暮らし始めた機械の少年は、名前をもらい、自我を持ち、まるで人間のように毎日を過ごしていきます。
 けれど、ある日少女は少女の持つ力をねらう男たちに殺されてしまいました。機械の少年は、少女と約束を交わし、すべての始まりの場所へと還っていきます。
 少し遅れて駆けつけた少女の兄は、倒れている少女を抱きしめて泣きました。
 機械の少年のことを思って泣きました――。
 機械の少年は、とても長い命をもっていました。少年とともに生きようとしてくれている人たちは、とても儚い命を持っていました。

 きっと、ただそれだけのことなのでしょう。
2007/07/05(Thu)23:16:43 公開 / 古崎 蒼
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■この作品の著作権は古崎 蒼さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 初めまして、古崎蒼といいます。
 今回投稿させていただいた、この「機会の少年」は結構前に書いたものです。
 切ない感じに仕上がっています。というより、仕上げたつもりです。
 本文のアメジストの台詞で、意味不明なカタカナの羅列がありますが、適当に書いたわけではありません。(Webで翻訳した)英語の文章を多少不規則的にローマ字読みしたものです。今読み返してみると、恥ずかしいものがあるのですが、直さなかったのは「機械の少年」という話の雰囲気の一部となっていると考えたからです。
 読んで下さった方々、本当にありがとうございました。
 この小説の雰囲気が、ほんのひとかけらでも届くことを願って。
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