- 『そんな世界、そんな現実』 作者:kurai / ショート*2 未分類
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全角3046文字
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原稿用紙約10.95枚
闇の中、一人の少女が歩いていた。白すぎる肌、無表情な顔がこの世のものではないような気にさせる。
「…………」
だが、現実なんてそんなものである。
「……う〜」
一人の少年が寝返りを打つ。
「あ〜、う〜」
うなされているのを見ると、悪夢を見ているようであった。
「……ふぎゃ!!」
もう一度寝返りを打った少年は、ベッドから転げ落ちた。
「いてて。げぇまだ八時じゃん、起きても最悪だぁ〜」
いまは夏休みだからか、昼まで寝る計画を立てていた少年―――柊ワタルは不平をもらした。ワタルは一人っ子であり、家はそれほど裕福でもない。だからこの時期、友達は遠出していても家は出かけない。起きても退屈だ。だから寝ていようと思っていた。ワタルの世界はそんなものである。
「……おはよ〜」
せっかく起きてしまったのだから朝飯を食べよう。そんな考えで階段を降りてリビングへ向かった俺は信じられないものを見た。
「あ、おはようワタル」
「…………」
見慣れた母親と、見慣れない少女がそこに居た。
「だっ……、誰だよそいつ!?」
そう言って少女―――同い年くらいで白い肌の―――を指差した。
「誰って、妹も忘れちゃったの?」
「妹?」
「……そう」
母親への問いにその自称妹が答えた。無機質な目をこちらに向けて。
「俺に妹なんかいねぇ」
「あらあら寝ぼけちゃって、イブはあなたの双子の妹じゃない。夏休みだからっていつまでも寝ていちゃダメよ?」
母がそういうのだから、自分が寝ぼけているような気分になってきてしまう。イブって名前は日本人じゃありえないはずなのだが、妙にそういうものだ、と思えてしまう。
「……悪かった。もう起きたよ」
腹が限界だったから、俺は考えるのを放棄した。
「……話がある」
朝飯が食べ終わるが否や、イブが引っ張ってワタルの部屋に連れ込んだ。
「なっ、なんだよっ?」
知らず知らずの内にイブへの違和感は薄れてきている。
「……わたしは、あなたの双子の妹」
「だからなんだよ?」
このときにはワタルは認めていた。
「それが、今のあなたの世界」
「はぁ?」
ワタルは、自分の妹の言動に違和感を覚えた。
「でも、現実は違う。あなたには現実を知ってほしい」
そう言って、イブが無機質な瞳でワタルの顔を覗き込んだ。
「お、おう……」
「ありがとう」
そういったイブの顔に、表情は浮かばなかった。
「……この現実とあなたの世界は違うもの」
「あ〜、それってどういう意味だ?」
いきなり、訳の分からないことを言い出したイブに、ワタルは妙な雰囲気を感じた。
「あなたの両親が、本当の両親とは限らない」
「はあっ?」
「あなたがそう思っているだけかもしれない、誰も違和感を感じていない。両親の方も同じ」
「待てって、訳わかんねえよ」
「そういうものだから」
「そういうもの?」
「……そう、そういうもの。そう思っているだけ」
「思っているだけ……?」
「そう。あなたの世界は、あなたの持つ情報によってできているあなただけの世界。現実とは違う可能性がある」
「それがどうして俺の親とつながるんだ?」
「親の話は仮定。でも本当かもしれない。あなたが友達と思っている人も、相手にとっては違うかもしれない」
「…………」
「現実で人が死んでもあなたが知らなければ、あなたの世界では関係のない事になる。それだけではない、あなたが知らないことは、あなたの世界に影響を与えることは無い」
「……なんでそんなことを俺に言うんだよ?第一お前は何者なんだ?」
「私は私。それ以外の情報は今のあなたに有益ではない。あなたには真実を知ってほしい。それだけ」
「真実……ね。なるほど、それで?」
何故か聞き入る気分になってしまう。感覚は、いつも通りなのに。
「現実には世界は無数に存在する。人によってその人の価値観によって創造されるものだから。でも、それが本当の事とは限らない。この世界に魔法があると思う?」
「……無い、んじゃねえかな?」
「それがあなたの世界。魔法はこの世界に無いものと思っているから。だから、不可解な事、私の出現にあなたはそういうものだった、と判断してしまった」
「じゃあ魔法はあるものなのか?」
「分からない」
「…………」
「私にその情報はない。でも無いと確証されていないから否定はしない」
「だから?」
「あなたは、した」
「……それが、俺の世界だと?」
「そう」
「っで?それがどうやってお前の言う真実につながるんだ?」
「あなたの世界は今の現実にある」
「…………」
「でも、あなたが見ていた夢が、現実だったかもしれない」
「はぁ?」
「夢の解釈の仕方。夢を前段階の現実として、覚めた後を改変後のものとする考え」
「あれが……現実?」
「それも、不明。だけど夢を脳で見たのならなんらかの情報は存在している」
「だけど、改変後だって言うなら今の俺はどうなる?記憶も何も、全て俺が存在してるって確信できる証拠はあるぜ?」
「それが現実の基本設定とすれば問題もなくなる。この世はそういう姿で生まれたとする事も可能」
「……あれが………?」
「私たちは、真実を知らない。いや、人類は知ろうとしていない」
「……あれ?じゃあ科学だ何だってのは?偉そうなおっさんが解明してきたようなやつはどうなる?」
「それに型をはめて、全てそういうものだと理由付けをしている。確証はないものもあるし、証明できないものは無いものと決め付ける材料」
「そんなもん……か。なら、俺はどうすればいい?」
「現実を知るには、自分の世界を捨てる事」
「世界を…捨てる……?」
「そう。現実に個人の解釈や価値観は必要ではない、邪魔なだけ。世界の基本構造は人の価値観、ならそれを捨てなければならない。全ての事象をそれが本当である、そういうものだ、と理解する事」
「…………」
「私がここまで話した事もほぼ仮定。でも現実とはそういうもの、それは分かる」
「……お前、記憶はあるのか?」
「ない」
「……それでか」
「そういうこと。私に記憶や価値観は存在していない。私は知るだけの存在。私には、生物として存在する要素は何も無い」
「何故俺のところに?」
「分からない。あなたが一番近くに存在していた、それだけかもしれない。ただ、あなたの情報が、私に存在した」
「それで、俺に世界を捨てろと?」
「そう。真実を一定以上、世界に広める必要があるから、私にはあなたが必要」
「そう……か……」
「来てくれる?」
「……すまん。俺には無理だ。今を捨てるのは俺にはできねえ。俺の世界は俺にしかないって言われても、俺は今を信じて生きたいと思う」
「……そう」
イブは、初めて表情を変えた。そこには、はっきりと悲しみが浮かんでいた。
「……さようなら」
イブがそう言って、目の前が暗くなった。
「おに〜ちゃ〜ん、朝だよ〜」
「……分かったから、俺の上から降りろ……」
ワタルは、ベッドの上に居た。見慣れた部屋だ。
「はやくぅ〜、おか〜さん下でまってるよ〜う。あっさごはん、あっさごはん〜」
目の前で、即興歌を歌っているのは、見慣れた妹だ。
「………ふぁ〜あ」
変な夢を見ていた気がするが、思い出せない。とりあえず、朝飯だ。
「おはよう、ワタル」
見慣れた、朝の食卓だった。
闇の中、少女が歩いている。
「私は、悲しい」
この世のものではない。だが、世界とはそういうものなのだ。現実とはそういうものなのだ。
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2007/06/23(Sat)10:22:01 公開 / kurai
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■作者からのメッセージ
突然、世界がこんなふうだったら、と思ったので書いてみました。
まだ短く話をまとめると言うのが苦手なのですが、いかがなものでしょうか?
感想を待っております。