- 『ネット・タグ』 作者:ラボタ / SF アクション
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全角3638文字
容量7276 bytes
原稿用紙約11.55枚
ネットゲーム世代の間で噂となっているリアルタイムアクションゲーム、「ネットタグ」。それは自鬼と呼ばれる鬼の形を模した二足歩行兵器を用いたサバイバルゲームであった。中学二年生の少年、山瀬昴斗は、このゲームをプレイした友人が発症した奇妙な病を探るために自らもゲームに参加する事に。白い影、と呼ばれる敵鬼を倒していかなければならなくなったのだ。
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序
右を見ても、左を見ても、動くものは何一つ見つからない。ヤツラの不気味な白い影は、立ち並ぶビルの群れの中で息を潜めているようだ。
オフィス街というのだろうか。眼に入る建築物はみな一様に四角い箱を模して建てられている。色や大きさ、窓の並びなどに多少の違いこそあれ、人の営みの気配すらないこの場所では冷たい氷の塊が壁を作っているようにしか見えない。申し訳程度の街路樹は、そのほとんどが薙ぎ倒されている。
「なんかあったな……」
その痕跡を見ただけで、おおよその見当はつく。木の幹にはざっくりとした爪痕が残され、力任せに押し倒された樹木の残骸が打ち捨てられているのだ、尋常ではない。倒れた木々の間にはひび割れたアスファルトの表面も見える。よほど大きな衝撃があったのか、その中心と思わしき箇所は円形状に窪んでいた。
確信は得た。おそらくはここで捕らえられたナカマがいるのだろう。この参上を見る限り、だいぶ派手に抵抗したようだが。
ともすれば、ここらをうろついていたヤツラはあらかた消えているだろう。なんせ獲物は早めに穴蔵に連れて行かなければいつ逃げられないとも限らない。
「ふぅっ」
額の汗をぬぐう。
額だけじゃない、冷や汗は全身から噴き出していた。嫌な緊張感から開放された、安堵感に胸をなでおろす。どうにもいけない、一度ヤツラの“収穫”を目にするとそれが頭から離れない。なんせ、生まれてこの方犬以上に食い散らかすような食事を見たことなんてなかったのだから。
そうだ、ヤツラは獲物を持ち帰ることを忘れたりはしないが、自分達の食料は現地調達なのだ。苦労して捕まえた獲物だ、貯めるより食うが早いとがっつくヤツも、中にはいる。
白い巨体がぐるりと獲物を囲み、牙をむき出しているあの様は、できる事なら二度とお目にかかりたくない。
「けど……今はヤバイな」
この近辺には自分しかいないらしい。これだけ往来のど真ん中にいて、気づかない者がいないわけがない。そうだとすると、緊急時に頼れるのは自分自身だけだ。
用心し、再度左右を確認する。相変わらず、無機質な街並みは風の音すらしない。
「大丈夫……か」
安全を確認したものの、とにかくここは一旦離れたほうがいい。そう感じ取ったのはいまだ治まらない心臓の跳ねるような鼓動と、孤独という事実。
そして。
「え」
誰かに見られているという疑惑が段々と、現実味を帯びてきたからなのだろう。
GAME OVER
1,弟
最高気温三十二度、というのはどうやら間違いのようだった。なぜなら、この肌にまとわりつくような熱気は明らかに平熱をオーバーしている。
見事なまでの日本晴れ。太陽は尊大すぎるほど自己主張してやまない。
左手に持った団扇代わりの下敷きは、さっきから耳障りな騒音をたてているが、こいつが唯一の生命線なだけに文句は言えない。しかし、どんなに仰いでも結局は熱風を被っているだけなのだが。
右手は先ほどまでの仰ぎに疲れ、投げ出している。本来ならペンを握る役割を受け持ってくれるはずだが、文字を書いたところで汗がにじんで、書きづらい上に読みづらいことになるのがオチだ。
今のこの状況は、どうやらオレ個人に限った話ではなさそうだ。
「つまり、織田信長が行った楽市というのは――」
教師のむなしい声が教室の前から後ろに流れていく。三十人近くいる生徒の中で誰一人の耳にも止まることなく、後ろの壁に当たって消えていった。
ノートをとる者はいても、書いてはペンを投げ出し、また書いては投げ出し、を続けている。大半が頬杖をついて気のない顔で黒板の上をぼぅっと見上げている。彼らの頭の中にはあと十分後に訪れる昼休みの事以外に存在しない。誰もが秒針の働く様をまじまじと見学していた。
この気温の中では、寝るという暴挙に出る者はいなかった。
「はい、それでは今日はここまで。明日は本能寺からやるぞー」
そんな予習を促す言葉は教室を流れることすらなく、休み時間の合図の中でかき消されていた。教室中の生徒全員がせきを切ったように立ち上がり、弁当を出し、思い思いに昼食をとり始めていた。もはや、教師など眼中にすらないのだ。
オレもそんな例に違わず、持参の弁当を広げる。とはいっても、あまっていたパンの間に卵やハムを挟んだだけの簡素なものだ。
「コウ、ジュース買いにいかねぇの?」
「あ、行く。ちょっと待ってろ」
教室の入り口で財布を握った男が一人、声をかけてきた。
「行こうぜ、缶は売り切れるのはやいからな」
「おぅ」
この、声をかけてきた人物の名は金城桐志。中学に入ってはじめて会話を交わした人間なだけに、関係は深い。よく映画や他の遊びに誘ってくれるのもこいつだ。
陸上部に所属してはいるものの、記録や勝ち負けに執着はしてないらしい。聞いたところによると彼の100M走のタイムは一年の時から伸びも縮みもしていないようだ。部内にも友人は何人かいるみたいだが、もっぱらオレ達とよく行動している。
「そういや今日、カツはどうしたんだ?」
階段を降りている時に、桐志は俺に聞いてきた。
「いや、知らない。連絡来てないんだよな」
「そっか」
桐志が話題に上げたカツ、というのは俺の近所に住む、八津井勝矢の事だ。勝矢は小学の時に知り合った、付き合いの長い奴だ。オレが小学二年の秋に転校してきて以来、行動をともにしている。
中学二年になってオレ、桐志、勝矢の三人は同じクラスとなった。勝矢と桐志も面識がなかったわけではなく、三人でつるむ様になるまでにそう時間はかからなかった。
「でも珍しいな、カツが休むなんて」
「そういや、小学校の時も皆勤賞とってたな」
人がごった返す購買の前を抜け、自販機の列に並ぶ。どうやら飲み物をお預けされる事はなさそうだ。
「だろ? 三十八度の熱で平熱だとか言ってるあいつがさ、なんもなしに休むなんてないだろ?」
首をかしげる桐志。
それもそうだ、勝矢は勉強とか部活とかそういった付属物もあわせて学校そのものを毎日楽しんでいるような奴だ。半分趣味も伴っている学校を休むなど、考えればなかった事だ。
「どうせ夏風邪でも引いたんだろ」
夏風邪は何とかしかひかない、勝矢には合わないがこういえば手っ取り早いだろう。
「そんなもんかねぇ」
ようやく順番が回ってきたようだ。桐志が財布から百円玉を取り出し、スタンバイしていた。すでに売り切れの赤い文字が点灯している物もいくつかあったが、お目当ての炭酸ジュースはまだ余裕があるようだった。
「お、あったあった」
缶を開けると小気味いい音とともに炭酸の泡がふきこぼれてきた。あわててそれをすすり取る。
周りの人目を気にしながら、購買の列を抜けていった。
桐志はそこで缶を開け、グイッと一飲みした。俺の炭酸も、量は少し減ったが良く冷えていて、のどを潤してくれる。火照った体の冷却もしてくれるのだから大助かりだ。
飲み物を手にし、昼食を取るために教室へ帰る途中に見慣れた顔が上から階段を下りてきた。
「あ」
肩口まである黒髪を揺らしながら近づいてきたのは、八津井沙彩先輩であった。名前から察せられる通り、勝矢の姉である。この人も小学校の時からの知り合いであり、遊び相手ではあったが同時に説教役でもあった。
「先輩、どうしたんですか?」
「うん、ちょうどあなた達に用事があって。……いいかしら?」
先輩は人差し指で上を指した。オレ達の教室が三階にあり、その上は屋上になっているのだ どうやら廊下や教室ではなく屋上で話したい事があるらしい。
「あぁ、俺はいいですけど」
隣を見てみると、桐志も同時にこちらを見ていた。そして、口端をにやっと持ち上げた後。
「オレも全然構いませんよ、なんならここでも」
「ううん、屋上のほうがいいわ。さ、来て」
先を行く先輩に付き従い、階段を上っていく。先輩はよく俺たちの馬鹿騒ぎに対して説教をしてくるから、今回もそうかと思ったがどうやら毛色が違うようだ。いつにも増して真剣な顔をした先輩の背中は、少し小さく見えた。
階段の上りきると、目の前には重たそうな扉が立ちふさがっている。原則的に生徒は何らかの明確な目的なしで屋上に上がることはできないのだが、そんな規則は誰も守ってなどいない。鍵がかかってない事から、教師すら忘れていそうな校則だ。
屋上にはちょうど誰もおらず、自分達が一番乗りだったようだ。それもそのはず、こんな日の照った日にわざわざ屋上で昼食を食べようなんて思う奴なんていないだろうから。
「……弟の事、あなた達には話しとこうと思って」
「勝矢の事ですか?」
端の柵に寄りかかった先輩は横目に校庭を見下ろしながら言った。
その時、狙い済ましたかのように周囲の音が完全に無音となった。
「今朝、病院に運び込まれたわ。昏睡状態でね」
「え……?」
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2007/06/19(Tue)03:40:25 公開 / ラボタ
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■作者からのメッセージ
はじめまして、ラボタです。
とりあえず一話目ですが、どうでしょうか。
注意点などありましたらお願いします、すぐに修正します。
それでは。