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『DEATH・ANGEL  (仮』 作者:絶望F / ファンタジー ホラー
全角3417.5文字
容量6835 bytes
原稿用紙約10.25枚
2010.12月、大阪に隕石が落下。これによって日本は国連からの支援のもと抱擁されることとなる。同時に国内での異変が次第に表面へ現れる。コンクリートの残骸に埋もれる人間に、都市の崩壊。だが一番に暴走し始めたのは人間そのものであった。
−1−


 からすがばさりと飛んで葉を揺らして木の枝にとまった。ごくりとつばを飲み込み腹ごしらえをすべく、狙いの“餌”を嗅ぎつけてきたのだった。
 からすは狙いをさだめて飛びついた。木の枝をごそりと揺らして地上へ飛びかかった。ばさっと羽を広げて鴉は獲物に噛み付いた。
 ぐちゃりとおぞましい音と同時に地面に赤い模様が散らばるが、からすは無我夢中に喰らいつく。その匂いにつられて何匹も集まってくる。赤い血をどぼりと流しながらも、その人体はぶるぶると震えて食べ続けられた。人間の眼球をえぐって、そしてむしゃぶった。
「が……が……あが……」
 地面に横たわっていた人間はまだ生きていた。もがき苦しみながらも逃げ出せないのか。
 からすが目をかきまわしたのと同時に心臓はひるがえって静止した。周囲の人間は無造作にその死体を放置していた。そこら中を眺めると、幾つもの人間が血を吐いて死んでいる。雨雲がもわもわと空を覆い、その下で赤い血が散乱していた。風に舞う新聞紙に何匹もの野良犬、そして崩壊する建物。ビルはこてりと倒れて、あちらこちらにコンクリートの破片が人間を押しつぶしていた。それが自然体であるかのように“動く”人間は動揺もしない。

 〈――今朝入った情報ですが、“正気団”と“特務隊”との暴動が勃発した模様。東京都内の情勢は……ガガガ……一向に良くならない状態であります。これも隕石落下事件による発端なのでしょうか?〉
 ひび割れたガラスの向こう側にテレビが一つだけ映っていた。少しノイズが混ざりながらもテレビは可動。“今の東京”の状況を丁寧にアナウンサーが語っている。
 内藤慎一それを見ていた。
「……残酷だ……」
 うつろな瞳を泳がせていた。
 現在十七歳という少年は年とは違って背丈は低く、身体つきも少々弱々しい。顔は小さく体も小柄なためにその年齢とはかなり遠い様相である。
 だがその身なりは白衣姿であった。どこかの病院の病人であろうか。病人でなければその病人を殺傷した殺人鬼なのか。白衣は赤い血を浴びて至る所が破れている。
 慎一はむしゃぶりついているからすを視界に入れた。
「……人間が……死んでる……」
 まぶたを閉じて目の前の情景を黒にすると、再び瞳でからすを見つめた。ゆっくりと喰う、からすの動く口ばしを凝視する。
「僕も食べてくれよ……死ねば楽になるかい?」
 自分を滑稽な奴だと感じているし、残酷な奴だと自分で嫌っている。
 まわりを見れば全てが赤く染まっていて死骸がゴミのように放置されている。少し歩けば目の前には、からすが美味しそうに吟味しているではないか。傷口にはハエがたかっている。白衣の血に誘われたのかハエが同じように僕の身体にまとわりついてきて邪魔ではないかと手で払った。
「いや、もしかしたら僕が邪魔な奴なのかな……」
 慎一は空を見上げると雨雲からポツリと一滴だけ水滴を感じたようだった。雨が降ってきそうなのだ。雨雲はゆっくりと慎一を監視しながら通り過ぎていく。さっきよりも大きな水滴が慎一の頬をつたって地面へと落ちた。ポツン――。その瞬間に背後から息を吸う音が聞こえた。
 ――殺してくれるのかい?――。察したようにそんなことを思いついた。
「止まれ!」
 この罵声に慎一は驚きもせず慎重に体を、視線を、その男に向けた。一人の男が銃を構えている。
 ショットガンを構えている迷彩の男が一人、慎一のすぐ数歩後ろにいた。おどおどと緊張した面持ちの小柄な大人である。慎一は首をかしげた。
「僕を殺すの?」
 小声でつぶやく。雨雲はさきほどよりも黒くなっていた。いまにも降りそうである。
「早く僕を殺してくれればいい……」
「化け物め……!」
 目の前には白衣の少年が。男は汗を浸して引き金を濡らしていた。ぬるぬるとすべる引き金。あせるのだ。男はやるべきことがあってこの少年に銃を向けて引き金を引こうとしている。しかし男は小柄な子どもに怯えてしまっている。慎一はむなしくなった。
 汗がしたたり白い歯を見せる。笑みを浮かべて男は震えながら引き金を引いこう指を手前に動かした。
 ――やっぱり死ねない――。慎一は心中で思いふけた。
 男は天に向かって血を噴出した。雨雲が一瞬だけ赤く染まったように見える。慎一はうつむいたまま天に振りあがった血をびしゃりと浴びた。男は腹を斜めに“斬られ”赤い血を一斉に放射したのだ。地面に内臓が散っていた。
 慎一は白衣に返り血を浴びながらも顔にかかる血を手でふき取る。
「僕は化け物――……」
 慎一は右手を見つめて落胆した。
「悪魔の体――」
 男は慎一によって粉砕されたのだった。
 白衣の袖からはなにやらこの世のものではないような物体がちらついた。浮き出る緑の太い血管に、赤の長い爪、黒色の肌。その手は血を浴びてからすのように味わっているようである。
 奇怪で異様な腕を白衣の袖に隠すと、もう一方の手で横たわる男のまぶたを下ろした。
「母さん……僕はまた殺してます」
 慎一の脳裏にはふと二年前の事情が思い起こされていた。

『あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
 部屋一面に女の悲鳴が共鳴した。慎一の母親・亜矢子は腹をえぐられて、そこへ居座ってしまっていた。止血ということが不可能な状況であった。脊髄が丸見えの状態で、内臓はぼとりと床へ投げ捨てられたように置き去りにしてある。
 亜矢子の悲鳴に慎一は瞳を小さくさせた。そして自分の行為に憎悪した。
 黒い肌に、血のような真っ赤の爪。その爪が母親のはらわたをかき混ぜてしまっていた。自分では制御がきかないのだった。手は心臓の鼓動と同じようにどくりどくりと脈を打っている。しかもその振動がかなり大きく、手は左右に揺さぶられている。
 一瞬の出来事であったのだ。慎一の手はめしめしとうなりをあげて、ガラスが割れたように皮膚はヒビ割れを起こし始め次第にその割れ目からは黒い皮膚が芽を出し始める。人間の皮膚は床へボトっと落ち、中からはびきびきと魔物の手がはいずりだして来たのだった。その悪魔が母を切り裂いた。
 その後に母は床に倒れて、すぐさま死んだ。魔物に狩られたようにだ。

 紫の涙が慎一の瞳から流れた。倒れた男は成仏もしないだろうと思ってしまうのだ。
「こちら“特務隊”第三部隊、目標を発見。……しかし味方一名が殺された模様」
 コンクリートの残骸を背に向けて、迷彩の男が通信機を片手に話しかけている。
「他の仲間にも応戦を頼め。目標の追尾をしろ」
 通信機の向こうの男は枯れている声である。声が喉をよく通らないでいる。
「了解しました」
 通信機を腰のベルトへ引っ掛けると、コンクリートの残骸を背に向けてゆっくりと覗き見した。白衣の少年がひざをついている。
「この距離なら撃てるか、捕獲など無理に決まっている……!」
 肩に掛けてあるショットガンを胸元に持ってくると両手でしっかりと握り締めた。氷のように顔はこわばっている。緊張気味である。
「化け物が子どもだとは……」
 ぐしゃり、足を踏ん張って迷彩の兵士は偉容なものである。しかし表情は壁のように固い。男はショットガンの残弾をチェックすると息を飲んで少年を見た。風が地面を蹴って枯葉を空に打ち上げた。その向こうにはからすが集っている。ただそれだけが情景として見えているだけで少年はそこにはいなかった。
 男はすぐさまコンクリートの壁に背を向けて隠れた。冷たい水滴が頭にあたって首筋を通っていく。汗と一緒に水滴がまじりあう。頭の中の思考も混乱している。先程までそこにいたではないか、それとも神の傲慢か。男は今、“さまよえるユダヤ人”のごとく悪夢の中を彷徨ってしまっているだ。
 口の中が砂漠になる。そして血が頭に昇る。
「僕を殺そうとした?」
 今、男はさまよえるユダヤ人という罰から解き放たれた。白衣の少年は間違いなく男のすぐ横に立っていた。がしゃり、銃が地面に落ちた。ゆっくりと男は視線を横へ移していく。白いものが視界へ入っていく。瞬く間に視界が赤くなって空が見え始める。男は死んだ。
「化け物にもしなくちゃならない事がある。それをなしてから死ぬよ」
 再び慎一の“野獣”の手は赤く染まる。
 さまよえるユダヤ人はもしや慎一なのかもしれない。
 ――キリスト再臨の日まで死ぬことを許されないキリストを侮辱した罪をもつユダヤ人――。



2007/06/11(Mon)16:17:23 公開 / 絶望F
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