- 『笑い声』 作者:勿桍筑ィ / リアル・現代 ショート*2
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「びひゃひゃひゃひゃ!」
暗闇の中から突然甲高い笑い声が聞こえてきた。しかもその声は、とても不気味に狂っている感じだ。
隣で話をしていた大学の友人の山田は、その笑い声がしたあとスッと立ち上がって、暗闇の方にテクテクと歩きだした。
「おい、」
今日は、クラスの男共の集まりで酒飲みをするために、一人暮らしをしている俺のマンションに山田と緑髪の犀山(さいやま)と二十代ながらにビール腹の木村が来ていた。そんな中、あの笑い声がしたのだ。
俺の部屋は、ワンルーム。暗闇があるのは、玄関から何もないくせに少し長い廊下を含めた所だ。
「山田? おい……」
山田は、無言で玄関の方に消えていってしまった。
玄関に行くための廊下にはトイレと風呂がある。が、その足取りはトイレに行くようなものではなく、何かに操られて、引き寄せられているかのようである。
俺と木村は、急いで山田を追い、部屋と廊下の境目にある明かりのスイッチをオンにした。
「え……」
「山田!?」
山田の姿は消えていた。玄関が開いた音も閉まった音もしなかったにも関わらず。
トイレに入ったのか? そう思い、トイレと風呂を覗いたが、そこにもいなかった。
「……」
山田と俺は、顔を見合せて、苦笑いをした。
不思議なことに、突然姿を消した友人がいるにもかかわらず、焦りも恐怖も感じずにいた。そして、俺たちはゆっくりと明かりが点々としている部屋に戻った。
「はあ!?」
「おお。なに突然席立ってるんだよ」
そこには、今さっきいなくなったばかりな筈の山田の姿がある。しかももっと驚いたのは、その隣に一緒に山田の後を追いに席を立ったはずの木村の姿があったことだ。なぜ、こいつらはここにいるんだ。なぜだ。俺は、一体誰の後を追い、誰と一緒に席を立ったんだ。あれ?
「犀山は?」
と聞くと、そこにいた山田と木村は顔を互いに合わせ、眼をぱちぱちした。
「さい……何?」
木村が、顎を突き出して、聞き返してきた。
「犀山だよ。ほら今日皆で酒を飲むために集まって、話や花札とかしただろ」
二人は、怪訝な顔をした。一体こいつは何を言っているんだ、といった顔立ちだ。
「いや、そのさいナントカっていうのは知らないけど、今日はお前がサークルの飲みで、潰れたから、」
「お前を、家まで運んで来たんだよ。そして、俺たちはもう終電も出たから、ここで泊まらしてもらおうかと話していたとこだったんだ。そしたら急に、」
急に俺が立ち上がったってことか?
二人は、言葉をリレーしながら、俺に説明した。
「いやー、でもビックリしたよ。急に立ち上がって、廊下の方に行って俺の名前呼ぶんだもん」
「だよな、俺もビックリしたよ。山田? 山田? て焦りながら言うんだもんな。ハハハ」
二人は、今何が起こっているのか、まだ飲み込めない俺の前で、笑いながら俺の行動の話をしている。俺は、焦ってなんかいない。なのに、焦って、て。
「いや、山田が立ち上がったんだろ! そして、木村と俺は――」
二人は、バッと立ち上がり、山田が不敵な笑みを浮かべて語りかけるように、俺の耳に口を近づけて言った。
「俺とお前って、いつからそんなに仲良かったっけ? 今日が初対面だよな」
え……。初対面?
「新山君、いくらサークルの人で、先輩に見えないからって呼び捨てはだめだよ」
「木村! おめえ、一言多いわ」
「ごめんごめん」
山田……先輩? 何故だ? 今日はクラスの仲間で飲みしようって計画して、集まったんじゃないのか? なのに、なんだ。これは。
山田は、俺の左方に手を置いて、木村と冗談を言い合い、再び俺に向き直った。
「ここに運んできたのは、木村がお前の家を知っていたからだ。そして、お前は酒飲んで潰れた。それを俺たち二人が、終電を乗り過ごしてまでも、お前を家まで運んだんだ。分かる? 今日泊めてもらうよ」
確かに、木村を、一度家に招待したのは確かだ。あの時も、普通にタメだったはず。それがどうして、いきなり先輩なんか。
山田は、こちらを凝視している。まともに前を見られない。木村に助けを求めようとするが、木村も同様にこちらを、だが不敵に笑みを零してこちらを見つめている。俺は、カツアゲでもされている中学生かのように身をかがめて、目をパチッとつぶした。
「びひゃひゃひゃひゃ!」
あの時の笑い声だ。これを聞いてから、おかしくなったんだ。何なんだこの狂ったような不気味に甲高い笑い声は。
「――――おい……おい」
誰かの声が聞こえる。目の前が真っ白だ。誰だろう? ここはどこだ?
「……にいま。……新山!」
ハッキリと聞こえた声に、俺は眼をパッと見開いた。
「大丈夫か?」
目の前には、男がいた。
「犀山か」
目の前の男は頷いた。やっぱり犀山だ。
ここは、どこだ? 周りはガヤガヤ騒がしいことは分かる。
「まったく、弱いくせに飲むからいけないんだ」
弱い? 飲む?
「何こと?」
犀山は、呆れたといった表情をした。
「覚えてないのかよ」
俺が頷くと、続けた。
「お前は、今日サークルの新会飲みで、先輩たちと俺たちとで酒を飲んでたんだよ。でも、お前先輩たちにいいとこ見せようと思って、大ジョッキ一気飲みしたんだ。それで、」
気絶していたのか、俺。じゃあ今までのは、夢? でも、いやに鮮明だったなあ。
「びひゃひゃひゃひゃひゃ!」
あ、この不気味な笑い声は――
俺は、起き上った。
「おい、大丈夫かよ」
俺は、両手で耳を塞いだ。
「おい、本当に大丈夫か? 耳が痛いのか?」
犀山の声がよく聞こえるってことは、
「びひゃひゃひゃひゃ!」
「何で笑い声が聞こえるんだ。何で! この笑い声を何とかしてくれ!」
俺は叫んだ。大声で。笑い声が聞こえなくなるまでひたすら大声で。何度も何度も。何度も。
静かになった。消えたのだ。笑い声が。
やった。やった! 勝った! 勝ったんだ!
「笑い声に勝ったんだ!」
俺は両手を挙げて、立ち上がった。どっと安心感が溢れた。これで、悪夢から目覚めることができたんだ。うれしい。最高な気分だ。
「犀山!」
あれ? 犀山は? 目の前には別の男がいた。こいつ見たことがある。
「人が気持よく笑ってるのに、てめえはなんて水を差すようなことをしてくれるんだ!」
男が、俺の胸倉をつかんでいる。
「おい、新山! 謝れ!」
犀山の声だ。
何が起こっているんだ? 何だ?
「てめえ、おい! 笑い声に勝った? あ!? 何バカみてえなこと言ってんだよ。せっかくの場がてめえの、意味不明な大声で台無しじゃねえか! あ!? なんとか言えよ!」
男が、すごい形相で、怒鳴り、こちらを睨みつけている。相当興奮しているのだろう。口から唾が何回も出てきて汚い。
「山田君! やめないさいよ。ほら、新入生君も謝りな」
近くで女性の声がした。俺の名前は知らないようだが。
山田? こいつが? ああそうか、そういえば……。
――――俺の意識は、そこで途切れた。
<了>
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2007/06/11(Mon)00:17:59 公開 / 勿桍筑ィ
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■作者からのメッセージ
お久しぶりです。とはいっても、感想欄で何回か登場してますが、投稿はおよそ一年半ぶりですかね。
読めない名前代表、勿桍筑ィです。読めない人は、読めなくてもいいです。特殊ですから。
昨日の深夜に、ふと書いてみようかと思い、ワードにパラパラと書いていたらいつの間にかここまでの長さに。SSですが、私にしてみれば、スランプからの脱却への記念すべき作品。記念とはいえど、いい作品とは限らない……。
さて、作品ですが、主人公は大学生です。私自身も大学生で、それで、この話を思いついたのですが。そこまで表現できているか分かりませんが、大学生活で感じている気持ちをこの作品に込めたつもりです。
厳しい指摘覚悟です。「お手柔らかに」とは言いません。スランプから脱却したことから、これから作品をまた書いていきたいと考えております。もちろんそれでも、普通の感想また「面白かった」、「つまらなかった」だけの感想でも構いません。
それでは、誤字・脱字もしもありましたら、お知らせください。
では、失礼いたします。