- 『小説』 作者:貝龍 / 恋愛小説 お笑い
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原稿用紙約4.6枚
「いったい今何を読んでいるのかね。」
彼の読んでいる小説はこんなセリフからはじまっていた。誰のセリフなのかは彼もあなたも中の人もまだ分からなかった。彼は言葉使いからたぶん偉い人のセリフだと感じた。彼は一息ついてからまた小説の続きを読み出した。
「小説、読んでます。」
隣で黙々と仕事をこなしていたKは一瞬耳を疑った。Kはてっきり隣人は漫画を読んでいるのだと思っていたからだ。隣人の机の上にはいつも漫画の単行本やが山のように高く積まれていた。隣人はいつも漫画を読みながら仕事をしていた。昼休みが終わる頃にはいつも漫画の山は少し高くなっていた。それほど漫画が好きなKであるのに、いったいどうしたのだろうかととても気になった。隣人に声をかけたT氏はさらに質問を続けた。
「いつも漫画ばかり読んでいるのに、いったいどうした?熱でも出たのか?」
「なんとなく小説でも読んでみようと思ったのですよ。」
小説を読んでいる彼もまた、なんとなくこの小説を読んでいた。隣人の気持ちと彼の気持ちが奇妙な一致をしていることに、少なからず驚いた。もしかしたら突然異世界へ移動して、特殊な能力を身につけてまた戻り、異世界からの悪の手先に追われてしまうかもしれないと感じてしまう邪気眼を持ちかけの人々の気持ちが、彼も少し分かるような気がした。
「ほぅ、なるほど。それで今は何を読んでいる?」
T氏はさらに質問を続ける。この人にからまれると30分くらいは回答し続けなければならないことをKはよく知っていた。彼は隣人のことも考えずにただ己にT氏にからまれないことだけを願っていた。隣人が今何を読んでいるのかは単行本の山に隠されて見えない。KもまたT氏と同じく隣人が何を読んでいるのかという疑問が沸いてきた。
「罪と罰と私というものを読んでいます。全米が泣いた小説ベスト100でもあるそうですよ。」
KもT氏も罪と罰は知っていたが、罪と罰と私などという小説は知らなかった。誰が書いた小説なのだろうか。少なくともオスカー・ワイルドではないだろうとKは予想した。アメリカ人だろうとT氏は予想した。彼は有名な小説家だろうとそれぞれ勝手な予想をしたが、Kの予想以外はどれも外れた。T氏は誰が書いたのかさらに質問した。
「そんな変な名前の小説、誰の作品だいったい?」
隣人は、質問されるとページをめくり、誰の作品なのかをゆっくりと確認した。
「日本に在住しているNEETさんの名作です。」
Kは、隣人がNEETという不特定多数をさん付けで言ったことによりさらに疑問が出来てしまった。ペンネームなのだろうが、何かおかしい。だんだん頭が混乱してきた。謎が謎を呼び、迷宮入りするというあれになりかけていた。彼の読んでいる小説はここで唐突に途切れていた。
「そんなはずはない、もういちど確認してくれ」
これが彼の疑問だった。何が話されていたのかそれさえも覚えていない。確か戦争と平和がシェイクスピアであったと話をしてたはずだ。ドイツでないのは確かだ。そんなことで言い合いになるなんて恥ずかしいことだ。
「わたしにも分かりません。そんな質問はこっけいです。言わんこっちゃない」
彼はそう言いつつ罪と罰と私を広げてみた。けっこう厚さがある。これくらいなら今日中になんとかこなせそうだと思い安堵した。日々の昼食が宅配ピザばかりで気が滅入る。すこしはコーヒーくらい飲ませてほしい。
ピザの賞味期限は切れているようだった。送り届けてくれるピザ屋はありがたいが、時に何かに変身することがある。しかし、いったい何に変身していただろうか。さらに訳が分からなくなってきた。
リレー小説と小説は根本的に考え方が違う(曖昧なまま終わるからよ、締め切りに間に合わせて)ということぐらいが唯一の手がかりだが、結末はまだ分からなかった。
(つづく)
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