- 『神鉄――カミノシロカネ――』 作者:紫洸 / 異世界 ファンタジー
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原稿用紙約18.3枚
序・黒金の魂――クロガネノココロ――
屍から未だどす黒い血が流れ続けている戦場ヶ原、そこの血が染み渡った霧の中、一人の生きた人影が膝立ちで項垂れていた。その足元には、特に多くの屍が無残な形で転がっていた。それらが纏っている黒い鎧には、開かれた雅な扇子の印がなされている。
――臣都・峰扇(シント・ホウセン)の国紋――
「畜生……」
無心の状態にあった人影が呟いた。たった一時間と数十分前の惨劇が、限界までに開かれた眼にフラッシュバックする。
紅き敵国の鎧の群による奇襲と惨殺劇、ものの数分で討ち取られた我がホウセンの将軍の生首、目の前で数秒も経たずにバラバラの肉片へとされてゆく戦友達………。
唯一生き残った兵士の手には、親友から最期の壮絶な笑みと共に押し付けられた指輪が嵌められている。それが、鈍く朝靄を通り抜けて来た陽光を反射した。
――鬼鉄(オニノクロガネ)――
親友の家、閼伽鬼(アカギ)家の家宝。言い伝えに因れば、特異な性質を持つとされている暗い色の鋼。
彼は、親友の遺品の指輪を嵌めている手を、白くなるまでに握り締めた。
「畜生……!」
さっきよりも、はっきりと呟いた。今は去ってしまってもう居ない敵ではなく、ただただ蹲(うずくま)っていただけで何もしなかった己に対する憎悪を込めて。
梅雨目前の、夏の一時。ホウセンが帝都・彌門(テイト・ミカド)の覇権に呑み込まれた日。
亜細亜地方の東端、朝鮮半島の山々の扇状地の一つを丸ごと街にした都市がある。名はホウセン。建前上は独立した都市国家だが、今は実質ミカドの支配下にある。
ホウセンは、別称鋼都(コウト)と呼ばれている程に鉄鋼業が盛んで、世界に出回っている鉄鋼の十%以上を占めている。それだけに、錬操師(レンソウシ)の人工が多い都市の一つでもある。
錬操師は、金属の類を意のままに操る、魔術師の一種である。
このホウセンは、山側から順に大きく扇上(オウギノカミ)扇中(オウギノナカ)扇下(オウギノシモ)の三地区に分かれている。
主に、扇上に支配階級や上流の人間が暮らし、扇中に会議場等の主要な施設が集まっている。そして扇下が一般市民の暮らす場となっている。主な財源の鉄鋼業を営む鉄工所は、扇中ではなく街をはさむ山の中にある。
ホウセンの大通りを、無数のシルバーアクセサリーを身に着けたパンク風の衣装の男が歩く。指に嵌められているクロムメタルの指輪が妙な威圧を放っている。
的屋のニイチャンが声をかけて来たが、無視をする。隣で、八百屋のオッサンが景気の良い商売文句を怒鳴っている。
五年前の事件の後でも全く変わっていない風景。住民や渡来人が沢山通る、活気ある商店街。街の何所からでも見える、仙姫塔(センキトウ)。その麓の閑静な上流住宅街。
「何時もに増して、賑やかですねぇ。パレードが近いからでしょうか?」
隣の、細部に意匠が垣間見える空色の着物を着たツインテールの女性が呟いた。パレードと言うのは、三日後に行われる仙神政(センジンマツリ)の事である。
「よそ見して無ェで、さっさと行くぞ」
男が感情を込めない声色で言い、歩調を速めた。
「あっ、待って」
連れの女性が下駄を履いた足で追い駆ける。
二人の行く先は、ホウセンの中心なる協議場、センキトウ。
扇中でなく、扇下に在る公会議場兼山の神々を奉る寺社、仙姫塔。見た目は八重の塔だが、実際は四階建てである。
地震の多い地域特有の造りで、フロアとフロアの間が非常に空けられている。その他の工夫を併せ、直下型地震に耐性をもたせた。又、弾力性の高い木で組み、大黒柱を吊り下げる様なかたちにする事で、横揺れ地震にも強い。
内装は、一階がエントランスホール兼仏間。階段は入ってすぐの右手にある。如何言う訳だか知らないが玄関部分の真ん中に設置されている賽銭箱がチャームポイント。二階と三階は、昔に住み込みの坊主が寝泊りしていた居住区。仙姫塔は最上階でもテニスコート四つ分の広さがある。因みに、二階に調理場、三階に僧兵の武器庫があったりする。最上階は、再び仏間。一階とは異なり、派手な装飾の類が極端に少なく、最奥の神壇には偶像の代わりに仙神(ヤマガミ)の絵画が飾られている。押入れには、薄手の座布団と経文が詰め込まれている。
この仙姫塔は、本来神道の寺社なのだが、度々仏教の寺院にされていると言う、奇妙な歴史を持つ事で有名である。
あまり飾り気の無い、縦にも横にも巨大な塔の境内の石造りの道を、パンク風の男と、清楚な空色の着物を着た女性が歩ている。他に人は見当たらない。
この二人は、商業ギルドの寄合に参加すべく、ここまでやって来た。
「いやぁ、この街は何所も空気がおいしいですねぇ」
着物の女性が眼を細めながら呟いた。香木の下駄が、心地良い音と匂いを振りまいている。
「工業で成り立っているとは思えませんね? 禅(ゼン)さん?」
女性は、白い幼顔に柔和な笑みをし男を見上げた。男――ゼン――の無表情なサングラスが光る。
「静馬(シズマ)、今回の議題忘れてないな?」
「う…」
精一杯に繕った表情が崩れ、余計に幼い顔が現れた。それはまるで、寺に上がったばかりの子供が叱れた様。
その表情に、ゼンが追い討ちをかけた。
「全く、俺の様な一般Peopleより世間に疎くて、良く家長になろうと思ったな?」
「あうぅぅ…」
是以降、シズマは俯き黙りこくってしまった。その隣行くゼンは、自身が言った一般Peopleなりに、これから行われる話し合いの行く末を漠然と考えていた。そんな彼が建物の僅かな段差で蹴っ躓いたのは内緒である。
今現在の情勢を大雑把に説明する。
十年前に突発的にミカドが周辺の都市国家群に侵略を開始し、今では南は濠太刺利(オーストラリア)大陸、西は印度(インド)の辺りまでを支配下に入れている。何故にこの様な行動を起こしたのかは、未だ不明である。
不思議と、大規模な反乱がここ数年起こっていない。小規模なものが今迄に数件あるだけである。ミカドから送られてくる執政官の手腕がとても良いからだと言うが、是は是で真実は定かではない。
経済の方は、ミカドの支配下に収められた範囲は貧富の差が縮まり比較的安定している。公共事業を積極的に興し浪人に仕事を与えたり、金融関係の仕組等を改善し金回りを良くしたり等の為と思われる。その他では、主要な都市国家が奈落堕ち(フォールダウン)等で頻繁に壊滅し、混乱の最中である。
「うわぁ〜〜」
朱塗りの柱がアクセントの白基調な空間で、シズマが感嘆の声を上げた。
天井から勇ましい大蛇(オロチ)の絵画が二人を見下ろす。薄紫に染められたシルクのカーテンが仏間と玄関を仕切っている。右手には相当数の外履きを収納できる、長い下駄箱が据えられてある。改修工事の時塗り忘れられたのか、所々灰色がかっている。その手前に、幅のある木戸。顔料による眩しい白を、ニス代わりの漆による光沢が際立たせている。因みに、前回の改修工事の際に、レール式に替えられている。
「? これは?」
シズマが真ん中にこじんまりと設置されている黒ずんだ木箱に気付いた。それには蓋が無く、業と隙間が出来るように横一列に骨木が組まれている。
「賽銭箱だ。今は関係ない。早くこっち来い」
ゼンが抑揚無く答えた。
「はぁ〜い。て、あれ? 階段はこっちでは?」
ゼンは左壁の、カーテンの手前にある銀幕前に居た。その銀幕には奇怪な紋様が描かれている。
ゼンは銀幕の真ん中に描かれている斜め卍にノックした。と、紋様が波打ち銀幕が上に上がった。中には、恐らく上の階まで伸びていると思われる、太めな鉄棒が立っている。
「わ〜〜、今の、錬操術ですか? 初めて見ました」
賽銭箱の付近で、シズマが再び感嘆した。ゼンはサングラス越しに彼女を睨む。
「ああ、そうだ。又見してやるから……さっさと来いっ!」
「あっ、はい〜〜〜!」
今度は声を荒げてシズマを呼んだ。呼ばれた彼女は慌ててゼンの元へ駆け寄る。
「え? これにしがみ付くんですか?」
ゼンのもとに到着し早々こう言った。目の前の鉄棒は結構太いが、顔がはっきり見えるぐらいにしっかりした光沢を放っている。
「下見てみろ」
彼の指示通りに、視線を下げてみた。鉄棒のに半径五十p強程の円盤が付いている。円盤から下には、鉄棒が見あたらない。という事は、鉄棒はここから途切れているのだろう。
「…これに、乗るんですか」
「そうだ」
シズマは恐る恐る円盤に乗った。ゼンは何の躊躇い無く後に続く。
ゼンは乗ったと同時に、出入り口の上にある縮んだ銀塊にノックした。と、あっという間に銀塊が伸び出入り口を塞ぎ、表か見たのと同じ紋様が現れた。
二人が今居る空間は、通気の為に業と空けられた隙間から入ってくる光のお蔭で意外と明るい。ので、この瞬間を見ることが出来る。
シズマは今の光景に驚きながら、上を見た。この鉄棒は、下から伸びているのでなく、うえから吊り下げられている事を、乗る前に見た円盤から途切れている事を併せて理解する。
「で、如何するんですか?」
予(かね)てから思っていた疑問をゼンにぶつけてみた。円盤が上下するためのギミックが見当たらない。あるのは、鉄棒に描かれている銀幕のものの簡略版みたいな紋様のみである。
「見てろ」
そう言い、ゼンは紋様に触れる。その瞬間、二人が乗っている円盤が急上昇しだした。
僅か四半秒で四階に到着。見れば鉄棒が二三回り太くなっている。
この鉄棒及び一階の銀幕は実は、制御している錬操術の回路パターンのプリントに呪力を適量送れば起動する仕組みとなっており、魔道の類の心得がある者ならば誰でも扱えるのである。
まるで是は、魔の力で動くエレベーターの様。
「な? な?」
「…ちと急にし過ぎたか」
その、魔道の心得が無いシズマには判らない。ゼンは仕組みを教える気は無い。
ゼンは、一体何時の間に回したのか判らない、シズマを支えていた手を離し、一階のと同じ銀幕をノック。
開いた銀幕の向こうには、まだまだ疎(まば)らな人影が思い思いに動いている。
「んじゃ、頑張れ」
「へ? あっ」
ゼンは間抜けな返事をしたシズマを押し出した。そのままスグに銀幕を下ろし、元調理場現在食堂がある二階に下りていった。
ミカド都市の総てに於いての中心である、彪紅(アヤグ)城。瓦や窓枠等が燃える様な鮮やかな紅(あか)を呈し、黒塗りの外壁がそれを引き立たせる。城下町が小規模であり、城に倣(なら)って紅い為、遠くから見れば宛(さなが)ら一つの巨大な城砦である。
そのアヤグ城の天守で、二人の男が外の立夏の清々しい大気を肴に無礼講を行っている。
部屋の中心辺りで揉み烏帽子が背筋を伸ばし胡座かき、物見窓の下で粗雑な無精鬚が足を投げ出している。
「嬉しい、報せを持って来た」
揉み烏帽子が、此処の地方特産の上物の麦焼酎で一旦口を湿らせた後、言った。
「ほう、何だい?」
無精鬚が、結っていない為にだらしなく疎らに垂れ下がた前髪の奥から、感情を表さない無機質な視線を目の前の揉み烏帽子に向けた。
「西欧進出の第一歩が決まった」
「ほう? で、あの組合の方は大丈夫なのかい?」
揉み烏帽子の言葉に、無精鬚の瞳が有機的になって来る。
「珍しい。気になるのか?」
「そうか?」
無精鬚が頭を掻き毟る。揉み烏帽子が攣り眼を細める。
「初めの頃に、貴殿が『”結果”は如何でも良く”経過”の争いのみを欲す』みたいな言葉を言い放ったのを思い出したのでな」
「確かに、そんな事言ったっけな? ま、良いや。で、何所だ?」
仙姫塔二階の食堂に、客が居るのが確認できた。ゼンは、その人物に気安く声をかける。
「いよう、我らがホウセンの巫女様」
「ん…んぐ。何時もに増して汚らしい格好をして、何の用だ。負け犬」
飾り気が無いが、その分素材の良質さが引き立っている、山吹色の巫女装束と言うよりはシズマが着ているのの様な姫装束に似た着物を着た、外はねの目立つショートヘアの女性が啜っていたラーメンの麺を無理やり呑み込み、胡散臭そうな視線をゼンに向ける。
「負け犬って…会って早々酷い事いうなァ。獅彩(シサイ)よ」
ゼンは業とらしく肩を竦める。ついで、丼の縁にくっ付いている鳴門を頂戴。
「護衛の仕事ほっぽって、何している」
シサイは、少し鶏がらベースのスープを飲み、問う。
「これから話し合いが始まるんだ。外野が居たら、やり辛いだろ?」
「そうでは無い。ここいら付近に特異な気配がうろついているのが分かるだろう?」
シサイは、注意の意を表す視線をゼンに向けた。ゼンは視線を返しながら指輪をさする。
「その時は、その時だ」
「で、あんたこそ何ノンビリこんな所で飯食ってんだよ?」
今度はゼンが質問する。丁度麺と加薬を食べ終えたシサイは憮然とした態度と口調で答えた。
「大した意味は無い。ただ休息に来ただけだ」
「流石のあんたでもあの堅苦しい所には居られないってか」
ゼンが茶化しからかう。シサイは丼を持つ手に力を込め、憤りを顕わにする。
シサイは、ミカドより送られて来た執政官である。ホウセンは、昔からの神権政治の都市であり、ここでの彼女の役職の名称は巫女長となっている。
彼女は優秀な政治屋であった。他と比べれば非常に劣っていた財政をものの数ヶ月で建て直し、政治体制を根幹から改変。神権政治から議会政治に即座にシフトし、都市国家であるため極小規模に成らざるを得ないが立派な省庁を複数設立。最早街の機能は、宛ら小さなミカドと言った所である。因みに、鉄鋼業が本格的に盛んになったのは、彼女が政治の指揮をとってからである。
「ん、ん、ん……。ぷふぅ。今まで働きづめだったからな。落ち着いている今ぐらい自主休憩とった所で撥は当たらんだろう」
スープを飲み干し、ぶっきら棒に理屈を漏らす。丼の中は、あたかも洗い立ての様に光っている。
「と、お前は何も頼まないのか? 私にちょっかいを出しに来ただけなのか?」
御絞で口を拭い、ゼンに痛い視線を向ける。
「ちょっかいって…、アンタが此処にいるの知らなかったぞ? 自意識過剰だ」
ゼンは視線を受け流しながら口を尖らせ抗議。
その時、気配が動き出した。ゼンはすっと立ち上がり、あっと言う間に食堂から消えた。
「一人は生け捕りにしろ!」
―――――判った。
シサイがゼンに指示を出す。何所からとも無く、了解の返事が彼女のもとに響いた。
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2007/05/31(Thu)21:39:44 公開 / 紫洸
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■作者からのメッセージ
皆様、始めまして。シコウと申します。
見ての通り、初心者です。
だからこそ、批評する時は遠慮なく打った斬って下さい。
又、暖かい感想も待ってます。