- 『まさかのミステリー』 作者:奏瓏瑛 / ショート*2 ミステリ
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人気の無い陰惨な山道を通り抜けた先に、その屋敷はあった。
昨夜八時頃、その屋敷の主人である二階堂輝義(にかいどう てるよし) 齢六十歳が、寝室で死亡しているのを使用人が発見した。
死因は毒殺。死亡推定時刻は昨夜七時三十分頃。犯行時刻は、おそらく七時二十分前後と考えるのが妥当だろう。
その時間に屋敷にいた人間は、初代頭首より仕えている執事の谷田寛(たにだ ひろし)七十二歳、使用人の瀬戸ちづゑ(せと ちづえ)六十三歳、輝義の娘の朝霞(あさか)三十歳、妹のさやか二十三歳、妹の婚約者である藤木雅史(ふじき まさふみ)二十六歳の計五名。
輝義氏には莫大な資産が有り、屋敷の人物それぞれに動機があった。
警察は、この五名に犯行時刻と思われる時間帯のアリバイを順を追って説明してもらうことにした。
まず、手始めに第一発見者の瀬戸から事情聴取を開始した。
「確かに、私は旦那様から三百五十万程の借金をしておりました。ですが、返す当てが全く無いわけではございません。返済は月々のお給金から負担にならない程度引かれておりました。昨夜七時二十分頃ですか? ……確か、自室で音楽を聴いておりました。そういえば、部屋の前の廊下で、何方かの話し声が聞こえましたが……」
次に谷田に話を聞いた。
「七時二十分頃ですか? その時分ですと、残った仕事を終えるために自室にいました。それから、廊下でお嬢様達と少々話をしておりました。その後、浴場へ向かう途中に食堂から出てきた藤木様とお会いしました。確かに旦那様は私につらく当たっていましたが、旦那様は少々気難しい処がおありでしたし、私は初代から仕えておりますので慣れています。ですから、それを理由に殺すなど、滅相もない」
次に長女の朝霞に話を聞いた。
「事業に失敗して莫大な負債を抱えて戻ってきたのは事実よ。だけど殺してなんかないわ。人を犯人みたいに、失礼ね。昨夜? そうねぇ、廊下でさやか……、あ、私の妹ね。彼女と四方山話で盛り上がっていたわ。それから、喉が渇いたから食堂に飲み物を取りに行ったわね。その時に雅君と会ったくらいかしら。雅君? 雅史君の事よ。妹の婚約者だし、結構仲良くやってるの。あっ、そうそう、確かさやかと話していたら途中から谷田が加わったわね。時間ですって? そんなものいちいち覚えてないわよ!」
次にさやかに話を聞いた。
「言っておくけど、私じゃないわよ。そりゃあカードローンの返済におわれているのは事実だけど……。昨日は雅史と今後について話し合っていたの。そういえば、瀬谷さんの部屋から音楽が聞こえていたわ。時間? さあ、時間なんて気にしてなかったから分からないわ」
最後に雅史に話を聞いた。
「僕かい? 確かさやかと今後の身の振りようについて話し合っていたかな。僕たち結婚するんですよ、その事で。それから、食堂で朝霞さんと谷田さんに会いましたよ。え? 僕たちの結婚について詳しく知りたい? ええ、確かに刑事さんの言う通り、お父さんは僕らの結婚を反対していましたね。若しかして僕を疑っているんですか? 心外だな。そりゃあ、正直言って彼の財産はなかなか魅力的ですし、さやかと結婚出来れば財産のお零れに肖れますよ。でも、長女の朝霞さんがいることだし、何より財産を手に入れる代償が殺人じゃあ、割りに合いませんよ」
「――これで終了ですね。ところで警部、何か分かりましたか?」
若い刑事が、年期の入った草臥れたコートを着ている年配の刑事に尋ねた。
「いや、まだだ」
「この屋敷の全員に動機がありますね」
「ああ」
彼は暫く黙り考え込んでいたが、突然閃いたように顔を上げた。
「まさか! そうか、そうだったのか……」
その声に若い刑事は驚いたふうに年配の刑事を見た。
「犯人が分かったんですか!」
「まあな」
「一体誰なんです」
「何、難しいこっちゃ無い。初めから良く考えてみれば分かるさ」
「初めからですか?」
「そうだ。初めから、だ。そうすれば、まさかと思い当たる節が出てくる」
「う〜ん、まさかと思い当たる節ですか」
「そうだ、そのまさかだよ……」
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2007/05/23(Wed)10:40:22 公開 / 奏瓏瑛
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■作者からのメッセージ
私の目指す作風は、頭を使わずにさらっと読めるおバカなショートショートです。
なので、この作品もミステリーですが、真面目な推理物ではありません。
ですから、犯人が誰なのか、最後まで読んでみれば簡単に分かるようになってます。
自分のサイトにアップした時は、最後まで読まずに犯人が分かった方と、最後まで読んだけど犯人が分からずじまいの方とに二分されました。
真面目に考えるよりも一休さんのような視点で読んでもらえたら幸いです。
「くっだらねぇ〜(笑)」と楽しんでもらえる作品を目指しているので、是非感想をお聞かせくださいませ。