- 『片道切符』 作者:Glow / リアル・現代 未分類
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原稿用紙約9.25枚
一人の少女と大きなボストンバッグ。そんな彼女の隣に、見知らぬ少年が現れて……。戻れない片道切符を片手に少女はどう生きるのか。
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人生って、いつも片道切符。戻りたいのに、それだけのことが出来ない。
ちょっと激しくなった電車の振動が体に伝わる。朝日が差し込む窓からの景色は、大きな川で橋の上を渡っていることを示していた。私の町。街ではなく町。その程度の小さな町と隣の町を分ける川を乗り越えていく。
「あの?」
唐突に声をかけられて驚いた。窓に集中していた私は、通路側に立つ少年の存在に気付いていなかった。
「隣、いいですか?」
私の隣には、ボストンバッグが堂々とした姿で一席分占領していた。見える限りちらりと見渡してみたところ、どうやら席はほぼ満席のようだった。
仕方ない、と判断しボストンバッグを持ち上げ私の足元に下ろす。足元のスペースは狭い。私はボストンバッグをフットレストにすることに決めた。
「ありがとうございます」
「いえ……」
それだけで会話は終了した。と思ったのは私だけだったらしい。
「えっと、旅行ですか? 大きなバッグですね。あ、僕は今から用事で実家に戻ってるんです。唐突なことで大変でした」
と言いつつ、普通サイズのトートバッグを見せてくる。シンプルな黒とグレーのストライプ柄。それは、細身の少年の印象によく似合っていた。
ふと、自分とボストンバッグはどう見えるだろうと気になった。今日は、白のワンピースに明るい青のカーディガン。ボストンバッグとは不釣合いだったか、と今頃になってどうしようもなく気になった。あぁ、やり直したい。
「私は……うん、私も実家への帰省かな」
「あ、そうなんですか。大きな荷物だったので旅行かと思ってしまいました」
言われて人から見れば、ボストンバッグが大きすぎる荷物だということに改めて気付かされる。なんで、こんなに物を持ってきたのだろう?
「あ、はは。そう、ですね。無駄なものばっかりで」
自分でも馬鹿みたいで、苦笑いしかこぼれない。私は結局、過去に戻りたくて、過去を捨てたくなくて、過去をやり直したくて……。あぁ、泣きたい。けれど、見知らぬ人が隣にいるのに、泣けない。こんな過去を作りたくない。
「物を手放せない人は、優しい人だそうです」
彼がやはり唐突に話しはじめた。その声は、さっきより真剣で彼の目は私をじっと見ていた。こんなに目を見て話す人は初めて見た気がした。
「物が捨てられないのは、物を大事にしていて、その物にある友達や家族との思い出を大切にしていて、友達や家族をとても重要に考えている人なんだそうです。だから、物を捨てられないのは、決して悪いことではないですよ。きっと、人を思いやれる優しい人なんです」
最後に、にこっと笑って私のボストンバッグを指差す。
「きっと、沢山の大切なモノが入っているのでしょう」
「大切……」
思いもしなかった。ただ、捨てられない、諦められないだけだと思っていた。大切だから捨てられなかったのだろうか。分からない。でも、もしかしたら……
「私の荷物は、無駄なものばかりだよ。大切かも分からない。私は、怖いんだ……過ぎた時間が二度と戻らない。なんで戻れないの? 怖くてたまらない……」
初めて人に伝えた事だった。初対面の私に笑いかけてくれる名前も知らない彼に。聞いた彼はちょっと考えたような間を置き、話し始めた。
「……時間が何故戻れないか。その答えはなんだと思いますか?」
「戻れない、理由……?」
考えもしなかった部分を不意に突かれて思考が停止する。私の中にあるのは、なぜ、と問いかけるばかりで理由を自分で探そうという考えはなかった。
「僕は、それは過去があるからこそ、今があるからだと思います。過去の僕がこの電車に乗り込まなければ、僕は今ここに居ません。そういうことです」
それは、当然過ぎることだと思った。でも、それでも、
「過去に戻れたら……もっと席の空いている電車を選んで乗れたかもしれない」
私はそう考えてしまう。
「そうですね。でも、今の僕はこの電車に乗って…貴方の隣の席頂きました。それで満足です。もしかしたら、異なる電車に乗って普通に空いている席に座る僕の未来もあったかもしれませんが、僕は今が楽しめています。貴方と出会えて良かったと思っています」
また笑う。この少年はよく笑って話しかける。その笑顔にだまされそうになる。
「でも。でも、それじゃ……今に満足できない私はどうやって生きればいい、の?」
涙がこぼれる。そうだ、私は……今が苦しい。辛い。悲しい。助けて……。
「私の、親友は…あいつは…もう皆居ない、のっ……」
浮かぶのは一緒にアクセサリを買いに行った日曜日。授業中、隣で居眠りしている馬鹿な、それでも大好きなあいつ…。言葉が詰まる、喉が詰まって死んでしまいそうだ。
修学旅行中のバス事故。全てがそこから壊れた。私の日常は失われたんだ。みんな、帰って来れなかった。行って、それで終りの片道切符。
「いい人たちだったのですね。ありがとうございます」
彼が唐突に感謝を言ってきた。訳が分からない。
「なん、で……あんたが、感謝なんかっ……」
「貴方の言葉が、涙が、僕に伝えてくれました。きっと素晴らしい人だったのでしょう。優しくて、温かくて、いつも隣で笑っていてくれる素敵な人だったのでしょう。貴方が、僕にそれを伝えてくれました。ありがとうございます」
彼はさっきまでと同じように笑っていた。ガタガタと電車が揺れ始めた。また、橋のようだった。ふと、終りが近い気がした。
「私が、伝えた?」
「そうです。貴方が生きていて、僕の隣に居て、その“今”があったから、僕は貴方に出会えた。けれど、電車を下りたら……もう二度と会えないかもしれません。お互い名前も知らない間柄です。生きるというのは、そういうものかも知れません」
「いや、そんなの寂しいよ……」
私は置いていかれたくない。みんな、降りて、二度と乗っては来ない。一人ぼっちの電車。
「ならば、名前を交換しましょう。そして、大切な思い出の一つにして、いつかそのバッグに入れてください」
「思い出…?」
大きな足元のボストンバッグ。ずっと、大きく見えた。私の大切な思い出……。
「大切……。そう、大切な思い出……なんだ。みんな大切で……」
「あっ。止まってしまいましたね……」
彼が言って気付いた。電車は駅のホームへと入り、停車していた。
「どうやら、お別れの時間のようです。僕の名前は――」
「待って! 大丈夫」
それだけ言うと、私はボストンバッグを持ち上げた。
「私もここで降りるから」
「あれ、ここだったんですか?」
彼が嬉しそうに言った。笑顔とは違う気がした。これは、喜んでいるように見える。
「ううん。違うけど……ここで別れるには、勿体無い出会いかなって」
「それは、嬉しいのですが……でも、いいのですか?」
「いいの! 家出だから、どこに行ってもいいの!」
そういって、私は笑った。今日初めて笑った。そうだ、折角だ。家出なのだから好き勝手にしてしまおう。
「家出っ!? ちょっと、そんな大事だったんですか!?」
彼は、とても驚いていたが、私はそんな彼を引き摺って電車の中を歩く。
「ほら、早く! 電車出ちゃうよ!」
人生はいつも片道切符だ。戻れなくて、戻りたくて。だから大切なのだろう。
私は、片手に片道切符を、もう片手には大きなボストンバッグを持っている。
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2007/05/21(Mon)12:26:29 公開 / Glow
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■作者からのメッセージ
始めまして。Glowと言います。
処女作で、至らない点も多いかと思いますが、まずは読んで頂けると大変嬉しく思います。
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