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『因果謳法』 作者:小氏 / ファンタジー 異世界
全角18180文字
容量36360 bytes
原稿用紙約58.1枚
辺境の村に住む少年、レント。彼の存在は、世界に、人に、神に、何をもたらすのか。
第一話 試験終了



エルセト学修院年長部三回生・史学前期中間試験


問一 神歴二九一四年に開かれた、神々による、創世についての会議をなんというか

問二 第一期における無機生命体のうち、もっとも繁栄した三種を答えよ

問三 第一期が閉終した年を、神歴で答えよ

問十 次の文章の空所を埋めよ

・第一期の守世神[  ]を打ち破ったのは、その当時にはまだ準神であった雷神ドーネル=トール、火神カルグナヅル、風神[  ]の三柱であった。これは、守世神が強靭すぎるあまり、三柱がかりでなければ敵わなかった為と云われている。三柱はその後、守世神の座を巡って[  ]年間争うこととなったが、戦いの中で三柱は弱り果て、最終的には、それまで機会を窺っていた美神[  ]が第二の守世神の座に就いた。その後、第二期はわずか[  ]年の後に閉終した。

問三十三 第五期の守世神、運命神シュノック=ルルは、その力を一部の人間に分け与えたが、そこにはどのような意図があったのか。現在の定説を、五十字以内で記せ

問七十 当期の守世神、アスマーチムルは何を司る神か



 レントは、試験時間を半分ほど残してペンを置いた。直前の席に座っている友人は、レントより二十分早くからペンを置き、爆睡している。
(こりゃあ留年確定だね……)
 レントは窓の外に目をやった。一羽のウォッチャ鳥が、優雅に羽ばたいていた。



 暁の村エルセト。大陸の極東に位置するこの村は、人口七千人ほどの、辺境のとしては割と栄えている方の村である。三方を荒涼たる平野に囲まれ、主に漁業と、苦労して耕した畑、大型鳥類の牧畜、限られた野生動物の狩猟で生計を立てている。
 そんな村に学校ができたのは、四十年ほど前のことだった。村から数キロ離れた、地面が隆起してできた台地で、第四期の遺跡が発見されたのだ。そしてその調査のため村に滞在していた数人の学者たちは、学校がないことを不憫に思い、ポケットマネーで校舎を設立し、教師を雇ったのである。当時の子供たちは大いに喜んだそうだが、現在の子供たちからすれば「巨大なお世話」もいいところだ(レントの友人談)。



 試験終了。
「イーチョ」
 レントは爆睡している友人起こそうとする。
「イーチョ」
 レントは机を蹴る。
「イーチョ」
 レントは椅子を蹴る。
「イーチョ」
 レントは脇腹を蹴る。
「ぐほあ!?」
 イーチョは体を捩りながら椅子から転げ落ちた。
「いつまで寝とんじゃボケー!」
「いつって…起きるまでに決まってんだろー!?」

 イーチョはあまり優秀ではない生徒だった。



「なあ、この後どうする?」
 市場の街道を歩きながら、イーチョが尋ねる。
「そうだな……とりあえず、君がそのバカでかい肉を食い終わるまで待とうか」
 イーチョは右手に、三キロはあろうかという、ウォッチャ鳥の丸焼きを持っている。
「そうか、なら三秒待ってくれ」
 イーチョが肉を丸のみしようとしていると、馴染みの声が聞こえてきた。
「こぉーらぁー!」
 人ごみをかき分けて、鷹のような目をした少女がズカズカ歩み寄ってきた。快活な動作とは裏腹に、どこか気品すら感じさせる、近寄りがたいまでの美しさを持っている。
「ちょっとバカ!」
 バカとは、もちろんイーチョのことである。
「ふぉんご? ひゅいんむぐぅむあ!」
 イーチョは口いっぱいに肉を頬張っているため、なにも言えていない。
「うちで育てた鳥を! そんなお粗末な食べ方しないでよね!」
「まあまあヤエちゃん、落ち着きなよ」
「ぼもひぃんむげおあ!」
「何言ってるかわかんないわよ!」
「今のはね、『この貧乳が!』っていったんだよ」
 イーチョは力強く頷く。
「っ! なめんな!」
 ヤエの上段回し蹴りがイーチョの側頭部を打ち抜く。
「ぶもぅ! もひもふぃめいわままひ!」
「『フッ! 腰のひねりが甘い!』ってさ」
「ほーう……何? そんなにアタシを怒らせて?死にたいの?」
「もふももっめむひゃほうふぁ」
「『ていうかお前が死ね』だってさ」
「も!?」
 ブチーン
 村中に、「もへー」という断末魔がこだました。



「それにしてもヤエちゃん、よく俺達がわかったねえ」
 試験期間が終わったということもあり、市場は学生達で混雑していた。
「え? ああ、そりゃあね。長身と赤毛だもの。誰を探すよりも簡単よ」
「なるほど」
 レントは自分の前髪と、いま引きずっている、ボロ布のようになってしまった友人の頭から足先までを見て、得心した。
「ね、これからどうするの?」
「アルのとこへ行こうと思ってる」
「また? 危ないよ……」
 ヤエの心底心配そうな顔をみて、レントは「へっ」と、鼻で笑う。
「そんな危ない場所でキャンプしてるなんてさ、感心だよね。学者たちは」
 『感心』とは言うものの、レントの顔は、完全に皮肉を言っているときの顔である。ヤエはそれにきづかない。
「ホントだよね……ねえ、学者って、なんでそんなに研究したいんだろ?」
「知りたいからだろ」
「どうしてそんなに知りたいんだろ?」
「気持ちいいからさ」
「へ?」
 ヤエは思わず固まる。
「好奇心……この場合、知識欲って言ったらいいのかな。それを満たすとさ、気持ちいいんだよ。例えば科学とかさ、世のため人のため、確かに役には立つけど、それはあくまで副次的なものなんだ。何かに興味をもって、研究して……新しいことを発見したり、新しい物を生み出したり……そこで生じる達成感や、優越感。それに伴う快感が、彼らはたまらなく好きなんだろうね。気持ちよさを求め続けてるだけなのに、尊敬までされる。まったく、お得だよ」
 『お得』とは言っていながら、レントの目はどこか憐れむようですらあった。
「うーん……アタシはよくわかんないや」
 まさかとは思ったけど、変な意味じゃなくて良かった……と、ヤエは勝手に安心した。
「ま、そういうわけで君んとこの鳥、一羽借りてくよ」
「あ、直行?」
「いや、一度家に戻って、銃をとってくる」
 ヤエは思わず吹き出す。
「あのさ、ゴーレムに銃なんか効かないんでしょ?」
「でももしかしたら今度は効くかもしれないじゃないか」
「あははっ!……やっぱりレントって面白い」
「そうかな?」
「そうだよ。単純に考えて、絶対効きっこないのにさ……ねえ、レントって、けっこういい加減だよね」
「そうかな?」
「そうだよ」
 その受け答えが何よりの証拠だっつーの。ヤエはそう心の中で突っ込みつつ、まるで幼子を見守る姉のように、柔らかくほほ笑んだ。

 
 その後レントとヤエは、それぞれの自宅へ帰った。



 イーチョはその場に置き去りにされた。









第二話 少年三人



 村の中央広場の北、そこにエルセト村の唯一の教会があり、その横っちょにレントの家がある。石造りの古い平屋で、レントはそこに祖父と二人で住んでいた。隣の教会は辺境の割には大きなもので、小さめなレントの家が教会に寄生しているようにも見える(ヤエ談)。実際、あながち冗談でもないのだが(レント談)。

 ドアの上には木製の看板があり、そこにはこれでもかというくらい大きな字で「先手必勝」と書かれている。ちなみにこの看板は一年周期で更新され、そのつど違った四字熟語が書き込まれるのであった。

(いったい、誰に勝とうってんだ?)
 レントは隣の教会に目を遣る。辺境の割に立派なステンドグラスの下には、やはり木製の看板があり、「一撃必殺」と書かれている。
(冗談でもマズイだろ……)
 ちなみにこちらは三年周期で更新される。
(こんなことされても文句ひとつ言えない教会ってなんだよ……)
 レントは祖父の高笑いを思い出す。
『なに? 教会の? ダーッハッハッハッ! 気にすんな! あいつらはワシらの犬みたいなもんじゃ! なにされてもバカ面さげて愛想ふりまくことしかでけんのじゃよ! お前もたまには遊んでやれ! スキンシップは大切じゃからの! 連中もきっと喜ぶじゃろうて! ダーッハッハッハッ!』
(あのジジイは俺が殺さねば……)
 悲しき決意を胸に抱き、レントはドアを開けるのであった。


「ただいま」

「うおおおおおおおおおおおおおおかえるいいいいいいいいーーーーーーーーー!!!  (おかえり)わが愛しの孫よーーーーーーーーーー!!!」
 ドアの向こうには、野太い声、短い白髪、生傷だらけの腕の老人が、喜びの涙を滝のように流しながら待ち構えていた。

(……俺がこのジジイを憎みきれないのはなぜだろう?)



 その頃のイーチョ―――

「ハッ! こ、ここは?」
 ヤエの逆鱗に触れボロ布のようにされてしまったイーチョは、今の今までのびていたらしい。痛みをこらえながら辛うじて上体を起こすと、辺りをキョロキョロと見回しだした。
「れ? あり? どこだここ? ……おかしいな……しかもなんで体中痛いんだ?」
 イーチョは小首をかしげ、推定IQ50の頭脳をフル回転させて現在の自分の状況を推理する。
「ッハッ! そうか! 思い出した! 試験が終わったあとの帰り道……俺が、そう、優雅に下校していたところを……通りすがりの老婆にコテンパンされて……全身の骨を折られながらも心だけは折れなかった俺は、どうにかして家まで帰ろうとした……そこで、そう、ここで! ここがターニングポイントだったんだ! 俺は運悪く、ヤエに出くわしちまったんだ! そして、ヤエはその邪知暴虐な性格ゆえ、俺を血祭りに挙げて楽しんだ……『むぽぽぽめりょよきぇーー!』という、わけのわからん奇声を発しながら……その結果、男の中の男、いや、男のための男とまで言われたこの俺も、ノックアウトされてしまったというわけだ……」

 パンチドランカー症候群。ボクシングなどで頭部にクリーンヒットをうけた人間が、直前の記憶に混乱をきたしてしまう症状のことである。もっとも、それは今のイーチョには関係のないことである。そう、彼はただ単に、頭が悪いだけなのだから。
「おのれヤエめえー! ブッッッッ殺したるぁぁぁーーー!!」
 勢いよく立ちあがったその時、イーチョの怒りは吹き飛んだ。いや、馬鹿だからじゃなくて。イーチョの横を、白いマントを羽織った二つの人影が通り過ぎた。そしてそのうちの小さい方からは、何とも芳しい、香水の香りが。イーチョのスパコンが速やかに指令を出す。そう、彼女を愛せ、と。
「おじょうさーん! 俺と子作りしようぜー! 産まなくてもいいからー!」

 イーチョは生き返った!




「じゃあジジイ、三号借りてくよ」
 レントは暖炉の脇に置いてある五本のライフル銃のうち、一番小ぶりな一丁を手に取った。三号は、彼の祖父が制作した銃の中では最も軽く、扱いやすい銃である。
「おお、そうだそうだ。ちょいと待ちなさい」
 ジジイはそう言って、自分の部屋から赤い皮製のライフルケースを持ってきた。
「こいつを持って行きなさい」
「ん? 何? 六号?」
「ふっ、六号か。まあ、そう呼んでもええじゃろ。じゃがな、コイツにはちゃんとした名前がある。『ラーヤヌ・リ・ルル』という名がな」
「ラーヤヌ……? 古代語? ルルの槍……か」
「うむ、ええ名前じゃろ?」
「長い」
「え? そう?」
「略して、『ラリル』とかさ」
「いや、やめてくれ。ダサいわ」
「そう? じゃあ……フィエン・ヴァイクルってのは?」
「いや、それもけっこう長いんじゃないか……うん? 待てよ……そうか、なるほど! ダーッハッハッハ! なるほどな! お前らしくていい名前じゃ! ダッハッハ! こいつはな、フィエンは、お前にくれてやるために造った銃じゃ! その名前はピッタリじゃな! ダーッハッハッハ!」
 ジジイは腰に手を当て、胸を反らせて大笑いを始めた。
「え? でも俺、猟師になるつもりはないんだけど……」
「ダッハッハ! まあ聞け、というか見よ!」
 ライフルケースからフィエンがその姿を現した。その長い銃身は銀色の金属で覆われていて、その下部には、手を添えるためだろうか? グリップしやすそうなカバーがついている。更に、銃口が縦に二つ連なっている。そしてレントの目をひいたのは何より……。
「ん? こいつ、銃床が無いよ?」
「ダッハッハッハ! まずそこに目が行くとは、流石はワシの孫じゃわい!」
「銃口二つあるし……この、銃身の下のそれは?」
「ダッハッハ! こいつはな……」





 エルセトから北へ数キロ、荒涼たるエルゼン平野にところどころ見られる台地、その中でも一際大きなものの上に、エルゼン遺跡はあった。遺跡といっても、崩れかけた石の神殿などではない。現代よりもはるかに進んだ設計、建築材料、技術によって造られた、巨大な半球状の建物だ。
 遺跡の周辺には考古学者たちの野営施設があり、現在は十数名のスタッフが駐留している。スタッフはそのほとんどが中年の学者か、金で雇われている頑健な村の男なのだが、そこに一人、線の細い、中性的な顔立ちの美少年がいた。
 今は既に日も暮れ、スタッフは皆、焚き火の灯りの中で夕食を摂ったり、酒を飲んだりしている。
「全く、酒は新発見のための祝杯にと思っていたのだがね」
 丸眼鏡の考古学者が、一人で夕食を摂っていた少年のもとへ歩み寄ってきた。
「そんなに美味いものなんですか? 酒って」
 少年は辛めに味付けされた豆料理をつまらなそうに口に運びながら、学者の方を見ずに話した。
「はは、君も少しどうかね?」
 この学者もいくらか飲んでいたところらしい。手にはエルゼンビールの瓶を持っている。
「けっこうです。酒が好きかどうかは分らないけど、酔っぱらいは大嫌いなんで。間違っても自分が酔っぱらいにはなりたくないんですよ」
 少年は相変わらず学者の方を見ようとしない。
「それでかね。さっきから私の方を見ようともしないのは」
「はい」
 学者は少年の横に立ち、ビールを一口あおった。
「最近、君の友達は遊びに来ないようだが?」
「今はたぶん試験期間中ですからね。ま、どうせアイツは勉強なんかしないんだろうけど」
「あの少年がかね? 不良には見えなかったが」
「不良ではありません。優秀なだけですよ。僕よりもね」
「ほう、君よりもかね。……そうも見えなかったが」
「変なやつです。下らないことほど真面目にやって、大事なことほど疎かにする。根は真面目で義理がたいやつなんだけど、あの生き方は不誠実というか……ナンセンスだ」
「ふむ、きっと独自の哲学を持っているのだろう」
 学者の瓶が空になる。
「ああ、それと教授」
 食事が終わり、少年は皿を置いた。
「何かね?」
「僕は今日から、遺跡の中で寝ます」
「なぜ?」
「あなたの仲間の何名か……僕を見る目が尋常じゃない。まだ清い体を保ちたいのでね」
「なるほど……そうか、すまないね。どうも」
「告げ口しないで下さいよ」
「まさか」



 少年は寝袋を抱えて遺跡の中へ入った。建物と同じ半円状の入り口の奥には真っ直ぐな長い回廊があり、その回廊の奥には大きな扉があった。少年は、この扉の向こう側には大部屋があると睨んでいる。根拠などなく、ただの直感なのだが。
(『直感て大事だよ』か。レント、もっと論理的に生きれば、君ほど優れた人間はいないだろうに)
 才能を持て余している友人のことを思い、少年はため息をついた。
(この扉、僕らには壊せないだろうな。何せ四十年間、何をしても無駄だったんだ。……そうだ、今度レントが来たら、ヤエにも来るように言ってもらおうかな。今、村で練道を使えるのはアイツだけだし……もっとも、今の時点で先代より優秀とは到底思えないけど。)


少年が扉に触れた時、扉の向こうで、何かが軋む音がした。








第三話 脅迫少女



 エルセト村の村長、バルージョ=グランシスカ。武勇無双、公明正大、早寝早起きで有名な、長身で初老の紳士である。他の民家より一回り大きな彼の家には、「美形村長」の看板が掲げられている。
 ちなみに村長とは、極めて平和、自然災害も滅多にないこの村においては、最も暇な人物を指す言葉でもあるのだった。
 そんな彼のもとに、ある日、白いマントを羽織った二人の客人が訪ねてきた。
「お初にお目にかかります。グランシスカ村長殿」
 客人の一人は、雪原のような純白の髪をもつ美少女であった。そしてもう一人は、同じく純白の髪の青年。がっしりとした肩、鋭い眼光、携えた大剣から、一目で戦士とわかる。
「私どもは、クルコニカ中央教会の使節にございます」
「これはこれは。中央教会の使節の方とは……このような辺境までわざわざ、ご苦労様です」
 バルージョは二人の後ろで伸びている人影に目をやる。
「して、その倒れている方は?」
 少女は、その人物を汚らわしいと言わんばかりの目で一瞥してから、「ああ」と今思い出したかのように相槌をうった。
「彼は、突然私に襲いかかってきた悪漢です。村の治安のためも思い、ここまで連行してきたのです」
 青年がその人物を突き出した。
 それは他でもない、この村最悪の問題児にして、バルージョ=グランシスカ村長の一人息子、イーチョ=グランシスカであった。
「………」
「村長殿?」
「は、いえ、ご協力、感謝いたします。この者は、厳罰に処します。……して、本日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」
 少女は懐から一枚の紙を取り出した。紙には『勅令書』と書かれている。
「実は、近々戦争が行われることとなりまして……」
 場の空気がキンと張り詰める。
「徴兵……ですかな?」
 バルージョは、足元で伸びている不出来の息子にチラッと目を遣る。徴兵は十五歳以上、三十五歳以下の平民男子が召集され、軍の指導のもと、戦地に送られる。イーチョは今年で十七歳。不出来とはいえ、一人息子を失うのはやはり恐ろしい。
 バルージョの強張った顔を見て、少女は柔らかく微笑んだ。
「いいえ、徴兵ではありません。でも、似たようなものかもしれませんね……中央教会は、戦争のため、大いなる運命神、シュノック=ルルの使徒の力を欲しております」
 バルージョの顔が改めて強張る。
「ロゼオンの家の者ですか……」
「はい。戦争に勝つためには、どうしても彼らの力が不可欠なのです。つきましては、ロゼオン家の住まいの場所を教えていただきたいのですが?」
 突然だが、バルージョとイーチョは長身と武の才以外は似ていない。イーチョは軽薄だが、バルージョは厳格だ。そして、イーチョは愚かだが、バルージョは聡明である。
 聡明なバルージョは少女の頼みを聞き、更に顔を強張らせた。



 リクシィ鳥牧場。村の北東部にある、大型鳥類専門の牧場である。主に飼育しているのは、肉と卵が食用となるウォッチャ鳥、ドリー鳥。それから、長距離移動用で、足は速いが飛べない、ショーティ鳥などである。経営しているのは、かかあ天下で有名なリクシィ夫妻と、美人で有名な三姉妹である。ヤエことヴィンヤエラ=リクシィは、その三姉妹の次女であった。
「レント遅いな……」
 ヤエがレントと市場で別れたのは昼前。今はすでに正午から二時間近く経っている。ヤエはショーティ達の中でも一番人懐っこい一羽に、鞍と轡と鐙、手綱をつけて待っていた。
「ケッ!ケケッ!」
「遅いねえ、シール=プラル。レントは何やってんのかねえ」
 ヤエは黒羽根のショーティの長い首を撫でた。シール=プラルとは、風の神の名前である。
 レントが初めて「ショーティに乗りたい」と言ったのは五年前、十歳のときであった。まずはヤエが乗り方の手本を見せ、それからレントを乗せようとした。ところがレントが近づいた途端、どういうわけか突然ショーティが暴れだした。レントは危うく蹴り殺されそうになったが、それでもめげず、他のショーティにトライしてみた。そして再び蹴り殺されそうになった。仕方がないので、当時やっと人が乗れる程度の大きさになったばかりのシール=プラルに乗せてみたところ、すんなり乗れた。後からわかったことだが、シール=プラルは極度に人懐っこい鳥だったのだ。レント曰く「あの時受け入れてもらえなかったのは、きっと俺の心が真っ直ぐじゃなかったから。今ならどんなやつにも乗れるはず」とのことだが、実際は、未だに他の鳥には乗れないでいる。だからヤエは、特に指名されなくても、レントにはいつもこの鳥を用意するのであった。ちなみにレントは、ヤエが「音が綺麗」と気に入っているシール=プラルという名前を「舌が回らない」と一蹴し、省略して「シップ」と呼んでいる。
「ケェッ! クケケッ!」
「あ、レント! 遅いー!」
 やっとレントが現れた。
「やーごめんごめん、遅れちゃって」
 「ごめん」と言うわりには、少しも急ぐ様子がない。
「年ごろの女の子を待たせてんだから、少しは急ぎなさい!」
「いやいやヤエちゃん、急がなきゃならないってときほど、急いではいけないものさ。何故って? 例えば、こんな諺がある。『急がば回れ』」
 レントは得意げに両手を広げる。
「いいから早くしなさい!」
「はいごめんなさい」
 レントはヤエのもとへ走った。何故って? 例えば、エルセト村にはこんな諺がある。「地獄の沙汰もヤエ次第」。



「残念ながら、それはできかねますな」
 バルージョは、きっぱりと、敵意すらこもった声で答えた。少女の表情があからさまに曇る。
「では、ここへ呼んでもらえますでしょうか」
「それもできかねます」
 少女の瞳には、苛立ちの色がちらつき始める。
「グランシスカ村長殿? 教えるか、呼んでいただくかしなければ、私どもは使徒に会うことができませんわ」
「ロゼオン家の唯一の生き残りは、今体調を崩し、とてもじゃないが動ける状況ではありません。彼は体調が戻り次第、我々の方で護衛をつけ、確実に首都まで送り届けます。ですから、本日は確かに勅令を承ったということで……」
「では、せめて彼に一目会わせていただけませんか? 私も運命神様にお仕え申し上げる者のはしくれですから、使徒の方にお会いするのは、生涯の願いの一つでもあるのです」
 少女は苛立ちの色を抑え、懇願するような目でバルージョを見つめる。あくまで、懇願するような*レで。苛立ちが強すぎるのか、表情を作りきれていない。
「それも、できかねますな」
「なぜ?」
 少女の声には明らかな苛立ちが込められている。
「あなたが、本物の使節ではないからです」
 今まで微動だにしなかった青年の眉が、ピクリと反応する。
「……そうですか。情報どおり、聡明な人なのね」
 思いの外あっさりと認めた少女に、バルージョは一層警戒心を強める。相手の嘘を見抜いたということに対する優越感の類は、一切なかった。
「君たちの情報がお粗末なのだよ。ルルはフランクな神だ。信者は皆「ルル」と親しみを込めて呼ぶ。まして、間違っても「大いなる」などとつけては、かえってバチが当たってしまうよ。それにロゼオン家は現在二人だ。それくらい調べておきたまえ。それと、これが決定打だったのだが……本当に中央教会の者ならば、ロゼオン家の場所を知らないわけがない。理由は言えんがね」
 この村の教会からは、年に数十通もの隣のロゼオン家に対する苦情、被害届け、嘆きの手紙が中央教会へ出されていて、一般信者にもそのエピソードの幾つかが知られているほどである。そんな一般信者ですら知っているような家の場所を、どんな末端僧であれ、本職が知らないわけはないのだ。

 少女は冷ややかな目でバルージョを見つめる。
「そう……ところで村長さん、私たちの国では、練精石を用いた機械が多用されているの」
「ということは……君たちはギリヤックの人間かね」
「あーらご名答!」
 ひどく媚びた声とは裏腹に、少女は完全にバカにした様子であった。
「流石ね……ところで知ってた? 練精石は、第四期では燃料として使われていたの……まあ、科学が衰退した現在では、そういう風に利用する技術を持っているのは私たちの国だけだけど」
「異教徒のお国自慢など、興味はないのだが」
「あら、つれないのね……フフ! それでね、私たちは練精石を燃料とする機械……ディリヤガルって言うんだけど、それに乗ってここまでやってきたの」
「……君たち自身のことには、なおさら興味がないのだが……」
「第四期に造られたゴーレムも、やっぱり練精石を燃料にしてるみたいね」
「……ましてゴーレムなど……いや待て、ゴーレム……だと?」
「その嗅覚はすごいらしいわね。数キロ先からでも練精石の存在を感知して、貪り食おうとするらしいの」
「貴様……まさか……!」
 少女は残酷な、優越感に浸った笑みを浮かべる。
「フフフ! ちゃあんと調べたわよ、北にある遺跡のこと。むかーしの地図で。あれ、ゴーレムの格納施設みたいね。フフ……練精石たっぷりのディリヤガルは、村の『どこか』に隠してあるわ。フフ! でも安心して。さーあ、どこでしょう? なんて、意地悪なことは言わないから」
 少女はまるで自分の言葉に酔っているかのように、恍惚とした表情を浮かべる。息を荒げ、瞳孔が開いている。バルージョは、開ききって怪しい輝きを放つ少女の瞳孔に、周りの空気が少女に引き付けられ、自分の精気すら吸い取られるような感覚を覚えた。

「あなたが私たちを使徒のところへ案内してくれるのなら、私たちは使徒を殺して、大人しく帰るわ。でもそれが出来ないなら……遺跡に眠っていた数十機のゴーレムが、ディリヤガルを探してこの村を蹂躙することになる……フフ! アハハハ! 想像するだけでゾクゾクしない? フフフ……さあ……使徒の命か、この村か。選びなさい。聡明な、グランシスカ村長殿」







第四話 直感少年



 エルゼン平野は荒野である。乾燥に強い草木がまばらに生えているだけで、あとは赤い土の海と、岩の小島があるだけ。「エルゼンの赤き海、我の命を奪わん。我の血を吸いて、その赤みを増さん。湿り気を、増さん。エルゼンの赤き海、いつの日か潤わん。潤わんことを、我は願うなり」。これはエルゼン平野で果てた、とある詩人の詩だ。ただし、彼が果てたのは渇きのせいではない。体力を奪ったのは紛れもなく渇きだが、とどめを刺したのはゴーレムだ。第一期の頃より存在する、土と鉱石でできた、人の十倍近い体躯をもつ無機生命体。いや、アルいわく、厳密には「無機」とは言い切れない。らしい。「無機」というのはそもそも……と、とにかく、「無機」と断言するのはナンセンスとのこと。アルは科学や医学に詳しく、優秀だ。しかも美形。いつも自信たっぷりに、堂々と振舞う。大胆かつ、繊細な気配りができる。つまり、モテる。ああ、なんだか腹が立ってきた……。
 レントはここまで考えを巡らすと、話が脱線していることに気がついた。
『レント。そうやってすぐ脱線するのはナンセンスだよ。一貫性がないからそういうことになる。君の数少ない短所の一つだ。いいかい? 一貫性がないってのは……例えば、ある男が、ある女性に生涯の愛を誓った。だがその男は、翌日に別の女性と駆け落ちしてしまった……極端な例だけど、こういうことさ。そう、サイテーだ。一貫性はね、大事だよ。そりゃあ君は確かに……ってほら、そうやってすぐに地面に落書きをはじめる。レント。集中力がないのも、君の数少ない短所の一つだよ』
 アルというやつは、若干十三歳にもかかわらず実に老成した少年だ。と、レントはまた脱線しかかった。
(なんのハナシだったっけ……)
 そうそう、ゴーレムに殺された詩人の話。そういえばアルはこうも言っていた。『「いつの日か潤わん」というフレーズはナンセンスだね。エルゼン平野はそもそも地質からして……』
「と、と、と、アブねぇー。違うよ。そうじゃない。そうじゃあないよな。そう、つまりこういうことだ。なあシップ!」
 遺跡へと向かう道なき道の途中、レントはいきなり手綱を引いた。
「ケェッ!」
 シップはいささか苦しそうに声を上げ、素早くまわれ右をする。
 大地は唸り声を上げ、隆起する。

 ゴーレムは、その巨大な腕を振り上げた。



 エルセト村の教会の名物シスター、ゴーレム・ソフィこと、シスターソフィ。彼女はその大いなる慈愛の心と知性から、村人たちから親しまれ、頼りにされている。
 ちなみに村長とは幼いころから親しく、今でも互いに良き友人であり、良き相談相手でもある。そしてその相談内容の全てが、教会の隣に住まう使徒に関することであった。
あの老人は、使徒という立場を利用してやりたい放題。そのほとんどはただのタチの悪い悪戯であるが、村の風紀に関わる問題でもある。子供たちが悪戯をはたらいても、「だって使徒様もやってるじゃないか」と言われてしまうと、叱るに叱れない。だからといって、「使徒様はいいの」などとは、やはり言えまい。使徒の悪戯だって、できれば容認したくないのだから。
 シスターソフィは、かれこれ二十年近く前から、中央教会に苦情の手紙と、使徒をブッ飛ばす許可の申請書を送り続けている。今年に入ってからは、まだ一年の四分の一が過ぎたばかりだが、すでに八十五通も送った。
 運命神ルルは教会に対する寄付という行いを認めていないため、紙代だってバカにならない。だがそれ以上にバカにならないのは、教会の修繕費だ。というのも、隣の老人は猟銃を自作しているのだが、その威力と精度のテストを、教会の石壁で行う。教会の石壁は大変ぶ厚く、これまで貫通されたことは一度もなかったのだが、ついこの間、デカい風穴を空けられてしまった。
 風穴の向こうで、老人は美しい銀色の銃を肩に担ぎ、品のない笑い声をあげた。
『ダーッハッハッハ! 見ぃーたかぁ! 大成功じゃ! ダッハッハ! ソフィよ、わしが憎ければ、殺しにくるといい。もはや決して叶わんがな! こいつを超える武器は、あと二十年は出てこんぞ! ダッハッハ!』

「……誰でもいいから、あのクソジジイを殺してくれないかしら」
 今年の八十六通目を書きながら、慈愛に満ちたシスターソフィは、とても物騒なことを呟いた。



 ゴーレムに人間の「武器」は通用しない。人間がゴーレムに立ち向かうには、投石機や攻城砲などの「兵器」が必要である。あるいは「練道」と呼ばれる特殊な術でも対抗することができるのだが、いかんせん厳しい修練が必要であるため、一般人はまず、ゴーレムに対する抵抗手段を持たない。
 ゴーレムは他の生き物のように、生殖などの、生きるうえでの目的を持たない。食事も摂らない。眠りもしない。普段は地中に身を隠し、天気の良い日に、ときおり日光浴に出でくるだけである。しかも普通に生きていれば無敵なのだから、他の生き物を襲う理由は、全くない。
「そう、全くないはずなんだけど……じゃあなんで俺らは襲われてるんだ!? くっそー!」
 レントはシップを方向転換させ、ゴーレムの後ろへ回り込む。とある理由から、ゴーレム相手に直線的に逃亡することは無謀であるためだ。ゴーレムに襲われるのはこれで何度目だろうか? 二十を過ぎてからは数えていない。
 ゴーレムの独眼が赤く光り、振り向きざまに腕を振り回す。そして、その風圧でレントはバランスを崩し、上体が左に傾いた。それを力ずくで戻そうとして勢い余り、左足が鐙から外れてしまう。
「くっそ、がんばれ俺! がんばれ俺!」
 なんとか再び鐙に足をかけようとするものの、焦りでうまくいかず、そうこうしているうちに、走行の振動で、尻が鞍から滑り落ちてしまった。
「っれ?」
 いきなり体が翻り、レントはシップの体の右側面に、片手片足でぶらさがるような形になってしまった。
「グゲッ!?」
 上の重心がいきなりずれたことでシップは転倒しそうになり、なんとか踏みとどまろうとして速度が落ちる。というか、踏みとどまれるだけ、十分すごい。
「ぬぁー! がんばれ俺! がんばれシップ!」 
 がんばる彼らを踏みつぶそうと、ゴーレムは足を持ち上げる。
 必死に踏んばるなか、レントは自分たちの周りだけ急に暗くなったことを感じ上を見た。
 (アイツは足を真っすぐせり出してる……だから、今の位置よりは二歩半ほど前方に足が落ちる……今のシップの速度だと、真っすぐ行ったら確実に潰されるな)
 と、レントは瞬時に判断した。それは論理的な思考によるものではない。幾度となくゴーレムから逃げおおせてきた、経験則からくる直感だ。
「ふぅーん!!」
 レントは反動をつけて手綱を思い切り自分の体に引き付けた。
「ンゲ!?」
 今日何度目かの苦しげな悲鳴を上げ、シップはバランスを崩し、右に流れる。というか、右に倒れそうな体を、右へ右へと必死に足を繰り出すことによって堪えている。
 そうして、彼らは機転と根性によって巨大な足から逃れた。が、しかし。
「う、あ、どあー!」
 巨大な足が振り下ろされた際の凄まじい衝撃によって、シップは横転してしまった。
 そしてレントとシップはくんずほぐれつ、土埃にまみれながらかなりの速度で転がり、岩に激突して止まった。
 ゴーレムは、動かなくなった一人と一羽の方へ真紅の独眼を向ける。
「う……」
 レントは体が重く感じた。それほどダメージが大きいのだろうか。いや、違う。シップが彼に覆いかぶさって気絶しているのだ。
「う、重っ! なんだコイツ、重っ!」
 レントは辛うじてシップの下から抜け出し、土を払い、フィエンを手に取った。
 ゴーレムの急所は二つある。ひとつは胸部の奥、「心核」と呼ばれる部位。もうひとつは「練核」と呼ばれる、赤い独眼だ。練核はいかにも狙いやすいところにあるのだが、非常に硬く、並の攻撃では破壊できない。
「ジジイの話が本当なら、コイツでイケるはずだけど……」
 レントはジジイの話を思い出す。確か、上の銃口と下の銃口では、出る弾が違うと言っていた。対物破壊は、確か下の銃口。撃鉄も二つあり、左右に並んでいる。下の銃口と対応するのは、どちらの撃鉄だったか。
「ん……じゃ、右だな」
 レントはゴーレムを見る。ワンストロークが大きいために移動速度は速いのだが、動き自体は鈍いため、まだレントの方に向き直りきっていない。


「俺は生まれて初めて、お前らに勝つぞ」

 
 ゴーレムはレントと向き合う。
 レントはフィエンを構える。
 ゴーレムはレントに手を伸ばす。
 レントは右の撃鉄を起こそうとして、間違えて左の撃鉄を起こす。
 ゴーレムの指先がレントに触れる。
 レントは引き金を引く。



 ゴーレムの体はゆっくりと崩れ落ちた。

 レントは幸運に感謝した。





第五話 万力収殺



 ヤエは現在、花も恥じらう十七歳。二年前にエルセト学習院を卒業。ちなみに同い年のイーチョは、バカなため、未だに卒業できていない。
 恋人はまだいない。言い寄ってくる男は数知れず。だがヤエは、そんな男どもには興味はない……というのが通説である。ヤエは幼い頃より、実の姉妹よりもレントやイーチョと一緒に遊ぶことが多かった。じつはこれには母の愛よりも深い事情がある(レント談)のだが、まあそれは置いといて。そういうわけで、村人たちはいつもレントやイーチョと一緒にいるヤエを見ているため、二人のうちのどちらかと結婚するのだろうと思っている。
 ちなみに三つ上の姉が去年結婚し、二つ下の妹も最近恋人ができたため、姉妹で唯一男っ気が無い彼女はそれなりの居心地の悪さを感じている。
「みんな、結婚結婚って……」
 フンだらけの鳥小屋のワラを三叉で掻き出しながら、ヤエは自分の将来に思いを巡らせていた。結婚……恋愛……恋愛対象……異性、男。
「男、か……」
 彼女にとって、男のステレオタイプはレントとイーチョである。
「いい加減なやつと、バカなやつ……なんかどっちも大して変わんないような気も……」
 いや、違う。自分の父親のようなタイプもいる。
「情けないやつ……」
 ああ、そういえばもう一人いた。自分はあまり親しくはないが、レントの親友、アル。
「生意気なやつ……いや、ナルシストかな? ろくなやつがいないのね、男って」
 それでも自分が結婚するとしたら、そのいずれかのタイプなのだ。ヤエは少しだけ自分の将来に不安を覚える。

 鳥小屋の地面には、フンを受けるためのワラが敷き詰めてある。それを三叉で外に掻き出し、重石をのせて天日で干す。干したワラは、また小屋に戻す。エルゼン平野は植物が少ないため、こうした再利用は欠かせない。
 一通り作業が終わる頃、彼女の母、メリメルがやってきた。さすがは美人三姉妹の母なだけあって、年相応にシワはあるものの、自慢の長髪のツヤ、腰のくびれ具合などは全盛期と比べても見劣りしないほどのものである。あとはその荒々しい気性だけ衰えていれば、間違いなく村一番のオバチャンであるとイーチョは言う。ヤエが「ひとの母親をそういう目で見ないでちょうだい」と言うと、イーチョは「オレにとっては、赤ん坊からババアまで、女性であるならそれだけで性の対象だ」と息巻いていた。二人が九つのときであった。
「終わったなら、買い出しに行ってきておくれ」
 娘であるヤエから見ても、やはり母は美しい。若いころなど、自分や姉妹ですら相手にならなかったであろうこの女性の心を、どうやって父は射止めることができたのだろうか。いや、どうして母はあんなヘタレ男を選んだのだろうか。
「ねえお母さん。どうしてお父さんを選んだの?」
「へ?」
 急な質問に驚いて、メリメルの鷹のような目が見開かれる。娘であるヤエから見ても、恐い。
「ああいうヘタレが好みなんだ?」
 メリメルはフッと笑い、その後すぐ、高らかに笑いだした。
「アッハッハッハッハ!……そうさねぇ……ま、どっちかって言うと、ヘタレは嫌いだね。甲斐性のない男はさ」
「じゃ、どうして?」
「一緒にいて楽しかったからさ」
「……いかにもお母さんらしいけど、ホントにそれだけ?」
「そうだねぇ……あとは、直感かな?」
「……は? え? そんなこと?」
「そ。意外とそんなもんなのさ。男と女は?」
 ヤエはレントを思い出した。口癖は「直感」だ。なんだかんだ言って、自分の周りの男どもの中に恋愛対象がいるとしたら、彼ぐらいなのではないだろうか。
(特に理由はないけど、なんかそんな気がする……)
 そう、あくまで直感だが。

 と、ここでヤエは、レントの父親のことも思い出した。今では村で語り草となっている、かの『大聖』のことを。レントの性格、信条は、話に聞く大聖のそれとそっくりである。

 ヤエはかなり自分の将来に不安を覚えた。



「悪いが、その両方とも断る」
 グランシスカ家のリビングに、渋みのきいた声が響く。バルージョの決断は一瞬だった。少女の白い眉がピクリと動き、その表情からは相手を支配しているという喜悦が消え、大きな溜息が漏れた。
「……それで? じゃあどうするんですか?」
 少女は完全なあきれ顔だ。
「私が君たちを、この場で消してしまえばいい」
 バルージョの真っすぐな、決意ある瞳を見て、少女はさらに大きなため息をついた。
「そう……残念ね。わかったわ。じゃあいい。あなたは殺す。使徒のことは、教会を探して、熱心な信者のふりでもして聞き出そうかしら……」
 少女は一歩前に出る。
「待ってください。マルディア姉さん」
 青年が初めて口を開いた。
「私がやります」
 青年が剣に手をかけてマルディアの前に出ようとした、その時。
「オヤジよお、そう言ってくれるって信じてたぜ!」
 それまでのびていたイーチョが突然飛び上り、腰の反り身の剣で青年に切りかかった。イーチョが剣を抜く速度は青年のそれより早かった。青年は足で刀身を蹴りあげ、攻撃を防いだ。
「ぬうっふっふっふ。おぬし、なかなかやるのう」
 イーチョに緊張はないらしい。
「よせ……君の剣では、私を斬ることはできない」
 青年は剣を抜く。
「ああ、そうかもなあ。なんせコイツはただのデカイ鉈だからな」
「イーチョ! 何をバカなことをしている! お前はさがっておれ! バカなんだから!」
 バルージョはバカ息子の背中に叫ぶ。
「オヤジよお、あんたも大概バカだよ。わざわざ自分が危険にさらされるようなことしようなんてな。俺はあんたに似てバカだからさ、あんたと同じことをするぜ! ま、せいぜい自分のバカさ加減を呪うんだな」
「イーチョ……」
 ここでマルディアがコホンと咳ばらいをする。
「えーとそれじゃあ、トゥフィディ。そのバカ息子の方を頼むわね。私はバカ親父を殺すから」
「はい、姉さん」
 マルディアはイーチョの横を通り過ぎ、バルージョの前に立つ。
「君は戦えるのかね?」
「丸腰の人に言われたくないわね」
「安心したまえ。私は丸腰の方が慣れていてね。悪いが、加減はせんよ」
「どうぞ……」
 マルディアがマントの下から手を出し、その手に武器が握られていないのを確認するや否や、バルージョは腰を落とし、その丸太のような足をマルディアの左わき腹に打ち込む。風を斬る低音と、インパクトの瞬間の鈍い音が響く。
「!?」
 バルージョの放った蹴りは、大人の男でも吹き飛ぶような凄まじいものであった。しかしどういうわけか、マルディアの体は微動だにしない。
「どういうことだ……当たった感触はあった……だが……」
 マルディアは事も無げにほほ笑んでいる。
「これはいったい……」
 なんとも奇妙な感覚である。手ごたえはあるし、確かに当たった音もした。だが何かが違う。当たった瞬間の、衝撃が抜けていく感触が不自然だった。抜けるというよりは、まるで散るような感覚……。
「教えてあげましょうか?」
 バルージョが戸惑っているうちに、マルディアはその懐に飛び込んだ。
「む!」
 バルージョが身を引こうとした瞬間、マルディアは身をかがめ、左手でバルージョの右ひざに触れる。
「なあっ!」
 マルディアが触れた瞬間に右足の力が抜け、バルージョはあおむけに倒れてしまう。
「ぐっ! な、なにが」
 マルディアはバルージョの腰のあたりにまたがる。
「アハハハハハハ! フフ! ねえ村長さん……」
 マルディアはバルージョの左胸に静かに手を置く。バルージョは起き上がろうとするが、どういうわけか、腰と、足の付け根にまったく力が入らない。
「村長さん、『万力収殺』って聞いたことある?」
「万力……? っ!! ぐ、あっ!!」
 いきなり胸が締め付けられるように苦しくなる。バルージョはマルディアをどかそうとするが、どんなに押しても、殴っても、マルディアはびくともしない。
「知らないみたいね……フフ」
 マルディアの顔が喜悦に歪む。
「オヤジィ!」
 苦しげな声を聞き、イーチョは思わずバルージョの方を振り返ってしまう。
「素人が……」
 トゥフィディはそう呟き、振り向いたイーチョの横顔に鋭い蹴りを入れる。
「がっ!?」
 その衝撃でイーチョは吹き飛び、頭から石壁に突き刺さってしまった。手足が力なく垂れる。
(イーチョ……)
 薄れゆく意識の中、バルージョは自分よりも息子の死を恐れていた。
(わたしの……わたしの息子が……)
「が……あ、ああ……」
 その口の端からは泡があふれてきた。
「万力収殺……陰の練道の極意……その名の通り、あらゆるエネルギーを吸収し、打ち消すことよ。フフ! だから、わたしにはどんな攻撃も意味を為さないの。ああ、今はちなみに、あなたの心臓を止めにかかっているのよ。胸板が厚いから、思いのほか手こずっちゃってるけどね……って、あら?」

 バルージョはこと切れていた。

「さて、じゃあ教会を探しに行きましょうか」
 マルディアはマントの埃をはらいながら立ち上がった。
「姉さん」
「ん? なあに?」
「あのガキ……なんで頭が砕けなかったのかな?」
 トゥフィディは壁に突き刺さったイーチョの方を見る。
「本当だ。石頭ねえ……いや、石を砕いたんだから、石より丈夫なんでしょうね」
「とどめを刺しておきましょうか?」
「どうせもう死んでいるでしょう。さ、人が来ないうちに行くわよ」
「はい、姉さん」
(あのオヤジが打ってきた蹴り……あえて頭をねらってこなかった……紳士だったのね)
「世界のこと、なにも知らずに……」
「姉さん?」
「いえ、なんでもないのよ」
 

 エルゼン平野を、一羽のショーティが駆け抜ける。その背には、とある少女が。
少女は急いでいた。どのくらい急げばいいのか彼女は知っている。そしてどのくらい急ぐべきだったのかを、偶然か、それとも必然か、彼女はバルージョが命を落としたまさにその時知った。
 
 少女は唇を噛みしめた。唇からは真紅の血が流れ出た。彼女の髪と同じ色の血が。


2007/06/20(Wed)01:28:43 公開 / 小氏
■この作品の著作権は小氏さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうも、お初です。そもそも小説を書くこと自体が初です。至らないところは多々あるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
タイトルを「アサガエ」から変更いたしました。
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