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創作小説 投稿掲示板『登竜門』 『気付かれないように。』
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- 『気付かれないように。』 作者：ライラック / 恋愛小説 リアル・現代
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全角3655.5文字あなたと別れてから、どれくらい時間（とき）が過ぎたのでしょう？ ああ、それも解らなくなるくらい私はあなたを……
容量7311 bytes
原稿用紙約10.85枚
「ねえ？ いま彼氏いるの？」
いきなり尋ねて来たのは、一曲歌い終えて気持ちよさそうな、それでいて頭の悪そうな男。ここは友達に誘われた初めての合コン会場だ。でも、私にはどうも合わないらしい。どうしてみんな楽しそう。大学生にもなったら誰しもやっていると聞いたが、いまいち、初めて会った人と何をどう楽しんだらいいのか分からない私は、
「いないけど、あんたの彼女になる気はないわ」
と素直に思ったことを口にする。すると、それ以降、私に話しかけてくる男は居なくなった。なんとなく、私にとって居心地の悪い空間を感じたが、そんなものにとうに慣れてしまっている私は、こちらから話すこともなく、お気に入りの小説を開いて、終わりになるのを待った。
何故王様の命令は絶対なのかとか、そもそも合コンの目的ってなんだ？ とか、恋人探しなの？ だとしたら、恋人が欲しいから誰かを好きになるって順番おかしいじゃないとか、やっぱりあの子は頭わるそうだとか、そんなことに思いを馳せながら時を拭い、お気に入りの小説が残り十ページになるころに、私はみんなを見上げた。そうか、これで終わりなのね。あと十ページ読みたかった。
まだ話し足りないらしく、入り口付近にたむろしている。なんだ、これなら、小説読みきれたじゃない。と、その様子を眺めていると、みんなが歩き出した。どうやら話はまとまったらしいが、みんなのつま先の向く方は帰り道ではなかった。耳に入ってきた音から推測するに、どうやら、これから飲みに行くらしい。もともと帰りたい一心だった私を誘っても無駄なことは、あの人たちも分かっていたよう。振り返ることもなく私との距離を広げていく。
私は踵を帰して家路に着く。冷たい夜風が頬を撫でる。蛍光灯の光が私以外のすべてを照らす。明かりに照らされた恋人達は似たような顔して笑ってる。もう恋なんてしないと決めた私にはその光景が馬鹿々々しく思えた。無理にでも新しい恋を始めれば、過去を振り切れる、その考えは甘かった。私はそう簡単に恋愛できる体質じゃなかったんだ。今こそ、ほんとに誓うんだ、あのことは忘れる。もう恋なんてしない。私は一人で生きてゆく。
ねえ、どこに居るの？ 声を聞かせてよ。ねえ、私は今もあなたの背中に隠れて泣いた、弱い私のままなの？
なんか帰りたくなかった。寄り道をした。本当は迷ってしまうことを祈ってたかもしれない。この長い長い道路を走る白線が途絶えることのないようにと、祈ってた。ふと空を見上げたら、あたしの目の中に映り込んでくる星座、こんな私になるまでには、少し時間がかかったけど、私だって失敗もする、もう大声で泣かない。
くたくたになってしまった私は、いつのまにか、初めて出会った公園で、深呼吸していた。これで何度目だろう。あのことは忘れようと決めた。私は恋に向いてない、もう恋をしないと決めた。それでも、それでも、私の足がここに向かうのは、きっと、きっと、忘れないで居ててと祈るから、わがままだけど祈るから。
明日への扉に見向きもせず。ただ、鍵の架かった、あの頃への扉の前で、いつまでも、この心地よいぬるま湯に浸かっていたいわ。たとえ臆病（かぜ）をひくことになっても
私は何をやっているんだろう。膝を抱えて、首斜めして考えた。ブランコの揺れる音、凍えそうなベンチ、とおりすぎてゆくテールランプ。独りよがり、誰にも言わない約束もない、想い出を振り返った。浮かぶ二人が、あなたと私が褪せてなかった。鮮やかだった。それが嬉しかった。少し蛍光灯が私を照らしている気がした。
家につくと、落ち着くことができた。こうやって、私は、ときどき、あなたのことを思い出す。そうときどき。四六時中ではないの。本当に、ときどきね。そして多分そのせいで、私は長い間、誰も好きになれずにいるんだ。そう、あなたのせいで。
布団に潜った私は、小説のつづきを読もうかと思ったけど、なんだか、すぐに眠りについてしまったみたい。
朝になる。電話がなる。その音は、高く白く、狭い空間の中を雷のように駆け抜けた。私は飛び起きた。
「久しぶりに逢おうよ」
まだ、脳の回転が本調子でない私は、とくに考えずに肯定の言葉を口にした。その声の主が、あなただったことに気付いたのは雷が鳴り止んでからだった。
喫茶店で待ち合わせ。授業の空き時間。どんな服を着ていこう、どんな表情をしていこう、あなたからの一本の電話が、私に私が女の子であることを思い出させた。
交差点の中に、こんなとこに居るはずがないんだ。ああ、それも解らなくなるくらい私はあなたを……
あの頃と同じように、足を組んで、ミルクを二つ入れたコーヒーを飲むあなたを見つけた。私に気付いたあなたは、あの頃と同じように、笑顔で私に手を振る。その姿を私は瞳に映す。
「ひさしぶり」
あの頃と同じ声が私の耳を敏感にさせる。でも、ひとつだけ、あの頃とは違う。大丈夫。もう、この恋は忘れてしまおうと何度も何度も誓ったから。
たとえそこに恋心がなくても、久しぶりの知人に、なんか照れた。それを隠そうと髪を触る。話してくうちに蘇ってくる思い出が、私の外に溢れ出てしまわぬように、小さな体の中に閉じ込めた。私はもう大人だから。
「何のむ？」
「あなたと同じのでいいわ」
「今、どうしてるの？」
「立派に大学生続けてるよ」
あなたは、たくさんの質問を私に投げかける。私はさりげない返事を繕って、渦を巻いたミルクに視線を送り続けた。それは思い出と一緒に涙が零れ落ちそうだったから。そんな姿を見せられないから。どうして泣きたくなるんだろう。再会の喜び？ 前を向けない悲しみ？ その答に、私自身が気付くことのないように、あなたに気付かれないように。
ねえ、思い出せる？ あの頃のこと
ねえ、今あなたも私と同じ夢を見てると
信じてるよ
ほんとは私からも訊きたいことはたくさんある。もっといろんなこと話したい。できるだけ、ゆっくり飲むコーヒーも残り少ない。
きっと、私もあなたも知らないことだらけだと、カップを持ち替える左手の薬指に私は戸惑いを閉じ込めておけない。なんでもないわ、わかりきってたことよ。そう言い聞かす私の薬指には爪の跡。コーヒーがみるみる減っていくのを感じた。ほとんど空になったコーヒーを私は飲み続けた。大丈夫。もう、この恋は忘れてしまおうと何度も何度も誓ったから。
ふりしぼる勇気なんて必要ない。私は、笑って訊いてみせるわ。ぼろぼろになってしまったストローから離した口を開く。
「指輪。彼女、いるんだ…？」
「うん？ いるよ」
あっけらかんと答えたあなたに、私は続ける。
「ふーん、どんな子なの？」
「えーと、明るくて可愛らしい子かな」
どうやら、私と対極の位置にいる女の子らしい。私はこんなことも訊いてみた。
「それで、楽しい？」
「ああ。とても。俺、その子のこと、好きだから」
照れて、子どものように、クシャリとした笑顔を見せた、あなた。私はもう、これ以降何も話せなくなった。話してしまうと、閉じ込めておけなくなりそうだったから。どうか気付かないで、気付かれないでいますように。
空になった、二つのカップ。ここにいる理由を失った私たちは喫茶店に背を向けた。
「ばいばい」
最期にかわす言葉まで、あっけらかんとしていた私たちは、それぞれの帰り道に一歩踏み出した。距離を広げる私たち。そろそろ声、聞こえないかな。
「好きで居させてくれてありがとう」
私はできるだけ小さな声で、閉じ込めていたものを開放した。気付かれないように。
後悔ばかりが、増えてく、そんな毎日でもいいの。いつまでも、あなたのことが忘れられないのよ。だって貴方が好きなんだから
家に着いても私はまだ落ち着くことができなかった。薬指の爪跡を、昔、あなたからもらった指輪で隠した。大丈夫。もうこの恋は忘れてしまおうと何度も何度も誓ったから。
布団に潜った私は、お気に入りの小説の続きを読み始めた。ラブストーリー。二股されてる女の子、ラスト十ページ。クライマックス。自分を選んでくれてハッピーエンド。恋はあきらめないことが大切と謳った。面白い物語だと思った。だけど、選ばれなかった女の子は…… それから一人で生きていく女の子は…… 幸せになった二人を知って、もう、あなたの瞳に映ることのないことを知った私は……。
もう胸に突き刺さるほど味わった、後悔は消えない。今までも、それを小さな体に閉じ込めて生きてきたわ。だから、だから、出会って別れた分、私だって強く生きていける。前を向いて歩いてゆける。あなたのことを忘れようとしながら。私のことを忘れないでと祈りながら。
私のわがままに、私自身が気付かないように。あなたに気付かれないように。
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2007/04/22(Sun)00:43:24 公開 / ライラック
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