- 『てんしの泪』 作者:おすた / ショート*2 未分類
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全角1576文字
容量3152 bytes
原稿用紙約4.35枚
ショートショート作品故にこの長さになりました。純文学なのでクセありですが、興味のある方はお読みください。お願いします。
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走る、その姿はまるで誰の瞳にも映らない。幻か? いや、天使は確かにいた。
天使は丘の斜面を駆けていく。吹き下りる風の勢いを友にして速さを増す。浮かび上がる体、それを少しでも我慢して浮力を上げる。天使は高い所を目指した。だからすぐには飛ばない。溜めて、集めて、力にして。天使は駆けていく。そして背中の両翼を広げた。艶やかなる美白の、その大きな羽は様々なものに逆らって力強く羽ばたいた。一振り、少し浮かぶ。二振り、両足が浮かんだ。三振り、バランスを崩す。四振り、改めて両足を浮かべる。五振り……
向かいくる風と抵抗、友にした風と希望、その合間に僅かに出来た空への道を逸れることなく飛んでいった。
蒼天を舞う一人の天使、地上から見上げるとそれは最早漂う雲と一体化してその姿がうっすらと空に溶けてしまう。しかし、近付いてみれば、それは確固として自らの姿を保ち、青の中を優々と空中散歩していた。その容子はとても自然で、両翼を羽ばたく一瞬に姿が隠れる所などは、切れ切れに散ってまた元に戻る浮雲の姿にそっくりなのだった。それでも天使には変わりなく、雲の峰を越えてみせるとその姿は一層勇気に満ちていた。
天使は抱えきれない感動に泪を流した。体の中を澄み渡る爽快が天使を軽くし、天使はますます高く飛んだ。もう誰も手は届かない。天使は雲の上の存在になったような気がした。
改めて目を見開くと、ふと、天使は自分の見ている空が青ではなく、チカチカと点滅する緑色に見えることに気が付いた。しかし現実は青である。山の麓で空をスケッチしている子供たちのキャンバスに塗られているのは紛れもない青、それが真実の証になっている。では何故だろう。天使は考えた。そして天使は地面を見下ろしてみる。するとそこにある若葉を繁らした木々、湧き水で漂う泉、色とりどりの花たちまでもが緑に染まっていた。唯一、小屋で休んでいる漆黒の馬だけが色を変えなかった。
ともすると、自分は空を見続けた所為で、太陽の光に目が眩んだのではないかと天使は思った。それならば辻褄が合う。しかし、そうだとすれば天使は自分自身に少し落ち込んだ。天使は高い所を目指し過ぎたのだ。天使は高く飛ぶことで天使としての誉れを高めようとした。そうすることで自分を豊かにしようとした。しかし、天使はそれが間違っていたことに気付いた。本当は高く飛び続けることが肝心で、それに酔いしれてはいけないのだ。高く飛べることに意味はなく、高く飛んでいくことに存在意義がある。天使は天使になりえなかったことを痛感した。目が眩むのも当然だ。天使は胸にひどい痛みを感じた。最早長くは飛べない。天使はゆっくりと地上へ下りた。
グライダーは丘の平面に降り立った。上手く着地したはずなのに、パイロットは何故かそこへ倒れ込んだ。周りにいた仲間たちがその異変に気付いて集まってきた。念のため、タンカーも運んで持ってくる。
「大丈夫でしょうか」
仲間の問いかけにも答えない。パイロットは地面に両膝をついてハンドルを固く握ったまま、首をぐったりと垂れていた。
「これはただ事ではない!医者、医者を呼べ。早く!」
「もう、いい」
パイロットは答えた。それを囲む仲間たちも、駆け出そうとした男も、その言葉を聞いて空っぽな表情で彼を見つめた。空気は、澱んだ。とても吸えたものではない。人々はあたかも無呼吸で、ただただ彼を見つめていた。
傷ついた両翼の断片が背を押す風に飛ばされ、宙を舞った。ひらひらと飛ぶ、その薄っぺらな羽は無論、白ではなかった。空に溶け込めない羽が雲をすり抜けて、浮かぶ気力をなくして彼のすぐ横に静かに落ちた。再び風が吹き抜ける。人々の騒ぐ声はなく、広がる静けさの中をいたずらに風音が縫っていった。
ペテン師の荒れた肌に泪の跡が染みて、消えた。(了)
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2007/04/14(Sat)22:39:28 公開 / おすた
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■作者からのメッセージ
俺は単なる小説は書きたくない。最近の登竜門はわりとエンターテイメント系が多く、読者の方々もそっちの方が興味があるようですが、そういうのにはとらわれず、自分の作品を書きました。意味が分からない、という感想ならお書きにならない方が良いと思われます。書き手としては読者に伝えたいこと、読者に考えてほしいことをしっかり込めて書きました。上手く伝わっていないのならば申し訳ございません。色々と生意気に云いましたが、本心は多くの人にこの作品を読んでいただきたいということです。俺を知っていただきたいということです。俺は最近、小説を楽しみのためでなく、何かを伝えるための手段として考えているのでそういうところを是非とも分かっていただきたいです。