- 『俺と同居人と甘いあれ(語呂悪し)』 作者:泣村響市 / リアル・現代 お笑い
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原稿用紙約18.6枚
「蜜蜂さんかわいそうだよな。必死で蜜集めたのに俺たちなんかに喰われちゃって」「俺は俺のほうがかわいそうだと思うよ」「それは俺も同意」
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「甘っ」
「……きっつ」
黄金色に輝く粘度の高い液体。
透明度が高く、指で掬うとねばり、とした感触とともに濃厚な甘い香りが鼻をくすぐる。
其れを俺は口へ運び、舐め取る。甘い。匂いに同調するように甘ったるい。
口の中で微かにざらつき、べたべたと粘つく。
一般成人男性の基準で行くと甘党と呼ばれる人種の俺も、流石にちょっと顔を顰める。
向かい側では同居人もやる気無さげパンを口へ運んでいた。
「……大体さぁ、何でこんなことしてんだ? 俺たちは一体何がしたいんだ?」
「知らねぇし知りたくねぇし。つぅか甘っ」
アパートの窓から見える空はもう赤みがかっている。夕方だろうか。
もしかしたら一夜明けて朝なのかもな、と同居人が呟いた。否定できないあたりに俺たちの酩酊加減が伺える。大丈夫か俺。何か目が霞んできたぞ。
事の始まりは数時間だか十数時間だか前。酒に酔った同居人が部屋の戸棚の奥からどでかい蜂蜜の瓶を見つけたところから始まる。
彼女に振られただとかなんだとか言って同居人は俺がバイトから帰ってきたときには既に飲んだくれていた。べべれけだった。昼間っから駄目人間だった。
「おお、終日(しゅうじつ)、お前も飲め自棄酒だ!」
「一体俺に何に自棄になれと?」
「何かこう、反体制的な!」
「訳がわからん」
「どうでもいいから飲めよ。ほら、一杯でいいからさぁ、付き合ってくれよ。じゃなきゃ俺自殺するぞ。飛び降りるぞ、そこの窓から!」
「二階から落ちて死ねたら人類滅亡してるわ」
主に馬鹿な男子中学生とかが死ぬんじゃないだろうか。
まぁ、一杯くらいならいいか、というのが甘かった。まぁいっぱいくらいならいいか、が世界の飲酒運転を増やしているのだ。そして未成年の飲酒も増やしているのだ。まぁ一杯くらいならいいか。一杯じゃ済みませんぜ全国のドライバーor未成年よ! そのようにして引っかかった俺も酔ったからな! まして相手はべべれへだったからな!
そんな訳で引っかかった俺は一時間で完全にダウン。酒に弱いというのは悲しきことかな。
起こされたときには目の前の畳の上にどでかい蜂蜜の瓶が鎮座していた。
同居人は酔うと家事に従事したくなるという奇矯な人間のため(逆に言えば酔いでもしないと滅多に家事はしないのがこの人間だ)、いつものようにこの部屋、六畳間バスキッチントイレ付きを掃除していたらしいのだが、その途中、掃除していたシンク下の戸棚からどでかい蜂蜜の入った瓶を発見したらしい。
発見当時は「ああ蜂蜜の瓶だ。蜜蜂が頑張ってこの蜂蜜を集めたんだなぁあははは、蜜蜂ってすげぇなぁ。人間なんてその蜜蜂の恩恵に(略)ああそれよりも掃除しなきゃ」と思って大の字で寝転んでいる俺の足元らへんに転がしておいたらしい。何を長々と考えているんだろうねこいつは。
その後同居人が酔いを醒まし、ああ飲みすぎためっちゃ眠いとか思いつつも不意に俺の足元を見ると蜂蜜の瓶が。というシナリオらしい。
暇なので戯れに賞味期限を確認してみると、
「終日、起きろ!」
「……あぁ?」
「この蜂蜜、今日が賞味期限だ! やばい勿体無い!」
そういうわけだった。
「だからってさぁ、何で第一選択肢で『捨てる』ってぇのが出てこないんだよ」
「うっせぇ、貧乏人なんだよ。賞味期限が一日でも残っていたら喰う! それが貧乏人クオリティ」
「はっ、甘いな。この蜂蜜の如く甘いな! 本当の貧乏人は賞味期限が切れていても『消費期限は切れてない!』と言って食うからな!」
何がなんだか。
只今残りの蜂蜜は四分の一というところ。よく頑張ったな俺。と同居人。
最初の方はなんか楽しくてジュースにしてみたりパンに塗ってみたり色々試行錯誤していたのだが、今やもうそのレパートリも尽き、只管飲む(?!)という頭の悪い行動をしている俺たちだった。
馬鹿だ。
馬鹿なのでもうなんか考えるのが面倒くさい。けど食うのも辛い。
「……大体さ、なんだよこの蜂蜜。高級って自分から書いてるんじゃねぇよ!」
蜂蜜をスプーンで掬って食いながら、同居人が切れた。
「いや、ほら、ドイツのだし、お国柄の違いなのかもしれない」
何となく蜂蜜をフォローしてみる。一リットルの瓶のラベルには『ドイツ産蜂蜜 高級』との文字が。
ドイツって蜂蜜有名だっけ?
「日本語じゃねぇかよ」
「直訳なのかもしれん」
また一掬い、口の中へ運ぶ。俺もそれに習う。うええ、口の中がぴりぴりしてきた。
「だとしたら俺はドイツが嫌いになる」
舌を犬みたいに出している俺を嫌そうな目で同居人は見ると、またスプーンで蜂蜜を掬って口へ入れた。コイツはなまじ育ちがいいので俺のように指で直接掬うというのは美意識だかなんかに反するらしい。が、この前二つしかないスプーンを超能力番組を見て触発されて「おっしゃ俺も曲げる!」とか言って折ったのはお前だからね。そしてそれを俺が言ったら「お前には手で食うのがお似合いだ、はっ(嘲笑)」とかいったのもお前だからね。
小学生かよ、という。
「あー、甘い」
「甘いなー」
適当に返答する。
また一舐め。手がべたべたして気色悪い。
「後は頼んだー」
同居人が煮えを切らしたように言いやがる、が直もスプーンを動かしているあたりどうかと思う。
いや俺も食ってるんですが。
「頼みたいのは俺のほうだ」
かちかちと同居人のスプーンが瓶に当たって高い音をだす。
「いいじゃんお前甘党だしさー」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないっつの。ファミレスのクソ不味いパフェなんて今時女子高生も食わねーべ? それを四つも喰ったのは誰ですかー?」
はて、そんなことした覚えはないのだが。精々喰っても三つまでだ。地味に高いんだぞ、あのパフェ。
それにそれは全国の女子高生への偏見だ。喰う奴も居るだろう。お前の高校のときの彼女とか。
とかなんとか言いたいことがたくさん沢山脳内に降ってきたのだが気にせず瓶に指を突っ込む。この瓶は口が広いのでずっぽり俺の手が入ってしまうのだ。ちょっとでも動かすとあらぬ所(手の甲とか手首だとか)に蜂蜜が付着するのが難点。
「あー、最初の方は美味かったのに、なんか、気持ち悪くなってきた」
同居人が青い顔をして呟く。それは同意だ。気持ち悪くなってきたのは俺も同じで、何か感覚的には胃袋が蜂蜜で溢れてる感じだ。今にも競りあがってきそうで不快である。うえええ。
「もうちょいだから、何か、頑張れ。励ましあおうぜ、ここはほら、雪山遭難っぽく」
「雪山? 蜂蜜の雪山か? どこだよそこは」
「ハニーマウンテン」
あ、何か実在しそうだ。誰か知らないか? ハニーマウンテン。
「絶対無い」
断言するな。知ってる人、居たらご一報をば。
からん、と空になった瓶にスプーンが放り込まれた。
顔をあげると、スプーンを投げたフォームのままの同居人が。人が持ってるものの中に何かを投げ入れるな。吃驚するだろうが。
「やっとこ完食……! やったな終日!」
「あーヨカッタネ」
かなり気分が悪い俺は瓶を掴んで水道水で洗い流す。甘ったるい香りになった水道水が下水に流れていく。環境汚染?
ガラスのコップを取り出し、流しっぱなしの水道水の中に突っ込み、同居人に渡そうかと思ったが、いつの間に移動したのやらそいつは俺の隣のちっこい冷蔵庫のなかからミネラルウォーターのニリットルペットボトルを取り出していたため自分で飲んだ。畜生、全然甘ったるいのが薄れない。
それは同居人も同じらしく、気分悪そうにミネラルウォーターから口を外すと栓をし、勢い良く冷蔵庫の戸を閉めた。馬鹿野朗め、殆ど廃品……基、げふんげふん、骨董品として売り出せそうな冷蔵庫をそんなに手荒く扱うな。壊れたらお前が新しいの買ってこいよな。
「あー、甘かった」
部屋のど真ん中で寝転びやがったソイツを避けるように俺はシンク下の蜂蜜の出てきた戸棚にもたれるようにして座る。板の間が冷ったい。寒い。
「いや……でもあれだよな」天井を眺めながら、同居人が呟いた「何の味わいもなく喰っちまったよな。……ちょっと勿体無いような」
「……そうか?」
いや、全否定まではしないでもないが、其れは言いすぎた。絶対に勿体無くはない。むしろ時間の方が勿体無い。
後俺たちの健康。
今から明日の朝までマラソンしても消費できないくらいにはエネルギーを摂取した気がするね。今度短期ダイエットでもしなければ腹が出ること間違いなしの太鼓判だ。
「ちょっと名残惜しいだろ。いっそ自分の舌でも味わってみれば味がわかるかな?」
同居人が思いついたらしい。いやそんなどうでもいい発見を……。
「……しないぞ、味」
「するか?! したのか終日?!」
「いや、お前が言い出したんだろう」
そんなにアホをみるみたいな目で見るな。お前の方があほだろうに。
かぁかぁと部屋の外で鴉が鳴いている。ゴミでもあさりにきたのだろうか。でも生ゴミは明日だから、彼等の収穫は無いだろう。頑張ってくれ、鴉。
「んー、あれじゃないの。自分の匂いは自分では分からないっつー」
「俺臭いのか?!」
それはちょっとショック。
「違うっつーの。あれだよ、ほら、自分のうちの匂いは分からない、あれ」
ああ、と俺は手を打つ。分かり難い比喩を……。
「つまるところ、自分の舌だから分からんと」
「それだ」
起き上がってずびしりと俺に人差し指を向ける。人を指差しちゃいけませんとこいつは習わなかったのであろうか。失礼ですよ。
「ふむ、なら、」
言いかけて、俺は口を閉じる。
「……?」
同居人は首を傾げた。早く続きを言えというような仕草をする。
俺は首を横に振る。
やばい、今のは言ったら大変やばい。何か、何かいっちゃいけない領域へれっつらごー並にヤバイ発言をすることになるような気がした! 直感だが多分これは外れない類の直感だ!
そんな俺を同居人は不思議そうに眺めて「あ」と呟く。分かってくれたか同居人よ!
「じゃあお前の舌ならOKか」
分かってねぇ――ッ!!
駄目だコイツ駄目だ! ちょっと回文っぽい言葉が出来上がるぐらい駄目だ! 何処がって脳味噌とかが!
俺が脳内で訳の分からんことを考えているうちに、同居人はがしこ、と俺の両肩に手をかけた。いつの間にそんなに接近してるんですか君は!
俺も答えるようにその肩に手を乗せる。何か出来損ないのスクラムを組んでいるような格好になって、同居人は言った。
「自分の舌は駄目なんだよな」
「……」
頷く。
「他人ならおっけーなんだよな?」
「……それは知らない」
首を横に振る。
「ところで、もう一回ぐらい味わっておけばよかったと俺は思ってるんだけどな」
「俺は思わん」
沈黙。
沈黙、が、苦しい! とりあえず顔が近くてむさくるしい!
窓の外で鴉がかぁかぁ鳴いている。夕焼け小焼けの鴉かぁかぁ。童謡にありそうな情景だが男同士の接近はなさそうだな童謡には! もう何がなんだか!
沈黙に耐えかねて俺は同居人から顔を逸らした。
「俺はだな、お前と同居を決めたときに一つ誓いを立てたんだ!」
「何?」
同居人が心此処にあらず、というような表情で首をかしげた。どうでもいいならどうでもいいと言えばいいのにこのやろう。
「BLには走らない、という誓いを立てた」
「……どんな経緯でそんな誓いをたてるんだよ一体!?」
「そりゃあもう……、深くて不快な経緯で」
なんだよそりゃあ、と同居人が俺の肩から手を離さないまま眉を顰める。どうでもいいが早く顔を離してくれないか。むさくるしい。
そんな俺の無言の訴えを軽く無視して、同居人が続きを促す。しかたが無いので俺も語りだす。
「正確には彼女に其れを言ったときだがな、」
高校時代からの俺の彼女に、『一之瀬(いちのせ)と同居することになった』という旨を伝えた時の話だ。
『え、私とじゃなくて?!』
予想外の言葉だったらしく、彼女は素っ頓狂な顔をして言った。その気持ちが分かるがなぜ口が笑っているのですか、抑えきれてませんよ、何か悦っぽい表情。
『残念ながら』
『男同士で?』
念を押すように言ってきた。頷きながら、返答する。
『一之瀬が女じゃないなら男同士でだが』
確かに同居人は女顔ではあるが、俺より身長高いし立派な男だろう。無駄にもてるあたりが小憎たらしい。
じゃあ、といって彼女は更にいい笑みになって、
『BL?』
と、
『それは断じて違います!』
思わず敬語になった。何を言いだしますかこのムスメ!
『私は彼氏のBLデビューをどうとればいいの? 悲しむ? 悲しむべき? でも一之瀬君と終日のくんずほぐれつなんて……、あれ、新境地?! 受けは終日ねやっぱり!』
『話聞けよこのヲタク!』
何彼氏とその友人で妄想してるんだこいつ! そういう趣味があるのは知ってたけど三次元も許容範囲だったのか?! この前三次は邪道だとか言ってなかったか?!
『違うわ腐女子と呼んでちょうだい!』
『えばるな!』
そして胸を張るな同人誌のネタになるからいいよとか言うな!
「……という会話があったわけだ」
同居人はしょっぱい顔をしていた。しょっぱい。そりゃ俺もしょっぱい。
「……捺(なつ)ちゃん……」
同居人は俺から目を逸らして手を放した。俺もそれに応じて手を挙げる。ホールドアップ、みたいなポーズ。
どちらとも無く離れて(といっても俺の後ろには戸棚があるので実質上同居人が離れただけだが)黙りこくった。
「とりあえず、瓶の収集日って何時だったか大家さんに聞いてくるな……」
何となく気まずくなって俺は立ち上がってドアを開けてアパートの廊下にでる。と、階段を上がってきた影に思わず立ち止まる。
「あ、終日ー、やっほー」
彼女だった。朗らかな笑顔で俺のほうに右手を振る。
その反対の手には、
「商店街の籤で蜂蜜当たったんだー。とりあえず蜂蜜プレイってどうかな?!」
今も俺たちの部屋のシンクに置かれた瓶と酷似したフォルムに歪んだ白いビニール袋が。
その消費方法もあったか、というドアから顔を覗かせた同居人の呟きが俺の顔を青くさせたのは言うまでも無い、ような気がする。
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2007/03/21(Wed)16:25:24 公開 / 泣村響市
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■作者からのメッセージ
テーマ『瓶・同居人・ラブコメ』
三つ目のテーマに沿えません。無理です。ということでBLにはしってみました。嘘です。
蜂蜜の瓶が台所から出てきたことから思いついたネタです。
本当はリアル・現代ではなくファンタジーなんじゃないかと私は思ってます。
人二人で蜂蜜一リットル入るあたりがファンタジーなんです。という訳で隠れジャンルでファンタジーが混じっています。きっと描写されて無いだけで魔法とか剣とかが飛び交っている世界なんです。嘘ですごめんなさい。
いい年した男二人が甘いもの只管食ってるという描写が楽しかったです。
ご意見ご感想がありましたらどうかお手柔らかにお願いします……。初心者とはいえないのかもしれませんが心は何時までも初心者ですので、小心者なんです。いや本当に。