- 『シロクマさんと私』 作者:水芭蕉猫 / ショート*2 SF
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全角3983文字
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原稿用紙約11.15枚
シロクマさんの野望は『悪の大怪獣』を作ることらしいのです。
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私たちは、最後まで屋上から見ていました。
巨大な怪獣になってしまったシロクマさんを。
ヘリコプターや地上から打ち込まれるミサイルや銃弾や、様々な光線で、人類によって殺されてしまうその瞬間まで。
私たちの仕事は、ある特殊な細胞から様々な生体パーツをオーダーメイドで作る仕事でした。毎日毎日私たちは様々なパーツをつくりました。例えば、目玉とか。肝臓や心臓。腎臓はもちろんのこと、腕や頭皮、骨や神経。場合によっては顔まで。早い話が、脳味噌以外は上からの指示さえあれば何でも作りました。そしてシロクマさんもそんな私たちのメンバーの一人でした。
シロクマさん。というのは、もちろんあだ名。私の同僚で、男性で、頭がよくて、色白で、真っ白い髪の毛にテディベアみたいな穏やかな目をしているからシロクマさんと呼ばれています。
シロクマさんは、白い毛をしているのだけれども、私と同じかちょっと上くらいの年齢で、先天性色素欠乏症というわけでも何かの病気というわけでもありません。しかし普通に歳をとって白髪になるには随分と若かったので、誰かにどうして白いのかと聞かれると、シロクマさんは決まって「薬の副作用」と笑いながら答えてましたが、それが何の薬かは誰も知りませんでした。いえ。本当は知っていたのですけれど、あえて誰も知らないフリをしていたのでしょう。
シロクマさんには、その穏やかな外見に似合わず、ひそかな野望があるのだという噂は私たちの所属する社の研究所内のみならず、会社の内外ではとても有名でした。それはとても子供っぽくて、バカバカしくて、普通に聞くと思わず笑ってしまうようなそんな野望でしたが、毎日潔癖なまでに真っ白な白衣を着て顕微鏡からシャーレを熱心に覗き込む彼を見ていると、実際にやってしまいそうな気がする野望でした。
「シロクマさんの野望ってのは、『悪の大怪獣を作る』という野望なんだよ」
そうこっそりと教えてくれたのは、確か同じ研究室にいたハヤタさんだったと思います。実を言うと、このことを教えてもらったのは随分と前のことなので、誰に教わったかとか、どういう状況で聞いたのかという詳細な事はすっかり忘れてしまったのですが、その声がとても慎重であまり聞かれたくない時に出すような小声だったのに、何故かとても楽しそうだったのはよく覚えていました。
「シロクマさんはね、誰の操作も受けないすごい怪獣を作ろうとして、実験に失敗したから白くなってしまったんだよ」
今になって、もっと詳しく知りたいと思いましたが、ハヤタさんは昨年の夏に、体調不良を理由に引退し、その後すぐにどこか遠い場所に引っ越してしまったことを知りました。詳しい場所は、何故か誰に聞いてもわからず仕舞いでしたが、多分尋ねて行ってもきっと返ってくる答えはあの時と変わらないだろうと、何となく解りました。
「アキコさんみたいな女の子には理解しづらいと思うけれどね、怪獣は、怪獣であってこその怪獣だからね。誰かのために戦う正義の怪獣なんて、ちっともかっこよくないものねぇ」
頭の中で、顕微鏡を覗き込みながらピンセットで生体細胞を弄るハヤタさんが楽しげに言っていた言葉が反芻しました。
怪獣の末路は決まってるよ。人間や正義の怪獣や正義の超人に殺されなければならないんだ。けれど、それが決まってるから。だからこそ怪獣はかっこいいんだよ。
帰り道にシロクマさんはそう言いました。
ハヤタさんが引退した後、私はたまにビデオレンタルショップで特撮モノを借りることがたびたび出来ました。最近のは変に捻っているのが多いからという噂を聞いたので、なるべく昔々に造られた物を数多く借りては見ました。私はアパートに帰ると毎回三十分の間に怪獣が出てきては正義の味方にやっつけられる瞬間を一人で見ていました。
そういうことを繰り返しているうちに、今まであまり会話もしなかったシロクマさんが私に話しかけてきました。会社は大きなものでしたが、私の所属する研究所は小さい研究所でしたから、私がたまにそういうビデオを借りているという話はすぐに研究所内に知れ渡ることになったからでしょう。
シロクマさんは、私を映画に誘いました。最近話題になっている、巨大怪獣が出てくる映画でした。
週末に、私は目一杯お洒落をして出て行ったにも関わらず、シロクマさんは研究所に居るときと似たような格好で、しかも私の姿よりも怪獣映画の方にばかり気をとられていましたから、私は少し不機嫌になって、帰り道に怪獣の良さを楽しげに語るシロクマさんに、私は噂になっているシロクマさんの野望について知っているにも関わらずこういいました。
悪の怪獣なんて、迷惑なだけよ。ばっかみたい。
私の言葉にシロクマさんは一瞬寂しそうな顔をしましたが、すぐに「そうかもしれないねぇ」とひとこと言っただけで黙ってしまいました。私はそんなシロクマさんを見て、少しだけ申し訳ない気持ちになりましたが、すぐにそんな気持ちは掻き消えてしまいました。
結局その日、それ以上は話さずに、私はシロクマさんと別れました。シロクマさんには、家まで送りましょうかと聞かれましたが、私は断りました。その時はそれ以上シロクマさんとは喋りたくありませんでした。
シロクマさんが、会社を辞めたのはその三日後のことでした。
辞めたというよりは、クビになったと言う方が近いかもしれませんが、会社にも世間体というものがあるのか自主退職という形で辞めたらしいということを私は噂で聞きました。
噂には尾ひれや背びれがついていましたが、一貫していたのはなんでも、会社が扱っていた生体パーツや特殊細胞や培養液を使って、シロクマさんはひっそりと勝手なものを作っていたという話でした。勝手なものというのは、恐らく怪獣なんだろうと思います。そのことが本格的に会社にバレて、シロクマさんは退職せざるを得なくなったらしいのです。その勝手なものは完成してシロクマさんが持って帰って部屋で育てているのだとか、会社に没収されてしまったとか、シロクマさんが家を秘密基地にして、自分をクビにした会社に復讐するためにまだ研究しているのだとか、果ては慌てて自分の中に隠そうとしてシロクマさん自信が怪獣になってしまったのだとか根も葉もないことが色々言われていますが、ぽっかりと空いたシロクマさんの綺麗な机を見て、私はなんとも言えない気持ちになりました。
シロクマさんから電話が掛かってきたのはほんの少し前の時間でした。
私は残業で、一人で夜遅くまで研究室に残って書き物をしていたとき、携帯電話がブルブルと振動しながら鳴りました。着信は不明で、出ると電話の向こうには会社を辞めたはずのシロクマさんの声が聞こえました。久しぶりですね。と言うと、シロクマさんは穏やかに「そうですね」と言いました。「どうしたんですか?」と私が聞くと、シロクマさんは少しばかり言葉を濁し、「なんとなくアキコさんの声を聞きたくなったんだよ」と言いました。シロクマさんの声はなんだかくぐもった声で、「風邪ですか?」と聞くと、シロクマさんは「違うよ」と答えました。「ちょっと具合が悪いけれど、きっとすぐ良くなるから」と。それから電話の向こうでけほ、こほ。と小さな咳のような声が聞こえました。
「本当に大丈夫なんですか?」
私はそう聞きました。しかしシロクマさんは、「本当に大丈夫ですよ。きっとすぐに良くなりますから」と、そう言いました。それから私たちは、ほんの少し他愛の無い話をして、電話は切れました。切れる直前、シロクマさんは最後に「ようやく夢が叶うんだ」と言ったような気がしましたが、私が慌ててもう一度電話を耳に押し当てる前に電話は切れていました。それきり何度リダイヤルしても、シロクマさんには繋がりませんでした。
とても不思議な電話でした。
翌日シロクマさんに会ったとき、シロクマさんはシロクマさんでは無くなっていました。
シロクマさんは、卵みたいな楕円型の全身からマンモスみたいなもさもさと真っ白い柔らかそうな毛の生えた、全長三十メートル程の巨大怪獣になっていました。丁度顔の辺りからマンモスの鼻みたいな二つ穴の開いた長い一本の筋肉の管をぶらぶらと揺らしながら、太短い足をのんびりと動かして、朝日の眩しい街の中を歩くような速さで私たちの会社へ向かって移動している様子が生中継でテレビ放映されていました。元々そういう設計なのか、肥大化する最中に取り込むタンパク質が足りなくて変わりに空気を取り込んでスポンジ化したのか、大きさの割にちっとも壊れない町並みと、風で吹かれる度に吹っ飛びそうによろよろとよろけるその様子は、会社の屋上からもよく見えました。私は、何故かは解りませんが一目でシロクマさんだと解りました。シロクマさんが、どうにかして怪獣になってしまったんだと。それは、少しでもシロクマさんを知りえる人なら皆解ったと思います。会社から逃げ出す人に逆らって、研究所の皆で屋上へ登り、遠くに見えるもさもさの丸い怪獣を指差して、口々にシロクマさんだシロクマさんだと叫びました。すると、まるでそれに呼応するように怪獣が、どこか嬉しげにマンモスみたいな鼻を上へ持ち上げるのが見えました。
私はそれを見て、何故かほんの少しだけ、シロクマさんに映画に誘われた時のようにドキドキしました。
シロクマさんの最後はあっけないものでした。
シロクマさんを倒したのは正義の味方でも宇宙超人でも巨大ヒーローでもありませんでした。シロクマさんの周りを沢山のヘリコプターや自衛隊の戦車が取り囲むのが見えたと思った瞬間には、シロクマさんはもふもふと奇妙な声を上げながら地面に崩れました。
了
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2007/03/10(Sat)13:48:18 公開 / 水芭蕉猫
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■作者からのメッセージ
高校時代、原稿用紙に書いた「シロクマさんとぼく」という話のリメイクです。
初代ウルトラマンを見てもう一度書きたい気持ちになりました。カヴァドンのお話が印象深いのです。
怪獣は怪獣らしく誰の言うことも聞かないのが怪獣なのです。ある種ロマンも一緒だろうと思います。大迷惑をかけると解っていても、止められない。