- 『ウコン的解決をみる』 作者:J / ショート*2 ショート*2
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原稿用紙約7.25枚
ウコン的。それはあまりにも、ウコン的な解決であった。
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俺が人間だった時の話である。
市街地から二時間近く電車を乗り継いで、たどり着いた海。バイト仲間の井上と二人きりで無人の砂浜を歩いていた。
計画的に二人そろってとった休みの日のことで、遊びに行ったのは井上の提案だった。俺は頭の良い井上に憧れていたから彼の誘いを二つ返事で受けたのだ。
水平線からの入道雲が、白に白を重ねる夏真っ盛り。だけど穴場なのか、海にも浜にも人っこ一人見あたらない。そればかりか鳥ひとつ飛ぶこともなく生命の気配がまったく感じられない場所。波打ち際の砂は踏みしめるたびに湿った鳴き音を立て、離れた場所の乾いた砂は白く照り返していた。
「ここはなんで……。誰もいないんだろ」
異境に迷い込んだような心細さに、一歩前を歩く井上の背中に問いかけても彼は無言で進むだけ。――まあいい、井上の選んだ場所ならば。
井上はふいに波打ち際を離れた。
俺同様に、井上のズボンのすそからは赤い漬け汁が点々と落ち、彼の足あとの近くで血のように弾(はじ)けては砂に吸いまれていく。そして数メートル先の白浜に立った井上が、聞いてきた。
「バイト先で、俺たち二人だけが特に焼けている。そう思わないか?」
俺と井上の肌はひどく焼けていた。バイトが肉体労働のためだが、仲間の中でも俺たちは際立っている。
「きっと俺もお前も人よりメラニン色素が多いんだろうなあ」
と答えてみた。
「違うよ。俺たちが福神漬けだからだ」
井上は真面目な顔でそう言った。
「……言うなって」
すると井上が苦笑する。
「まあいいから見ろ」
彼が顎(あご)で指す方向を振り返ると、青い波が白いふちどりを巻き上げながら形を散らしている海があった。飛沫が音をたて、寄せては返している。しばらく見とれたあとで、俺は白浜に立つ井上のところへとゆっくりと進む。彼と並んで一緒に海を見た。
大パノラマだ。青い海。白い波頭。茶色い島々。天気が良くて、遠くの島の輪郭までが鮮やかだった。
「世界から飢餓問題がなくならない」
突然井上が言いだした。
「ま、まあな」
井上は海を見ながらも、世界の飢餓問題について考えていたらしい。彼らしいなと思った。なぜなら井上は読書家で勉強家で、社会問題にもとても詳しい。夏の海を見ながら飢餓問題を口にする井上。彼の頭からはいつも考えごとは去らないのか? 井上にはいつも感心させられる。ほんとに感心だ。だから思わず彼をじっと見た。思慮深い彼の横顔。鼻筋の通ったその赤い横顔を。でも「……おい。いいから海を見ろよ」と井上に促され、仕方なく海を見ると。
「あああ!」
目、
目を疑ったのだ。
う、海に。
海に――。
井上の横顔を見ていたほんの少しの間に、海に浮ぶ島の数が信じられないほど増えていた。
頭は混乱し井上の腕に女のように取りすがる。「し、島が島! し……ま! 島がっ……!」でも井上は海を見すえたままで彫像のように動かない。彼は言った。「よく見ろ。あれは島なんかじゃない。あれは。じゃがいも。玉ねぎ。人参。鶏肉だ」急いで海に目を戻すと確かに。確かにそれは、一見、まるで、島のように海に浮んでいるが実際は巨大な、
じゃがいも、
玉ねぎ、
人参、
鶏肉。
「な……。ぜ……」
そうしている間にも海から巨大なあぶくのように現れ続ける、じゃがいも、玉ねぎ、人参、鶏肉は、海の青をみるみる侵食していく、茶、赤、ベージュ。
違う。
海自身ももはや青ではなかった。海水が濃い「茶色」へとどんどん変化しているのが見て取れる。あっという間の濃度の高まりも。
知っている。これは。見おぼえがある。これは。
「ウコン的解決だ」
井上がつぶやく。俺は恐怖で歯の根を鳴らした。海とはいえない海。つまりは来るべき時が来たということだから。
「カレーライスはうまい」
井上がつぶやく。今、海は、濃厚なカレースープだ。
「足元を見ろ」
白浜の砂粒はいつのまにか、ご飯粒に変化していた。
ご飯浜だ。
そしてさっきまで海だった場所にある巨大カレースープから立ち昇るものすごい刺激臭で、俺の意識はだんだん遠のいていく。
井上は言う。
「六十億食分はあるだろう。さあ目をさまそう」
俺は途切れ途切れの意識の中でさらに異様なものを見た。目を射抜く銀光の乱反射。それは天の奥からゆっくりと振りおろされる巨大なスプーン。握るのは空から突き出てきた巨大な人間の指。爪にはどす黒い縦筋が何本も走っていた。
井上の言葉に反し、カレーライスを食べれるのはたった一人なのか?
思うそばから目に映る全てがかげろうのように揺れながら消えていく。
――福神漬けである俺が人間だった……いや人間を、夢みた話だ。
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2007/02/19(Mon)19:33:37 公開 / J
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■作者からのメッセージ
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