- 『Won't Be Long .』 作者:@ / ショート*2 未分類
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原稿用紙約12.1枚
殺せと命じてみてください。殺してとねだってみてください。
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ああ! 今日から見れば誠に遠かろう昨日の出来事。
Won't Be Long .
彼は、ねだれば私を殺してくれるだろうか。ふと頭に過ぎってそれが可笑しくてたまらなかった。何を馬鹿なことを考えているのか。しばらく笑った後、すっきりすることはできなかった。”ねだれば殺してくれるのだろうか”。本当に、本当にそうかもしれない。私は彼が住む安いアパートに住んでいる。私は裕福でも貧乏でも無いけれど、彼よりは財力も権力も上だということはまず間違いない。そんな私がなかなか大きかった一軒家をしばし置いて、彼の家に住まっているのだ、もちろん私も彼を愛している。彼の容姿はとても美しいと思う。盲目ではなく、本当に美しいのだ。いや、どんな形容詞も必要ないかもしれない。表現できない、あなた。だから、並んで歩くのは嫌なのよ。
抱きかかえているクッションをさらに強く締め付ける。白いクッションはまだあまり黒ずんでいないのは、ここに来てあまり時間が経っていない証拠。まだ、一ヶ月しか彼とは同棲していない。そういえば一ヶ月前は私の二十歳の誕生日だった。あとその日に初めて性交した。その前の月は彼の二十五歳の誕生日。それから、その前の月が初めて口付けを交わした頃。さらに前の月が初めてデート、をした。そしてその前の月が、私達のスタートだ。今思えば遠い。遠すぎる。だがこんなにもリアルに感じるのが不思議で仕方が無い。
ねえ、私のこと愛してる? と聞けば、返ってくる返事は一つ、もちろん。何度も何度も色々な質問を重ねても、まるで機械のようにもちろん、とだけ答える。楽しいのかむずがゆいのかよく分からない感情に侵されて、どんどんエスカレートしていった。じゃあ、私を殺してと言ったら? そう笑顔で聞いてやったら、彼は私とは比べ物にならないくらい笑顔でもちろん、とだけ答えた。愛するあなたを殺すのは僕だけですよ。笑顔の中に真意が見える。彼は、本気。予想外だったけれど、何となく悪くは無かったから、私は満足気に彼に抱きついて、そのまま体を重ねた記憶は未だ鮮明だ。彼の、彼のあの返答が可笑しくて、少し冷たくて、本当に私がねだれば殺すんじゃないかと思った。
ほんの遊びよ、でも、私達の関係は遊びではない。多分。愛しているという言葉だって上辺だけかもしれない。それは、私も同じに違いない。彼が遊びなら私だって遊びを装ってみせる。ねえ、私可笑しいでしょう。そんな答えを言ってくれたあなたなんかよりずっと可笑しい。私、あなたのお遊びに本気になっている。ねだれば、殺してくれますか。今すぐにでも、もうじきにでも、長くは無い期間の内。彼は私がねだるわけが無いと思っているだろう。私だって同じ。本気であなたにねだろうなんて、思っちゃいない。
私の愛と、性欲でできた関係は、いつ崩れるのか分からない。私、怖い、こわいだけ。崩れる前に殺してほしい。私じゃなくて、この関係を。あなたの手ならできる、私は知っている。あ、あ。やっぱり私は狂っている。私は別にマゾヒストじゃない。あなたはサディストじゃない。だから、今の関係が一番心地よいかもしれない。
「……さっきから一人で笑ったり、悩んだり、どうかしましたか?」
声が聞こえる。あなたの落ち着いた、冷静な低い声。そういえば、ここは彼の部屋。クッションは私が持ってきたもの、匂いもあなたの匂いが、テーブルの向こうにはあなたが。私がさっきからずっと頭に張り巡らせている彼が近い。白い肌が、黒い短い髪が、普通より少し長い睫が、漆黒の瞳が、私を貫く。「あ、いや、綺麗だなあと」
「綺麗? ……ああ、なんとも真っ直ぐな形容詞ですね」
ふ、と笑えば私に媚を売ってるんじゃないかというくらいに甘い顔。形容詞じゃなくて、本気よ、と言っても別に良かったかもしれない。彼はいつの間についだのか、白いマグカップに入ったコーヒーを優雅にすする。私もクッションを傍のベッドに放り出してマグカップを手に取った。
しばらくの沈黙。いつも私が話を作らないと絶対に会話が保たない。なのでしばらくはこの沈黙は消えないだろう。コーヒーをすする音だけが響く。しかしその音は、彼のものではなく私の音だけ。彼は男性にしておくのが勿体無いと思う。ちらり、と視界の隅で見えたのはさっきクッションを適当に放った、クッションと同じ色をした、白いベッド。私と彼はこの白のベッドで性交を重ねている。頭の悪そうな、まるで赤ちゃんのような意味の無い嬌声を上げて、彼を抱きしめて、どこまでも欲望に忠実な時間を過ごす。あの時間は痛いし、何か苦しいし、悲しくなるが、気持ち良いのは事実。思い出すと、汗が滴る彼の姿が目に焼きついて離れない。下から見上げる彼もまた、完璧と言って良いかもしれない。あれは酒に酔う時と同じ作用がある気がして、媚薬も無いのに頭がぼんやりとするのだ。あの感覚が忘れられない。性交とは麻薬の一種なのだと、思う。
彼は私を愛しているのだろうか。多分、どんな人間でも誰かと恋人関係を持てば一度、いや、数え切れないくらいにそんな疑問を抱くはずだ。素朴だけど物凄く重要で、だから人間はそんなことを気にする。私だって純粋な乙女だと言い切ることはできないけれど、何度だって思う。私はナルシストでは無いと思うし、また自惚れることが出来る部分が無い。まあ、こんな美人さんである彼と付き合っている時点でナルシスト、と言われると反論は出来ないのだが。でも、それは違う。だって打ち明けてくれたのは、彼だもの。「今更ではなく、今から、恋を始めてみませんか?」だなんて、どこかのドラマかと思った。声音はいつもと変わらない。表情も変わらない。クールに構えている彼に、私は溶かされているような、犯されているような気分になったのだ。今思えばその感覚もまた性交と似ている。
がらんとした小部屋、彼の部屋は至ってシンプル。トイレ、風呂場、リビング、キッチン、寝室。それだけしかない空間は、さすが安いアパートは違うと思った。だが、どうだ。それに偏見を持つ女性がこの部屋に訪れ、住まうのが彼だとしたら。一瞬でこの部屋は理想と化す。やっぱり彼はこんなところに住むのは勿体無いだろうに。が、しばらく居る内に居心地が良くなってきて、まあ、これはこれで良いかな、とも思ったりする。要するに全ては彼の影響力なのだ。私、長い間ここにいよう。死ぬまで。死には、たくさんの意味があるから、それらのどれかに当てはまってしまった時まで。
「おや、次は何を考えているんですか?」
性交とあなたの影響力について、なんて言えるわけが無いので愛想笑いして流す。彼は決して誤魔化せる人では無いが流してくれるのだ。ああ、私はそんなところも好きだ。マグカップの中は空になったらしく、かすかにコーヒーの匂いが漂う。甘い香りだ。私の考えすぎてまだほとんど飲めていないコーヒーの匂いは、決して甘くなんて無いのに。どちらかというと、苦い、酸っぱいに値する。思わず溜息をつくと、彼は心底楽しそうに笑った。それが分からなくて、怪訝な顔を見せると何もありませんよ、と言う。もしかしたらさっきの仕返しかもしれない。
「あの、一つ聞いてもいいですか」
「ええ」
「私のこと、愛してます?」
聞くと、もちろんですよ、と返って来た。いや、そうじゃない。これが私の求める、こたえ? あなた、やっぱり私をからかってるのね。頭を過ぎって、笑いそうになった。これじゃあまたあの時と同じ。そうだ、忘れていた。「じゃあ、ねだれば殺してくれる?」
「それは一つじゃないですね」
さっきの、心底楽しそうな顔を見せる。違うな、心底嬉しそうな顔。まだ分からないけれど、私は怪訝な顔を見せない。無表情で彼の澄んだ瞳を見つめる。ずっと見ていれば、吸い込まれる、そんな気がする。きっとそうなのだ。ずっとお見つめていれば、吸い込まれることは無くても酒を飲んでもいないのに酔う感覚に陥る。それもまた、一種の性交のようで――ああ、いけない。最近私は如何なる感覚も性として考えてしまう。誰のせいか、お分かりですか。それで、答えは見つかりましたか。私はマグカップのコーヒーを全部飲み干して、白い机にことりと置く。
「あなたが望むのなら、とでも?」
「あなたは、私が望めば、ねだれば、私を殺す?」
もう一度聞く。彼が、困るわけがない。彼はずっとポーカーフェイスなのだ。道化とは違う。全く別の顔を使って日常を過ごしている悪魔だ。私をどんどん蝕んで、楽しいですか? 私はちっとも楽しくない。私はそんなことできないから。あなたの前ではどんなことでもさらけ出す自分が、愚か。
久々にこんなに長い時間、しっかりと彼を見つめたかもしれない。性交中は無我夢中だし、しっかり見据えることなんてできないし、ああ、だからやっぱり久しぶり。いつぶりかと言えば、ええと、三ヶ月前か。その透き通る白い首筋に何となく欲情する。この人は、私なんかよりずっと色気があると思う。彼が女であれば、一体どうなっていたことか。――私の予想だと、媚婦人になっている気がする。だって、欲に忠実なあなただもの。もちろん、私だってそうよ。でも一度あなたに抱かれたから駄目ね。もう、あなた以外は考えられないし、本当に純粋な乙女じゃないし、むしろ穢れてるけれど、あなた以外としては何かが崩壊する気がするから。そう考えれば、あなたはどこまで私を蝕んでいるんだろう。「答え、見つかった?」と自分の思考を遮るように聞く。結構な時間が経ったろう、もしかして、彼は本当に悩んでいたりするのかもしれない。この質問は本当におかしくて、彼以外には絶対に聞けない。ええ、そう。あなたになら聞けるわ、だってあなたの答えなんてとっくに知ってるもの。
「ねだれば、殺してさしあげましょう。僕が飽きたら、ね」
ほらそうじゃない。あなたは私を愛してなくて、ええ、それで、何だろう。そうよ、別にそれでもいいのだわ。だって私はその答えを知っていた、でもずっと続ける。あなたはいずれ私を捨てるかもしれない。捨てられても私はあなた以外を愛せない。ねえ、本当に気持ちが良いもの。至福の悦びなんて、あなたくらいでしょう?
「じゃあ、お願いね」
「ええ。――今日の君は、随分と心地が良い」
そう? と楽しそうに笑ったら彼も笑った。手が伸び、私の頬に触れる。温かくなんて無い。冷たくて、私の体温を蝕んでいるようだった。あなたはどうせ、私の全てを奪い去るつもりだから、私も一応の抵抗はしてみよう。だけど今は別ね、今から始めるんだもの。
「また、やるの?」
「お嫌いですか?」
「まさか」
口付けは、いつもより冷たく、ねっとりしている。官能的で本当に意識が飛ぶかと思った。そう、いずれ、もうすぐ、長くは無い期間で、私は本気であなたを愛すわ。それまでに、きっと殺してとねだる。
――了
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2007/02/19(Mon)21:40:00 公開 / @
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■作者からのメッセージ
こんにちは。すごく久々に@です。あ、なぜタイトルが英語なのかというと特に意図はないですが、たまたま某曲を聞きながら。ええ、ばればれですか。そうですか。それでこの作品ですが、完全なるショートショートだと思います。頑張れば小説に見えなくもないような。しかもジャンルは物凄く趣味が偏ると思います。気分を害された方、申し訳ありません。でももう手遅れなので無かったことにしてください。あっちなみに@はこういうジャンルが好きです。あと書き方さえ独特の技法となっているのでこの技法が分からなかったらただの「淡白小説」として見えるかもしれませんが物凄く広い視野で見てくだされば……。何か見えてくればいいなとか。
「ねだる」は漢字で「強請る」になりますが、もう一つ漢字があったような。どうしても浮かばなかったのでひらがなに。これはこれで良かったかなあというかはい、苦し紛れです。ともあれお付き合いありがとうございました。