- 『生きてる証』 作者:コーヒーCUP / ショート*2 未分類
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全角3396.5文字
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原稿用紙約10.15枚
「花っていつかは枯れるよね」
病棟に挟まれた中庭で、病院服を着て車椅子を座ったヤヨイが何とか聞き取れるくらいの声で呟いた。俺は彼女の車椅子をおしながら中庭を眺めていた。
彼女はちょうど一週間前に入院した。小学校の階段から落ちて足を骨折したのだ。病院に運ばれてきたヤヨイを見たとき、俺はひどく焦った。一年ぶりの再会だったからだ。
彼女の母親が入院していたのは、二年前から一年前までだった。その間、ヤヨイは毎日病院へきていた。その間、看護師だった俺と仲良くなった。彼女は生意気な子だ。ああ言えばこういう、という言葉は彼女のために用意されていたと言っても、過言ではない。
そんな彼女は母親思いで、毎日病院で母親の話し相手をしていた。聞くところによれば、父親はヤヨイが小さい頃に交通事故で亡くなったそうだ。
母親が一年前死んだ。母親の死に直面したヤヨイの顔は忘れられなかった。病態が急変した母親は緊急手術。手術視の前で母親の安全を願いながらヤヨイは手術を終わるのを待っていた。しかし、母親はしんだ。母の死を聞かされた瞬間、ヤヨイの顔からは「喜び」や「嬉しさ」をあらわす笑顔が消え去った。
母の死後、ヤヨイは近所に住む親戚に預けられたと聞いただけで、会ってはいなかった。
その彼女が急に、病院に運ばれてきたのだ。俺は無理を言って、ヤヨイと多くいる時間を作ってもらい、今はその時間だ。
「花がどうかしたか?」
中庭に咲いた咲いた大量の花を見渡した。どれもが全て綺麗に咲いていて、女の看護師らがひどく気に入っていた。その花たちに別におかしな所はない。
「……だから、花っていつか枯れるよねって言ったの」
この生意気な口調は一年前から変わっていなかった。しかし、口調は変わっていても、大きく変わっていたところがあった。いや、変わっていないところ、と言っても間違いではない。彼女の顔には、母親の死後同様、笑顔が無かったのだ。以前は話しながら笑顔も見せてくれたが、骨折で入院してから彼女の笑顔を見たものはいない。見舞いに来た親戚に彼女のこの一年の様子を聞いたところによると、やはり笑わないそうだ。
普通に話してくれるし、手伝いもしてくれるわ、と親戚は言った。つづけて、けど笑わないのよ、とも言った。
彼女はいまだ、母親の死の悲しみから抜け出せていないのだ。
「そりゃあ、花はいつか枯れるだろ。枯れない花なんかないさ」
「ダッタラ、サッサトカレレバイイノニ」
一瞬、彼女が何を言ったか分からなかったが、理解した瞬間、彼女の言葉にかなり驚いた。さっさと枯れればいいのに、と言ったのだろうか。なんでそんなことを言ったのだろうか。昔はそんなことはいわなかった。というか、花が大好きな子だった。
母親の部屋においてあった花瓶に毎日水をやっていた。そんな彼女が何故、枯れればいい、など言ったのか、俺には理解できなかった。
「だってさ、枯れるんだったら、早く枯れればいいじゃない。長い時間咲いてて、何かいい事はあるの? ないじゃない」
早口で彼女は言った。そんな彼女とは逆に、俺は何もいえなかった。何か言おうとはしたがいえなかった。
「それに、花が咲いてるから、なんだっていうの」
「……そりゃあ、綺麗だな、って思えるだろう」
俺がやっと言えた言葉は幼稚で、とても大人がいうような言葉ではなかった。なんの理屈もなく、小学生が遠足の感想で「楽しかった」と書いたのと変わりは無かった。
そんな俺の情けない言葉に、彼女の刺のある言葉が返ってきた。
「綺麗だな、なんて思うのは人間だけでしょう? 花にとっては何の利益もないわ。そもそも、花が咲く意味なんて無いのよ。それだったら、早く枯れるか、元々咲かなきゃいいじゃない」
花を綺麗だと思うのは人間だけ……その通りだった。別に花が綺麗咲こうと決意して綺麗に咲いたわけじゃない。その証拠に、虫たちは花をただの住処か餌場としか見ていない。
花が咲く理由など無い。だったら……咲かなきゃいい、か。
俺は今、彼女の心の暗黒面と向き合っていた。母親の死というショックなできごとでできた、暗黒面。その暗黒は濃く、そして深い。
「花なんて、咲かなきゃいい」
繰り返すように言う。それは何か必死で否定しているようだった。
「けど、花が咲かないと何かものたりなくなる。たとえば、めでたい時に花をおくったりするだろう?」
「そんなの、別に花じゃなくてもいい。花じゃないといけない、なんて法律はないもん」
相変わらず、生意気だ。しかし、そんなのに負けてる暇はない。
「じゃあ、お墓に行く時とかは花を持っていくだろう?」
「……死んだ人が、花なんかいるのかな?」
彼女が小声で訊いて来た。死んだ人は花なんて求めるのか? ……分からない。
「だって、死んだ人が『花がほしい』とか言ったら、花を供えるよ。けど、死人に口なしって言うくらいだよ。だれも、花がほしいなんて言ってない。生きてる人が、花を供えて、満足してるだけ」
彼女は一言一言に力をこめて言った。けど、彼女の子の発言には、俺は衝撃をうけた。彼女の言葉に驚いただけではない。あることに気づいた。
「……ヤヨイ。お前、お母さんのお墓参り行ったか?」
彼女は何も言わなかった。ただ、ゆっくりと頷いた。
「だって……いやだもん」
押しつぶされそうな声。幼い子供が暗いところに閉じ込められ、助けを求めるような声。
「逃げてるのか?」
「ちがう!」
「何が違うんだ? お前はつらいのがいやなんだろう? 悲しいのがいやなんだろう?」
「ちがう……ちがう……」
俺は彼女を追い詰めるように言った。しかし、彼女を苦しめようなどという気はまったくない。あるわけがない。
「じゃあ聞くけど、お前のお母さんはお前に墓参りに来るなと言ったのか?」
「…………」
返事は無い。しかし、続ける。
「言ってないよな。言うはずがないよ。どっちかっていうと、来てほしいだろうな。それでお前に花を供えてほしいと思うよ。だってお母さんは毎日見てんだ、お前が病室で毎日花に水をやって姿を」
お前のお母さんは、お前が花が好きないい子だって思ってる、と続けて言った。車椅子に乗っている彼女の体が小刻みに震えている。泣くのを我慢しているようだ。
「だから、今度はお墓参りにでも行こう、花を持って。それは多分、お母さんが望んでる事だ。お前に墓参りにきてほしいってな」
車椅子から彼女の泣き声が聞こえてきた。その声は涙を堪えているせいで、歯切れがわるい。泣かない、彼女はそうがんばっているのだろう。そんな彼女の頭の上に手を置いた。
「泣け」
ただ一言だけ、そう言った。彼女の泣き声が大きくなった。どのくらい、悲しさをこらえ我慢していたのだろう。
けど、その涙も、お前が一年間感じてきた「つらさ」も「苦しみ」も「悲しみ」も、お前がこれから生きている間に感じる「嬉しさ」も「楽しさ」も「幸せ」も、それら全てを感じれるのは、お前が生きているという何よりの証だ。
中庭には綺麗な花がいくつも咲いていて、泣いているヤヨイを慰めるかのように、静かに揺れていた。
その花たちに、咲く理由など無いだろう。ただ、その花を見て、綺麗だな、と思える人や、少しでも癒される人がいる。そして虫たちは花を餌場や住処にして、必死に生きている。花がなければ、虫たちはとても困るだろう。それは人間も同じだ。
人間と花は同じだ。一輪の花を必死に育てる人がいる。一人の人間を必死に育てる人もいる。育てられた花は、必死に咲く。人も同じで必死に生きる。
そして花が枯れた時、悲しむ人がいる。それはヤヨイがお母さんをなくして、感じた悲しみと同じだ。だから、花が枯れていいはずが無い。ましてや、咲かなきゃいい、なんてありえない。
花だっていつかは枯れるし、人だっていつかは死ぬ。なぜなら必死に生きてたからだ。「必死」とは読んで字のごとく、必ず死ぬのだ。
風が吹いた。花たちが大きく揺れて葉が揺れる音がした。
「……綺麗だろ?」
泣いているヤヨイの耳元に口をもっていき、小さな声で訊いた。
目を真っ赤にして、涙を流しながらシャックリをしたヤヨイが、顔を上げて中庭に咲いた花たちを見た。色とりどりの花を見渡した。
そして、ゆっくりと頷いた。
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■作者からのメッセージ
ブログでSSを褒められたので、調子にのった。まずい。少し話がありきたりな物になってしまい、ひどく後悔しています。
病気の専門知識とかなんもないくせに書いてしまいました。病名とか書きたかったんですけど、そういうこと分かりませんでした。調べたらいいじゃねえか、という意見が出るでしょう。ごめんなさい。
やっぱり、短くまとめるのは不得意だ。そう実感した。
目黒さんの指摘を受け、訂正&追加。